■20 兎の獣人の姉弟に関する話です
「僕とお姉ちゃんは、二人だけの家族だった。元々は、この国の端っこにある山間地帯で狩りをしたりしながら生活をしてた」
私に促され、ムーが身の上を語り始めた。
自分達姉弟の、今までの話を。
「お姉ちゃんは狩りの名手で、仕留めた獲物を近くの村や町に持っていって売ったりして、それでお金を稼いでた。時々、悪い魔獣が出没したら、討伐に参加したりもしてたんだ」
「へぇ、凄い人だね」
私が言うと、ムーは「うん」と頷く。
少しだけ、嬉しそうな顔をしている。
「そんなある日、僕達の存在の噂を聞き付けた冒険者ギルドから人が訪ねて来た。スカウトが来たんだ」
「スカウトなんてやってるんだ」
「有望な人材を見付けたら、傭兵や騎士、民間人や獣人を問わずアタックを仕掛けてるって聞いた事があるよ」
私が呟くと、イクサがそう補足をしてくれた。
「それで、お姉ちゃんは冒険者になった。元々、正義感が強かったし……それに、自分を必要としてくれる人達がいると知って、嬉しかったって、そう言ってた」
「へぇ」
ムーのお姉ちゃん、かなりしっかりした人のようだ。
「お姉ちゃんが冒険者になった後は、ギルドのある地域を転々としながら、その地での任務を請け負って生活をしてた。そんな時、辿り着いたのがこの集落だったんだ」
「ああ、俺達があの街から追い出されて少し経った後の時期だったか……ここでムーの姉――ルナトに事情を聞いてもらったんだ」
ムーに続き、ブッシがそう語り始めた。
「その話を聞いた彼女は、領主に直訴すると言って街に行って……そして、帰って来なかった」
「………」
彼女が、領主と直接会えたのかどうかはわからない。
だが、行方不明となった原因は、まず間違いなく領主絡みだろう。
「ルナトはおそらく、あの壁の向こうに行ったんだ……だが、その後どうなったのかはわからない」
「元々冒険者は自由な個人稼業……ある日いきなりいなくなったとしても、任務の失敗か、廃業か、それともどこかでのたれ死んだか……〝よくある事〟で片付けられる事が多い」
「だから、ほとんど心配されない」
「うーん……」
《ベルセルク》達はそう言うが、冒険者ギルドとしては有能な、それこそこの国に11人(私達が加入する前は9人か……)しかいないSランク冒険者が行方不明になったのだ。
おそらく、捜索くらいはしているはずだ。
彼等は今まで街に入る事ができなかったから、それを探る術も無かったのかもしれないけど。
「しかし、となると一層気になるね。あの壁の向こうには、一体何があるんだろう……」
「その事なんだけどさ」
そこで、イクサが口を挟む。
「あの壁の向こうに何があるか……僕も独自に探っていたんだ」
「え、そうだったんだ」
「ああ、せっかくこの前、ネロから裏社会の情報網を奪ったばかりだからね。蛇の道は蛇。きな臭い話は、そういう連中を駆使するのが一番と思ったんだ」
流石はイクサ、抜け目ない。
「一応、先程ベル氏にも尋ねて裏は取った……間違いないだろう」
「それで、結論から言うと?」
「あの壁の向こうには、どうやらカジノなどの娯楽施設があるらしい」
……なるほど。
まぁ、予想の範疇といえば範疇だ。
利用者をある程度制限・管理し、湯水のように大金を使わせている……となれば、その手のものだろう。
現世で言うところの、ラスベガスとかマカオって感じなのかな?
「当然、全てが健全というわけではない。一部では、特殊な賭博、ショー、それに危険な商品の取り扱いもあるようだ」
「……そっか」
私は軽く頷くと、不安な顔をしているムーの前に膝を折る。
そして、目線を合わせると――。
「ムー、心配しないで」
微笑みながら、ムーの肩に手を置く。
「必ず、お姉ちゃんを見付け出してくるから」
ムーのお姉ちゃんが行方不明になって、もう既にそこそこの時間が経過している。
過度な期待をさせるわけにはいかない――とは、わかっているけど。
けど、それでもやるだけの事はやる。
「任せといてよ。これでも私も、Sランク冒険者。ムーのお姉ちゃんくらい強いんだから」
「……うん」
ムーは、私の言葉にしっかりと頷いてくれた。
※ ※ ※ ※ ※
私達は、平生と同じように《ベルセルク》達の集落――温泉観光地の運営を行いながら、日取りの決定を待った。
そして、ワルカさん達が集落にやって来た翌日。
集落に伝達が届いた。
「明日にでも、迎えの人間を寄こすってさ……結構、早く決まったね」
集まった皆の前で、届いた封書を広げながら、私は告げる。
明日の夕方――迎えの人間が集落に来るそうだ。
ただ……。
「但し、今回の件で招く人数は限らせてもらう……か」
まぁ、当然だよね。
表向きは、あくまでも話し合いをするという体だ。
この大人数で乗り込んでも、喧々囂々は目に見えてる。
あくまでも、代表者数名……その方が、理に適っているはずだ。
「どうする? マコ」
イクサが問うて来る。
「うーん……人数決めで揉めてもしょうがないし、ここは三人でいこうと思うんだけど」
「三人か……絞ったね」
メンバーは、今回の件の立案者である私。
王族のイクサ。
そして、ボディガードの役目で、ガライ。
……本当は、4、5人くらいでもいいかもしれないけど、念のためにこちらに人員を残しておくことにした。
私達の不在を狙って集落を襲うとか……その可能性だって、無いとは言い切れないしね。
王都で、私がアバトクス村に帰っている間に、店舗にブラド達暗黒街の住人の襲撃があったりしたし、念のため。
それに、こっちに人を残すのも、私の中では〝作戦〟の一つでもあるのだ。
……詳細は、まだ秘密にさせていただきます。
「というわけで、この三名で領主とお会いします」
私は伝達の人に文書を渡し、街へと帰ってもらう。
その夜、すぐに返事が返ってきた。
向こうは了承したようだ。
というわけで明日の夕方、私達は遂に、観光都市バイゼルの中核――あの壁の向こうへと行く事になった。
※ ※ ※ ※ ※
――そして時は過ぎ去り、翌日の夕方。
「じゃあね、みんな。ちょっと領主にご挨拶してくるよ」
出発の準備を終えた私達は、皆に別れの挨拶をしていた。
「気を付けてな!」
「無理はするなよ!」
心配してくれる《ベルセルク》達。
『ぐぬぬ……何故、我はついて行っては駄目なのだ……』
『俺だってマコの騎士として当然付き添うものかと……』
エンティアとクロちゃんは悔しそうに歯噛みしている。
「ごめんね、エンティア、クロちゃん。でも、君達にも時が来たらやってもらいたい事があるって言ったでしょ?」
『むぅ……わかった』
『今回は大人しく従おう』
私は二匹に言うと、次にスアロさんの前に行く。
「ごめんなさい、スアロさん。本来なら、イクサの護衛であるスアロさんも連れていくべきなんだけど……」
「いや、私は大丈夫だ。マコ殿やガライ殿がいれば、イクサ王子の身の安全も心配はいらないだろう」
「ありがとう。私達が街に行ってる間、この集落の護衛をお願いね」
「マコ」
そこで、ブッシが私に声をかけてきた。
「今日まで話すタイミングが無かったが……実は、俺達があの街を追い出される事になった時、当時街にいた何人かの獣人達が、領主に抗議をしに行ったんだ。それに、街を追い出された獣人達の中には、俺達とは別の場所で暮らしているグループもいた」
「へぇ、そうだったんだ」
「ああ、だが、そいつらはいつの間にかどこかに消えちまった……領主に楯突いて消されたって話や、どこか遠くの地域にまで逃げて行ったって話もあるが、もしかしたら、あの壁の向こうにまだいるかもしれない」
「………」
「真実を、確かめてきてくれ」
ブッシの真剣な眼差しに、私も頷き返す。
「わかった。できる限り、ムーのお姉ちゃんも、他の獣人達も、みんな連れてこの集落に戻ってくるよ」
「……あー、それなんだが」
「ん?」
そこで不意に、ブッシが何やら考え込むように首を傾げ始めた。
「その……この場所って、名前がないだろ? いつも、《ベルセルク》の集落とか、温泉街とか……正式な名前がついてないんだ」
「……ああ」
「で、マコ達にこんな立派な場所にしてもらったし、いつまでもそのままじゃ恰好もつかないし、この土地に名前をつけたいと思ってるんだ」
なるほど、確かに。
これから、ここがもっと活性化していくとするなら、目印になる地名が欲しいよね。
「でも、名前か……なんてつけようか?」
「それなんだが……第二アバトクス村なんてどうだ?」
「はい?」
いつの間にかブッシだけじゃなく、集まった《ベルセルク》達もうんうんと頷いている。
「いやいや、悪いよ、そんな。もっと、ちゃんとした名前を……」
「いや、その名前をつけさせてくれ!」
うわ、みんな凄い本気の目だ。
「じゃあ、第二アバトクス村で……」
「なんだなんだ? 第二アバトクス村って」
「ここの地名にするんだってよ」
「いいね! 兄弟分みたいなアレか!」
《ベオウルフ》達も盛り上がっているし、まぁ、いっか。
というわけで、この観光地の名前は、第二アバトクス村に決定した。
「お待たせいたしました」
そうこうしている内に、第二アバトクス村の入り口にワルカさんと護衛のサイラス達がやって来ていた。
遂に、出発の時だ。
「じゃあ、行ってくるね」
皆に別れを告げ、私とイクサ、ガライの三人は、彼女達と共に街へと向かうため歩き始めた。




