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未来の悪逆皇子にスパダリしてたらすっかり毒気を抜かれて可愛い天使になりました ※でも裏で実は…?

作者: しきみ彰

 カルロッタがこの世界が前世に読んだ小説と同じだと気づいたのは、誘拐された第三皇子を救い出したときだった。


(だってこの王子は、未来の黒幕であり、ラスボスになる子だから)


 テリウス・ラヴランディ。

 不遇の第三者皇子であり、そのせいで国を、世界を滅ぼそうとするラスボス。


 彼の不遇は、生まれた瞬間から始まった。

 母親がメイドだったのだ。

 当たり前のように後ろ盾もなく、そして後宮という檻の中で皇后や皇妃たちのいじめにも耐えられなかった母親はみるみるうちに精神を病み、体を壊し、そして亡くなった。


 更なる不幸は、彼がきちんと皇族の特徴を受け継いでいたことだ。


『皇家の血を継いだ者は、毒や病にならず、回復力が高い』。


 だからいくら食事に毒を盛られようが、放置されようが、テリウスが死ぬことはなかった。

 そうして、ほぼ死んだように生きてきて、八歳。

 それに業を煮やした皇妃の一人が行なったのが、今回の誘拐事件で。その舞台となったのが、若き当主カルロッタが治めるこのレッサリウム辺境伯領だった、というわけだ。


 カルロッタはため息をこぼした。


(困ったことになったな……)


 助けられたのは僥倖だった、が、同時に、この事件の黒幕であろう皇妃の誰かを、確実に敵に回してしまった。

 しかしここでテリウスを死なせることになっていれば、今度はその罪がレッサリウム家にかけられていただろう。


(となると、敵は我が家を疎んじている第二皇妃か? それとも、隣国の内通者が宮廷に?)


 どちらにせよ頭が痛い話だが、今ここで考えるべき問題ではないだろう。

 カルロッタは、毛布にくるまりながら縮こまるテリウスと向き直った。


 皇族の証である銀色の髪と紫色の瞳。

 そして、痩せ細っていても分かるほど愛らしい顔つき。天使と見間違えそうなほどの可愛らしさと純真さだ。

 間違いない、将来悪逆皇子と揶揄されることになる、テリウスである。


 そんな彼が悪の道へ突き進むのを黙って見ているわけにはいかない、というのはあったが、何より我慢ならないのは、この可愛らしい少年が闇堕ちすることだった。


(可愛らしいものは守られなければならない!)


 前世から、カルロッタは可愛らしいものが大好きだった。そしてそれを愛で、守ることは、彼女にとっての生き甲斐だったのだ。

 おかげで、中高一貫の女子校で王子様扱いをされ、大学や社会人になってからも女子にばかりモテたが、その気持ちは今も変わらない。


(そして今世でもそれを貫き通せているのは、優しい両親が私を受け入れてくれたから、そしてここが辺境伯領で、私が唯一の跡取りだからだ)


 魔物だけでなく隣国からの敵もやってくるこの場において、女だからという理由で武器を持たないのは愚策だ。だからレッサリウム辺境伯領は、男も女も武器を手に取り戦うのである。


 ――そんなカルロッタが若くして当主となったのは、その愛する両親が魔物との交戦で命を落としたからだったが。


(まあそれが、テリウス誘拐の罪をレッサリウム辺境伯家に着せようと思った一番の要因だろうな)


 全くもって、舐められたものだ。

 内心舌打ちをしながら、カルロッタはできる限り柔らかい笑みをテリウスに向けた。


「第三皇子殿下。まだご傷心から癒えていないかと思いますが、少しの間私の話を聞いてください」

「……そ、それは……」

「殿下のご事情は、この辺境にいても聞き及んでいます。ですので私は、貴殿をお守りできたらと思っているのです」


 テリウスが明らかに警戒するのが見てとれる。

 あの地獄のような宮廷にいても生きながらえてきた子だ、きっと賢いのだろう。

 しかし構わず、カルロッタは続けた。


「私と婚約を結びましょう。そうすれば私がレッサリウム家があなたの後ろ盾となれます」

「……僕を助けて、どうするつもり? 貴女に何も利益はないはずだ」


 こういうとき、それとない理由の一つや二つ、思い浮かべばいいのだが、生憎カルロッタはそういう腹芸が得意ではなかった。

 だから、思いついたことをそのまま口にする。


「子どもは、守られるべき存在だからです」

「……は?」


 そう、子どもは守られるべき存在だ。それは前世でも今世でも変わらない。


(両親は、最後のそのときまで私に目一杯の愛情を注いでくれた。そして魔物の刃が私に向けられた時は、その身を賭して守ってくれた……)


 ならば両親の名誉にかけて、そしてカルロッタ自身の信条に賭けても。彼を助けるべきだろう。

 何より、この一件に関わってしまった以上、テリウスとレッサリウム家は無関係でいられないのだ。なら、彼を庇護下においておいた方がいいだろう。


(それに私がここでテリウスに愛情を注げば、彼が悪の道へ進むことを防げるかもしれない)


 だってテリウスが全てを滅ぼすことを決めたのは、欲しかった愛情を得られなかったからだ。

 ならばカルロッタが全力で愛を注いでやろうではないか。


「殿下のことは、私が命に変えてもお守りいたしましょう」


 にこりで笑みを向けると、テリウスはびくりと震えて目を逸らす。


「……やれるものならやってみなよ」

「もちろんです、殿下。早速、婚約の手続きをしにいかねばなりませんね」

「……僕なんかと婚約なんて、バカじゃないの?」

「おや、やはり八歳も上の私と婚約関係になるのはお嫌でしたか?」

「そ、そういうんじゃなく……」


 顔が赤い。可愛い。

 悪戯心が湧いたカルロッタは、テリウスのそばに歩み寄り、その場で膝を折る。そして恭しく手を持ち上げ、そっとキスを落とした。


 すると、テリウスの顔が丸々赤く染まり、まるで熟れたりんごのようになる。


「な、ななな……っ!」

「可愛らしいですね」

「可愛くない! 男が可愛いわけないだろ⁉︎」

「そうでしょうか? 可愛さの違いに、男女の差はないかと思いますが……」

「う、うるさい! あっちいけ!」


 ぎゃんぎゃんテリウスが騒いでいるが、カルロッタから見れば保護されたての野良猫が毛を逆立てているようにしか見えない。つまり、可愛い。


(片付けなければならない面倒ごとが山ほどあるが……これからの生活が楽しくなりそうだ)


 そう思いながらも。

 カルロッタはテリウスのために様々な手筈を整え始めたのだった。



 *****



 そんな二人の出会いから、十年経った春。

 カルロッタは二十六歳、テリウスは十八歳になっていた――


 視察から戻ったカルロッタが馬から降りていると、声が聞こえた。


「カルロッター!」

「……テリウス?」


 見れば、白い薔薇の花束を大量に抱えたテリウスが走ってくるのが見えた。

 しかし、前が見えていないらしく、その足取りは危うい。


「わっ⁉︎」

「っと」


 案の定、転びかけたテリウスを、カルロッタは全身を使って支えた。

 それにより花びらが舞い散り、全身が花まみれになるが、テリウスはにこにこ嬉しそうにしている。


「おかえり、カルロッタ! まるで白薔薇の精みたいだね」

「ただいま、テリウス。熱烈な歓迎をしてくれるのは嬉しいが、抱えるのは前が見える量にしなさい。危ないだろう?」

「ごめんごめん! でも、僕が育てた白薔薇をカルロッタにも見せたくて!」

(可愛い……眩しい……)


 天使のような美しい顔で微笑む青年の顔に、過去の仄暗い面影はない。

 それもそのはず。あの日からカルロッタと婚約関係を結んだテリウスは、まだ幼いという理由でレッサリウム辺境伯領に身を置き、こんにちまで過ごしてきたのだから。

 その間に様々なことが起きたが、カルロッタが部下たちと共にすべて撃退してきた。


(ほら、愛情を注げば、どんな悪役だって変われるし、美しくなるんだ)


 元から愛らしいテリウスなら尚更だろう。

 そう思いながら頭を撫でれば、彼は嬉しそうに顔を擦り寄せてくる。まるで上機嫌の猫のようだ。

 すると、テリウスはカルロッタの髪を見てぱあっと表情を明るくする。


「あ! 今日は僕が結った髪をぐちゃぐちゃにしてきてない!」

「ウッ」


 カルロッタは、思わず顔を逸らした。


「今日は交戦もなかったからな。それにぐちゃぐちゃにして帰ってくると、君が怒るだろう……」

「へー僕のために? ふふ、嬉しいな」

(そう、この顔を見せられると弱いんだ……)


 だからか、なんでもしてあげたくなってしまう。

 カルロッタが、思わず緩みそうになる顔を引き締めていると、花を抱き締めたテリウスがにっこりと微笑んだ。


「けど、カルロッタが無事で帰ってくるのが一番嬉しいよ」

「……ありがとう、テリウス」


(私はテリウスを救ったのではなく、テリウスが私を救ってくれたのだろうな)


 思う。あの日、あの小さな手を取っていなければ、きっとカルロッタは孤独の淵に沈み、ありとあらゆる重責によって押し潰されていただろう、と。

 それくらい、若き女当主にかかる負担はかなりのものだった。


 だがその度に、テリウスがそばにいることを感じてなんとか踏ん張れたのだ。

 一緒に歩きながら、カルロッタは改めて問いかけた。


「テリウス。今度開かれる宮廷パーティー、君は本当に参加するつもりなのか?」

「もちろんだよ。皇后や皇妃たちからの催促を抑えておくのも、もう限界でしょ?」


 図星だった。十八歳が成人とされているため、いい加減テリウスを宮廷に連れてこいと言われていた。


(だが、今のテリウスを見れば、きっと多くの人間が彼を放ってはおかないだろう)


 その輝かしい美貌もそうだが、テリウスはとても賢い。彼の知識のおかげで、レッサリウム領は幾度となく危機を逃れてきたのだから。それに気づいた貴族たちの中にはきっと、彼を皇帝に推すために近づいてくる人間がいるはず。

 同時に、それを脅威だと恐れ、テリウスを排除しようとする者も今以上に増えるだろう。


 皇都には多くの貴族たちがいる。どんなに警戒しても、悔しきかな、カルロッタだけでは彼らから向けられる悪意を退けられないのは明白。


「私は、君がまた傷ついてしまわないのか心配なんだ」


 愛情に飢えているのに、数多くの悪意に晒されたせいで誰も信じられなくなってしまった、傷だらけの少年。

 それが、カルロッタにとってのテリウスだ。

 思わず思い出し、顔を曇らせていると、テリウスが覗き込んでくる。


「大丈夫だよ。僕はもう、あの頃の子どもじゃない」

「それはそうだが……」

「それに、カルロッタが守ってくれるんでしょ?」


 言いながら、テリウスは自身の左手の薬指に嵌められている婚約指輪を見せた。

 それは、彼との婚約が決まったときに購入した魔導具だ。

 体の大きさに合わせてサイズを合わせてくれるそれを、テリウスが毎日丁寧に磨いてくれていることを知っている。


 カルロッタは微笑みながら、自身も同じように左手を上げて、婚約指輪を見せる。


「もちろんだ、テリウス。あの日の約束は、君が望む限り有効だから」

「じゃあ、永遠だね!」

(永遠とは、これまた大きく出たな)


 成人を迎えたとはいえ、テリウスはまだ子どもだ。そしてレッサリウム領では、上の年代の者たちと過ごすことのほうが多かった。だからパーティーに参加した結果、他の誰かを好きになってしまうことも出てくるだろう。だって二人の歳の差は八歳だ、姉だと思われていてもおかしくない。


(そのときは潔く身を引かなければな)


 それに気になるのは、原作でカルロッタの存在が出てこなかったことだ。


(私の存在がテリウスにとっていい方に働くのかどうかを、今一度見極めなければ)


 どうかそれまでは、この笑顔が向けられる相手が自分であって欲しい。

 そう思いながら。カルロッタはテリウスの手に引かれるがまま、屋敷の廊下を進んだのである。



 *****



 その日の夜。

 テリウス・ラヴランディは、庭にいた。

 そして、自身が育てている薔薇に引っかかっている愚かな暗殺者の姿を見つけ、嗤う。


「今日もご苦労様。でもさ、いい加減、この屋敷には一歩も足を踏み入れることができないってこと、分かったら?」


 テリウスの魔力を注ぎ、丹精込めて育てた薔薇たちは、屋敷に蔓延る不純因子を決して許さない。

 しかしそれを知るのはテリウスと、彼が厳選してこっそり作り上げた諜報員たちだけだろう。


(カルロッタは強い。でも、隙がないわけじゃない)


 カルロッタの剣術は卓越しているため、よっぽどでない限り勝機はない。同時に正攻法には強いが、搦手は不得手としているのだ。

 何より、情が深い彼女は、一度気を許した者に対しての許容範囲が広くなる。それにより寝首をかかれたことがあった。


 死なないでと泣くテリウスに、血まみれになったカルロッタが「大丈夫だ」と笑いかけてくれた日。テリウスは自身が、彼女の目が届かない場所からやってくる敵を排除することを誓った。


 それがたとえ、どんなに後ろ暗い方法だったとしても、だ。


 同時に、彼女の前では彼女が好きな、可愛らしい自分でいるつもりだった。


(だって愛する人の前では、一番綺麗な姿でいたいから)


 そう思いながら。


「……連れて行け。そして、得られるだけの情報を吐かせろ」

「御意」


 テリウスは決してカルロッタには見せない冷たい顔をして部下に指示を出す。

 暗殺者が連れて行かれるのを見届けてから、誰もいなくなった庭で輝く満月を見上げた。


「……カルロッタは渡さないよ」


 それだけ呟くと、彼は夜闇の中に溶け込むようにゆっくりと姿を消したのだった。

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