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八百五十五話

――美咲――


 何が何なのか分からない。どうしてこんな状況になったのかさえも……でも、今はそんな疑問なんて全て放り捨ててお母さんとの再会を喜ぼう!


「それでね、その時に結弥君が双葉ちゃんの蔦で足を躓いちゃって」

「あらあら。足元がお留守だったのね」


 そんな訳で、今はこれまで何があったかをマシンガンの様にお母さんへ語っている。なんだろう、気持ちがお母さんが亡くなったって聞かされた時に帰ってしまったような錯覚を覚えちゃう。

 あの後は本当に大変だったからなぁ……。


「それでサキがね? もうすぐ結婚するかもしれないの!」

「あら! それは良いニュースね。あ、でも信久君が阻止したりしてないのかしら? サキちゃんの事を「絶対に嫁には出さん!」といつも言ってたのよね」

「あー……その事なんだけど、結婚自体はおじさんが後押ししまくってるんだよね」

「あらまぁ!」


 何気ない会話。それをただひたすら続けていく。

 以前は何とも思ってなかったけど、今は「うん」と返ってくる言葉すら嬉しくて……。


「あぁ! もう夜中だよ……まだ伝えたい事が沢山あるのに」

「まぁまぁ。明日でも良いじゃない? 別に私が明日消えてしまうという訳でもないのよ」

「むぅ……」


 お母さん。それ分かっていないと思うけど、天然でブラックジョークを言っている状態だよ? 実際に私からしてみれば、突然お母さんが消えたという事実は過去にあったんだから。


「あら、不安になっちゃってる? 添い寝が必要かしら?」

「ちょ! お母さん……私はそこまで子供じゃないよ」


 口に手をあててクスクスと笑うお母さん。

 本当に昔の自分に戻った気がしてしまう。お母さんの姿もあの当時のままだしね。それがより一層と過去へ来てしまった気になるんだけど。


 でも違うんだよね。


 ここは私達が住んでいた場所じゃない。

 ここにはお父さんが居ない。


 間違いなく私は十年近い時を進んでいる。それは私が映る鏡を見れば嫌と言うほど実感できるから。


「とにかく! 今日はもう寝ましょう? 明日は行く場所があるのよね」

「あ、そうだね。うん、早くから行動した方が良いよね」


 楽しい話以外にも、お母さんには色々と伝えなくてはいけないことがある。

 今、この世界に起きている事。この場にどうしてお父さんがいないのかという事。間違いなくてもこの二つは伝えなくてはいけない。


 でもそれは明日で良いかな。今日は折角こうして再開したからと楽しいトークで盛り上がったのだから。そしてこの後直ぐに寝るのであれば、このまま楽しいトークで終わった方が良い夢が見れるかもしれないしね。



 因みに。今いる部屋なんだけど、実は随分と使っていなかった私の部屋だったりする。


 お一人な探索者用にと協会が用意しているアパートなんだけど……村にいる間は毎回ゆいちゃんに拉致されていたからね。

 もう白河家が私の住む場所みたいな感じになっちゃっていたんだよね……。うん、だから帰ってきてすぐ掃除をするのが大変だった。と、それはどうでもいい事かな。


 ベッド以外にも敷布団を敷いておく。私は敷布団で寝るから、お母さんにはベッドで寝てもらうとしよう。


「あなたのベッドでしょう? 私が下で良いのよ」

「あー気にしないで。寝る場所なんて毛布一つあれば大丈夫だしね!」


 私は探索者だから。野営とかする時に毛布一枚に身を包んで座ったまま寝るなんて当たり前。だから、私は何処でどんな状態でも眠ることが出来るんだよ。

 ただ、深く眠れるか? と聞かれたらノーなんだけどね……。そこは慣れと細かく休む事なんとかって言った感じかな。

 とは言えそれは野営時の話。こんな安全が確保された場所で更に自室ともなれば、同じようなスタイルで寝たとしても熟睡できる自信がある。


「って事で、お母さんがベッドを使ってしっかりと体を休めてよ。潜水艇にのって海中に居た訳だしね」

「そう? それじゃお言葉に甘えようかしら」


 さて、そうしたら電気を消してしっかりと寝ておかないとね。

 明日はまず……お父さんのお墓参りからだ。




――メイン――


 美咲さんが美咲さんのお母さんと再会した。

 それ自体は良い事だ。実に微笑ましく思える。……でも。


「婆様。その潜水艇は本物?」

「その答えじゃが、潜水艇としては本物で間違いないぞい。しかし、この潜水艇が行方不明になった潜水艇そのものかと問われたら、調査せぬとわからぬのぅ」

「うーん……まぁそうなるか」

「レコーダーなどがあるじゃろうから、まずはそのチェックからじゃな」


 俺がなぜ婆様とこのような話をしているのか。

 これは正直、美咲さんには悪いと思いつつだけど、しっかりと可能性をつぶしておく必要があるからだ。


 美波さんが偽物であるという可能性を。


 だってその可能性だってある訳だろう?

 確かに美咲さんと美波さんは、過去の思い出話とかで盛り上がってるようではあるんだけど、それは偽物でも上手くあわせたりする事だってできるだろう。

 もしモンスターなどにコピーされた存在だったりした場合は……それこそ、記憶の誤差なんて無いはずだ。記憶毎コピーしたらいい話だしな。


「結弥も心配性じゃのう」

「しょうがないよ。こんな世界だから。本当に何が起こるか分からない事が多すぎるし」

「確かにそうじゃがなぁ……」


 空の上なんて何も解明出来ていない。美波さんが十年近い月日をどうやって飛んだのかもだ。

 そして、この世界には俺の知らないモンスターがまだまだ沢山いるだろう。もしかしたら時を超えたり、完全に人へと擬態出来るようなモンスターも居るかもしれない。


 だからこそ、念には念を入れて可能性を潰しておきたいんだ。


 だってさ……モンスターかどうかを調べる為に! と、美波さんを攻撃して魔石の有無を確認する訳にはいかないしな。

 上級ポーションが有るからとは治せるとは言え、そんなサイコパス染みた真似はねぇ……。


「メディカルチェックという事で、研究所で確認をするつもりじゃがな」

「まぁ、この世界に適応できるかどうかってのも調べないといけないだろうしね」


 言っておくが、俺も彼女が本物だとは思っているよ。思っているけど……こればかりは俺の性格なんだろうなぁ。

 どうしても石橋を叩かないと気が済まないんだよね。


 とは言えこの事は周りの人に言いまわるつもりは無い。今の近くにいるのは婆様のみだ。


「てな訳で、婆様はチェックをお願い。俺は上の調査に行くことになるだろうから」

「了解じゃよ。それにしても空の上か……どんな空間になっているんじゃロウな」

「重力が反転して海が広がっているって事だけは分かってるんだけど……」


 それ以外は何も分かっていない。

 以前に行った時だけど、調査をすぐに切り上げたからな。それに、その後は再びあの大樹を登って空の上に行く事は無かった。


 一応思い返してみるが、あの広がる海には陸や島なんて無かった。居るのはシーサーペントとか、巨大なサメとか、水棲モンスターのパラダイスだったという事だろうか。

 大樹を更に登った? 降った? 場所には、神話の大蛇も居たっけ。あれは敵対する気配が無かったから問題無いけど。


 あ、もしかしたら〝ニーズヘッグ〟に話を聞けば良いかもしれないな。

 やっぱりその地の事を知るには、その地に住んでいる人から話を聞くのが一番な訳だし。


「何やら方針でも決まったのかの?」

「そんな感じかな。とりあえず、あとは登った後次第だね」

「気を付けるんじゃよ」


 気を付けるもなにも、ほとんど情報なんて無い状態だからなぁ。大樹だって何度も登っている訳じゃないし。

 とにかく常に警戒をして、来るモノ全てに逸早く察知して対処するしかない。完全に後手になるんだよなぁ……。ただまぁ双葉とプルがいるから、皆で協力をしたら何とかなるとは思うけどね。

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[一言] ショゴスロードがいた時点で少なくともクトゥルフ体系神話生物が存在する可能性はあるわけで、そっち方面で変身能力もちのヤバいのいますからねえ 非クトゥルフ系でもドッペルゲンガーを筆頭に記憶込み変…
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