17(第三部最終話)
「えっ? つまりチクリンって、マジ物の工作員だったってこと?」
面倒くさいな。もの凄い疲れたし、馬鹿馬鹿しいし。
私はそう思って面倒くさがったが、羽場には説明する義務があるだろうと思い直した。展望室のソファーに倒れ込み、大口を開いて惚けていた私は、仕方がなくソファーから身を起こし、彼に身を乗り出させた。
「えぇ。まだネズミーだ何だって、しらばっくれてるみたいですけど。佐治さんの調べじゃ、だいたい見当が付いたみたいです。マジでアメリカの機密を探ろうとしてた工作員だったんですって」
「何で? どういうこと? チクリンなんて、冥王星人に浚われたとか、ワケのわかんないこと云ってた異常者じゃん!」
「そういうフリをしてただけなんですよ」
「何でそんなことを?」
そう、何で、そんなことを。
そこにたどり着くには、私も少し、頭を使った。
「つまりですね、こういうワケなんです。あの人はアームストロングの秘密計画を探っていたけれど、例の病気にかかってしまって、それ以上の行動が出来なくなった。さてどうしようと考えていた所で、私も同じ病気にかかったらしい話を聞いて。私の行動を監視カメラで探り始めた。すると私たちが色々調べ事を始めたもんだから、〈こいつらは、上手く操れば手先に使えるかも知れない〉と考えて、あんな話をしてみせたんです」私は大きくため息を吐いた。「阿部さんとの話も聞いていたもんだから、それを微妙に取り入れて、私たちが興味を持つような話に仕立ててみせたんですよ。考えてみれば、通信士の人って。ちょっと強大な力を持ちすぎですよね。基地の通信、監視システムの全部にアクセス出来るんですもん。下手をしたら隊長や佐治さんも騙せちゃいますよ。ま、それを狙って、通信士をスパイに仕立て上げたんでしょうけど」
「云われてみれば、確かにそうかも」と、羽場は不意に気づいたように、両手を打ち合わせた。「そっか! じゃあつまり、ボクらに墜落した宇宙船の情報を流したのも」
「はい。チクリンだとしか思えません。だって考えてもみてくださいよ。墜落したUFOを克也さんが回収してきた時、その事実を知れて、いつ米軍が回収しに来るか知れたのって。幹部以外は、通信士しかいないですよね」
「そうだ、そうだよ! どうしてあの時、気づかなかったんだろう!」
「仕方がないですよ。あの時は、運営の人の全員が敵みたいに考えてましたし。私もチクリンが全ての元凶じゃないか、って考えられたのも、〈プロジェクト9〉の真実を掴んだからですもん」
「真実? ゴッシー、プロジェクト9って何だか、わかったの?」
「えぇ」
私はため息を吐きつつ、懐から小さなサンプル容器を取り出した。
暗褐色の、砂状の物質。
羽場はそれを眺め、容器を振ってみたりしつつ、私に尋ねた。
「なにこれ」
「それが、〈プロジェクト6〉の成果で、私の病気の原因です」
「えっ?」羽場は驚きに身を震わせ、私に身を乗り出させた。「ちょっと待って。プロジェクト、6? 9じゃなく?」
「えぇ。アンソニーにしても、他の情報提供者にしても。見間違えたんです。ファイルに記された数字は、6。9じゃないんです。そして漏洩してくる情報は不確かなものばかりだったから、いろいろな尾鰭が付いて、それっぽい伝説が出来上がっちゃって。プロジェクト9。冥王星侵略って話が出来上がっちゃったんです」
「でも、9は九番目の惑星の9だって話だった。じゃあ、6って? 水金地火木土。土星のこと?」
ハッ、と私は笑った。
「違います。6は、元素番号6の事」
羽場もそれで、全てを悟ったらしい。ピョコンと身を跳ねさせ、パチンと手を打ち、右手の人差し指を私に向けた。
「わかった! ひょっとしてそれって、炭素。プロジェクト6ってのは、月面基地で欠乏している炭素を手に入れるための、極秘プロジェクトだったってこと?」頷く私に、彼はテーブルに置いていたサンプル容器を、再び手に取る。「でも、ルナ衛星でも、月面に炭素の集積場は見つかってない。これって、何処から手に入れたの? アメリカは一体どうやってこれを」
「そこで、UFO型宇宙船と宇宙人型ロボットの出番です。羽場さんは仰ってましたよね? アレは構造的に、とても冥王星なんか行ける物じゃあないって。じゃあ、何処までなら行けます?」
「え? そうだなぁ。火星でも難しいよ。せいぜい地球近傍」そこで再び、彼はパチンと手を打ち合わせた。「わかった! これってNEAs。地球近傍小惑星から手に入れたんだね!」
「はい。当たりです」
地球近傍小惑星。
小惑星、と云うと結構なサイズを想像してしまうが、地球の周囲に漂っているのは、直径数メートルのものから、大きいので一キロほどだ。だから地球から観測するのも難しい物ばかりで、その数、数千から数万とも云われる。流れ星なんかはこれら地球近傍小惑星が原因だが、大きな物だと地球に大被害を与える事もある。
「確かに、地球近傍小惑星には、炭素型って呼ばれる物もある。炭素を豊富に含んでるんだ。それをアメリカは、あのUFO型宇宙船と宇宙人型ロボットで採掘していたのか」
得心したように云う羽場に、私はテーブルからサンプル容器を拾い上げつつ云った。
「えぇ。本当はもっと早く気づいていて然るべきだったんです。克也さんが回収してきた宇宙船ですけど、アレが米軍に持ち去られてから、エアロックに何が残っていたか。覚えてます?」
「えっと。なんか黒い滓がいっぱい」そして羽場は頭を抱えた。「あぁ、そうか! そりゃそうだ、変だよ! 月面に、あんな黒い砂礫なんて、あるはずないじゃん!」
そう。月の砂礫は、暗褐色ではあるが。真っ黒とは云えない。
「それで、この小惑星で採掘されるこの砂礫って、もの凄い呼吸器系に悪いらしいんですよ。羽場さんも、月花粉症って知ってますよね?」
「あぁ。当然。月の砂ってもの凄い細かくてギザギザしてるもんだから、吸い込むと花粉症みたいな症状が出る。咳とか、鼻水とか、あと熱を出しちゃったり」
「月面基地でも、基地外活動した後は、ダストシュートとかで取るようになってますけど。でも小惑星の砂礫って、更に細かくてキツいみたいで。それで試料から炭素を抽出する工場、例のLv10でも、殆どをロボットにやらせてるんですって」
「なるほど。そしてアメリカは既に、あの症状の特効薬を作っていた」
「はい。でも使わないに越したことはないから、私がLv10に迷い込んじゃった後でも、すぐに注射はしないで。症状が出たら投与するように、って。ドクター宛に持ってきたんですって」
「じゃあ、チクリンは? どうしてアイツの名前がリストにあったの?」
「あのリストって、別に病気にかかった人リストじゃなかったんですよ。正確にはプロジェクト6の機密を、部分的に知られた、あるいは知っている人リストで。例えば海老名さんはLRVの運転手でしょっちゅうアームストロングに行っているし、石川さんはLv10の設備工事を手伝ったことがある。で、チクリンさんは。ほら、自分でも云ってたじゃないですか。LRVの上をUFOが飛んでたって。アレはホントらしくて、見られた可能性があるってことでリスト入りしてたみたいで。それでジョーさんは、念のために、って全部もってきちゃったみたいで」
「へぇ。ジョーも随分な手抜きをしたもんだね」
「まぁでも、そのおかげで、チクリンがスパイだってわかったワケなんで。怪我の功名でしょう」
まったく、色々と不確かな情報ばかりで一時は何を信じていいかわからなくなってしまったが、考えてみれば何て事はないこと。事件の原因がアメリカの極秘資源調達計画にあって、UFOも宇宙人もその道具だというのがわかってしまえば、逆に誰が、何のためにウソを吐いたのか。逆に考えられてしまう。
少なくとも隊長や佐治が、謎の組織の陰謀に加担してるだなんて可能性はゼロになる。
そうなると私たちに情報提供をしたのは、基地の通信士くらいしか考えられなくなる。
そしてチクリンは確かに、プロジェクト9。6について何かを知っていた。
けれどもどうして、彼は冥王星人だ何だという絵空事を云いつつ、裏で情報提供をしたりしたのか?
それは私たちに情報を探らせて、それを横取りしようとしていたとしか考えられない。
では、彼の正体は?
そんなの、どっかの国のスパイだとしか思えない。
「チクリンは上手くウソを吐いたつもりだったんでしょうけど、それが逆に私に情報を与えることになっちゃった、ってワケです。彼は彼で、私を上手く利用して計画の証拠を掴もうと考えたんでしょうけど、レゴリス花粉症にかかった時点で、それ以上のスパイ活動は諦めるべきだったんです。引き際を誤った、というヤツでして」
虚ろに云った私に、それでも何か納得できない、という風に羽場は首を傾げた。
「でもさ、どうしてアームストロングは、そこまでしてプロジェクト6を隠そうとしてるんだろ。NEAsの開発なんて、そのうちばれるに決まってるじゃん」
「でもそれって、宇宙条約的に、もの凄い微妙じゃないですか。それで機密扱いにしてたんですって。辛うじて四方隊長には、臭わせてたみたいですけど」
「ま、それは確かに、そういう対応が正解かもね。ウチやユーロ、インドは別にして。宇宙開発も出来ない国にしてみれば、アメリカが勝手に宇宙資源を消費してると見るかもだし」
「実際、チクリンも。そういう宇宙開発後進国のスパイっぽいですけどね。アームストロングにしても、この間の毒ガステロの件もあって、情報公開に慎重になってるみたいで」
「まぁでも、チクリンに変なテロを起こされる前に捕まえられて良かったね」
だいたいにおいて納得した風な羽場。彼はソファーに沈み込んで大きく息を吐き、僅かに思案する。
「でも、じゃあデイヴが見たLv10って。何だったの? 拷問とか、血の臭いとか」
それがまだだった。私がアームストロングの月面牛牧場について説明すると、彼は楽しげに笑って両手を叩いた。
「何だ。全然別の話だったんだ」そこで、あれ、と首を傾げる。「でもさ、じゃあ阿部ちゃんの話は何だったの? 冥王星人とか、カロン人とか。それにLv10。ひょっとして阿部ちゃんも、チクリンの仲間だったってこと?」
「それが、私にもよくわからないんですよね。茶色い肌、黒い瞳、美しい尾。それって今になってみれば牛の事としか思えないんですけど、なんで阿部さんがあんなこと云ったのか」
どうにも阿部さんの話だけは、つじつまを合わせられない。私は彼のことも佐治に証言していたが、どうも地球に帰ってからの阿部の行方は、まるで掴めないらしい。
プロジェクト9。トトゥリリゥ。牛っぽい外見の冥王星人。
その大筋は例の〈アンソニー・レポート〉のパクリのようにも思えたが、牛に関しては、どうやって彼が知り得たのか。それを元に、どうしてあんな荒唐無稽な作り話をしたのか。さっぱりわからない。それは牛は反芻でメタンを吐くから、メタンを呼吸に使うという冥王星人と相性はいいように思える。
けれども、それが何だって云うんだ?
「羽場さんならわかるんじゃないですか? 友だちなんですよね?」
行き詰まって尋ねた私に、彼は嫌そうな顔で片手を振る。
「んなこと云ったって、冥王星人とか面白いギャグを云うヤツだな、って。そんな感じの友だちだもん。根がどんなヤツかなんて、考えた事もないって」
「え? 羽場さんアレ、信じてたワケじゃないんです?」
「何云ってんの。信じるワケないでしょ。冥王星なんて絶対零度の世界だよ? そんなとこに生命が生まれるワケないじゃん。ゴッシー馬鹿じゃない?」
「あ、馬鹿って云われた! だいたい私、羽場さんが真面目っぽくLv10がどうのって調べてくるから、段々その気になっちゃったのが原因で!」
「いやぁ。面白いなぁゴッシーは、って思ってたんだけどね。さすがにアームストロングの機密を記録するとか。行き過ぎだよ。若いって恐ろしい!」
「え? そういえばあのテープ、どこにやったんです? 羽場さんがどっかに隠したんです?」
「あんなヤバいの、手元に置くワケないじゃん。速攻で別のデータで上書きしちゃったよ」
「な、何でそれを先に云わないんですか! おかげで私、下手したら完全にチクリンの手先になって国家反逆罪的な感じになる所で」
「仕方がないじゃん、急に謹慎しろって云われちゃったんだから」
「それにしても、私がどれだけ心配をしたことか! ホントにただの謹慎だって聞いたときは、マジでどうしてやろうかと」
そこで羽場が、ぱっと片手を上げた。テーブルに置いていたパソコンのランプが、チカチカと瞬いている。
メールの着信如きで、誤魔化されてたまるか。
そう私が溜まりに溜まった不平を更に吐き出そうとした所で、羽場は不意に、呆気にとられた声を上げた。
「なんだろ。阿部ちゃんからのビデオレターだ」
「え?」
私はすぐにテーブルを飛び越えて、彼の隣に座る。そして羽場が再生ボタンを押すと、すぐに大写しで、例の黒縁眼鏡の、阿部の顔面が現れた。
『羽場。それに五所川原さん。元気にしてるかい。
仲間から話は聞いた。五所川原さん、トトゥリリゥを看取ってくれて、ありがとう。私には何も出来なかったが、彼女も最後に、キミのような地球の友人に出会えて幸せだったろう。キミのおかげで、残った二人も救われたようだ。彼らの犠牲、そしてキミの言葉が、アメリカの目を覚まさせてくれたのだと。そう思いたい。
そう、私は戦いなんて望まない。冥王星人は、地球人の敵ではない。
では、どうして竹林さんを犠牲にしたのかと。キミらは問うかもしれない。
だが、彼だけは、どうしようもなかったんだ。彼はネズミーよりも更に下等で権力欲に取り付かれた勢力の手先だった。だから私は彼を、あぁするしかなかったんだ。それがキミたち、そして冥王星と地球のために、最善の手だとしか思えなかったんだ。
どうか、キミたちには。それを理解してもらいたい。私は決して、誰も傷つけたくはない。私は心から、冥王星と地球の融和を願っているんだ。その証拠に、私が憎んで余りなかったネズミーだが』
そこで彼は、ぱっ、と身を引いた。背後に映るのはシンデレラ城。華やかなパレードに、笑顔の人々。そして阿部の頭には、例のミッキー・ネズミーの帽子が乗っていた。
『いやぁ、ネズミーランドも、云うほど邪悪ではないな! ハッハッハ! どうも偏見を抱いていたのは、私の方だったかもしれない!』
『パパ、何してるの? こっちこっち!』
枠外からの、幼げな女の子の声。阿部はそちらに笑顔で手を振ってから、再びカメラに顔を近づけた。
『あぁ、地球の妻と娘には。ボクの正体は秘密だよ。トトゥリリゥには申し訳ないが、これも任務だ。きっと彼女も、認めてくれることだろう。キミたちが地球に戻ったら、是非とも紹介したいと思っている。
そうだ、友情の証に、ボクの本当の名前を教えておこう。
ボクの本当の名前は、ガジュルメットって云うんだ。是非今度は、ガジュって呼んでほしい。』
それじゃあ、と手を振って消え去る阿部。
そしてプチンと、途切れる映像。
私は羽場と、顔を見合わせた。二人とも口を中途半端に開け放って、首を傾げる。
「ガジュルメットって、チクリンをさらった冥王星人の名前だよね?」
云った羽場に、私は呆然としつつ、頷いた。
宇宙は広い。それは光速で航行しても永遠に到達できない領域もあるくらい、広い。だから私たち地球人以外にも知的生命体が存在するのは疑いようのない事実だと思うが、彼らの思考方法、姿形、そうしたものが、完璧に私たちに理解が出来るものだとも、また、限らない。
私は展望室の窓から宇宙を見上げつつ、思う。
どうしてチクリンは、ガジュルメットなんて名前を知っていたのだろうか?
阿部は実は、本当に、冥王星人だったりするのだろうか?
アームストロングに運ばれてきた四匹の牛さんたちは、本当に冥王星人の、変身した姿だったり。するのだろうか。
そう、チクリンも、私も。羽場もデイヴも。実は彼に何らかの操作を受けて、彼の同士である四匹の牛が、無為に死んでしまう事がないよう、動かされたりしたのだろうか。
きっとその真実が解明されることは、ないだろう。
けれども、そうであって欲しいな、と思う。なにしろこの広大な宇宙において、例えそれが最終的に食べるためであっても。生命を大切に想う存在がいるというのは。本当に素晴らしい事だから。
「そういやゴッシー。卒論どうなったの? ちゃんと書けた?」
不意に尋ねられた私は、途端に思考が、空回りした。
「卒、論?」
〈第三部・完〉




