八百五十八話
世の中には、知る必要が無い事や知らない方が良い事などがある。
多分この事は誰も知る必要が無く、また絶対に知られてはいけない内容だろう。
今、俺は失われたハズの景色をこの目で見てしまっていた。
「なるほどな……これは確かに〝ニーズヘッグ〟が言っていた『やめておけ』と言うのが理解出来たわ」
「これはどういう事なの?」
「うーん……はっきり言ってよく分からん」
そびえたつビル・道行く人々・高架線を駆け抜けていく電車などなど、双葉は動画や画像でしか知らない世界が広がっている。
とは言え、俺達はソレに触れる事が出来ない。そしてまた、俺達の会話は相手に聞こえていないし、相手の会話も俺達には聞こえない。
まるで、自分達がお化けや透明人間にでもなった気分だ。
「確かにコレだと、この命綱は必要っていうのがよく分かるな」
「大樹の蔦が無かったら戻れる気がしないの」
体に巻き付いている大樹の蔦。これは俺達が無事に帰る為のモノ。
俺達はこの場所に来る時に大樹の根を潜り抜け来た訳だけど、大樹の根も土の中にある訳では無く水中に存在していた。
なんで海の中のまま? と思ったが、どうやらその理由ガこの世界とでも言えば良いのだろうか?
「まさか、根を超えて少し進んだらまた重力が反転するなんてな……」
「そのまま海上を目指したら変な世界だったって事なの」
〝ニーズヘッグ〟が言うには、この地は幻だとかIFの世界なのだとか。ただ、実際は何なのかよく分かっていないらしい。
それなら、俺達が居るモンスターがはびこった世界が幻とか夢なんて可能性だってあるのでは? と思ったが、それは無いよな。だってこうして俺は俺として生きている訳だし。
じゃぁこの状況は何なんだ? って話なんだけど……。
「〝ニーズヘッグ〟にも分からないんだよなぁ。ただ、空にある海は魔力の濃度が濃すぎて誕生したって言ってたから、その濃厚な魔力が異常状態を起こしているって事なんだろうけど」
「過去? もしくは過去の記録なの? だってこのカレンダー……随分と昔なの」
「ぷるぷる!」
双葉とプルに促され、俺はそのカレンダーへ目を向ける。そしてそれは、ダンジョン発見されたとされる日から少し過ぎている日付だった。
「なるほど……約十年前ぐらいって事か。って事は、確かに魔力が地球の過去を映画みたいに再生しているだけって可能性もあるか」
「触れることが出来ないのは、再生されている映像だからなの?」
「その可能性もありそうだよなぁ……」
どちらにしても、この映像というか世界というか、これは俺達の世界の人にとっては猛毒と言ってもいい。
懐かしい光景・失われたハズの人そう言ったものがすべて映し出されているんだ。しかし、それらに俺達は触れる事も語り掛ける事も出来ない……となれば、こんな光景を目にした人の中には自ら命を絶ってしまう人も出る可能性だってある。
「まぁ、色々な可能性がありすぎて本当に訳が分からん……が、これで美波さんが本物である可能性はあるって事になるのか?」
「んー……双葉には分からないの」
「ぷるぅ……」
わかる訳がないか。
美波さんと潜水艇について〝ニーズヘッグ〟が言うには、〝化身〟と龍のブレスがぶつかり合い、それが空を貫いた際に起きた現象なのだとか。
神ともいえる存在がはなった極太ビーム砲は、魔力によって出来た海をも貫き、更にその先にまで到達。そしてそのまま、おそらく美波さん達が乗っていた潜水艇に直撃したのだろうという話。
そして、そんなブレスを直撃してしまえば……普通は死んでしまう。しまうのだが、この触れることが出来ないというヘンテコな空間というのが良かったのだろうか?
『おそらくだが、神気に触れてしまったことで、こちら側の住人として変化してしまったのだろう』
はい。言っていることがよく分かりません。
ただ、ビーム砲に耐えることが出来たものだけが、俺達が居る世界へと招かれる事となったというのは何となくわかった。
もうね。情報が多すぎて頭がパンクしそうなんだけど……えっとそれって、この世界は幻では無いって事なの? それとも幻なの? どっちなのさ! と叫びたい気分である。
『そもそも、世界自体が不安定ではあるからな。海では時の流れが違う場所もある。そしてそれは、魔力の濃度と言うよりも、とある力の残照が理由ではないかと思われるが……しかし、その力がどうも異空間にあるらしい』
……力の残照? 異空間にある? もしかしてそれって、俺達が巻くのをやめたあの時計の事だろうか。
えー……あー……もしかして、この状況を作り出したのって、間接的ではあるかもしれないけど、あの時に何もしないって選択をした俺達にもあるって事か?
〝ニーズヘッグ〟との会話でそう思ったりしたのだけど、もしこの干渉が出来ない世界が、その時の時計の所為で誕生したという事になれば……。
「もし時計が関係しているなら、ここが過去そのものって可能性もあるんだよなぁ……」
「可能性が多すぎなの」
「だよなぁ。ただ、過去を改変したい! と思っても干渉することが出来ないから、このまま帰るしかないんだよな」
そもそも改変するつもりなんて無いけどな。
もしし改変ができるとして。俺がそんな事をしたら、何のためにあの時に龍頭を巻かない選択をしたのか分からなくなる。
それに、こうして双葉達と出会えた可能性を否定するのはねぇ……。ないわ。
「とりあえず。俺としては此処が過去の可能性が高いと思うんだよなぁ。美波さんも過去に実際居た人が俺達の世界に引きずり込まれた……と考えた方がまだわかる話だし」
幻が実体化したというよりもね。まぁ、あのブレスは神の力を含んでいるからそれぐらい出来ると言われたら、確かにそうかもと思わなくもないけど。
ただもしここが過去だとするのなら、いずれはこの世界も滅んでしまうのだろうか?
そうなると、過去でかつIFの世界だと良いなと思わなくもない。せめて違う自分には平和な世界を享受してほしいモノである。
『知らぬ方が良かっただろう?』
「たしかにそうですね。アレは人にとって毒ですよ。それも猛毒の方」
『で、その世界の自分にはあったのかね?』
「それは止めておきました。何が起こるかわかりませんしね」
俺は少しだけ根の向こう側を見た後、直ぐに〝ニーズヘッグ〟の下へと戻って来た。
あまり長居するのは色々な意味で問題が起きる気がしたからだ。
「あちらでは俺と双葉とプルは異物ですからね」
『異物は排除される……か?』
「干渉が出来ませんでしたから、そういった動きが起こるかどうかはわかりませんけどね」
異物を世界そのものがそう言った動きをする……なんてのは物語上よくある話。
それに、あの光景自体が俺にとっては目の毒な訳だし。
「でも、この根の先って本来は宇宙とかになりますよね? このまま繋がったままだったりします?」
『それは無いだろうな。おそらく今だけだろう……魔力の流れが変わればまた変化が起きるだろう。それに、向こうへと行く前に話した異空間からの力だが、それも徐々に減ってきている。もしそれが完全に無となれば、宇宙とやらが根の向こう側で広がる事になるだろうな』
今だけのバーゲンセールみたいな感じか。それならあまり心配する必要は無いという事だろうか。
いやだってねぇ……潜水艇が降って来たんだぞ? これ、下手をしたら潜水艦が降って来る何て事もあるかもしれないからな。
なので、永遠とその可能性が続くという事が無かっただけよかったかな。
「それにしても、本当に訳が分からない内容でしたよ……これ、どうやって協会へ説明しよう」
「無理なの。これはもう黙っておくしかないの」
「ぷるぷる」
虚偽申告はやっちゃいけない事なんだけどなぁ……でも、虚偽申告したくなるような話。ってか、この話自体が虚偽では? って思われてしまうような内容だよな。
これはあれか? 品川さんに直接相談して、表向きと真実の報告を別々にするべきだろうか。あー……全く、頭が痛すぎるぞ。
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さて、一体海の向こうにあった世界は何なのでしょうね。
一つ言えるのは、本編にもあったように、魔王と戦った後に完成させた時計が関係しているという事でしょうか。




