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八百五十七話

少しだけ短め。

 海の中での風景。これは感動するといったモノは無い。

 ただそれは仕方がないと思う。何せ水中での視界って、水中スクーターに装着されているライトが照らす範囲のみだからな。

 なので見えるのは、終わりの無いように見える行先、それとその隣に聳え立つ大樹の幹と言った感じだろうか。これで小さな魚やら亀やらが要ればまた感動もあったのだろうが……どうやら、そういった生命体もこの大樹には接近出来ないらしい。



 ともあれ、俺達はそんな暗い暗い海の中をゆっくりと水中スクーターで進んでいく。

 速度を上げて一気に移動する事も可能だが、こんな視界の悪い環境だ……下手に高速で移動をし、水中スクーターで〝ニーズヘッグ〟や大樹の幹にこんにちはと衝突する訳にはいかない。なので速度はなるべく直ぐ停止出来るようなスピードにしている。


 それにライトの事もある。眩しい光を〝ニーズヘッグ〟の顔に直撃させる訳にはいかないからな。

 ただ光が〝ニーズヘッグ〟の目を潰したというのも問題だが、それだけならまだ言い訳が出来る。しかし〝ニーズヘッグ〟は大蛇だ。それも龍と言っていいほど巨大な蛇。そうなると……そんな顔が光に照らされ突然現れようものなら、間違えて魚雷を発射してしまうかもしれない。

 モンスターが居る世界だからな……たとえ大樹の傍にモンスターが居ないとわかっていても、突然驚愕するような状況に陥ったら、そりゃ間違えて発射スイッチぐらい押してしまうだろう。

 ただそれは……取り返しのつかないミスだ。なので、出来るだけ慎重に進んでいき、この先にいる〝ニーズヘッグ〟もなるべく遠くからその姿がうっすらと照らされて確認できるようにした方が良い。


「それでも慎重すぎると思うの」

「まぁ仕方ないだろ。相手が相手だからなぁ……絶対に勝てる存在じゃないし。あれだ〝化身〟や〝ロード〟と戦って勝てる未来は想像出来ないだろう?」

「むむむ……それは間違いないの」

「ぷるぷる」


 この先にいる〝ニーズヘッグ〟は〝化身〟や〝ロード〟と同格の存在。

 なので、龍に八つ当たりで遊ばれた俺達がだ、勝てるような状況なんて万が一にも無い。そういう訳で、戦闘になるような真似は絶対に避ける必要がある。


「それにしても進むスピードが遅いと思うの」

「これ以上スピードを出すと、衝突しかねないからね」


 一番恐ろしいのは大樹の根に衝突してしまった時だろうな。

 もし少しでも傷をつけようものなら……と考えると、思わず背筋が寒くなる。


 俺達がその場で散るだけならまだマシ。

 ただ〝ニーズヘッグ〟が怒り狂って地上へ人を殲滅しに行こうものなら……。


「超常的存在による大戦争勃発になる可能性があるんだよなぁ……」

「それは困るの……」


 龍の時に起こった内容はまだかわいいレベル。だってあの時は龍が俺達をじわじわと苛める様な形での戦闘だったから、あまり周囲への被害は出なかったし、〝ロード〟や〝化身〟も配慮しながら戦い方を調整してくれていた。


 ただ〝ニーズヘッグ〟が怒った場合は違う。


 まず最初に先制攻撃として、人の拠点という拠点を潰していくはずだ。なのでその時点で人側に大打撃が入っているのは間違いない。下手をしたら〝化身〟の社もその攻撃に巻き込まれている可能性だってある。

 そうなるとなぁ……絶対にどちらも引かない戦いになるのは間違いないわけで。


「神話にあるような戦いになりかねないんだよなぁ」

「神々の戦いの前には人は無力すぎるの」


 神話あるあるだよなぁ。人々は徹底的に身を隠し、神達の怒りが去るのを祈りながら待つ……。

 そして俺は、そんな状況のトリガーを引くなんて絶対にやりたくない。


「って事で、スピードは上げないぞ?」

「むぅ……仕方ないの」


 プルも納得をしたのか、双葉を覆っている状態のままぷるんと震えている。

 ただその震えた際に、中にいる双葉が微妙に歪んで見えるのがなんとも面白い。


「むむ、プルちゃんが震えると視界が歪むの」

「ぷるぅ……」

「はわっ! プルちゃん大丈夫なの!! ちょっと面白いなと思っただけなの。ますたーの顔とかが福笑いみたいになってるだけなの!」

「ぷるる!」

「そうなの。だからプルちゃんは悪くないの」


 あー……そうか。俺からも歪んで見えているのだから、当然だけど双葉からも同じように見えている訳か。

 そりゃ、双葉からも俺が面白い顔をしているように見えるわな。

 それに何もない空間だからな……こんな微妙な変化すら面白いと感じてしまうのは仕方のない話だろう。プルが波打つたびに見える顔というのは全く違うしな。



 そんな感じで、スピードが出せない為に出来てしまった暇な時間は、お互いの表情を見ながら会話をすることで案外苦痛が無かったりする。

 むしろ、ある意味面白おかしく過ごした為か、意外と時間はさっくりと進んだようで……いつの間にかに結構な距離を進んでいたらしく、水中スクーターから発せられるライトの光が〝ニーズヘッグ〟の胴体を微かにだが照らし出したようだった。

 そしてその状況を確認した俺は、まず水中スクーターを停止させる。これ以上進んで良いかどうかは〝ニーズヘッグ〟へ挨拶をした後次第だろうからな。

 不用意に近づくのも敵対行動と思われる可能性だってある。とりあえず、丁寧に行動をするのが大切だ。


「お久しぶりです。白河です。少しお話をすることは可能でしょうか?」


 扉をノックする……と、いうのは扉が無いからできないし、そもそも人間社会の風習。

 なんでしっかりと挨拶と名乗りをしてから、要件を端的に告げる。……割と超常的存在って回りくどいのが嫌いみたいだしな。なので良くあるあれやこれやと捏ね繰り回した様な回りくどい言い回しは避けておく。


 そしてそんな俺に対して〝ニーズヘッグ〟はと言うと……。


『やはり来たか』


 と、一言だけ発するのだった。


 どうやら〝ニーズヘッグ〟は俺達が来ることを予測していたらしい。という事はあれか? 潜水艇について〝ニーズヘッグ〟も認識していたという事なのだろうか。

 だからこそ、この場へ俺達が来ることが予想できたと。多分そう言う事じゃないかなぁ。


 ただ、それなら話は早い。質問がしたい俺と質問の内容が分かっている〝ニーズヘッグ〟。

 こういう構図ならば、かなりスムーズに色々と話が聞けそうな気がする。

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