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月でウサギを飼う方法  作者: 吉田エン
第三帝国の逆襲 一章:五所川原内親王の受難
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 現実がSFに追いついたというか、現実がSFになってしまったと云うべきか。私が子供の頃、いや、ほんの一年前までは、月面基地なんて夢想するだけの世界で、本当にそこに足を踏み入れる日が来るなんて、考えたこともなかった。


 だというのに、現実はこうだ。私は半年ほど前から月面基地『かぐや』に来て、食用ウサギの飼育と提供に携わっている。見渡せば立体駐車場のような施設に、体長一メートル程の巨大ウサギたちが詰まっている。傍らには藁や生ゴミの屑が満載された駕籠があって、床には設備担当の同僚、テツジ(21)が転がってる。


 転がってるというか、死んでるというか。私がつま先で彼の体を蹴ると、低重力の中をふわりと漂いながら身悶えした。


「あ。何だよ。寝てんだよ」

「寝るなよ。ちゃんと読めよ」


 そう、私は苛立たしくため息を吐きながら、脚本の入ったパッドを投げつける。彼は渋い顔でそれを受け取り、欠伸をしつつ云った。


「なんでよ。面倒くせぇなぁ。こんなん餓鬼の遊びだろ」


「待て待て。遊びってこと、ねぇだろ」一番熱心にパッドを操っているのは、ウサギ牧場のリーダー、岡(20)だ。彼はソファーに寝ころびつつ、必死に何事かを書き込んでいる。「映画の脚本に赤を入れられる機会なんて、滅多にねぇぜ? 真面目にやんなきゃ」


「そういえば、疑問なんだが」


 片眉を上げつつ尋ねたのは、理論担当の殿下(?)だ。多分二十歳なんだろうとは思うが、彼の場合、中央アジア某国の亡命王子という謎の経歴が年齢をも曖昧にしている。その彼は椅子に真っ直ぐ腰掛け、脚本の一文を読み下して見せた。


「『藤岡弘二は光子を蒸着する事により、鋼鉄をも凌ぐ鎧を身に纏う』。これはどういう意味だ? 光子の固定など不可能だ」


「殿下、仮面ライダーとか見たことないの?」尋ねた岡に、首を傾げる殿下。「見たことなさそう。これは煽りなんだよ。光子とか蒸着とか、そういう言葉でワクワクすんの」


「良くわからないが、これは子供向けの映画なのか?」


「まぁ、元々はな。でも最近はそうでもねーんだわ。敵役には巨乳の美女とか出てくるし、ヒーローはジャニーズの若手だしよ。親も喜んで見てる」


「SFオタクもね」私は云って、舌打ちした。「馬鹿じゃない、こんなの。何が五所川原姫よ。脳味噌腐ってる」


「あ? どうしたのよゴッシー。シナリオとか小説とか、そういうの一番好きじゃん」


 云った岡に、私は大きくため息を吐いた。


「そりゃ好きだけどさ。アイアン・ウォーズはSFじゃないもん。こんなの、ファンタジーでしょ」首を傾げる一同に、私はまくし立てた。「こんなん、どこにSF要素があるってのさ。宇宙船とかメカが出てくるだけで、科学的考証は皆無。光子を蒸着? なにそれ。銃相手に剣で戦うとか、超魔能力とか。こんなのをSF大作だなんて、SFに対する冒涜でしょ。スペース・ファンタジーだよ」


「スペース・ファンタジー。略したらSFじゃねぇの?」


「あのねテツジ。ちょっとそこ正座して」吹き出す岡。テツジが素直に正座したところで、私は更に口を酸っぱくした。「SFってのはね、そりゃ色々な展開の仕方があるよ? サイエンス・フィクション。スペース・フィクション。サイ・ファイ。スコシ・フシギ。でもその根底に必ず絶対に必要なのは、スペキュレイティブなんだよ!」


「ははぁ、スペキュ、何?」


「スペキュレイティブ! つまりな、SFは思索的でなければならないんだよ! 日本語だと空想科学とか未来科学とか云われるけどさ、あくまで科学的見地を元にして、『あぁ、こういう理論が実現したら、こんな世界が訪れるかもしれない』っていう、現実の延長線上にある世界を空想させてくれる物。それがSFなんだよ! だってのにアイアン・ウォーズ? なにあれ。別に宇宙船は海に浮かぶ船でもいいし、レーザー銃は鉄砲で構わないでしょ。どっかの星行ったって砂漠とか密林とか、地球上にある景色ばっかじゃん。サンドワーム? デューンのパクリかっての。あ、別にアイアン・ウォーズ自体は嫌いじゃないよ? 私も好き。『あ、あれは宇宙戦艦ミール!』で超爆笑した。ミールがレーザー砲打ってんの。馬鹿だね! でもさ、それをSFの代表作みたいに云われると、ちょっと違うなって。たとえばSFの代表作っていうとね。あ、ごめん、時間いい? これホントに誤解なく説明しようとしたら三時間くらいかかるんだけど」


「いいね三時間! 是非聞かせてよ!」


 不意に場になかった叫び声がして、私はビクリと身を震わせた。振り返ると月面牧場の扉が開き、例のプロデューサーという吉良がニコニコとして立っている。私たちが困惑して声をかけられずにいる間に、彼はずかずかと中に入ってきて、岡の隣に座り込んで膝を組んだ。


「いやぁ、五所川原さんの噂は聞いてたけど、聞きしに勝るオタクっぷりだ! やっぱり勝ち気な五所川原姫役は受けてもらわないと」


 不味い所を見られた。私はすぐに口をへの時に曲げて、不細工っぷりに磨きをかける。


「いやいや無理ですって」


「何が問題? 光子を蒸着? まぁ確かにアレはねぇ、私は文系なもんだから、科学の話はさっぱりで。それでも昔は子供だましの設定でどうとでもなったんだけどね。最近は大人も見るようになってきて、科学的考証に五月蠅くなってきたんだよ。だからさ、他のところは、なるべく嘘をなくしたい。それでキミらに、脚本の手直しをお願いしてるんだ。キミらなら、感覚が若い。実際に宇宙で、どんな危険が待ってるか知ってる。打ってつけの立場ってワケ! で、どう? 他に何か、気になった所、ない?」


 沈黙する一同。どうにもこの三人は内弁慶な所がある。私も内弁慶は内弁慶だったが、事、今は私の進退に関わってる。それだけに傍観は出来なかった。


 なんとか、突っ込みを入れまくって。企画自体を潰さなければ。


「えっと、じゃあ、まず致命的な欠陥。『五所川原姫』ってのはないでしょ。私は姫って柄じゃないし、第一演劇の経験なんて小学校の学芸会以来」


「学芸会、やったの!」酷く喜んで叫ぶ吉良に、私は口ごもった。「いやぁ、最近の子たちは、学芸会の経験もないのが殆どでね! 歌うか踊るかしか出来ない。同時は無理。しかも大半はCGと口パク。いやぁ、それは良かった! 学芸会、完璧!」


「いやいや、無理ですって。だいたい内親王って」


「内親王! 会ったことある? ボクは眞子様に会ったことあるけど、お美しくて凄い気さくな人で良かったなぁ。あ、雰囲気、キミに似てる。バッチリ!」


 さすが業界の人間、他人を転がす技は無数にある。

 だが、そんな子供だましの口先に乗るわけにはいかない。私も防御用に用意したチェックマークを探り、目的のページを開いた。


「えっと。じゃあ、仮に。仮にですよ? 私が五所川原姫だとして。キャラに合わない演技なんて出来ません。なるべく私なら、私のキャラじゃないと」


「あぁ! いいね、自然体。それも大事」


「いいのかよ」


 苦笑いで云った岡に、吉良は鋭く人差し指を向けた。


「いいのよ! キムタクはキムタクの役しか出来ないって云うでしょ? それって別に悪口じゃなく、キムタクって存在が一つのイメージとして確定してるって事でもあるのよ。彼は今でもCGのヴァーチャル・アクターとして活躍してる。そう、一つの固まったキャラを創るのが、どれだけ難しいか知ってる? 特にリーダー役。前に作ったドラマはさ、特に時間がなかったもんだから、どうにも転ばし用がない曖昧なキャラになっちゃって。彼を主人公にしたエピソードを作るのにどれだけ苦労したことか」


「とにかく!」と、私は強引に遮った。「私がやるなら、このシーン。こんなラブシーンなんて絶対無理です。私なら、こうなります」



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○自由軍基地・宇宙船発着場


 弘二、ハヤブサ号のメンテナンスを行っている。

 誰かを捜す五所川原。弘二を見つけ、駆け寄ってくる。


五所川原「あなたが基地を離れると聞きました」


弘二「あ? ジャイアンザハットに借金を返さなきゃならねぇんだ」


 口ごもり、俯く五所川原。

 弘二、ニヤリと笑って顔をのぞき込む。


弘二「何だ。俺と離れるのが辛いのか」


五所川原「そ、そんなことありません! この戦闘機が一機でも必要な時に、貴方に離れられては、困ると云っているのです!」


弘二「つまり、俺が必要だってことか。俺が好きか? 姫さんよ」


五所川原「違います! 誰が貴方のような、乱暴で、粗野な人を」←ここカット

弘二「正直になれよ」←キモいカット



五所川原「ハッ、キモい。何アンタ」


 弘二、驚いて口を開け放つ。

 五所川原、怒りに満ちた顔で弘二に詰め寄る。


五所川原「ホント、アンタ、前から思ってたけど、知能指数幾つ? 八十くらい? 何で私がアンタみたいな自由業のチンパンを好きにならなきゃなんないの。借金? 幾らあるの?」


弘二「え、えっと。五百万くらい」


五所川原「五百万!? 何で収入不安定なフリーの運び屋とかやってて、そんな借金するの!」


弘二「いやぁ、ハヤブサ号がポンコツで修理代が」


 五所川原、大きくため息を吐く。


五所川原「いい? アンタね、顔がいいからって周りはチヤホヤするかもしれないけど、そんなん乗せられてたら馬鹿になるだけよ? 修理代? ちゃんと保険とか入ってるの? あのね、光子を蒸着出来たからって、アンタも若くないんだから。年をとってからどうするつもり? 私だって姫ったって称号だけでさ、金なんか全然ないもん。そんなん引っかけて、どうしようっての。ヒモになんか出来ないよ?」


弘二「は、はぁ」


五所川原「だいたいさ、借金を返すだけなら、電信で送ればいいでしょ。なんで恨まれてる相手のとこに自分で返しに行って炭素冷却されるワケ? 馬鹿じゃない。さ、来なさい。電信での送金方法教えるから」


弘二「色々すいません」


 五所川原に連れられ、去る弘二。

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 こんなの、通るはずがない。

 そう自信に満ちた表情で待ち受ける私に、吉良は当惑した様子で瞳を上げた。


「ね、無理でしょ」


 尋ねた私に、ぱっ、と表情を開かせた。


「いや、良いね! アリだよ全然! なぁ?」


 振られた岡は、苦笑いしながら答える。


「いや、確かにゴッシーっぽいけど。これはこれでアリだわ」


「えっ? 何でどうして?」


「なんつーか、元のは古いわ。乱暴者で押しの強いイケメンに惚れる姫。七十年代だわ。それよりこっちのが、姫が弘二を本気で心配してる感じが出るし。まだまだ発展の仕様があるじゃん? 色々と」


「そうそう! ボクもここ、なんか辛いなって思ってたんだよね!」と、吉良。「やっぱ最近の子はしっかりしてるしね! えっと、借金は電信で返して、弘二はそのまま自由軍に残って、と。いや、電信とかどうでもいいし借金の件はなかったことに」


 早速脚本の手直しを始める吉良。


 不味い。これは非常に不味い。

 私は再び口をへの時に曲げて、次の粗を探す作業に戻った。

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