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第28話 氷の解け始める兆し③


「クラリッサ!」


 どこからか発せられた若い女性の声にクラリッサとフロレンツが周囲をグルリ見回すと、入り口のあたりに大きく手を振る女性とそれを(たしな)める大柄な男性がいた。


「ビアンカ!」


 クラリッサも立ち上がって手を振れば、ビアンカが小走りで、その後ろの男性……ビアンカの父ホルガーが大股でふたりの元へやって来た。


 アウラー邸を出てからまだ半月ほどではあるが、クラリッサにはとても久しぶりに感じられる。

 クラリッサはビアンカと軽くハグをして、ホルガーに礼をとった。フロレンツはホルガーにだけ簡単に挨拶をしてからクラリッサを振り返る。


「リサ、俺は向こうに――」

「あ、いや、殿下。少々お耳に入れておきたいことが」


 先ほどとは逆にフロレンツが席を外そうとするが、ホルガーに呼び止められて動きを止めた。このホールに来てからフロレンツはずっと誰かに捕まっていることに気づいたクラリッサは、ほんの少しだけフロレンツを不憫に思った。ほんの少しだけ。


 フロレンツとホルガーのやり取りを眺めるクラリッサの腕を、ビアンカがちょこちょこと引っ張った。

 振り返るとビアンカはベンチに腰かけた状態でクラリッサを見上げている。クラリッサもその左側に腰をおろした。


「ねぇクラリッサ、例のあの子は見つかった?」


「んー。そうかなって思う人はいたけどまだわからない、かな」


 冷静になって記憶と照らし合わせた結果、例のあの子候補はフロレンツかヨハンのどちらかなのだとわかる。


 記憶の中で手を叩いて笑う子はロベルトだったし、いつも絵を描いている子はヴァルターだった。であるならば、あの子はヨハンだと考えるのが順当だろう。

 この無表情王子とあの子はどうにも結びつかない。


 気の強そうな容姿と裏腹にロマンチックで乙女的な思考を持つビアンカなら、見つかったと言えばきっと色恋に結び付けてキャーキャー言うに違いない。

 クラリッサはバジレ宮へ来て最も腕前を上げた曖昧スキルを披露した。曖昧スキルは便利だ。良いか悪いかは別にして。



「最近、どうにも見過ごせない武器の密輸が発生してましてね」


(え……!?)


 ホルガーの言葉に反応してクラリッサの耳が大きくなる。武器の密輸とはずいぶん穏やかでない話だ。


 ホルガーが大臣を務める武官省は国家の軍事全般を司る部門だ。国外へと流れていく武器を押収することはできても、国内での取り締まりは管轄違いで難しいと言う。警察権を持つ監督省の守備範囲ということだろうか。


 国外へ運び出そうとした人物から辿っても、末端の範囲を出ないうちにトカゲのしっぽのように切られてしまう。おかげで上流にたどり着けず、武官省ではお手上げというのがホルガーの訴えの全容だ。


「ねぇ聞いてる?」


「あ、うん。えっと、なんの話だっけ?」


「んもう! だからね――」


 ビアンカが頬を膨らませながら、商家の幼い子どもの話を再度始める。が、クラリッサの耳は既にホルガーの話に釘付けになっていた。



「武器そのものは安価で脆弱なものですよ。が、結構な数が流れているようだ。それだけの金額もね」


「それを、なぜ俺に?」


「なぜでしょうね。ああ、そうだ。娘のビアンカとクラリッサの文通をお許しいただけますかな」


 フロレンツとホルガーが視線を向ける気配に、慌ててビアンカの話を熱心に聞いていた振りをして相槌を打つ。商家の息子と、どこそこの貴族のご令嬢がどうのという話だったはずだが詳細はわからない。


「ああ、もちろんだ。別に元々禁じてはいないが……恙なくやり取りができるよう、取り計らっておこう」


「だからね、お外に出るときはちゃんと気をつけるんだよ!」


 ずっと昔、東のさらに東の国にはたくさんの人の言葉を同時に聞いて理解できる人物がいたという。


 このウタビア王国にも、似たような伝説を持つ古い偉人はいるが、それは間違いなく誇張された話だとクラリッサは確信を得た。たった3人の言葉ですら同時に理解することはできないのだから。


 全て理解しようとした結果、全て何を言っているのかわからなくなった。最もダメなパターンだ。

 一先ず、直接的に会話していたはずのビアンカへ返事をする。話は聞いていなかったが。


「ハイ……」


「ねね、ところでさ」


「んん?」


 突然ビアンカがクラリッサの耳に口を寄せた。さすがにこれはしっかり聞かなければなるまいとクラリッサも居ずまいを正す。

 アメリアの妖艶な香りとは違う爽やかな柑橘系のそれがビアンカから香った。


「フロレンツ殿下、いい人だったでしょう?」


「えぇっ」


 反射的に見上げたフロレンツは、ホルガーと一緒に眉間に皺を寄せ、難しそうな顔をしている。

 クラリッサは視線に気づいたらしいフロレンツと目が合いそうになって、慌てて逸らした。


「ああ、まぁね……ははは……」


「じゃあ今度さ、普通の人は知らないような殿下の素敵なところ、教えてよね!」


「はい?」


 ビアンカはずいぶん前からフロレンツの大ファンだ。成人して社交界へ顔を出すようになったビアンカは、フロレンツのいる夜会に参加したこともあるのだろう。


 幼少期とデビュタントを除けば、クラリッサがフロレンツの姿を見たのはあのアルノーの夜会が初めてだったけれども。


 フロレンツは無口で無表情だからわからない、そう反射的に口にしそうになって慌てて手で口を覆う。


 本人を目の前にして言っていいことではないだろう。危ないところだった。もう一度ゆっくりフロレンツを見上げると、今度はしっかりと目が合った。その瞳が「なんだ」と言っているのがわかる。


 プルプルと小さく首を振ってなんでもないと伝えたとき、ホルガーがビアンカの名を呼んだ。難しい話は終わりらしい。



 展示ホールへ向かう父娘の後ろ姿をフロレンツとクラリッサが並んで眺める。

 武器の話も気になるところだが、きっと突っ込んではいけない類の話だろう。仮に聞いても、ネズミの話と同様に「知らなくていいことだ」と一蹴されるのが目に見えている。



「アウラーのご令嬢とは本当に仲がいいな」


「え?」


 横から聞こえてきた呟きに驚いてクラリッサが顔を上げる。まさか世間話っぽい世間話をフロレンツのほうから振ってくるとは。


「以前ふたりが一緒にいるのを見かけたときには姉妹のように見えたほどだよ」


 アルノー邸でのことだろう。あのとき、婚約を破棄されたクラリッサにとって、ビアンカがそばにいてくれたことがどれだけ心強かったことか。


 思えばバジレ宮から出ることになった幼少の頃からずっと、彼女はクラリッサと共にいた。確かに姉妹みたいなものなのだろう。


「彼女には感謝してもしきれません」


「そうか」


 クラリッサは、いつまでも慣れることのできない殿下の微笑みから目を逸らして、はい、と返事をした。



今回登場人物紹介

●クラリッサ:弱小男爵アイヒホルン家の長女。フロレンツのスパルタでお嬢様レベル上昇中。

●フロレンツ:ウタビア王国の第二王子。ゲシュヴィスター制度の研究と称して何やら画策している。

●ビアンカ:クラリッサの幼馴染。アウラー伯爵家の長女。

●ホルガー:アウラー伯爵家当主。武官省大臣。


名前だけ登場の人

●アメリア:フロレンツ大好き。ギーアスター伯爵家令嬢。縦ロールがチャームポイント。

●アルノー:クラリッサの元婚約者。42歳。


今回登場用語基礎知識

●武官省:国家の軍事全般を司る部門。

●監督省:司法および警察権を持つ。国内治安維持など。現在はオスヴァルトが大臣。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ビアンカお久しぶり~♪ 憧れのフロレンツがヤンデレだと知ったら、どうなることやら……。
[一言] ビアンカキターーー!!!!(ビアンカ推し) >この無表情王子とあの子はどうにも結びつかない。 ふうん( ˘ω˘ )
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