七十六話
ダンジョンまでの道中、ゴブリンが出始めてからというもの、それ以外のモンスターが現状では出る事が無い。
美咲さんも、弓を使えばゴブリンと戦う事が出来るようなので、一先ずは安心だ。
とはいえ、なぜゴブリンだけしか出ないのだろうか? という事が気になって仕方ない。なにせ、オーガやオークどころか、ボスゴブリンもその姿を見せないからだ。
「ゴブリンの集まり、幾つ潰したっけ?」
「えっと……四つ目かな。大体十匹前後だったね」
ノーマルゴブリンだと素材にもならないので、魔石だけ取ってから埋葬してるけど……これ、前のウルフライダーと同じで斥候的なモノとかじゃないよな? 逃げるそぶりも無いし、もし偵察に来てるなら完全に捨て駒なんだけど。
「それとも、何処か別の場所で違うモンスターが観察してる?」
「え? 急に如何したの?」
「あ、ごめん。考え事してたら少し口に出てた」
「そっか、何か気になった事でもあったの?」
美咲さんに問われたので、引っ掛かってる内容を話してみるけど……これって答えは現状出ないよね。
「難しいね。今できる事って、警戒を強めるぐらい?」
「結局はそこに行き着くんだよな」
「ミャン!」
イオの警戒は任せろ! と言う鳴き声が実に頼もしい。
まぁ、イオの警戒網にそういった動きをするモンスターが察知できない状況だ。考えすぎな気もするが……面倒なパターンを思考するのは必要だしな。
進むにつれ、ゴブリンの数が微妙に増えていく。
それにしても、このゴブリンが出る方向が片方だけと言うのも、また微妙な話だ。右側からは出て来るのに、左側からは一切その姿を見せない。他のモンスターの気配すらないから更に謎と言える。
「まったく、不思議な状況だ」
「どっちなんだろうね。左側に強敵がいるのか、右側に統率をとってるモンスターがいる……どっちだろうね?」
「人型でそこそこ頭も悪くないって考えると、後者だと思うけど」
美咲さんが出した二択……うん、前者はやめて欲しい。しかも、それ両方のパターンだったら最悪だ。
右側に強敵。左側にはソレを警戒して、見張りを立てる思考が出来る統率者。俺達はその中間を渡ってるって事になるんだけど……。
「……ここらへんで一旦戻るべきか?」
「でも、ダンジョンまであと少しだよ」
「あー……たしかに、ダンジョンの状況は見てみたいけどな」
「ミャー」
まぁ、イオの様子からしたら問題なさそうだけど。少し移動速度を速めて、ダンジョンの様子を見たらトンボ帰りかな。
増えていくゴブリンの襲撃を返り討ちにしながら、ダンジョンの近くまで到達した。
だが、ここで問題が発生してしまったようで、これより先には進むことが出来ない。
「なんというか。一面紫色の沼? 煙? まぁ、進んだら不味そうな気配しかないな」
「生き物は通れない感じだよねぇ」
「とりあえず、色々試してみるか」
そんな訳で、まずは石を投げてみる。
投げ飛ばした石は、煙に当たるとシューという音と共に煙を上げつつ、少しずつ小さくなりながら沼に落ちた。落ちた瞬間にジュゥゥゥと音を鳴らしたかと思うと、跡形も無く消えていく。
「……これあかんやつだ」
「石だからとかじゃないよね」
念の為に木の枝を投げてみるも、同じ結果に……ならばと、少し前に倒したゴブリンの死骸があったので、ソレを投げ入れてみる。
「結果は石や枝と変わらずか」
「少しだけ時間かかったけどね」
これは、間違いなく人には通れないな。
さて、どうしたものか……此処を通らないと、魔石を集める為にダンジョンアタックをするなんて出来ない。
とはいえ、まず通ることが出来ないからな。船を作ったとしても……煙にやられ、船自体もどんどんと溶けていくだろう。
「正面だけかもしれないし、少し周囲を回ってみる?」
確かに美咲さんの言う通りかもしれないし、少し沼にそって移動してみるのもありか? ただ、問題はゴブリンが出てくる側の奥地だろうな。
当然だが沼にそって歩けば、その奥地がある方向へと進む結果にもなる。しかも森の中だ……沼を背後に戦闘とかは辛いな。
「イオ……強敵は居そう?」
「……ミャー」
ふむ、どうやら沼が邪魔なのか、周囲の状況がわかりにくいみたいだな。
さて、どうする? 判断を間違える訳にはいかないからな。情報は欲しいが、問題が多すぎる。此処は一旦引いてから、奥地に居るかも知れないモンスターの調査をするべきか? 魔石を優先するなら、ダンジョンの状況確認だけど……。
「何かヒントでもないかな」
「どれを選んでも大変だからね……はぁ、見える範囲からじゃ何も解らないよ」
そんな風に、二人で頭を悩ませていると前方の紫色の煙が、ゆらゆらと不自然に揺れ出した。
「……美咲さん、イオ戦闘準備」
「何かきてるね」
「ミャァ!」
ゆらりゆらりと煙がかき分けられて行き、少しずつその姿が現れ出していく。
「……二足歩行? 少し距離を取ろう。美咲さん下がって」
「了解」
姿がハッキリとする頃には、沼と陸地の境界線ぎりぎり近くまで接近をしていた。
そして、その姿は……何時か見た、二足歩行の犬だ。
「オヤ? 人間久シイナ」
「……五層で試しのボスだったズーフじゃないか、どうして此処に?」
うん、試しという戦いをして色々と話をした、あのズーフだ。しかし、彼はダンジョンから動けないのではと思ってたのは、先入観だったのか? とりあえずは、色々と聞いてみるか。
「ココカ? マァ、コノ瘴気ヨリ内側ハダンジョンダカラナ。色々ダンジョンニ変化ガ起キタカラナ。人モ来ナクナッタカラ調査シテタノダヨ」
おっと、行き成り気になるワードが出たぞ。聞きたい事がどんどん増えそうだが、少しずつ聞いていくか。
「ズーフ……瘴気って?」
「オヤ? 瘴気ヲ知ランノカ……人ノ世ハ随分ト変ワッタヨウダナ。瘴気トハ、生キルモノニトッテ猛毒ノヨウナ物ダ。タダシ、魔物ニトッテハ毒ニモナルガ、ソノ身ガ限界マデ強化サレテイレバ変化ノ鍵トナル。後ハ、我等ノヨウナ存在ニハ……意味ガ無イ、タダノ空気ダナ」
「という事は……俺達はダンジョンへ行くことが出来ないと?」
「ソウダナ。グルリト周辺ヲ調ベタガ……通レル場所ハ無カッタナ」
……マジか。これは魔石集めに大問題が生じてしまったな。
それにしても、生物にとってはどうしようもない猛毒か……解毒効果がある物でも無理な口ぶりだしな、他になにか方法があれば良いんだけど。
後は、モンスターを変化させるか……もしかして、あのオーガは此処で変化したのだろうか? 周辺の状況から見ても、あの強さは異常すぎたしな。もしかしたらゴブリンかボスゴブリン辺りが、限界まで育った上で此処で変化したとか? うーん、色々と情報が足らない。
後は、我等の様な存在か、しゃべるモンスター? もしくは、何か重要な案件を任されている存在? これは、聞いても教えてもらえなさそうだが……はぁ、聞くことが増えていく。
とりあえず、色々と質問を飛ばしていくか、どうも答えてくれる雰囲気だしな。
少し時間をかけて、質問を飛ばしてみた。
内容は、豆柴、オーガ、瘴気を渡る方法の有無、ズーフが言う存在、魔法の取得方法、そして、二年前のあの日に出てきた謎の存在について。
「豆柴カ……恐ラク魔物デハナイナ。我ノ持ツ情報ト同ジナラバ……ソレハ〝霊獣〟カ〝聖獣〟ト呼バレタ存在ダロウ」
「……それは、魔物と何が違う」
「人ニ害ヲ為サナイ、コレダケダ。トハイエ、気紛レナ存在ダカラナ。敵対行動ヲ行ナエバ反撃ニアッテ死ヌダロウナ」
……良かった攻撃をしなくて。逆にいえば、あそこに陣取ってくれているなら、村にとって有益とも言えるかもしれない。魔石の収穫が順調になったらお供えでもするか? 霊獣だか聖獣信仰でもおきそうだな。
「オーガハ予想通リダト思ウゾ? マズ強スギル魔物ハ、ダンジョンカラ出テナイ。オーガクラストナレバ、奥地デ静カニシテイルナ。ダガ、外デミタトナレバ、ゴブリンカ何カガ変異シタノダロウ。マァ人間ガミタ豆柴トヤラハワカランガナ」
ふむ、良い情報が入ってるな。強すぎるモンスターは外に出て来て居ないか……まぁ、豆柴とか気になるけど、其処は置いとくとしても、雀蜂やゴリラとかも弱い部類なのか。
いや、あのクラスが外に出た中で強者レベルなのかもしれないな、その辺りを聞いてみるか。
「それなら、外に出た中で一番強いのは?」
「ソウダナ……コノダンジョンノ魔物デアレバ、オークノ上位種ガイクツカ……ト言ッタ所カ」
オークの上位種か……たしか前に少し耳にした情報だと、リーダー・ハンター・アーチャーとかそう言った感じの奴等だったっけ。
武器を使えるという点を考えたら、ゴリラと同レベルクラスなのかな? まぁ、集団戦になったら面倒そうだから、少し考えておくべきか。
「後ハ……ソウダソウダ、瘴気ヲ渡ル方法ダナ。ソレハ無イナ。マァ、浄化ヲスレバ大丈夫ダガ、ソノ為ニハ魔法ガ必要ニナル。シカシ、魔法ヲ覚エルニハ本ガ必要ダ。現状、ソナタ達ニハ……無理ソウダナ」
「魔本か……ダンジョンアタックしないと手に入らないからな」
なんというか、扉のロックを開けたいのにキーが扉の中にある気分だ。
それと、魔法はやっぱり本からじゃないと覚えれないみたいだな。他にも方法があればよかったけど、無いようで残念だ。
「因ミニ、我等ノ存在ニツイテハ秘密ダ。モシダンジョンノ最下層マデ行ケタノナラバ……知ル事ガ出来ルカモナ」
まぁ、秘密なのは予想してたけど、ダンジョンの最下層か……とはいえ、そのダンジョンに入れないんだけどなぁ。
「ソシテ最後ニ、二年前ノ存在カ……アレハダンジョンヲ狂ワセタ、許シガタイ存在ダナ。トハイエ、今ハソノ存在ガ欠片モ感ジレヌ。一体何ガアッタノヤラ」
「ズーフ達にとっても敵って事か?」
「……ソウダナ。ダンジョンハアル意味……ヤツノ様ナ存在ヲ倒ス者ヲ強クスル為ニ用意サレテイタ。マァ、ソノ後ニ全ク違ウ生マレ方ヲシタ、ダンジョンモアルガナ」
……強くする為だから、試練なのか。
それにしても、次から次へと謎が解けたら謎が増えていくな。
しかし、時間も時間か……そろそろ戻らないと、安全地帯でキャンプすら出来ないか。とはいえ、まだ聞きたい事とかも出てきそうなんだよな……。
「人間、気ニシテイルノハ時間カ? 聞キタイ事カ? モシソウナラバ、マタ来ルガ良イ。トハイエ、我ガ次ニ此処ニ来ルノハ、ソウダナ……太陽ガ七回昇ルサイクルダナ」
一週間おきって事か。それなら、村に帰ってから質問内容を纏めておいた方が良いな。
よし、次もあるなら今は帰るか。
「わかったよ。俺達も、なるべく安全な位置で休みたいからね。また、話が出来るって言う言葉に甘えさせてもらうよ」
「ウム、ソレガ良イダロウ。我ニ声ヲ最初ニカケタ人間ダカラナ。簡単ニヤラレテハ困ル」
何やら心配されてるな……まぁ、ありがたい話だし、ダンジョンの謎に迫るには必要だからな。
とはいえ、今は……最低でも、あの悪路の場所までは戻りたいか。
「それじゃ俺達はいくよ、ありがとう」
声を掛けると……あらら、もう沼の奥まで行って見えなくなったな。まぁ、去り際に手を上げるとか、何とも粋なコボルトだろうか。
さて、それじゃ……。
「俺達も戻ろうか」
「了解だよ」
「ミャン!」
……そういえばイオは静かにしてくれていたみたいだし、後で沢山甘えさせてあげるか。
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