八百六十六話
ファンタジー鉱石を確保できるかどうか。それを知るために湖のダンジョンへと来たわけだが、初っ端からいきなり躓いてしまった。
しかしそれは、龍のやつが臭いだの何だのといった事で駄々をこねた訳ではなく……。
「我は知らぬぞ? 結弥と美咲と言ったな。お前達の名と顔は一定以上の力を示したから覚えたが、ソレ以外は抜け落ちた後の鱗程の興味も無い」
人で言うなら爪の先ほど……と言うことだろうか。
しかしなるほど……こうして俺達とは会話をしているが、それはこの龍が一定以上の力を見せた俺達を認めていたからだったのか。
そうである以上、他の人間は以前と変わらず〝地を這う者〟という事になる。
「全く気にもしないって事になるか」
「だね。そうなるとちょっと予定が狂うよね」
本来であれば、龍にクラーケンやクラゲを狩ってもらっている間に、水中スクーターでさっさと抜けてしまおうトイウ計画だった。それも、高ランクの探索者であれば誰でもといった具合に。
だが、この龍は俺と美咲さん以外は知らぬという。そうである以上は、この協会が考えた計画は破棄せざる得ない。
俺や美咲さん以外が下手に龍と共に潜る場合、その難易度は一気に跳ね上がってしまうからだ。
例えば、龍が気まぐれで地上へと戻っていったら?
例えば、龍とクラーケンの戦闘に巻き込まれる可能性は?
例えば、最初から龍が人だと思わずに攻撃を仕掛けてきたら?
例えば、例えば、例えば……と、龍が俺達以外を認識していない時点で起こり得る問題が多すぎるんだ。
そして起こり得るモノによっては、龍に協力を仰ぐよりも難易度がおかしい事になる。それこそ〝生か死か〟じゃなく〝死ぬか殺されるか〟と理不尽な事を言われるぐらいに。
なのでどう考えても俺達にしか出来ない計画は、この先継続的にファンタジー鉱石が採取出来るわけではないので白紙撤回するしか無い。
何せこの話が出た理由が安定した資源の確保だからな。俺達だけしか無理とか、安定なんて言えないもんな。
「コレどうなると思う?」
「んー……定期的にだけど、俺達へ指名依頼が来る形に落ち着くかな」
ただ、安定はしなくてもファンタジー鉱石は手に入れたい。
そうなると、確実に大量確保出来るのはこの湖のダンジョンしか無い。……社にもあるがアレは例外という事で。
そして先程の法則で言うなら、俺達なら問題なく確保出来るだろうという話になるはずだ。なので、当分の間は氏名依頼で確保して行こうって話になるだろうなと予想。
まぁ、ただの繋ぎだろうけどな。自分でも言ったけど、安定確保と言うには程遠いやり方だから。誰がやっても確実に手に入れることができる。コレが立証されて初めて安定となるからな。
ただ、この〝誰でも〟と言うのは、高難易度ダンジョンにアタックをする必要性がある都合上、その挑戦権を所有している者に限られる訳だけど。
一つだけ他にも方法があるんだけど……そちらはまず無理だろう。
何せその方法は龍自身が言っている内容にあるのだが、その言っている事がどう考えても達成不可能だからだ。
誰が好き好んでこの龍に挑戦するんだって話だよ。
俺や美咲産の場合は、龍が遊んだというのも有ったけど、あの時に〝化身〟や〝ロード〟が現れるというミラクルが起きたからこそ生き延びることが出来た。
言ってしまえば、この二柱のおこぼれに預かったという訳なんだよな。
確かにある程度は攻撃を当てたと思う。当てたんだけど、ほぼほぼノーダメージだった訳で……本当に、名前と顔を覚えてもらったのは奇跡に等しい。
そしてそうである以上、この龍が気にも掛けない存在である人間が挑戦しても、生き延びることすら怪しいレベルになる。
ただ、恐らくこのレベルの格の持ち主になると、普通に考えた場合、大抵は似たりよったりの思考をしてそうだよな。
思うんだよな。絶対今まであってきたほうが珍しい方だろうって。
そもそもの話。〝リッチ先生〟は元異世界で人として生きていた時期があったお方。
〝化身〟はというと、これは〝ウォル〟との分裂体だからな。俺と共に戦ってきたと言っても良い存在。
〝ロード〟の場合は、人に興味津々だった。
では他のモノ達は?
〝ニーズヘッグ〟は敵対こそしていないものの、それは俺達が大樹を傷つけないから。むしろ大樹を守ろうとしたからこそ、彼は俺達がやっていることをスルーしていると言っても良いと思う。
次にダンジョン・マスターと化したワイバーンだけど、こちらは他よりも格は下がるがそれでも俺達からしてみればはるか上の存在。しかも最初は完全に敵対していた者で、人など知らぬといった雰囲気だったが、今ではリッチのポチと化している。
後はそうだな……各種試練のダンジョンのマスターはちょっと違うから置いておくとして。
あえてこの格に加えるとしたら〝大樹〟だろうか? 大樹もなぁ……本気で俺達を迷わせようとしたら、延々と俺とイオは森の中を彷徨うことになっていただろうし。
力も格も実は彼らと同レベルに近いのでは? と考えることが出来る。まぁ、虫に樹液を吸われてしまっていたけどな。……ただ、その虫が恐ろしい強化をされていたから、やっぱり力は大きいと思う。
あぁ、でもこう考えると。人に対して興味がないと言うか、どうなっても知らんと言いそうなのは半数いた事になるよな。
ん? あの〝模倣体〟達はどうなんだって? 彼らの場合は、そもそも世界の維持の為に頑張っていたし、更に言えば緊急事態が続いている状態でも有ったからね。ぶっちゃけデータがなさ過ぎる。なので、考察の材料には出来ないかな。
とりあえず。今は他の要件も済ませておこうか。これ以上は上が考えてくれるだろう。
「龍さんお願いがあるんだけど」
「ん? 一体どんな内容だ? 我に出来そうな事であれば聞いてやらん事もない」
「ソレはありがとうございます。で、お願いと言うのは……」
俺が龍に対してその内容を告げると、龍は途轍もないショックを受けたような表情を見せた。
「お、お、お主……一体何を考えておる」
「いや、そこまで驚愕するような事は言ってないですよ? それにお礼としてお神酒も準備しましたし」
「む……いやいや。我が酒で釣られるとでも?」
そういう割には涎がだらだらと垂れてますし、目なんてギンギンのランランじゃないですか。
どう考えてもチョロいとしか言いようがない表情をみせてますよね。
「ソレにお願いに関しても、心臓をくれとか骨をくれなんて言ってないじゃないですか」
「む。確かにそうだが……とでも言うと思ったか! 血を五ガロンほど寄越せと言うたではないか!! 我は騙されぬぞ」
龍の大きさから考えたらちょっとだと思うんだけど。
ちょっと、米国にあるガソリン缶の五個分に値する量を下さいと言っただけだしね。
「鱗や牙や爪は抜け落ちたものを回収しますので、血だけが足らないんです」
「我の血をどうするつもりだ!?」
ちょっと素材に使わせてもらうだけですよ。って、龍は絶対分かっているでしょ。なんか目が実に楽しげだもの。
ノリノリ過ぎません? と思うレベルで、実にわざとらしいのだけど……それは言わずにおいておこうかな。その方が献血にご協力を願えそうだしね。
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監視状態がさり気なくストレスなんですかね? そのストレスを解消するように、結弥達との会話を楽しんでいるようです。
それにドラゴンですからね。力を少しでも魅せる事が出来た相手を気に入ったのでしょう。きっと。




