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第18話 想定外の一面④


 クラリッサは随分前からずっと、眼下に広がる広い庭に咲く赤い花の数を数えている。黄色の花はもう数え終えてしまった。

 なんなら、庭の端っこのランタンの灯りが消えていることまで発見済だ。恐らくバジレ宮の庭のことなら、庭師の次に詳しくなっただろう。


 フロレンツは空を見たままだんまりしている。会話に困ったクラリッサが試しに「いい天気ですね」と話しかけたのはどれくらい前のことだったろうか。

 それに対してフロレンツは「ああ」と生返事で心がどこかへ行ってしまっていることだけ教えてくれたのだった。月はずーっと薄雲をまとったままだというのに。



 クラリッサは別に天気の話をしたいわけではない。雲上人である王子様とひとつの空間に二人きりでいて、無言が続くこの居心地の悪さをどうにかしたいのだ。

 喋らないなら早く解放してほしい。下々の人間からそれを言いだすわけにはいかないのだから。


(……ん、そういえば)


 話題ならひとつあったではないかと思い出す。

 ずっとフロレンツに聞いてみたいと思いながら、なかなかタイミングを掴めずにいたことだ。それでもうわの空のならもうお手上げだし、こっそりこの場を離れても気づかないに違いない。



「あの、どうして私をここへ誘ってくださったんですか?」


「……」


 空はもうすっかり夜でフロレンツの瞳よりも暗い。庭には一定の間隔で明かりが灯されていて、暗くなってもまだまだ花の数を数えていられる。次は青色にしようか。


 視界の隅を動くものがあり、目を凝らしてみれば誰かが庭を走りぬけたのがわかった。衣類を見る限り従僕(フットマン)のようだ。

 フロレンツもまた動く人影に気づいたのか微かに身じろぎをして、一瞬だけ視線が移動したのがわかった。すぐに空の虜に戻ってしまったけれど。


 クラリッサは虚無に浸りながら、もう一度黄色い花を数え直すことに決めた。

 一定時間喋らなかったら例え王族が相手でも放置して自室に戻っても良い、というマナーが新設されることを切に願って。



「なあ」


「ひゃいっ!?」


 突然、綺麗な置き物に話しかけられて驚かない人間はいない。クラリッサもまた例外ではなく、貴族名鑑一冊分くらい飛び上がった。

 本当にウサギだったならもっと高く飛んでいたかもしれない。


「お前はゲシュヴィスター制度についてどう思う」


 クラリッサは片方の眉毛を上げて恨めし気に見上げた。


 まさかずっと考え事をしていたのではあるまいな? というお気持ちである。研究熱心なのは良いことだが、是非一人の時にしてもらいたい。

 が、無言の訴えが通じる相手ならそもそもこうはなっていないのだろう。小さく肩をすくめてから、息を吐くのと一緒にぽとりと落とした。


「え、と。私は小さな頃に少ししかいなかったので『普通の』答えはできませんけど。ちょっとずつ思い出した記憶はどれも楽しかったり嬉しかったりばかりで。

 だからきっと当時の私は幸せだったんだと思います。子供にとっては悪いことではないと。……まぁ、大人にとってはそんな純粋なものではないの――」


 クラリッサは言いかけた口元を手で押さえる。祖父カスパルの受け売りをあたかも自分の考えが如くに話してしまうところだったのだ。


 口を(つぐ)んだクラリッサに自己チュー王子様が瞳で「続けろ」と訴える。

 どうしたものかと思いあぐねて左右に首を傾げたが、今度こそお祖父様の考えだと前置きした上で話を続けた。


「集まったお家の家格差が大きいと新たな軋轢(あつれき)忖度(そんたく)を生むとか、または国にとって歓迎されない思想でも、似たような考えの人物が集まると強固な意志になりやすいとか」


「カスパル卿が、そんなことを」


 国内の教育や倫理、そして外交を司る文部省の大臣を長く拝命していたのがアイヒホルン家だった。

 ゲシュヴィスター制度についても、最も研究、調査していたのがクラリッサの先祖であると言って過言ではない。


 そのカスパルの言葉となると、フロレンツもうわの空ではいられなくなったらしい。目を瞠って言葉を失う様を見て、クラリッサは今日という日の中で最も大きな反応だなと苦笑した。


 やはり研究熱心なのだろう。

 自己中心的で高慢ないけ好かない人物かと思っていたが、少し考えを改めることにした。いけ好かない研究熱心な人、くらいには。


「あの、お祖父様のまとめた資料が屋敷にあったかと思いますが、送らせましょうか」


「ああ、いやまだいらない。アイヒホルンで保管しておけ」


(まだとは)


 クラリッサはフロレンツの言葉に違和感を覚えつつ頷く。


 暗かった庭の端っこで明かりが点った。先ほどの従僕が火をいれてくれたらしく、立ち去る背中がほんの少し満足気だ。

 そして黄色い花はまだたくさんあったことを知った。




「お二人ともこちらにいらっしゃいましたか」


 背後からかけられた声に、クラリッサとフロレンツは同時に振り返る。そこには、普段フロレンツの身の回りの世話をする側仕えのひとりがいた。

 食事の準備が整ったと報告をし、一拍置いてから言葉を付け加える。


「ご一緒に召しあがりますか」


「あ……」

「いや、ちょっと急用を思い出した。食事はまた今度だ」


 フロレンツはそれだけ言うと、さっさとテラスからホールへ、そして廊下へと足早に立ち去った。歩くスピードは相変わらずだ。

 取り残されたクラリッサと従者(ヴァレット)は、思わず顔を見合わせて笑う。


「一生懸命な方でいらっしゃいますから。すみません」


 年配の従者の声は優しかった。


今回登場人物紹介

●クラリッサ:弱小男爵アイヒホルン家の長女。ダンスはまだまだ練習が必要。

●フロレンツ:ウタビア王国の第二王子。予定も聞かずに連行する身勝手な一面がある。


名前だけ登場の人

●カスパル:クラリッサの祖父。故人。


今回登場用語基礎知識

●ゲシュヴィスター制度:兄弟姉妹制度。5~10歳の同年代の貴族の子が集まり基礎教育を受ける。元は王族の情操教育が目的。

●文部省:国内の教育、倫理を司る。また、外交も担当。現在はギーアスターが大臣。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >「一生懸命な方でいらっしゃいますから。すみません」 この従者さん気配りができるだけでなく、フロレンツ思いなんだなーと感じます。 主人の不器用さに呆れてもいそうですが……。
[一言] この従者はきっとイケオジに違いない( ˘ω˘ )
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