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第25話 靄のかかる未来⑥


 クラリッサとの食事を終えたフロレンツは、自室に戻ってからソファーに沈み込んで物思いに耽っていた。



 フロレンツがクラリッサをダンスに誘ったとき、彼女はカスパルの考えについて語った。

 それは例の事件において、アイヒホルンが擁護されなかった理由に関係するのではないかと考え、翌日には行政府の資料室へこもることに。


 文部省から提出された審議申請書はすぐに見つかった。

 クラリッサの言う通り、カスパルはゲシュヴィスター制度の欠点を指摘し、是正すべきだと提言していたのだ。


 制度への参加が親の考え次第のため、教育の質も機会も差が出てしまうこと。

 教師やテキストの質がまちまちであること。教師の思想についてのチェック機能がないこと。

 ゲシュヴィスターを10歳で終えたあとの教育がまた家任せになること。

 そして――家同士の癒着や馴れ合いが激化していること。


 制度へ参加しない家は中小の力の弱い貴族に多い、というのが当時の文部省がまとめた資料にある。

 横のつながりがないから制度へ参加できないし、制度へ参加しないから横のつながりが持てないというループがあるらしい。


 制度を利用して縁を深めた家同士は、業務上でも協力関係になることが多い。

 子どもが5歳から10歳までの5年間、家と家のつながりを持ち続けるのだから当たり前とも言えるだろう。


 それが、不正や腐敗を生むのだ。


 制度があったから今の立場を築くことができたという家は多いだろう。彼らはきっとこれからも子や孫が生まれればより利のある家と手を組みたいはずだ。

 そのためには、ゲシュヴィスター制度は今のまま存在してもらわなければならない。


 カスパルの提言は、改善案は、彼らには不要だったのだ。


 ――表向き上手くいってる制度をどうこうしようとしたら、愚痴どころか不満が噴出する


 ロベルトの言葉は恐らく正しい。

 長い目で見れば国にとって決して健全な状況とは言えなくても、今現在は問題なく、むしろ当事者にとっては有利に働く制度を変えてもらっては困るのだ。


 アイヒホルンが五名家であったことも良くなかった。

 多くの場合、五名家の提言に反対の立場をとれるのは同じ五名家だけだ。もちろんそれは、彼らがそう感じているだけではあるのだが。



「アイヒホルンの口を封じたほうが、手っ取り早かったってことか」


 フロレンツが呟いたとき、部屋にノックの音が響いた。従者へ頷いて扉を開けさせる。




「フロレンツ、今いいかな」


 部屋へ顔を出したのはヴァルターだった。夜にはいつも図書室に引き籠るヴァルターがフロレンツを訪ねるのは珍しい。

 頷いてソファーを指し示すと、ヴァルターは静かに腰かけて神妙な顔を上げた。


「どうした」


「ただの定期報告だよ。ヨハンもカトリンも相変わらずだけど、アメリアはちょっととげとげしいね。この間もクラリッサに喧嘩をふっかけていたし。でも今のところ誰も大きな動きはないみたいだ」


 フロレンツは外出が多くバジレ内の様子を常に見ていることができない代わりに、ヴァルターが仲間たちの様子を確認しては報告してくれるようになっていた。

 予想通り、犯人たちの息子や娘は事情を知らされていないらしく、妙な動きなどは特にない。ネズミは追い返したし、最近は異様なほど静かだ。


「何もないのはいいことだ」


「ただ、街はそうじゃないみたいだね。噂は聞いた?」


「噂?」


「義賊だよ。貴族を狙って誘拐して、手に入れた身代金の一部をばら撒いてるらしい」


 ヴァルターの父親が開発省の大臣だからか、民の噂話を耳にするのが早い。だが義賊とは。

 フロレンツは腕を組んでヴァルターのもたらした情報について考えを巡らせるが、心当たりは()()なかった。


「ばら撒いてるって、どこに?」


「んー、孤児院とか聞いたけどなあ」


「聞いたことがないな」


「ああ、じゃあ何かもっと裏がありそうだね。そんなわけだから、クラリッサにも注意するように言っておいてくれる?」


「……わかった」


 王都で唯一の孤児院には、フロレンツが定期的に顔を出している。義賊の話などは子どもたちの前ですることでもないだろうから、フロレンツの耳に入らなくても不思議なことではない。


 だが、寄付があったというなら話は別だ。孤児院の経営についてはフロレンツも度々相談を受けているし、多額の寄付もしていた。


 貴族を誘拐して身代金をせびるだけのつまらない小悪党だろう。だがヴァルターの言うとおり、クラリッサにも注意させなければならない。


 アイヒホルン家は例え身代金を請求されても用意できるような状況ではないが、民の目から見ればバジレ宮で生活する貴族の娘に違いないのだから。


「じゃ、おやすみ」


「ああ、おやすみ」


 部屋を出て行くヴァルターを見送りながら、ハタと気づく。

 クラリッサが注意すべきは、つまらない義賊だけではない。もっと老獪で狡猾な誰かがいつ次のネズミを侵入させるかもわからないのだ。


 近々、このバジレ宮に多くの人物が出入りする催し物がある。念のため彼女の身の安全に気を配るべきだろう。


 王族であるフロレンツとの距離を測りかねたような曖昧な微笑ではなく、クラリッサがたまに見せる本来の笑顔は、昔からまるで変っていなかった。


 彼女がフロレンツをどう思っていようと、フロレンツにはあの笑顔を守る義務があるのだ、と思う。


 バジレ宮へ(いざな)ったのは自分なのだから。



今回登場人物紹介

●フロレンツ:ウタビア王国の第二王子。無表情で偉そう。過去の事件を調べまわっている。

●ヴァルター:ペステル伯爵家の長男。のんびり屋さん。絵描き。家を継ぎたくない。


名前だけ登場の人

●クラリッサ:弱小男爵アイヒホルン家の長女。婚約を破棄されてなぜか城の離宮に呼ばれた。

●カスパル:クラリッサの祖父。故人。

●ロベルト:エルトマン公爵家長男。チャライケメン。仕事はできるらしい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 義賊の話で、「何も」が強調してあるのが気になりますね。 まさか偽情報? あとがきで、少しずつ株が上がるロベルト君。
[一言] あけましておめでとうございます! >彼女がフロレンツをどう思っていようと、フロレンツにはあの笑顔を守る義務があるのだ、と思う。 それを本人に言わないからいろいろ拗れるんやぞ( ˘ω˘ )
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