約束だろう、働けよ
白竜達がオードランの部屋に入った直後、砦内の全ての騎士達に動員がかけられた。
日が傾き肌寒い風が吹き始めてきた時間であった。
明日に備え休養をとっていた多くの騎士達は、仰天しながらもそれぞれの持ち場に移動し始める。
砦中を引っ掻き回したかのような騒々しさが包みこんだ。
団員全員を動かさなければならない大騒動が起こったからか、外様であるオードラン達もすぐさま団長の部屋に呼ばれることになった。
当然無視して話を決め込むわけにもいかず、彼らは急いで部屋を後にする。
「私達が砦に着いてから早々、何が起こったのでしょうか?」
「動員をかけた以上、騎士団がでなければならない事件があったのでしょう。しかし兵の準備が成されただけで、具体的な出陣の時間は決められておりません。団長方も様子を見ているのではないでしょうか? ともかくフェリクス殿に会わなくては正確なことは分かりませぬ」
白竜達一同は促されるままにフェリクスの元に向かう。
すれ違いざまに鎧を着こんだ騎士達が何人も通り過ぎていく。彼等も事態を把握していないらしく、顔には仄かに疑問の色がある。
「私見ではありますが、おそらくは竜に関する事でしょう」
言いにくそうに顔を多少固くしてオードランは告げる。
騎士団全体が動く事態とは、即ち王国が武力を欲した時である。その大多数は貴族か竜に剣を向ける場合であった。
そして今回は政治的に扱いにくい白竜を呼びに来ている。東部の貴族が反乱を起こした線は薄かろう。
残るは王国より遥か東方より飛んでくる竜だけだ。
竜の対処に協力すると宣言したのは白竜自身であるが、それでも現実に敵対することになると言うのは彼には気が引けた。
心情を察したのか、白竜は優しくオードランに微笑む。
「心配なさらずオードラン殿。貴方がたに味方すると決めたのは私です。それに竜同士が対峙することはそうはありませんが皆無でもありません」
白竜の答えにオードランは軽く頭を下げる。
二人が話している間、アミルカーレは緊張からか黙って二人に着いていった。
砦は壁で囲われている関係上、施設はそう大きくはない。彼等は会話に一段落が着いたところでフェリクスの執務室の扉に辿り着く。
非常時だからか、左右には二人の騎士が剣を携え警護していた。
白竜達はそんな彼らの間を通ると、ドアをノックし来訪を中にいるフェリクスに知らせる。
入室の許可を得て彼等はドアを開ける。椅子に座ったフェリクスと、おそらくは同じように招集されたオーバンとアリューがいた。
「団長殿。騎士オードランと白竜殿、そして従騎士アミルカーレ、招集に応じ参りました」
「招集に応じ感謝します白竜殿。そして外様であるオードランもすまなかったな。今ちょうどアリューとオーバンにも集まってもらった所だ」
代表して挨拶したオードランの言葉にフェリクスは軽く受け答えし、早々に難しい顔になる。
単刀直入にフェリクスは今進行している事態を述べる。
「特級優先通信を傍受した」
白竜を除いた全員の顔が険しくなる。この中で経験が一番浅いであろうアミルカーレですら、その一言で事態を把握し蒼ざめていた。
ただ一人、白竜だけがその言葉の意味を理解していない。
「フェリクス殿。特級優先通信とは?」
「白竜殿は知らないのであったな、すまない。特級優先通信は、可及的速やかなる対処が望まれる事態が発生した時に発せられるものだ。要するにこれの発令は王国を揺るがす何かが起きたことを意味する」
白竜にも事態の深刻さを把握させたところで、オーバンは冷静にフェリクスに質問を浴びせた。
「どこが発したものですか? そしてその内容は?」
「発信元は東部国境監視団だ。複数の術者からのものを探知している。内容は錯綜していて不明瞭だ。傍受した内容は大まかに『竜』についてと、『壊滅』を表す言葉。そして『助けて』という悲鳴だけだ。しかしはっきりしていることがある。東部国境監視団は特級優先通信の発令以降連絡を途絶えさせている」
つまりは監視団は何らかの危機に見舞われ、それを王国に知らせるために特級優先通信を発令、その後に壊滅したということになる。
アミルカーレが唾を飲んだ。コルテ騎士団が壊滅し、更に王国の眼である監視台が壊滅したということは、王国東部が丸々危険に晒されていることになる。
「東部の国境線に位置する彼らが、王国の内部の者にやられたとは到底考えられない。おそらくは竜の仕業だろう。実際傍受した通信の中に竜を思わせる内容があった。すぐさま確認と対処が必要だ。少数を東部に差し向けることを計画している。そして竜の関与が疑われる以上、白竜殿。貴殿の同行を求めたい」
フェリクスは白竜に目を向ける。それはいけるか? と問いかけるものだ。
白竜は確かに仲裁をかってでた。だが仲間である竜に牙を向けることができるのか。
疑心とはいかないまでも試すように彼は白竜に尋ねる。
「団長殿、貴方が疑うのは当然のことでしょう。しかし私が幾ら言葉を重ねたところでその疑念を解くことは叶いません。ゆえに私からそこに赴く許可を頂きたい。私は言葉ではなくこの牙で、この爪で証明いたしましょう」
白竜は歯を見せ、右手を上げて爪をフェリクスに示す。下品に思える様な行為は絵のように様になっていた。
女の貧相な歯と爪であるはずが、周りの彼らには鋼鉄の剣よりも硬くそして鋭く感じられる。
その時彼等は白竜に対する誤解を一つ解いた。
優しく抜けた竜。女性の外見らしく、どこか親しみやすさを覚えさせる存在だと彼等は感じていた。
だからこそ彼等にはこの竜が同族に勝てるかどうか、そもそも争えるかどうか疑念を抱いていた。
だが彼女も竜であった。
本来ならば人間が到達できない所に君臨する超越者。
そんな白竜を彼らが戦士として疑うことは滑稽どころではなかっただろう。
「感謝する」
今度こそフェリクスは畏敬の念を込めて深く礼をする。
「報告が正しければ相手はおそらく貴殿と同じ色つき、失礼。竜の中でも格別の魔力をもった竜だろう。断片的に得られた情報では、鮮血よりもなお赤い竜だ」
「え?」
その時、誰も聞き取れないほどの小声で、それこそ発せられたか分からぬ程小さく白竜が声を上げた。
まさかね。そんなわけないよね。
団長の発言に少しだけ、そうほんと些細で必要のない不安を抱いてしまう。
ご存知の通り竜の鱗には特有の色がある。俺ならば白、黒竜はその名前の通り黒といった具合に。
詳細なことは知るわけがないが、この色は竜のマナが体内から溢れ出て形成されるものらしい。
だから弱い竜はくすんだ鱗の色になるし、ある程度強いなら、俺みたいにはっきりとした色を浮かべることになる。
この色は竜の中で、他の竜との区別をつけるための絶好の特徴である。
呼び方からして白竜の、黒竜の、とか呼んでいることからもそれが分かることだろう。
で、だ。赤。鮮やかで血の様な赤。そんな色をした竜で真っ先に思い浮かぶ竜が一匹いる。
最凶、傍若無人、戦闘狂。そんな名を欲しい侭にする古竜である。
まだ古竜達を担ぎ出して人類を殲滅しようと、暗躍していたころ、誘うたびに俺と戦いたそうな眼を向けてきた竜である。
黒竜からあいつだけには、用が無いなら近寄るなと警告を受けた札付きの竜である。
力は俺の数倍。扱うマナの量は天井知らず。鱗の硬さはマナと組み合わせれば、俺が貫通できるかどうか。
睨まれたなら即座に離脱しなければならない程に実力差が開いている。
そんな竜がまさか人類圏に飛来してきている訳では無いよね。
うん。赤で特徴的な竜はその古竜だけれども、同系色の色を持った竜も他に数匹いる。
わざわざ今まで人間を弱者であると見向きもしていなかった赤竜が、このタイミングで来るわけがない。
「しかし相手が色付きだとして、特級優先通信が使われたことは解せません。色付きの飛来など、過去には少数ですが例があります。上級優先が妥当の筈ですが」
「通信距離が長い監視台に敷設されている通信術式が使われておらず、術者個人のものしか発せられていない。おそらく監視台は一瞬のうちに潰されたはず。こんなことは普通の色付きには不可能だ。それを踏まえて監視団長が発令したのだろう」
「術を使った者は?」
「使った人数は四人。その中で三人は監視台での使用が確認されただけで、内容も伝わっていない。残りの一人はサノワ付近までは使用していたらしいが、既にこと切れた。死体を乗せた軍馬を巡回中の騎士が発見している。報告の大部分も、その者からだ」
監視台か。飛んで王国に来た時にちらっと目にしたことがる。
石造りの、なかなか立派で頑丈そうな建物であった。あれを俺が壊せるかと問われれば、まあ壊せると答えるだろう。
マナを駆使しその巨体でなんとか積み木を崩すように崩壊させることができるはずだ。
だが一瞬。それこそ中の人間に術を使わせないぐらい短く壊すのは無理だ。というか普通の竜では無理だ。
それこそ赤竜がいつか自慢げに見せた、マナを炎に変え辺り一帯焦土に変えた技でも使わない限りは。
身体が震える。
額からは滝の様な汗が出る。歯がカチカチとならないように必死で歯を食いしばる。
本当に古竜が来たのか? そして俺がそれを追い払えと?
冗談じゃない。
勝てるわけがない。しかも相手があの赤竜だ。
他の古竜ならば穏便に帰って貰えるかもしれない。しかしあいつだけは無理だ。
目的が何か知らないが、それを達成されるまでは、それこそ人間が根絶やしになるまで止まるつもりはあるまい。
あのよく分からない剣を持ったアリューとオードランでも敵わないだろう。
そもそも俺が彼らに勝てそうかな? と疑問を抱かせている時点で勝ち目は存在しない。
古竜とは、それこそ規格外の強さなのだ。勝てない理由は相手が古竜だから。それだけで説明が不要なほどの化け物だからだ。
だからこのまま馬鹿みたいに東部に行けば惨殺が決定される。
何としてでも回避しなければならない。一秒が数十倍に引き伸ばされるぐらいまでに思考が回転し、なんとか生き残ろうと俺は生き足掻く。
逃げるか? 無理だ。目の前に竜殺しを持ったアリューとオードランがいる。変身すればすぐさまたたっ斬られる。
相手が俺が敵わない程の強者と告げるか。しかし告げてどうなる。調査が赤竜の本格的な迎撃戦になるだけだ。まさか敵いませんから見捨てますなんて言えない。
案を思い浮かべなければ。でなければ剣の錆になるか、赤竜の爪で両断されるかの二択だ。
焦っては駄目だ。焦れてはいけない。しかし急がなければ地獄への特急便に押し込まれてしまう。
話が進み、議論が終わり、話がまとめられそうになる。
その時、閃くものがあった。
「ともかく何が起きているか早急に把握しなければならない。敵がどこにいるか分からないからには、騎士団が動くわけにはいかない。よって先程も言ったように白竜殿を含めた少数の先遣隊を派遣する。人員はアリュー、並びにオードランだ。外様の二人には悪いが、相手が竜の可能性が高い。竜殺しを派遣するのが理に適っている。出発は」
「……めです」
決定されそうになる前に、力が籠りまともな発声が困難な喉から声が絞り出される。
思いついた案で良いのか、この短期間ではまとまらない。だがここで口を挟まなければ死が決定してしまう。
「白竜殿?」
フェリクスから疑問の声が上がる。
「駄目です!」
止めてしまった。もう後戻りはできない。
「私はこの先遣隊の派遣に断固反対します!」
その場の全員が驚いた顔で俺を凝視する。それも当然だろう。先程までそれに志願していたのだから、掌返しも良い所だ。
だからこの言葉だけで終わらせてはいけない。
「白竜殿何を……」
「先遣隊は結成せず、私、白竜のみが今回の調査を引き受けます!」
高らかと俺はそう言ってのけた。




