八百四十九話
俺達が「八つ当たりって……」と口に出そうとした時、それはおきた。
『全くついていない……戦闘で体力と魔力が空に近い時にコレとは』
龍が愚痴った。
何故愚痴ったのか? と言うのは今は置いておこう。何せワイバーン達を放出していたダンジョンから禍々しい光が放たれているのだから。
しかしあの光は実に嫌なものを感じるな。それこそ、あの魔王城なダンジョンが発生した時に感じたものと似たような気配がする。
ただ、似ているというだけであって、ワイバーンの巣に城が現れたとかそういった事はおきていないのだが……もしかして内部が大改造でこされているのだろうか? まぁ一度もダンジョンに潜っていないから、改造されたのかどうかを知る術はないのだけど。
『じきに来るぞ? 堕ちた馬鹿がな』
「堕ちた馬鹿が来るって……もしかして、龍がこの地で寝ていたのはそう言う事なのか?」
『ほう? 地を這うモノにしては理解が早いではないか。その通りだ。以前に堕ちた龍を狩った後、傷ついた体を休める為にも休眠をする必要があったのだがな……残念な事に次に堕ちそうな存在を発見してしまってな』
ただ、その時は既に戦う力も無く、その対象も既にダンジョンへと潜って行ってしまった為に、龍はダンジョンの傍で休眠を取る事にしたそうだ。
しかし、寝ている傍で耳障りな音と不愉快な魔力の流れの為に、龍はその眠りから微妙に覚めてしまったらしい。しかも、まだ完全に回復しきっていない状態でだ。
しかもその状態で『うるさい!』と寝ぼけながら吠えたら、魔力を大量に使うビーム砲を放ってしまったのだとか……それでイライラはMAXになってしまったらしい。
……なるほど。それが八つ当たりの原因だったか。てか、咆哮自体は自らのミスじゃねーか! と思うけど。
それに、そんな目玉なロープでぐるぐる巻きの姿のまま凄まれてもなぁ……確かに、俺達ではとどかないレベルの力を有しているんだけどね。
『自爆だな』
「ガゥ……」
『うぐぅ……』
〝ロード〟と〝化身〟から、馬鹿だなと語る視線が龍へと向かう。
その視線を直撃した龍は、俺との会話で立て直した気分を一気に崩壊させた。気分の上昇と下降が激しい龍だな。
「てか、そんな堕ちたモノが来るなら、龍が役目を果たさないといけないって事じゃないのか?」
『ふ、ふん……この状態で出来るとでも?』
「でも役目なんだよね?」
『果たす前に消滅してしまうわ!!』
最初の威厳はどこへやら。もうコントキャラになってないか? 本当に感情のアップダウンが激しい。ってこれはあれか? 龍だからこそなのだろうか。
「そうか。龍だったか……それなら、酒樽一つで戦えたりしないか?」
「いや流石にそんなはずは……オロチ戦でのまのまな状態にして倒しはしたけど……」
「案外イェーイ! なテンションになって役目を果たすかもしれないぞ?」
『……酒樽一つで足りる訳が無いだろうが』
あれ? てっきり『この地を這うモノが何を言っている!』と激怒するかと思ったら、酒樽を更に要求して来ただと。
やっぱりそうなのか? 龍はウワバミというのはどのタイプの龍でも共通と言う事なのだろうか。
『力の回復も必要だからな。質も重要だぞ? ネクタルやアムリタにソーマがあればなぁ……個人的には八塩折之酒が一番好みではあるな』
『注文が出来る立場か!』
『ぐえぇ……』
調子にのって注文を始めた龍だけど、直ぐに〝ロード〟が縛り上げてしまった。
縛り上げられた龍は、なにやらビックンビックンと体を痙攣ささせながら地上をのたうち回っている……これ、大丈夫なのか?
「てか、神酒系を用意しろって……」
「無理じゃないかなぁ」
そもそも俺達は酒については詳しくない。あんまり飲まないからな。
何んとなく手に入れた酒も、基本的には〝化身〟に奉納したり、爺様や父さんにプレゼントをしていたりする。たまにお隣の黒木さんにもおすそ分けをしているかな。
なので、本当に俺達がお酒を口にする時は家でお祝い事がある時ぐらい。全く銘柄とか、今はどんな物が作られているかなど全く知らないんだよね。
ただ、そんな会話を俺と美咲さんがしていたら、何やら〝ロード〟が首を傾けつつ口を開いた。
『む? 二人が奉納しておる酒だが、あれは神酒ではないものの八塩折之酒に近いモノがあるぞ』
なんだって? えっと、何時奉納したどの酒だ? 今まで結構な量を捧げて来たと思うけど……えっと、その酒ってどうやって手に入れていたんだっけ。
『何だ。全く気が付かずに奉納しておったのか……』
「えっと、基本的には自分達では飲まないから。とりあえず、一番良さそうな物を選んではいたけど」
『なるほど。ではアレの材料が何かも知らぬと?』
「ですね。一体何処で作られているのかも……そうそう! 基本的には村の神社から受け取った物だったかな」
「そう言えばそうかも。「お神酒だから」って神主さんに渡されていた物もあったよね」
神社で作られていると思われるお酒だけど、これらは〝化身〟の社や熱田や伊勢神宮へと奉納されていたりする。
そして、〝化身〟の社へと持っていくのは、俺や美咲さんにゆいのお仕事。ただまぁ、他のお酒も頻繁に持って行っているので、どの酒の事か全く分からないんだけど……恐らく、神社から受けとっているモノだろうと思われる。
『うまい酒は良い。特に複雑なほど沢山の味が混ざった物は絶品でな……』
「え? ちょっとまって。お神酒って事は米のお酒では?」
『違うぞ? あの酒の材料はダンジョン産の果実を複数だな。後はダンジョン産の塩も使っているはずだ』
あ、あれ? お神酒っていったら米酒だよね。それなのに果実酒が八塩折之酒って事? 神話とかどうだったっけ……酒を大量に飲ませたって部分しか覚えてないや。
あ、でも八塩折之酒って事は、八は昔でいう沢山って意味だったよな。八百万とか沢山いる神様みたいな意味合いだし。
塩って本物の塩って事? なんか違ったと思うんだけど。熟成した醪だとかそんな意味だって話じゃなかったっけ。あ、でも醪を作る時に塩って必要だったっけ。
折は繰り返し? 沢山ある果実と醪を繰り返し発酵させるとかそんな感じなのだろうか。
『ダンジョン産と言うのが鍵だな。たっぷりと魔力を含んだ果実に、同じく沢山の魔力を含んだ海水。これらで作る酒が普通の酒になるはずが無いだろう』
恐らく作る為の樽とかも普通の材料じゃないだろうなぁ……きっと、トレントとかの木材を使っているに違いない。
そりゃ、神話の酒も限りなく再現できるって話か。
『あ、あるのか!?』
俺達の話を聞いていた龍が目を輝かせている。……あれ? この龍って〝ロード〟と〝化身〟に敗北して、今も縛り上げられている状態だよな?
『あったとて、誰がお前に飲ませると言った』
ギチギチギリギリと龍の体が更に悲鳴を上げる。……上げているはずなのだけど、龍は知った事か! と気合でその悲鳴と言うか激痛をキャンセルしているらしく、俺達が話していた酒の方が気になるらしい。
もう完全にその目には〝酒〟の文字が刻まれている。
あぁ、確かに龍は酒で身を亡ぼす訳だ。と思ってしまう光景だな。
ただ、同じ龍の因子を持つ〝化身〟だけど、その半分は狼だからだろうか? 其処まで酒に拘っている訳では無いらしく、この龍の態度に若干引き気味だ。
さりげなく龍の頭から移動して、ウォルの隣へと移動してきている。
しかし、龍は頭の上にあったはずの重みすら忘れ……『酒! 酒を!!』と興奮している。
この光景を見ている俺達が、この龍って本当に〝ロード〟や〝化身〟と同じ格の存在なのか? と疑ってしまうのはしかたないよな。まるで威厳が無くなってしまってるよ。
ブクマ・評価・感想・誤字報告ありがとうございます!!
八塩折之酒。
日本書紀には〝衆菓を以て、酒八甕を醸すべし〟と書かれているそうです。
衆菓は、もろもろのこのみと、米が原料では無いと。そしてまたもろもろと言う事は沢山のもしくは様々なこのみですから、大量のこのみか数種類のこのみが使われていたのでは?
ですがどのようなこのみを使っていたのか……あ、このみは木の実ですね。えっと、木の実を用いていたかは不明だそうです。
ただまぁ……米でないという意外性と同時に、どのようなお酒だったか。きっと濃厚かつ結構な甘さだったのではないかと。
あ、再現しようとしている人達もいるそうですよ? 気になるお方はググってみるといいかと。




