八百五十六話
久しぶりにやってきた大樹。
俺は双葉とプルを連れて来たのだけど、その点に問題など一切なく、チビ達は「お前なら案内してやらんことも無い」と何やらツンデレ染みたことを言いながら大樹の下まで。
そして大樹の下では大樹とチビ達の長に挨拶をした後、直ぐに大樹を登り始めていった。
「しっかし、やっぱりここから見える風景って壮観だよなぁ」
「遠くまで見えるの!!」
「ぷるぅ!」
俺も強くなっているって事なのかな? 以前登った時よりも視力が強化されているのか、富士山などが更にはっきりと見える。
なので前にも見た風景だけど全く違う景色に見える訳で、新鮮な感動を再び覚えた。
「身体能力も上がってるか。木登りも随分とスピードアップしてるな」
「一度登ったからというのもあるの」
「確かに。次に掴む場所とかは何となく覚えているからなぁ」
ひょいひょいと手で枝などを掴んでいく。場所によっては一気にジャンプしてという場所も。ただこれは十分と言えるだけの空間がある時だけだな。枝などが邪魔をしてそんな横着が出来る場所はそう多くないし。
因みに双葉とプルは……蔦や触手を上手く使っているので落ちる気配など全くない。むしろ、俺のペースに合わせていなければ、もっと早く上に移動出来ているんじゃないかなと思う。
「そうだ双葉。大樹に違和感がある場所とかあるか?」
「特に無いの!」
そうか。それは良かった。
念のためにではあるけど、以前に昆虫型のモンスターが大樹に寄生して成長したことが有ったからな。
なので、こうして大樹を登るついでにチェックする事にしたんだけど……まぁ、何事も無いようで本当に良かった。
かなりの高さまで大樹を登ると、急に体が反転する場所へと差し掛かる。
重力が反転する為の現象だが、それが起こると見えている景色がガラッと変わって行く訳で……。
今まで見えていた空は海へ、陸地が空に見えるという。俺達が住んでいた場所は空の向こうにあり、目視できない状態になってるんだよなぁ。実に不思議だよな。
「おっと……しっかり掴んでおかないとな」
反転したことで大樹から放り投げられそうになるのだけど、しっかりと枝を掴んでいれば問題は無い。まぁ、足が離れてしまうために、懸垂でもするのか? という体制にはなってしまうけど。
「にょあぁぁぁ! ブランコな状態になったの!」
「ぷるるぅぅ!!」
どうやら双葉達は結構先に蔦や触手を伸ばしていたようで、反転したと同時に一気にバンジージャンプな状態へ。そしてそこから、蔦などが伸び切った状態になるまで落ちて行き、今はぷらーんぷらーんと空中で揺られている。
「蔦や触手を伸ばして大樹をしっかりと掴めよ?」
「わかったの! このまま宙吊りはちょっと辛いの」
「ぷるぅ!」
にょろりと蔦や触手を伸ばし大樹の幹へ巻き付いた後、双葉達は器用に大樹の幹へと移動していった。
人が同じことをしようと思ったら、ロープとかを引っ張りながらの移動になるんだけど、双葉達がやるとなぁ……蔦や触手を短くするだけで良いから、スススーと自動で移動しているように見えるんだよね。
「さて、登るのは楽だけど降りるのは大変だからな」
行きは良い良い帰りは怖い……っと、これはまだ行きなんだけどな。
木登りは登る時よりも、降りる時の方が気を付けないといけない。そもそも、足場を探す為に下を確認する必要があるからな。さり気なくではあるが恐怖心が襲ってくる状況でもある。
その点双葉達はなんとも横着な真似を……。
バンジーに味を占めたのか、下の状況を確認してはバンジーで移動。お陰で双葉達の移動速度が上がっていたりする。
……てか、なんで俺は丁寧に降りているんだ?
双葉達の行動を見ていると、ふつふつとそんな気持ちが胸の奥から沸いてきた。
これ、別に飛び降りてもいいなら俺でも出来る方法があるよな。
「てな訳で、レッツ紐無しバンジー!」
とぅ! と、手を離して一気に自由落下。
下の状況を確認しつつ枝などが迫って来たら、それらへ接触する前にマナシールドを展開しつつ風魔法を使い疑似空中ジャンプ。
落下の勢いを殺して大樹の幹を掴み、無事に落下移動を成功させた。
「ふぉぉ! 双葉達と同じなの!」
「ぷるぷる!」
「いや、まったく同じではないけどな」
落下しながらの移動という意味では同じだが、俺の方は紐がないからな。バンジーと言うよりもスカイダイビングなんだよなぁ。パラシュートも無いけど。
とまぁ、そんな横着をしつつ大樹を降りて行く。
漸く……と言うには早く海へと着水。一応海水ではある為に、双葉達には話をしていた手順で行動をしてもらう。
「双葉とプルは言っていた様に。じゃないと、海水だからな……双葉に万が一がある」
「ぷる!」
「あいあいさーなの!」
言っていた事。それは、双葉の全身をプルが覆うという事だ。
見た目はなんともと言った感じではある。何せプルが双葉を捕食しようとしているように見えるからな。ただ、プルにはそんなつもりが無いので、こうぷるぷるとしたゼリーの中に双葉が居るといった感じだろうか。
「しっかし、この状態で息も出来るってのがすごいよな」
「プルちゃんのお陰なの!」
「ぷりゅん♪」
双葉の言葉にテレをみせているプル。……ってか実に分かりやすい。何せプルの色が微妙に桜色を帯びているからな。感情が色で現れるとか、プルは単純というか可愛いよなぁ。
さてさて、ここからは水の中を移動する事になる。
なので俺は水中戦用の装備を魔法鞄から取り出して装備して行く。念のためにウォルも召喚して頭上に乗っておいてもらう。
「って事でウォル宜しく」
「わふっ!」
これで水中の対策は完璧だ。
移動に関しては、双葉と一緒に水中スクーターをしっかりと掴んでおけば良い。
「そしたら、奥へと向かいますか」
「ゴーゴー! なの!」
水中スクーターを起動させ、ゆっくりと水中へと潜っていく。目指すは〝ニーズヘッグ〟が居るだろう根の部分。
おそらくだけど、途中でモンスターの襲撃はないハズだ。何せ、大樹は不思議な障壁で雑魚は近寄れないし、そもそも〝ニーズヘッグ〟の気配で大物すら近寄ろうと思わないハズだから。
なので比較的安全な水中移動になると思うけど……一応警戒はしておかないとな。
もしも戦闘になったらだけど。これは、大樹の傍と言う事もあって下手な武装が使えないんだよなぁ。
魚雷とか爆雷とか、結構範囲が広いから気を付けないと大樹を傷つけてしまう。となると、銛とかがメインウェポンになるかなぁ……ちょっと火力不足な気がするよな。
大樹を傷つけるとか……〝ニーズヘッグ〟の怒りを買いそうで恐ろしいよな。うん、戦闘に関しては徹底的に注意をしないと。
ただ、やっぱり戦闘にならないのが一番だから、大樹へとお祈りをしておこう。戦闘になりませんように……っと。
そんな感じで、俺達は海深くへと進んでいく。
本当にこの奥には一体何があるんだろうな? 潜水艇が落ちて来たと言うのもあるけど、そもそも此処って宇宙じゃないの? という話でもあるし。
大樹の根がある場所の向こう側。
以前は調べる必要なんてないかなぁなんて思ってたけど、少しは気になってはいた。
それが潜水艇の登場で気になるなんてレベルではなくなっている。ただ……問題は〝ニーズヘッグ〟がどう出るかだよな。
大樹の根を彼は齧っている訳では無く守っているみたいだし。もしかしたら、根の向こう側ってとても大切な何かがあるかもしれない。そうなると、俺達が調べる事に対して拒絶する可能性だってある。
出来れば穏便にお話が出来る事を願うよ。
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