八百六十五話
何か有った時の為に直ぐ動けるようにと、かなりの探索者が伊勢から伊賀・甲賀付近に移動をしたらしい。
これはワイバーンの事が片付いたことで動ける探索者が増えたから出来た。更に言うと、あの時に〝ウォル〟達が放ったブレスのビーム砲を見た狐達の内、幾つかの種族がこちらへと降った事で戦力がアップしたというのもある。
これにより。豊川側の探索者達も幾つか移動することが可能となった。
ただ、次は対人戦でもあるということで、協会は強制ではなく希望者という形で人を募集した。
それで、そこそこの人が手を挙げたという事は……まぁ、探索者達も覚悟が完了していたって事だろうね。
以前のマッド野郎との戦いと違い、心の準備を整える時間があったと言うか、その時に戦った事で慣れた人、トラウマを植え付けられたが乗り越える事が出来た人が居るという事なのだろう。
それにだ。
直接戦闘を行うことは無理だけど。後方支援は行いたいという人もかなりの数がいたらしい。
そんな人達には物資の輸送、ダンジョンに潜って貰い食料の調達をいつも以上に行うなどの仕事を割り当てたそうだ。
「拠点の防御力を高めておかないとだからなぁ」
「何がどうなるか分からないんだっけ」
「ある程度予想は出来るけどね。パターンとしては……」
一番起こり得る可能性が高いのが、迷宮教が守り勝つパターン。
この場合だと、迷宮教にとって次の敵は伊勢になる可能性が高い。となると、守りを固めておく必要性は十分にある。
相手が迷宮教だからなぁ……戦力差とか気にせず敵対してくるだろうしな。
薄っすらとあるパターンは、決死の覚悟で突入したどこかの宗教が迷宮教の拠点を制圧するパターン。
この場合だと、その拠点は蠱毒の壺と化しそうだよな。
当然と言えば当然の話なんだけど。他の宗教も「俺達も手伝った」とか「包囲で貢献した」と言い、自分たちもと拠点内に入ってくるだろうから。
「この場合、もし拒絶しようものなら……」
「戦力がダウンしている所に集中砲火されるって事だよね」
美咲さん正解。
そんな訳で、彼らが勝った場合は、拠点内でギスギス毒々とした交渉が開始されるか、もしくは第二の籠城戦が開始されるかだ。
一応、別のパターンもある。
突撃を繰り返した結果。一つ以外の宗教が戦力を無くし、最後の最後で迷宮教に勝つ宗教が出てくるパターンだ。
この場合であれば……うーん。どうなるんだろう。最後に残った宗教次第とも言えるからな。
ただ、結局の所は過激派というか武闘派だからなぁ……。まぁ、そんな奴らが「ヒャッハー! 食料などは奪え!!」と襲撃してこない限りは様子見になるかな。
とりあえず。協会も同じような考え方をしているのだろう。だからこそ、伊勢側の防衛力を高めた訳だろうし。
そんな状況で俺達はどうしているのかって言うと、大樹を登って調査をしたという事も有って、村で待機と言うなの休息中。
ただ、コレは何時もの事だけど。休みを貰っているとは言え情報収集は常に行っている。まぁ、だからこそ伊勢などがどうなっているか知っている。
とは言え休みだからな。常にアンテナを張っているわけではなく、手が空いた時にチラリと協会のサイトを覗く程度だけど。
ただなぁ……こういった休みの日だと言うのに、美咲さんと会話をする内容が協会やら問題の地についてとか。これはもう、二人とも職業病と言っても良いかもしれないな。
何せ、その手の会話をしてお互いの知識を共有することで、なんだか安心すら覚えているしなぁ。……もう末期症状とも言えるのでは?
「色気が無いわねぇ……」
「色気なんて皆無なの!」
「みゃん……」
「ぷるる!」
「お兄ちゃんも美咲お姉ちゃんもダメダメだよね」
そしてそんな俺達を見てダメ出しをする人達。てか、うちの可愛いモンスターズ達まで……。
いやそもそも! ゆいには言われたくないぞ。ゆいはモンスター愛まっしぐらじゃないか。
ゆいは以前に「人を愛するぐらいなら、もっとモンスターちゃん達の手入れをする方が生産的だよ!」なんて豪語をしてただろうに。
「それはそれ、コレはコレだよ?」
「棚上げするな」
「えー……でも、お兄ちゃん達の進展が遅いからいけないんだよ」
「まだ言うか。悪い口はこの口か?」
ウニウニとゆいの頬をつまんで引っ張ってやる。
さり気なく美咲さんも、ゆいの背後からゆいに抱きついていたりして……。
「うにゃー!」
猫か? と思うような声を出しながら、ゆいは美咲さんの拘束を解こうとするんだけど……レベルが違うからなぁ。一向に抜け出す事が出来ずにいた。
あ、ただコレは別にいじめではない。力もそんなに入れてないしな。
と言うか……ゆい本人が楽しそうなんだよなぁ。だからやっているってのも有るんだけど……一つだけ懸念がある。
ゆいが余り俺達との時間が取れないからと言う理由でやっているだけなら良い。ただ、ここ迄楽しんでいるのを見ると、兄としては、ゆいがMじゃないか少々心配だ。
そんな心配をしつつチラリと美咲さんを見ると、さり気なく彼女も苦笑いしていたりする。
そりゃそうだよなぁ。モンスターに全力投球でM気まで発症しましたなんてなったら……一体この子は何処へ向かっているのだろう? って話だし。
ただ、俺達のこのやり取りを見た美波さんは「あらあら、仲がいいのね~」なんて、のほほんとした感想を口にしていたりする。
ま、ゆいは俺に向かってロケットダイブをしていた子だったからな。仲が悪い訳がない。
「とりあえず。色気のある話なんて人前でするようなモノじゃないだろ」
「え? という事は……二人っきりでコソコソと?」
「やってません!」
「やってないの? やっぱり色気が皆無じゃない……お母さん心配だわ……」
あかん……美波さんが来てからというも、このパターンで確実に彼女のペースになっている気がする。
今もまた、ヨヨヨ……と崩れる演技をしながらだけど、口元が笑ってるんだよなぁ。
「お兄ちゃん……私も心配だよ?」
そしてそんな美波さんを見たゆいも、同じようにヨヨヨ……と。
実に二人とも仲がよろしいようで!! てか、いつの間にそんなにも打ち解けたんだか。
「嬉しい話であるのは間違いないんだけど」
「押しが二倍以上になってるよね」
ハハハ……と乾いた笑いを浮かべる美咲さん。
きっと夜の女子会とか大変な事になってるんだろうなぁ。最近だと、俺の母さんも顔を出しているそうだし……まぁ、皆の仲が良好なのは良い事なんだろうけど。
美咲さんは集中砲火を浴びている可能性があるわけで……心の中で合唱しておくか。
「あ、でもお兄ちゃん達。伊勢側で色々起きそうって事は、また緊急で移動する事も有る感じなの?」
「多分無いと思う。まぁ、伊勢側で何かが起きたらって場合の話に限ればだけどね」
「他の場所で新しいダンジョンが見つかったとか、凶悪なモンスターが出たとなれば出る必要があるよね」
「へぇ……それなら時間は一応有るって感じなのかな」
休みは休みだからね。滅多なことがない限り、協会から声が掛かる事はないと思う。
それに、その滅多な事になりそうな事は粗方潰した後だしね。
「だからあれだな。今のうちにソラ達が結婚式を挙げてくれると個人的には良いかなって思ってる」
それに美咲さんとサキさんは従姉妹だしな。だから美咲さんは、可能な限り式には出席したいだろうしな。
とりあえず……少しでも問題が起こらないように〝化身〟にでも祈っておくか。
祈った所で「明日天気にしておくれ」ぐらいのモノでは有るんだけどな。ただ、よく問題が起こるから、神頼みでもしておきたいって気分なんだよね。
ブクマ・評価・感想・誤字報告ありがとうございます!!
二人だけだとどうしても話の内容が探索者的なものに。しかし其処へ何か別の要素が混ざると……といった感じですね。




