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第四十話







「……貴方、申し訳ないけど三人にしてくださる?」


 夕夏の言葉に将和らが部屋から出て襖が閉まる。残ったのは夕夏とタチアナ皇女、アナスタシア皇女の三人のみ。幾分かの沈黙の末、口を開いたのは夕夏だったが視線はアナスタシアに向けていた。


「好きに……なったのね………ナーシャ?」

「……えぇ、そうですね」


 夕夏の言葉にアナスタシアはハッキリと答えた。夕夏はアナスタシアの愛称ーー前回の時にナーシャと呼んでほしいと言われていたーーで呼びタチアナーーターニャーーと夕夏はアナスタシアの反応に夕夏はクスクスと笑う。


「あの人と共に人生を歩み死ぬる覚悟はあるのね?」

「覚悟はあります。前回はターニャ御姉様がいたから諦めた……けど、今回は諦めたくない。それが今、私が此処にいる理由です」

「宜しい」


 夕夏は満面の笑みを浮かべる。


「……貴女は……」

「ん?」

「貴女はーー夕夏は悔しくないの? 同じ人を好きになったのですよ?」

「あら。なら貴女は私に斬られたいのかしら?」

「……少なくとも斬られる権利は私にはあると思っています」

「無理矢理将和を連れて帰ろうとしたなら首を刎ねてたわよ」

「………」


 夕夏の言葉にアナスタシアは黙るがタチアナは苦笑している。


「でも貴女はそうしなかった。むしろ私らとどうしようか相談までした。それなら私は貴女やターニャとあの人と共に人生を歩み死ぬるのも一興と思ったまでよ」


 夕夏はクスクスと笑う。笑う夕夏にタチアナは溜め息を吐いた。


「……やっぱり貴女には敵いそうにないですわね」

「あらあら。でもあの人の事よ、多分増えるわよ」

「……前回よりも増えます?」

「増えるわよ。だって夜の戦い……激しいわよ」


 クスリと頬笑む夕夏にアナスタシアは言葉の意味を理解して顔を赤くする。


「それでーー」


 その時、激しい揺れが部屋を襲った。


「地震だ!!」


 部屋の外から将和の叫ぶ声が聞こえる。夕夏は素早く襖を開けた。


「貴方!!」

「夕夏、早く外に!!」

「タチアナ皇女も早く……」

「きゃッ!?」


 走ろうとしたタチアナ皇女とアナスタシア皇女が転ぶ。揺れは激しくなり、ミシミシと柱が折れ、埃が舞い家が唸り出した。


「ターニャ!! ナーシャ!!」


 夕夏は素早くタチアナとアナスタシアを抱き起こして将和に渡す。その時、将和と夕夏の間に柱が落ちて夕夏の脱出路を塞いだ。


「夕夏ァ!?」

「さっさと行って貴方!! 私は大丈夫よ!!」

「しかし……」

「私は勝手口の方から行くわ。なに、直ぐに会えるわよ」

「……分かった。俺も直ぐに向かうからな!!」


 将和はタチアナをおんぶして紫を抱っこしながら急いで外に出た。夕夏は徐々に家の木々が落ちるのを交わしながら台所から勝手口に出る。勝手口を開けた途端、ミシミシと大きな唸りがした。


「くっ……」


 夕夏は咄嗟にヘッドスライディングのように外へ飛び出して転がる。

 その瞬間、自宅が倒壊した。夕夏は間一髪のところで難を逃れたのである。


「夕夏ァ!!」


 正門に出た将和はタチアナに紫を預けて急いで勝手口に来た。将和は地面に倒れている夕夏を抱き起こす。


「しっかりしろ夕夏!!」

「大丈夫よ。二回目も中々スリリングがあって楽しかったわ」

「あのなぁ……」

「ミヨシ大佐、このまま此処にいては危険です。早く退避を……」


 職員の言葉に将和は夕夏をおんぶしてタチアナらと共に倒壊した自宅を後にする。東京の町は被害で溢れていた。道路も多くの人でごった返す中、防災訓練予定のため展開していた陸軍の医療部隊へ流れ込む事に成功した。

 しかし、医療部隊は負傷者等の搬送であたふたとしていた。


「私も手伝うわ」

「夕夏……」

「かすり傷よ。それに私は元看護婦よ」

「……分かった」


 夕夏の言葉に将和は頷いた。


「元看護婦ですか? それは助かります」

「えぇ。従軍看護婦として欧州にね」


 夕夏は軍医とそう話しつつ負傷者の救護に当たる。とりあえずは大丈夫と思った将和は次に権蔵としの達の安否が気になっていた。しかし、夕夏は元より子ども達の事もあったので動けなかった。将和はただ二人の無事を祈るだけであった。待合所に向かうとタチアナとアナスタシアが将弘らをあやしていた。


「済まない。こんな事になって……」

「構わないわ。自然だもの」


 そこへ職員が念のために大使館への避難を進めるが二人は拒否した。


「日本が被災したのに逃げるわけにはいかないわ」

「そうです」


 二人はそう返したが将和らの説得で渋々と大使館に退避する事に同意したのである。その頃、政府も被災者の救援に全力だった。


「軍の救援は?」

「本日1200より防災訓練の予定だったので居残り部隊も含めて出動出来る部隊は全て出動しています」

「海軍も『長門』型を含む艦艇に救援物資を搭載して順次出動しています」


 原の問いに山梨陸軍大臣と財部海軍大臣はそう答えた。なお、この時に演習を中止して遠州灘を航行していた『長門』がイギリスの軽巡『ディスパッチ』に発見されて軍機だった最大速度を落とす羽目になる。

 それは兎も角、政府の全力を挙げた救援活動は何とか身を結ぶ事になる。


「夕夏、今からお義父さんの安否確認に行く」

「……うん。分かったわ」

「なぁに、地震の事は知っていたし予め避難するようには言っていたからな」

「……そうね」


 負傷者を救護していた夕夏に将和はそう告げる。将和の言葉に夕夏はゆっくりと頷いた。


「というわけで行くぞ長谷川」

「お、俺かよ……まぁお前に死なれちゃ困るから仕方ない」


 将和の安否のために海軍がわざわざ一個分隊を派遣してくれた長谷川中佐と共に本所区へ向かう事にした。


「分隊は連れて行かないぞ。他の救援活動に向かわせる」

「お前がいるだけでも心強いさ」

「曹長、分隊の指揮を取れ。分隊はそのまま陸軍の援護だ」

「了解」


 そして将和と長谷川が本所区へ向かう。しかし、本所区へ向かうルートは火災の延焼により阻まれて先へ進めない状況だった。しかも二人は軍人であるため被災者は救援に来たと勘違いする有様である。


「軍人さん、この家から赤子の鳴き声がするんだ。手を貸してくれ!!」

「………」

「俺達も手を貸したいがそれどころ「分かった」将和……」

「二人の安否が気になるが俺達は軍人だ。今は救助だ」


 将和は二人の安否を確かめたい気持ちを押し込めて倒壊した家屋に入る。


「……ふぅ、分かった分かった」


 長谷川も軍帽を脱いで作業に移る。赤子が見つかったのは一時間後だった。赤子は倒壊した家屋の隙間で泣いており怪我はしていなかった。


「よし、此処は大丈夫だな。軍の誘導で安全なところに避難してくれ」

「ありがとうございます、ありがとうございます」


 将和らに頭を下げる赤子の両親にそう言って後にする。


「行けそうか?」

「駄目だ。あっちも延焼が激しい。無闇に突っ込むと死ぬぞ」


 本所区へ向かう道路を見てきた長谷川は将和にそう言った。


「……分かった。一旦戻ろう」


 苦汁の末の決断だった。二人は戻る事にして戻る途中でも家屋の下敷きになった者がいないか探しながら帰還したのである。

 九月三日、漸く火災の鎮火が出来た。この火災旋風により東京市の43%を焼失させたのである。将和は再び長谷川を連れて本所区へと向かう。彼等の足下には火災により黒く焼け焦げた死体が幾つもあった。


「……酷いな……」

「それで家は何処だ?」

「小さな町工場だから何となく分かるはずなんだが……」


 将和は記憶を頼りに何とか夕夏の両親がいるはずの家と町工場に辿り着いた。だがそこは火災で焼け落ちた跡だった。


「これは……」

「あんた、夕夏ちゃんの旦那かい?」


 佇む将和らに一人の中年男性が声をかける。


「は、はい。貴方は?」

「近所の者で従業員だ。風原さんなら生きてるよ」

「え……?」

「向こうの救護所で手当てをしてるよ」

「あ、ありがとうございます!!」


 将和は男性に御礼を言って言われた場所にある救護所に駆け込む。中は負傷者だらけだったがその中で頭に包帯を巻いた権蔵と腕が折れたしのが座っていた。


「義父さん、義母さん!?」

「おぉ将和君か、息災だな」

「怪我はありませんか?」

「自分は元より、夕夏に子ども達に怪我はありません」

「それは良かった。ワシらもこの有り様だが何とか生きてる」


 権蔵はニヤリと笑いながら頭の包帯にポンポンと当てる。


「落ち着いたら将和君の家に向かう」

「あ、家は倒壊しまして……この家に来てくれたら……」


 将和はそう言って権蔵に違う家ーー宮様の住まいを教えて戻る事にしたのである。







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