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月でウサギを飼う方法  作者: 吉田エン
ベテルギウス作戦 二章:PS7。半分よこせ
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 なんとまぁ、馬鹿馬鹿しい話になったものだろう。それでも工場には機械電子系の心得がある隊員たちが集められて、ムーンキーパーの改造が始められた。それはまるで、ロボットアニメの整備作業場面のようだった。何人もの隊員たちがムーンキーパーに取り付き、様々な工具で手を入れていく。私は羽場に命じられて、その改造の進行具合をカメラに納めていた。骨組みだけの華奢な姿だったムーンキーパーは、瞬く間にロボットらしい姿に変えられていく。外装には念のための装甲が装着されていき、胸の辺りから搭乗者の顔が覗くだけになりつつある。背面には通信装置などを詰め込んだバックパックが装着され、ひょろりとしたアンテナが差し込まれる。こんな物を月面通信で放送しては、巨額な税金で遊びやがって、と批判が起きてしまうような気がするが、好き者にはたまらない光景であるのには違いないだろう。


 だが、この基地で一番ロボットに憧れていたであろうテツジは、酷く複雑な表情でその改造を眺めていた。本来であれば彼の手であるムーンキーパーは、彼の主導の元に改造されるべきはず。だが彼はいつの間にか、技師たちの集団から蚊帳の外に置かれてしまっていた。


 理由は簡単。彼の発想は素晴らしかったかもしれないが、月面基地に来るようなエリート技師たちに比べれば、基礎学力がまるで足りなかったのだ。


 例えば、こんな具合。


「おい、テツジよ。どうしてここまでやっといて、ダンパ付けなかったんだ?」

 克也に問われ、彼は怪訝に首を傾げる。

「ダンパ、って?」

「だからよ。コイツは操縦者の動きをダイレクトに外骨格に伝えるだろうけど、それは逆も同じだろ? 外骨格の腕に加えられた力は、逆に何倍にもなって操縦者にフィードバックされる。ヤバいだろ、そんなの」


 ははぁ、と口を半開きにしながら応じるテツジ。


「じゃあどうすりゃいいの?」

「だから、その辺の空圧ダンパで適当に」

「適当って云われても。どんな計算になるの?」

「計算? 習ってないのか。こんなの材力の基礎だろ。ダンパは加速度に比例して抵抗を受けてだな、その抵抗値は」克也はそこで口を噤んだ。「まぁいい、今は時間がない。後で教えてやるよ」


 そして辺りにあった溶断トーチを手に取り、瞬く間にムーンキーパーの伝導クランクの一部を焼き切り、バネや空圧ダンパを取り付けていく。更に羽場の主導する通信装置や何やらについては、まるで手出しが出来なかった。バックパックに取り付けた装置を搭乗者が操作出来るように手元へ配線を伸ばしてくるのだが、そのスイッチの回路への半田付けを頼まれても、完全に彼はお手上げだった。


 どんどん姿を変えていくムーンキーパーを、手持ちぶさたな様子で見上げるテツジ。私は何だか彼が可哀想に思えてきて、何気なく近寄って声をかけた。


「そういや、なんでこれ。頭ないの?」

「はぁ?」

 完全に気の抜けた様子で問い返すテツジ。

「だから、頭。そりゃあ、あっても使い道ないかもしれないけどさ。せっかくのロボットなら、頭欲しいじゃん」


 まるで理解できない、というように彼は暫く首を傾げていたが、そのうちにフラフラと廃材置き場に向かい、それらしい形をした物を探し始めた。


 そして、四時間後。ムーンキーパーが白色の外装に被われた華奢なロボットという出で立ちになった頃、隠れて作っていた頭部を持ってテツジが現れる。デザイン的にはツルンとしたアイアンマンのようなデザインで、瞳の代わりに赤いプラスチックでバイザーのような物が付けられていた。


「おっ、頭か。いいね。飾りだろうが、重要だ」云い、片手を差し出す克也。「付けてやるよ。貸せ」

「いやいや、こんくらいは。オレがやるっすよ」


 慌てたように頭部を隠し、身を引くテツジ。どうも克也は彼の心情が理解できていないようで、親切心のつもりで、いいから貸せとか何とか押し問答が始まる。私はすぐに、そこに割り込んでいった。


「画竜点睛ですよ、克也さん」

 それで彼も、理解したらしい。

「お、そうか。そうだったな。じゃあ任せた」


 テツジはイマイチ、感情を表に出すのが苦手な子だった。それもあって彼は微妙な表情を浮かべ続けていたが、それでも素早く二つの頭を抱えてムーンキーパーの肩に飛んでいく。そして頭部が両肩の間に据え付けられると、技師たちは途端に歓声を上げ、笑い、拍手をする。


 しかしテツジは、変わり果てたムーンキーパーを無表情に見上げ、そそくさと踵を返して工場を去っていってしまった。


 私は彼の背中を見送りながら、何か声を掛けなければならないような気がした。けれども上手い言葉を思いつけずにいる間に、彼と入れ替わるようにしてハードタイプの宇宙服に身を包んだ岡が現れ、私の構えるカメラを覗き込み、親指を立てて見せる。


「一号機パイロット登場! バリバリに動かしちゃうぜ?」

「バリバリって。昔の暴走族っぽい」


 呟く私に笑い声を上げてから、早速改造が完了したムーンキーパーに乗り込み、技師たちが見守る中で動きを確かめ始める。


「おお、何か動きが滑らかになりましたね! 前はちょっとガクガクしてたけど。今はすんげー滑らか」


 ドスン、ドスンと音を立てながら、狭い工場を歩き回る岡。もう一人のパイロット、羽場は、酷く宇宙服に慣れない様子で、四苦八苦しながら二号機に乗り込もうとしている。


「まったく、だからハードタイプの宇宙服、ボクに作り直させてって云ったんだ!」愚痴りながら、顔を真っ赤にしながら叫ぶ羽場。「重いし、可動範囲は狭いし、第一格好悪いんだよこれ! なのに予算がないとかで却下しちゃってさ!」

「いいから、さっさと乗れよ。何やってんだ」


 搭乗部になかなか身を据え付けられない羽場に苛立って、克也が羽場の腰を持ち上げ、指定位置に固定しようとする。


「いたっ! 痛いよそれ! ボクの関節、そっちに曲がらないって! ホントにそれで合ってるの?」

「喚くな! 少しくらい我慢しろ!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ羽場を無視して、手早く手足を固定していく克也。そしてようやく全身が操作モジュールに収まると、羽場は酷く困惑した様子で腕の調子を確かめる。しかし自他ともに認める貧弱の羽場は、やっぱり力のない子だった。うめき声を上げ、顔を真っ赤にし、辛うじて片腕を持ち上げる。


「あぁ、無理! やっぱ無理だよボクにこれ! もう胸の筋肉が吊りそうだもん! ゴッシー、代わって!」

「嫌ですよ。だいたい羽場さんプレステ欲しいんじゃないんですか?」

「そりゃ欲しいけどさ」


 上擦りかけている息を飲み込み、汗を拭う。だがそれも一苦労だった。動きをトレースして汗を拭う素振りをするムーンキーパーを楽しげに眺め、克也は大声を張り上げた。


「とにかく時間がない、次は立ってみろ!」

「えぇ? マジでそんなこと出来るのこれ?」


 酷く気乗りのしない様子で、片足の具合を確かめる。そこに岡の一号機が現れて、隣に腰を下ろし、二号機と同じ姿勢を取って見せた。


「いいすか? こっから、こう」


 と、彼は酷く慣れた調子で上体を前に倒し、そのまま足腰を伸ばし、倒れかけた所で片足を前に踏み出させ、ドスンと床を揺らしながら直立する。


「ね、簡単でしょ?」


 羽場は岡の動きを渋い表情で眺めていたが、ようやく意を決したように、瞳を見開き、何度か両腕を上下させ、勢いを付けた。


「いいさ。やってやるよ。ボクは天才だ。天才に不可能なんてないのさ」


 ぶつぶつと呟きながら、グラグラと上体を揺らす。そして遂に彼は、それっ、と叫び声を上げながら上体を倒し、もはやバランス的に元の姿勢に戻れない所に向かった。ぐわっ、と床に身を倒してくる二号機。そこから曲がった足腰を伸ばし、片足を踏み出させなければならないが、その中途半端な姿勢の所で、羽場は急に強烈な悲鳴を上げていた。


「あぁっ! 痛いっ! 腰がビキっていった!」

「ちょ、羽場さん!」


 慌てて岡の一号機が、倒れかけた二号機を支えようとする。だがそこに羽場が混乱のうちに振り回した腕がぶち当たり、岡も途端に悲鳴を上げていた。息をのむ私たちの前で二機のムーンキーパーは完全にバランスを崩し、ぐるぐると旋回し、腕を、足を絡ませ、最後には巨大な振動と悲鳴を残しつつ、床に倒れ込んだ。

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