■10 第七王子と護衛さんです
「王子様なんですか?」
改めて差し出された右手。
咄嗟に手を出し、握手をする私。
そんな私に、グロウガ王国第七王子……らしい――イクサ=レイブン=グロウガは、軽やかな笑みを浮かべる。
「ああ、君も聞いた事くらいはないかな?『政治に無関心で、自分の趣味ばかりに没頭している道楽王子』――それが僕だよ」
すいません、数日前にこの世界に来たばかりなので、余裕で初耳です。
ちらりとイクサの後ろを見ると、スアロと呼ばれていた背の高い女性が、鋭い目で私を見詰めている。
おそらくこの人は、護衛とかそういう立場の人物なのだろう。
……うーん、怪しまれないように言動を注意しなくちゃいけないんだろうけど、私の素性ってこの世界じゃ怪しみしかないよね、冷静に考えると。
(……なんとか誤魔化さないと……)
「まぁ、否定はしないけどね。僕自身、今は魔道具の研究に余念がない。この院も僕の意向で作られたものさ。古今東西、あらゆる魔道具の研究と保管を行うための施設が欲しいって。代わりに後継ぎ争いから身を引くと言ったら、兄者達が喜んで資金を援助してくれたよ」
「またそのような事を……」
呵々大笑するイクサに、後ろでスアロさんが呆れ顔になっている。
イクサ、本当に自分で言う通りの放蕩王子って感じなのかな。
「イクサ王子、貴方とて王位継承権を持つ立派な王族の一人なのですよ。その権限は、放棄すると言って簡単に捨てられるものではありません。なにより――」
スアロさんが、私の方をキッと見てきた。
目つきや顔立ち……同性だけど、惚れ惚れするほど格好良いな、この人。
「そのような発言を容易く、民の前で漏らすのはどうかと思われます。面白がって、下手に噂を流されてはたまりません」
「おいおい、それは彼女に失礼だろう? スアロ」
「うんうん、わかりますよ、それ」
深く頷く私に、二人は一瞬目を丸くする。
どうやら私をディスる旨の発言が含まれていたようだが、実際同感としか思えないからしょうがない。
ガセ、ホラ、自分勝手な解釈で行われるデマと炎上騒動は、本当に虚しいものである。
「ははっ、ほら言ったろ? スアロ。彼女は、どこかそこら辺の商人とは違う感じがするんだ」
「………」
イクサの言葉にも、しかしスアロさんは、警戒心を解く様子はない。
「さて……えーっと、そうだ、君の名はマコでよかったかな?」
「はい、ホンダ=マコです」
「マコ、君に昨日売ってもらった剣について、色々と聞きたい事があるんだ」
イクサは昨日と同じように装備している肩掛けカバンの口を開けると、そこから私が錬成した刀を取り出した。
この四次元ポケットみたいなカバン、基本的に肌身離さず持ってるんだ。
「まず、この剣をどういう経緯で仕入れたのか」
「あ……」
だよね、まずそこが気になるよね。
と言っても、私はこの世界の事どころか、この国の事すらよくわかっていない。
流通や貿易関係なんて、チンプンカンプンだ。
現状に対する知識が全くないので、誤魔化しが効かない。
「そして、何故、人間の君が獣人達と一緒に商売をしているのか」
「じゅ、獣人と一緒にいるのって、おかしいですか?」
「おかしくはないさ、むしろ僕は理想的だとすら思える」
そこで、ふと、イクサはどこか寂し気な表情をした。
彼の表情の変化に、スアロさんも視線を向ける。
何だろう――と、私が疑問に思う暇もなく、続いての言葉を紡いだのはスアロさんだった。
「通常、大半の獣人は人間を恨んでいる。人間が富を得るために、多くの獣人が授けられるべき恩恵を奪っていると考えているからだ。だが、貴様はむしろ獣人達から頼りにされているような雰囲気すら感じた……と、王子は昨日おっしゃられていた」
「………」
なるほど。
やっぱり、素性を怪しまれている様子だ。
私は内心で溜息を吐く。
仕方がない、嘘を吐いてもボロが出るだけだ。
ここは、正直にすべてを話してしまおう。
「この剣は、私が魔法で作り出しました」
………。
……一瞬、時が止まった。
イクサも、スアロさんも、寸前の表情のまま完全に停止している。
研究院の外の雑踏の音だけが、綺麗にBGMと化していた。
「……それは、本気で言っているのかい?」
イクサが言う。
声のトーンが……何だろう、少し下がった気がする。
「え、あ、はい」
「その嘘を我々が信じると、本気で思っているのか?」
スアロさんの、険の籠った声が聞こえる。
ええ!? こっちの方が信じてもらえないの!?
「魔力を持つ人間、魔法を使える人間は、特殊な血筋のみ。ほとんどが王族や貴族の血筋だ」
イクサも、まるで品定めするように私を見ている。
「君は一体、どこの出身だ? この国の人間なのか?」
「………」
……困った。
ここで正直に、『私はこの世界とは違う別の世界の人間で、気が付いたら原っぱの真ん中で寝ていて、幸いにも魔法が使えました』と言って、果たして信じてもらえるのだろうか?
相手は王族。下手な事を言ったら、最悪の可能性も……。
さて、どう説明すれば、最も当たり障り無く済むか……。
そう思案していた、その時だった。
「失礼、イクサ王子」
あの門番の一人だった。
院の入り口の扉を開け、ちょうどその真ん前で話し込んでいた私達を発見すると、真っ直ぐイクサのもとへとやって来た。
どこか焦っているような、狼狽しているような雰囲気にも見える。
彼はイクサの耳元で、何かを囁くように伝えた。
「……通して構わない」
イクサが言うと、再び扉が開く。
現れたのは、また別の甲冑を着た壮年の男性だった。
門番よりも軽装の鎧であり、兜も顔が見えるタイプだ。
彼はイクサの前で跪き、深く首を垂れる。
「失礼いたします、イクサ王子。恐れながら名乗らせていただきます。自分は、この市場都市ロッシュウッドの警護を担当する騎士団に所属する者で、名を――」
「挨拶はいいよ、早く事情を説明してくれ」
恭しく行われる定型行事っぽい事を中断し、イクサは発言を急がせる。
「盗賊が出たというのは、本当かい?」
「はい、街道を通る行商人を狙って盗みを働いていた、数名のならず者集団。以前から手配書の回っていた者達です」
盗賊?
騎士の男性は、続ける。
「盗賊団は市場近くの商店を強襲し、店内にいた従業員及び客数名を人質に、イクサ王子に交渉を持ちかけてきております」
「僕に?」
「はい……王子の研究院が占有する魔道具、そのすべてを寄越せ、と」
※ ※ ※ ※ ※
研究院を出た私達は、現場へと向かった。
その盗賊が占拠しているという商店の周りは、既に人だかりでごった返していた。
「あれは……大商家ウィーブルー家の営む高級青果店だ」
イクサが言う。
青果店ということは、八百屋……フルーツパーラー的な店なのだろうか。
街の中にしっかりと構えられた店舗と、華やかな外観から、かなり高級店っぽい雰囲気を感じ取れる。
イクサとスアロさんは、騎士団の方々と何やら話をしている。
私は人だかりに交じり、店の様子を遠目から見ていた。
「マコ!」
そこで、声が聞こえて振り返る。
少し離れたところに、三人の《ベオウルフ》達の姿があった。
ラム、バゴズ、ウーガの三人だ。
「……え?」
そこで私は、信じられないものを見た。
彼等のすぐ横に、巨大な白いモフモフが丸まっている。
エンティアだ――という事はわかった。
問題は、そのエンティアの白毛の一部が、赤く染まっている事だ。
「エンティア! 怪我したの!?」
私は慌てて駆け寄る。
エンティアは私の声に気付くと、顔を上げた。
『おお、姉御』
「大丈夫? 傷は深いの?」
『この程度どうってことはない、掠り傷だ。それよりも……』
エンティアは苦々しげな眼で商店の方を睨む。
私の脳裏に、嫌な予感が浮かんだ。
「……マウルとメアラは?」
私が冷静な声音で問い掛けると、三人の中のラムが口を開いた。
「あの盗賊ども……店の中にいた人間を人質に取って立て籠ってる」
ギッと、歯を食い縛るようにして言った。
「マウルとメアラも、あの店の中にいたんだ」




