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第13話 知ってること、知らないこと⑤


 ロベルトは楽しくて仕方がないといった様相で足早に部屋に入り、ヴァルターの横へどすんと座った。細身のヴァルターが揺れる。


「あの子、早速シュテファニ怒らせてんの!」


「ええっ!」


 ロベルトの言葉に最も早く大きく反応したのはヴァルターだった。なんで、どうしてとロベルトの袖を掴んで離さない。


「空の色をクラリッサが覚えてたんだよね。これはヴァルターの絵だってピンときたらしくて『この空は特別なんだ』って言ったら怒っちゃってさ」


「ええ……クラリッサは空の説明を?」


「してたらシュテファニが怒るわけないじゃん。クラリッサの話聞かないで帰っちゃったよ」


 笑いをこらえながら説明するロベルトに反して、ヴァルターは困惑し通しだ。シュテファニを怒らせるキッカケになった申し訳なさと、空色の解説を聞かせないで済んだ安堵感と。

 ただ最後にふわっと笑ってフロレンツに向き直った。


「でも、全部忘れちゃったわけじゃないみたいだねぇ。きっと他にも時間をかけていろいろ思い出すと思う」


「別に俺は」


「そうそう。自分のこと思い出してほしけりゃ、昔みたいにずっと一緒にいるのが手っ取り早いってモンよ」


 フロレンツはロベルトを睨みつけた。12年という月日はそんなに簡単ではないのだ。フロレンツはあれからずいぶんと変わった。そしてきっとクラリッサも。


 予定日よりもずっと早く小さく生まれたフロレンツは、物事の理解も運動能力も同年代の子たちよりずっと劣っていた。

 何もできず、部屋の隅に縮こまろうとするフロレンツを外に引っ張りだすのはクラリッサで、解けない問題が解けるようになるまで横にいたのもクラリッサだった。


 彼女がいなくなったとき、フロレンツは『クラリッサがいなくてもなんでも出来る人間になる』と誓ったのだ。自分自身と彼女に。そして、実際にそうなりつつある、と自負している。

 もうあの頃の何もできないフロレンツではないし、それを証明しなければならない。


 フロレンツは苛立ちを落ち着けるように息を深く吸ってから、ヴァルターに笑いかけた。


「シュテファニが怒ったのはヴァルターのせいだ。ご機嫌をとる義務があるんじゃないか」


「ええっ? ま、まあ元をたどればそうかもしれないね。うん、わかった。行ってくるよ」


 慌てて立ち上がったヴァルターの背にロベルトがひらひらと手を振る。ロベルトがしでかしたであろう()()()()()について、フロレンツはまだ報告を受けていない。


「それで? シュテファニが怒ったことを言いに来たわけじゃないだろ」


「いやぁ、シュテファニが怒ったのはめちゃくちゃ面白かったけどね。でも、そうだな。もっと面白いものが見られる気がするから言うよ」


 ロベルトがニヤリと笑ってもったいぶる。

 いちばん嫌な笑い方だ。


「クラリッサは――」


「早くしろ」


()()()()だ。良かったな、兄弟。あの様子じゃ男に指一本触れられたこともない。パーティーでアルノーとダンスしただけだろ。ある意味お前はアルノーに助けられたな!」


「は?」


 フロレンツはロベルトの言葉をどう受け取ればいいのかわからずに硬直する。あの様子ってどの様子だ。こいつはクラリッサに何をした?


 目の前に座るロベルトは思い出し笑いなのか、それとも固まるフロレンツが可笑しいのか、背を丸めて手を叩きながら笑っている。たぶん今ならテーブルの上のポットで頭を殴りつけても誰も咎めないだろう。



「怖い怖い、落ち着いてよ。ちょっと頬っぺた触っただけだって」


「殺す」


「え、待って、落ち着いて?? てかフロレンツはクラリッサをどうしたいわけ? 嫁にできるわけでもないのに。よしんば王族の権威で無理を押し通したとして、彼女の気持ちはどうするのさ」


 握った拳で膝を叩いて、深呼吸する。


「俺は彼女が本来持っているはずだった権利を取り戻したいだけだ。それ以上でも以下でもない」


「ふぅん。後ろ盾にでもなってやるつもり?」


 五名家にふさわしい教育を受け、社交の場に出て、自分の意思で結婚相手を決める。結婚については完全な自由というわけにはいかないかもしれないが、少なくともアルノーを選ばされる環境は違う。


 それが友達を助けるってことだ。それに。



「それに、王族だからという話なら、国のために間違いを正す必要があるだろ」


「間違い? なんかあったか?」


「そのうちわかる」


 フロレンツは、ロベルトにまだ全てを明かすことができずにいた。女性問題については軽薄で全く尊敬できないが、こと仕事ともなれば真面目で情勢を読むのもうまい男だ。

 では、仕事と女性問題が入り混じったらどうなるか。……恐らくこの男は、恋に狂う。


 本来ならフロレンツのことを笑い物にできないくらい、この男も臆病なのだ。今まで彼はいろんな女性と浮名を流しておきながら、たったひとり愛した女に、それこそ指一本触れられずにいるんだから。


 だから、カトリンの実家オスヴァルトが関わっている事件について、真実を明かそうとするならいつか必ず、彼はフロレンツの敵となるだろう。

 そして、勘のいい彼なら既に何かしら気づいているかもしれない。早く真相とその解決策にたどり着いて彼を懐柔しなくては。説得材料を集めるのだ。



「よくわかんねぇけど、元気出しなよ! きっと思い出してくれるって。ダンスでも誘ってみれば??」


「言っておくが、八つ当たりしてるわけでも拗ねてるわけでもないぞ」


「はいはい、わかってますよぉー」



今回登場人物紹介

●フロレンツ:ウタビア王国の第二王子。一時期グレて暴れまわっていたらしい。

●ロベルト:エルトマン公爵家長男。人をからかうのが好きな残念イケメン。

●ヴァルター:ペステル伯爵家長男。芸術家肌。空の色にはこだわりがある。


名前だけ登場の人

●シュテファニ:ローゼンハイム公爵家ひとり娘。貴族のご令嬢のお手本。

●クラリッサ:弱小男爵アイヒホルン家の長女。主人公。

●カトリン:オスヴァルト伯爵家の末っ子。もちもち。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >「怖い怖い、落ち着いてよ。ちょっと頬っぺた触っただけだって」 >「殺す」 あっ、やっぱ殿下ヤンデレだった。 さすが、なろうが誇るヤンデレメーカーのウニさん。
[一言] ムッツリ系ヤンデレと闇が深いチャラ男! うにさんの小説を読んでるって感じがするなあ( ˘ω˘ )
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