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第51話 観察、そして勝者を見極める①


 バジレ宮のホールには、心配した多くの人間が集まっていた。

 ハンスやビアンカ、それにゲシュヴィスターの面々はそれぞれクラリッサの無事を喜んで迎え、そして早々にそれぞれの場所へ帰って行った。


 誰もが心配し、そして誰もが気を遣ったのだろう。その優しさが嬉しくて、クラリッサはここへ帰って来られたことを喜んだ。



 部屋へ戻るとまず湯浴みをして汚れを落とし、ベソをかくカルラによって身だしなみを整えてもらう。そうしてやっと日常に戻って来られたのだ。


 ソファーへ腰をおろすと、対面に座るフロレンツが小さく頷いた。

 ゆったりとしたシャツに替え、心なしかさっぱりした様子のフロレンツもまた、湯浴みなどを済ませたのだろうことが伺える。


(なんでここにいるの……)


 特に話すこともないのか、フロレンツは手慰みに山と積まれた手紙をひとつひとつ手にとっては、別の山を築くという遊びを始めてしまった。本当になんでここにいるのかわからない。


 ただ、手紙で遊ぶフロレンツを眺めていると気が紛れ、嫌なことを思い出さずに済むため、クラリッサも何も言わずその手元を見つめていた。


 カルラがお茶の準備を終えたとき、大きくはっきりとしたノックの音が室内に響いた。

 やって来たのはフロレンツの執事であるアヒムだ。クラリッサに目礼をしてから主であるフロレンツのもとへ。


 いくらか耳打ちして封書を差し出すと、アヒムは折り目正しく一礼して退室した。書面に目を通したフロレンツは難しい顔をして腕を組む。


「ホルガー卿からの連絡だ。ガルドゥーンもマイザーも、12年前の横領については頑なに知らぬ存ぜぬを押し通しているらしい」


「え……?」


 クラリッサはその言葉の意味するものが理解できず首を傾げた。フロレンツの様子から、それが困った事態だということは伝わったが、何がどう困るのかがわからない。

 


「まずなぜ横領がカスパル卿の罪になったかだが、これが最もお笑い種でね。港から城へ運ばれた物品の検品が行われていないというんだ」


「は?」


「港で物資をおろし、そこで一度検品をする。カスパル卿はその書類の写しは持っていた。次に必要分を城へ運ぶ。そこでも検品は行われるが、書類は全て城内に保管される。

 当時奴らは、納品時点ですでにカスパル卿が中抜きをしたと主張したんだな。検品書類がないのだから中抜きしていない証明ができないと」


「検品書類がないのですよね? では中抜きした証明もできないではないですか」


 クラリッサは唇をとがらせて抗議した。お笑い種もなにも、なぜそんな言い分がまかり通ってしまうのか全くわからない。

 カルラが悲しそうに目を伏せる。


「同時期にカスパル卿がゲシュヴィスター制度の改革に躍起になっていたのが、多くの貴族にアイヒホルンを擁護しようという気概を失わせた。加えて、五名家であるということも。

 当時……いや、今も名残はあるが五名家は貴族の中でも特権階級にあった。検品書類の保管をするべき財務省の大臣を筆頭に、アイヒホルンの不義を主張するのはどれも五名家ではない家だ。それがどういうことかわかるか」


「まさか、五名家の特権で財務省を黙らせたと?」


「そう。論点を横領から五名家の特権のほうへ拡大させたんだ。そうすることで、その他の五名家は口が出せなくなった。力があるが故に力を出せないんだな。

 納入された物品は厳重に管理され、持ち出すには規定のルールに則る必要がある。出庫書類は古い物から最新のものまで全て揃っていた。倉庫の出入りには監督省管轄の監視人によって厳重に持ち出しチェックが行われる。

 つまり倉庫に入ったものを不正に持ち出すのは不可能であり、故に納入時点でアイヒホルンによる中抜きがあったはずだ、という言い分がそのまま通った」


(アイヒホルンを、切り捨てるしかなかったんだわ……)


 五名家は、建国前から国に忠誠を誓ってきた家だ。誰もが国のために誇りを持って尽力している。

 もしかしたら、他の五名家はアイヒホルンを切り捨てざるを得なかったのかもしれない。国を守るために。


 クラリッサは握り締めていた手に痛みを感じて、両の手を揉んだ。


「ホルガー卿からは、当時ヤミで茶葉や麝香を売っていた商社の売買契約書を預かってる」


「え、ではその商社をたどれば」


「いや、確かに商社をたどればギーアスターが多少出資していることまではわかるんだが、出資しているだけであって、横領や売買に関わっている証拠にはならないんだ。だからガルドゥーンたちの証言が必要だった」


「えと、ガルドゥーン様とマイザー様は当時財務省にいらっしゃいましたよね」


 図書室で確認した貴族名鑑によると、ガルドゥーンもマイザーも事件までは確かに財務省に奉職していた。

 クラリッサの言葉にフロレンツが頷き、そして苦虫を噛み潰したような顔で話を続ける。


「もうひとつお笑い種なのが、棚卸表の紛失だ。王家の資産は全て定期的に棚卸することになっているのに、恐らくそれをしていなかった。検品書類と棚卸表の紛失は財務省の怠慢であり、……茶葉と麝香の各保管部門長の退任が要求された」


「保管部門規模での退任要求ですか? 財務省本体にお咎めは?」


 王家の資産管理についてクラリッサは詳細を知る由もないので、茶葉と麝香を保管する管轄がどうなっているのかはわからない。だがどうやら各保管部門の長がガルドゥーンとマイザーだった、ということなのだろう。


 部門規模での責任追及となると、トカゲのように尻尾を切って本体は逃げたとしか思えない。


「当時監督省の大臣だったギーアスターの主導で抜き打ちの棚卸をし、この事態が発覚したことになっている。ギーアスターはハーパーの内部告発があったと言ったんだ。

 シナリオとしては、ガルドゥーンとマイザーがアイヒホルンの言う通り検品や棚卸をせずにいた。そのうちにハーパーが横領に気づいて告発した、と。職務怠慢と内部告発とが相殺されたというところか」


「そんな! では自供がなかったらお祖父様の冤罪は証明されないのですか? 私に何かできることは……!」


 物的証拠がない以上、誰かの証言に頼らなければ冤罪を証明できないということらしい。


(お祖父様、どれだけ悔しかったことか!)


 クラリッサは話を聞くだけでもはらわたが煮えくり返るように悔しくて、ぎゅっと唇を噛んだ。


 胸の内で祖父カスパルに思いを馳せる。伯爵位を取り上げられ、唯一残された遠方の領地へ引っ込んで以降、少しずつ元気をなくしていったカスパルの姿が思い出された。


「あとはハーパーを口説き落と――」


 再びノックの音が響いて、フロレンツが口を噤んだ。今度は細く小さな、ともすれば聞き逃してしまいそうな音だ。


 カルラが相手を確認し、困惑した表情で振り返る。扉の隙間から見えたその姿は、アメリアだった。



今回登場人物紹介

●クラリッサ:弱小男爵アイヒホルン家の長女。暗くて狭いところが嫌い。フロレンツが好き。

●フロレンツ:ウタビア王国の第二王子。無愛想でとっつきにくいけど、実は例のあの子だったことが発覚。

●カルラ:バジレ宮におけるクラリッサの侍女。以前はアイヒホルン家で働いていた。

●アヒム:フロレンツの執事。


名前だけ登場の人

●ハンス:グレーデン伯爵。クラリッサの伯父。官吏省大臣。

●ビアンカ:クラリッサの幼馴染。アウラー家の長女。フロレンツのファン。

●ガルドゥーン:ゲレオン・ガルドゥーン。武官省兵装管理部長。悪い人。

●マイザー:アウグスト・マイザー。官吏省北方管理部長。悪い人。

●カスパル:クラリッサの祖父。元文部省大臣。故人。

●ハーパー:ベンノ・ハーパー。財務省の大臣。ヨハンのパパ。

●ホルガー:アウラー家当主。ビアンカパパ。武官省大臣。

●ギーアスター:グンター・ギーアスター。アメリアの父。元監督省大臣、現文部省大臣。

●アメリア:ギーアスター家長女。意地悪。縦巻きロールがチャームポイント。


今回登場用語基礎知識

●ゲシュヴィスター制度:兄弟姉妹制度。5~10歳の同年代の貴族の子が集まり基礎教育を受ける。元は王族の情操教育が目的。

●五名家:ウタビア建国に尽力した五家。ローゼンハイム・エルトマン・グレーデン・ペステル・アイヒホルン。

●監督省:司法および警察権を持つ。国内治安維持など。現在はオスヴァルトが大臣。以前はギーアスターだった。

●財務省:国家財政および地方行政の監督。現在はハーパー家が大臣。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 手紙で遊び始めてしまうフロレンツが可愛い♪ え? アメリア? ここでアメリアが!? 協力者なのか? これは目が離せません!
[一言] 池井戸潤の小説みたいな展開に……!(迫真)
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