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第50話 真昼の星⑥



 男たちが連行されるのを見送っていると、警ら隊がふたりクラリッサの元へやってきた。ひとりは年齢からも胸元に光るバッジの数からも、それなりの立場に立つ人物であろうと見受けられる。


「簡単にで結構ですので、ここで何があったのか聞かせていただけますか」


「すまないけど、後にして」


 フロレンツがクラリッサの代わりに苦笑しながら応えた。

 足の震えがひどくなって、すぐにも崩れ落ちてしまいそうだったクラリッサは、申し訳ないと思いつつ、虫のようにフロレンツの袖にへばりついている。


 確かに、何があったかを語るには精神的にも体力的にも余裕が足りない。


 そこへ近衛騎士の制服を着た団体が店内に入り、真っ直ぐフロレンツを目指してやって来た。

 それを見てクラリッサはやっと、フロレンツが単身で乗り込んで来たことに思い至る。もしかしてこの人、めちゃくちゃ無茶をしたのでは?


「殿下、馬車の準備が整いました」



 ◇ ◇ ◇



 乗り込んだ馬車(クーペ)の周囲を仰々しいほどの警備が固めている。二人乗りの車内にはクラリッサとフロレンツが並んで座った。


 事件の動揺が治まらないクラリッサはまだ、見知らぬ人物にはそばにいて欲しくなかったため、クーペが準備されたことに心から感謝した。


 カーテンも全て締め切って外からの視線を遮断すると、クラリッサはやっと大きく息を吐くことができた。


「怖い思いをさせてすまない。あのフロアで何かあるとは思わなかった。完全に油断してた」


「私も、護身の心得はあるはずなのにごめんなさい。みすみす捕まってしまって」


 護身の心得もそうだが、よくよく思い返してみればビアンカも気をつけろと言ってくれていたのだ。


 田舎の出身だという意識が、「真昼の星」のターゲットに選ばれる可能性から自分を除外していた。考えてもみればバジレ宮に出入りしているだけで、いくらでもターゲットになり得るというのに。


 今回は明確に「クラリッサ・アイヒホルン」を狙った犯行だったが、それは結果論であって、本来はもっと注意しておくべきだった。


 クラリッサは男たちに捕まった瞬間を思い出して、フロレンツの手をぎゅっと握る。


「震えてる」


 フロレンツはクラリッサの肩に上着をかけ、その上から腕をまわして震えを止めるように強く抱き締めた。

 彼が常用するムスクの香水がフロレンツ本人の香りと混ざり合って、微かに鼻腔をくすぐる。香りが、温かさが、クラリッサを安堵させ、体中から力が抜けていった。


「『真昼の星』と、あれを雇ったグンターも捕えてあるから安心していい。もう誰も君を傷つけない」


「いつの間に……。あの場所を見つけてくれてありがとうございました」


「ああ、間に合ってよかった」


 バジレまでの道のりを、ビロードのようなフロレンツの声を聞きながら揺られる。


 グンターの身柄は、アジトだったバーから出て来たところを捕縛して近衛騎士たちに任せていたのだと言う。だから店にはひとりで現れたのだろう。

 それを聞いてやっぱり無茶をしたのかとクラリッサの胃が縮まった。



「さあ、どこから話そうか」


「グンター様が少しだけ動機を教えてくれました」


「そうか。……では事件の概要だけ。貿易の要であるコラカル港が昔はアイヒホルンの管理下だったのは知っているだろう。主要な貿易品にケイムン公社の茶葉と麝香があった。

 犯人どもはそれを横領したんだな。恐らくハーパーもグルだ。そんなとき、アイヒホルンがゲシュヴィスター制度の改革を提言し、彼らは猛反発した」


 クラリッサが幼いころ両親に連れられて遊びに行った港は、たくさんの大きな船が停泊し、いくつもの積み荷が降ろされまた積み込まれる、活気のある場所だった。


 古い記憶の中の港を思い描いたとき、フロレンツの肩に乗せた頭からクラリッサの髪が一房こぼれ落ちた。それをフロレンツが拾って、耳にかける。優しくて気持ちのいい手だ。


「はい。せっかくアメリアがロイヤルゲシュヴィスターに選ばれたのに、と」


「ああ、そうか。なるほど。加えてカスパル卿は制度について貴族同士の癒着も指摘していたから、いろいろと思うところもあったんだろう。

 それでギーアスターはアイヒホルンを謀略に乗せて追い落とし、領地や立場を手に入れた。茶葉や麝香もまた横領するのではなく、自分の息のかかった商社で専売する仕組みを作った」


「関係者は皆、ゲシュヴィスターで繋がりがありますからね。お茶や麝香から得られる利益は今もギーアスター家を潤してるんです?」


「多少は。加えて武器の密輸……ホルガー卿の手紙を盗み見た君なら説明の必要はないね」


 フロレンツがいたずらっ子のように笑い、クラリッサは眉根を寄せた。

 きっと手紙を開封してしまった事件はこれからもずっと、事あるごとに引き合いに出されるのだろうが、一方的に落ち度のあるクラリッサには何も言えない。


「ごめんなさいってば。でもガルドゥーンとマイザーが関わっていることしかわからなかったです」


「港を管理下に置くことで粗悪な武器を大量に輸入することに成功したんだ。それをガルドゥーンとマイザーの協力のもと闇に流している。隣国へ流れそうになったそれを、国境警備の任についた武官省が押収、発覚というわけだ」


 それでホルガーが報告をあげていたのかと納得してクラリッサは頷いた。ガルドゥーンは武官省の兵装管理部長であり、確かに武器を捌くにはもってこいの立場だろう。

 マイザーもまた官吏省とはいえ北方管理のため、現地のコネクションには事欠かないはずだ。


(政治……怖っ)


 すべて仕組まれたことのようにしか見えない。それもこれも、12年前から始まっているのだ。アイヒホルンを追い落とし、コラカル港を手に入れることも彼らには思い描いた計画の一部だったのだろうか。


「今は武器で私腹を肥やしてるわけですか。それはハーパー家も関わっているのですか?」


「武器についてはハーパーが関わった形跡は見つかってない。が、過去のことがあるからギーアスターとは一蓮托生だろう。細かいところで手伝ってはいるかもしれないな」


 フロレンツが溜め息混じりに小さく首を振る。二府六省という国家の要職についていながら、これだけの不祥事は前代未聞だろう。


「これで解決ですか?」


「武器と『真昼の星』との関わりについては問題なく罪を問うことができるだろう。が、12年前の冤罪事件はガルドゥーンとマイザーの供述頼みになる。恐らく問題ないとは思うが」


 見上げたフロレンツの瞳に不安の色が浮かんでいるような気がして、クラリッサは小さく唇を噛んだ。



今回登場人物紹介

●クラリッサ:弱小男爵アイヒホルン家の長女。暗くて狭いところが嫌い。フロレンツが好き。

●フロレンツ:ウタビア王国の第二王子。無愛想でとっつきにくいけど、実は例のあの子だったことが発覚。


名前だけ登場の人

●ビアンカ:クラリッサの幼馴染。アウラー伯爵家の長女。フロレンツのファン。

●グンター:ギーアスター伯爵家当主、アメリアの父。元監督省大臣、現文部省大臣。

●アメリア:ギーアスター伯爵家長女。意地悪。縦巻きロールがチャームポイント。

●ホルガー:アウラー伯爵家当主。武官省大臣。昔からよくクラリッサの面倒を見てくれる人。


今回登場用語基礎知識

●真昼の星:近頃うわさの義賊。

●ゲシュヴィスター制度:兄弟姉妹制度。5~10歳の同年代の貴族の子が集まり基礎教育を受ける。元は王族の情操教育が目的。

●武官省:王国の軍事に関わる全てを掌握。現在はアウラーが大臣。

●官吏省:国政にまつわる人事のほとんどを担う部門。代々グレーデン家が大臣を務める。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >虫のようにフロレンツの袖にへばりついている。 きゃわいい♪ >「恐らく問題ないとは思うが」 ああフロレンツ、フラグを立ててしまった。
[一言] >恐らく問題ないとは思うが 自らフラグを立てていくスタイル( ˘ω˘ )
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