第二十四話
シリーズ物にしました
パッシェンデールの戦いから十日あまりの後、イギリス軍の攻勢作戦としてカンブレーの戦いが発生する。この作戦には遣欧軍は投入されなかった。パッシェンデールでの被害が大きかったのも一因である。
そのため、カンブレーの戦いには観戦武官を派遣して詳しい状況を調べるのであった。このカンブレーの戦いには世界初となる大規模な戦車の投入が行われた戦いでもある。
「……前回もだが戦車の有用性が認識されるな。これはこれからの戦いは変わる」
「うむ。是非とも戦車は我が軍でも導入すべきだろう」
観戦武官として参戦した東條や永田達はそう話し合うのである。一方でドイツ軍は西部戦線としては初めて突撃歩兵による浸透戦術を使用した。これは第二次世界大戦に機甲師団が登場するまでの歩兵戦術の基本と見なされるのであった。
「……遣欧軍の損害が酷いな……」
東京の首相官邸で首相の伊藤博文は陸海の首脳を集めていた。特に陸軍の山縣有朋は陸軍の損害に頭を悩ませていた。
「ヴェルダンの喪失が痛いな……」
「ですがヴェルダンのは予想出来ませんでした」
累計としては既に四個師団が欧州で倒れている。その被害は日露戦争に比べればまだマシだがそれでも痛いものは痛い。
「引き揚げるのは少々難しいのでは?」
「いや……手はある」
「それは……?」
伊藤の言葉に山縣は伊藤に視線を向ける。
「三好君の情報だと来年の八月にロシア革命に対する干渉戦争のシベリア出兵がある」
「……成る程。シベリアは我が国に近いから引き揚げる口実にはなりますな」
伊藤の言葉に山縣は納得する。
「だがその前にドイツ軍の最後の攻勢がある。それに粘って引き揚げるしかない」
「既に交代師団として第三師団、第十師団の二個師団が欧州に出発してそろそろフランスに到着するだろう。第八師団と第十一師団は引き揚げる」
「準備はしませんとな……それに何やら陸さんは前回と同じくロシアでコソコソしていると聞きますがね」
「……何の事かね?」
海軍大臣加藤友三郎の言葉に山縣は視線をそらす。何かをしている事は間違いなかったが元老達の認識はイパチェフ館であった。
「だがな狂介、やるなら早くにやれ。日露戦争の黒溝台は元よりユトランド沖にヴェルダン……想定外の事が起きるばかりだ」
「分かっているさ。三好君の嫁を助けるんだ、前倒しをしてもやるに決まっている」
伊藤の言葉に山縣はフンと鼻を鳴らす。
「まぁ宜しい。兎に角、もう一踏ん張りだ」
伊藤はそう締め括ったのであった。そして1918年の幕が開ける。1918年三月三日、中央同盟国(ドイツ・オーストリア=ハンガリー帝国・オスマン帝国・ブルガリア王国)はロシア共和国及びウクライナ人民共和国のボリシェヴィキ政府(ソ連の前身)と講話を結んだ。後に言うブレスト=リトフスク条約である。
この講話条約によってロシアは第一次世界大戦から正式に離脱。更にフィンランド、エストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ウクライナ及びトルコとの国境付近のアルダハン、カルス、バトゥミに対する全ての権利を放棄してトルコとの国境地域を除くそれらの大部分の地域は事実上ドイツ帝国に割譲されたのである。これによりドイツ軍の影響下に入った地域では次々と独立国家が誕生する事になる。
また、八月二十七日にベルリンで調印された追加条約でロシアに多額の賠償金の支払いが課せられる。ロシアの正式な離脱で連合軍は大いに慌てた。
「東部戦線にいる兵力が西部戦線に集中されるぞ」
「ルーデンドルフめ、中々の策略じゃないか」
「最悪、持ちこたえる事が不可能になるかもしれませんな……」
事実、西部戦線のドイツ軍は英仏軍と比べて数的優位を作っていた。ルーデンドルフのドイツ軍が着々と攻勢の準備を進める中、連合軍は未だに士気と統一指揮権を巡って問題が発生していた。
「さっさと決めろ!! ぐずぐずしているとドイツ軍がパリにまで来るぞ!!」
遂には秋山も指揮権を巡るイギリスとフランスに怒り出す。だが指揮権が決まる前にドイツ軍は動いた。三月二十一日、ミヒャエル作戦が発動、ドイツ軍はアミアンの鉄道結節点のイギリス軍に対して攻撃が開始される。この戦いではドイツ初の戦車A7Vも投入されている。この攻勢でドイツ軍は60キロという空前の前進を達成した。(なお、1914年以来)
快進撃を続けるドイツ軍は遂にパリの120キロ圏内へと進撃してとある列車砲をパリに照準した。パリ砲である。口径は210ミリではあるが有効射程はなんと130キロという超長砲身の大砲である。
この砲はパリに合計183発の砲弾を叩き込んだ。この砲撃で多くのパリ市民がパリから脱出する。連合軍はパリ砲を破壊するために航空隊を出撃させる。その中には第一航空隊も含まれていた。
「敵機発見!!」
上空の雲に隠れてきたフォッカーDr.1、D.7、アルバトロスD.2、D.3らが急降下してくる。将和らは回避機動して難を逃れる。
「向こうも新型だが此方も新型だ!!」
第一航空隊にも僅か九機だがスパッドS.13が配備されていた。将和はフォッカーDr.1に追いつき、二丁に増やされたヴィッカース七.七ミリ機銃を叩き込んだ。Dr.1はエンジンから火を噴き出して爆発四散する。脱出用のパラシュートが無いパイロットは吹き飛ばされて地面に墜落死するのが運命である。
「攻撃隊は……」
将和らの任務は爆撃隊のブレゲー14二四機の護衛である。数機のブレゲー14が火を噴いて墜落しつつあった。ドイツ戦闘機の攻撃を受けたのであろう。
「クソッタレ!!」
将和は罵倒しつつDr.1やD.2等を追い払い、撃墜したりして爆撃進路を何とか確保する。
「投下!!」
ブレゲー14から次々と小型爆弾が投下されていき、パリ砲付近に着弾していく。
「戦果は……分からんか」
着弾してもパリ砲の超長砲身はパリに向いたままである。将和らは仕方なく帰還するのであった。多くのドイツ国民はヴィルヘルム二世が三月二十四日を国民の祝日とすること宣言していたので戦争の勝利を確信していた。しかし速い進撃速度に補給線が追い付かず更に激しい消耗で攻勢は止まってしまうのである。
「〇〇新聞です!! 三好大佐、今日は何機落としましたか?」
「〇〇新聞です!! 既に撃墜数が九十を越えていますが今の心境は?」
「三好大佐!!」
「三好大佐!!」
将和が飛行場に帰還すると日本からやってきた従軍記者達に囲まれてしまう。前年の戦闘前に撮られた夕夏との写真が内地で大々的に報じられ将和は連日のように記者達に追い回されていた。
「全く……記者達は元気なものだよ」
「まぁそれが新聞の仕事よ」
記者達から逃げ切った将和は夕夏と自室で話をしていた。
「もう少し、新聞は戦争の事にでも目を向けてほしいがね」
「残念。新聞というのは読者に売れる記事を書きたいのさ」
「「!?」」
不意に窓際から声が聞こえた。窓から顔を出すとそこには中折れ帽を被った一人の外人がいた。
「おっと失礼。私はアメリカのジャーナリスト、ラッセル・ウィルソン。マサカズ・ミヨシキャプテンとお見受けする」
「……アメリカのジャーナリストがどうして自分に?」
「なに、世界の撃墜王と呼ばれるミヨシキャプテンに会いに来ただけだよ」
ラッセルはニヤリと笑うのであった。
「ついでなんだがその赤ん坊はどうした?」
ラッセルの視線は夕夏が抱く赤ん坊にあった。ラッセルの指摘に二人は照れながら答えた。
「俺達の子ども」
「……日本人って進んでいるのか?」
そう呟くラッセルだった。その様子に将和は懐かしさを感じつつもラッセルを招き入れるのである。
「とすると今は97機も落としているのかい?」
「昨日で99機になったよ」
「そいつはめでたい事だ」
それから将和とラッセルはよく話すようになった。リヒトホーフェンと対決して死にかけた事や負傷した事等を話すとラッセルは目を輝かす。
「もう一度リヒトホーフェンと対決したいとは思わないのか?」
「……決着は何れつけたいと思うな。でも同じ仲間としてなら一緒に飛びたいね」
将和は素直にそう言う。日本の新聞だと多少脚色されるので将和はあまり日本の記者には答えなかった。その点、ラッセルは将和が話した事を脚色せずにしているので好感はあった。
「ミヨシキャプテンとしてはこの戦争の行方はどうなると思う?」
「まだ分からないね。ま、アメリカ軍が来た事だから有利になるのは確かだよ」
将和はそう言って飛行眼鏡を取る。出撃前の軽いインタビューをしていたのだ。子を抱える夕夏に将和は声をかける。
「行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい」
そして第一航空隊は出撃する。第一航空隊はイギリス空軍の応援でソンム方面にいたのだ。時に四月二十一日の事である。
「おっマサカズがいるな」
第一航空隊のスパッドS.13十二機とイギリス空軍第209戦闘機中隊ソッピースキャメル十一機は共に飛行していたが、ソッピースキャメルに新しく乗り換えたグレイスは第一航空隊にいる将和を視認した。
将和が乗るスパッドS.13の胴体には撃墜記録である桜のマークが大量に描かれているので直ぐに判別したのである。それを確認したグレイスは隣で飛行するシルヴィアにも合図を送る。
合図を確認したシルヴィアは頷き、グレイスと共に将和の左右を飛行する。
(ん……?)
いきなり来たソッピースキャメルに不審に思う将和だが二人が敬礼した事で不審に思う事はやめた。
(先日助けた二人か)
将和は苦笑しつつも二人に敬礼を送るのである。そして両隊はフォッカーDr.1とアルバトロスD.V混成40機余りとモルランクール丘陵付近を流れるソンム川周辺上空で激しい空中戦を展開した。
「貰った!!」
ヴィッカース機銃をアルバトロスD.Vに叩き込む。しかし当たり所が悪く落ちなかった。
「ち、もう一撃でも……」
その時、視界に赤いDr.1が映る。それはリヒトホーフェンが乗るアルバトロスDr.1だった。
「リヒトホーフェン!!」
将和は赤いDr.1に向かう。リヒトホーフェンは機銃の故障離脱をしようとしていた第209戦闘機中隊の新人パイロットであるウィルフリッド・メイ中尉機を落とそうとしていた。しかし背後から迫る将和のスパッドS.13に気付いた。
「ヤーパン……ミヨシか」
ドイツでも将和の事は騒がれていた。リヒトホーフェンはニヤリと笑う。
「相手に不足はない!!」
「決着を着けてやる!! 掛かってこいリヒトホーフェン!!」
互いにヤル気満々な二人、将和は降下しながら機銃を放つがリヒトホーフェンはそれを回避。そして将和を追おうとした刹那、リヒトホーフェンは後方から忍んできたアーサー・ロイ・ブラウン大尉のソッピースキャメルがヴィッカース機銃をDr.1に叩き込んだ。
「え……?」
火こそは出なかったがリヒトホーフェンの赤いDr.1は高度を落としていく様を確認して思い出す。リヒトホーフェンが戦死する時に交戦した戦闘機がソッピースキャメルだったという事を……。
「……これで……これで終わりかよレッドバロン!!」
そう叫ぶ将和……だが、降下していたアルバトロスDr.1は息を吹き返したかのように高度を上げてきた。
「リヒトホーフェン!?」
「まだだ……まだ私は終わってはおらんよ……」
右肩を負傷しながらもリヒトホーフェンはまだ生きていた。愛機にも異常は無く、まだ戦えた。
その様子に将和は涙を流した。
「そうだ……そうだよな……お前はそうだなリヒトホーフェン!!」
そして両機は再び空戦を開始するのであった。
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