八百四十七話
宙を浮かぶ大量の目。
そんな記録を多くの人が見る事のない様にと、AIは恐ろしい早さで対処していてくれた。
協会の上層部の人達などが見ているライブ配信は中断。後で提出する為の映像も二つ用意してくれている。
「仕事が早いな。お疲れ様」
『当然です』
「えっと何々? こっちが誰が見ても大丈夫にしている〝一般用〟で、こっちが……あぁ〝SAN値直葬用〟ね」
『実に分かりやすいかと』
リアルタイムで録画をしながら、同時に編集もしてくれているらしい。
そしてまた、上層部から「中継はどうなった?」と連絡が入っているらしいが、それに対しては『精神科に通いたいのであれば再開します』と返しているらしい。……画面越しとは言え、人次第では通うでは無く入院する事になりそうな気がするけどね。
どうやら美咲さんも同じような感じらしく。あちらはアラクネのラーナが色々と処理してくれているらしい。本当に頼もしいものだ。
さて、そんな対処する事となった原因である大量の目と、あちらこちらから響く「テケリ・リ」の声。
ぶっちゃけ、この場に居る俺と美咲さんにとっては、幼い頃に感じた事がある〝暖かい眼差し〟と〝子守歌〟に聞こえてしまうのだけど、龍にとっては全く違うらしく……。
『な、なんだその視線は!!』
と、どうやら咎められるような視線というか射殺しかねない眼差しで、俺達にとって〝子守歌〟と言える声は非難をしているような、もしくは呪詛のようなものに聞こえているらしい。
……ホラーだ。
いや。うんまぁ、実際にはこの状況ってどう考えてもホラー展開な事には間違いない。俺達の感じ方がおかしいのは揺るぎのない事実。
だってそうだろう? 辺り一面を見渡せばかならず目と目が合う。そんな全方位が目という空間。それと同じで、右を向いても左を向いても同じように聞こえる「テケリ・リ」の声。なんなら耳を塞いでも聞こえるからな。
この状況を恐怖系ホラーと言わずして何というのか。……本当、敵じゃなくて良かったとしか言いようがない。
ブレスによるビーム砲は拮抗し、そんな状態で周囲から大量のマイナスな視線と、不協和音とも言える声。
龍の精神はゴリゴリと削れて言っている!! というか……。
「物理的にも削れてるよな」
「私の目がおかしくなったのかな? なんか、視線が物理攻撃を持っている様に見えるんだけど」
「それを言ったら声もじゃないか? 呪詛で鱗に罅が入ってるようにも感じる」
空中に浮かぶ目からは、偶に光線の様なモノが発射されているみたいで、その光線が当たった場所は物理的に衝撃があるらしく、龍の胴体がベシッと殴られたようにうねっている。
そしてまた、その光線が当たった場所以外にも、何やらダメージがじわじわと入っているらしく。鱗がどんどんと変色したり罅が入ったりしている。勿論、光線が当たった場所はそれとは比じゃないダメージがある。中には鱗が弾けて飛んでしまっている場所も。
当然だけど相手は龍だ。しかも超常的存在だからな。なので当たり前のように再生能力をもっている。なので、弾け飛んだ鱗も、罅が入った場所も、全て再生され綺麗にはなって行っている。
「行ってるんだけどなぁ……直ぐにまたダメージが入ってるんだよなぁ」
「まるで呪いだよね」
癒して治して消したとしても、次から次へと現れる呪いの印。
まさにそんな印象を受ける様なダメージの入り方だ。なんなら、これは遊んでいるのか? と思う様な事まで〝ロード〟の召喚した〝目〟と〝声〟は暴走を開始していた。
「……変色した部分が縄みたいに見えるなぁ」
「龍を縛り上げている様に見えるよね。で、そんな変色した部分の周囲から鱗に罅が入ってるよね」
「だな。だからこそ余計に縛り上げている様に見えるんだけど」
聞こえてはいない。いないのだけど、俺達の耳には龍からギチギチと締め付けているような音が。
幻聴なのは間違いない。ただ、視覚情報から間違いなく脳が錯覚して音を感じ取っている。うん、あの変色している部分は実際の縄がある様に見えているしな! はっ!? これはまさか幻覚魔法なのでは?
なんて阿呆な事を言えるのは……間違いなく見えて居るモノや聞こえて居るモノが錯覚だと理解しているという事。そしてそんな精神を保つ事が出来るSAN値回復光線が目から発せられ、それを浴びているからだろう。
目のお陰で、どんな状態でも冷静にモノが見れてしまうんだよなぁ……。ぶっちゃけ、発狂出来た方が楽じゃね? って少し思ってしまうけどな。
因みに。この目から放たれている光は、どうやらその効果が精神回復と言うだけでは無かったらしい。というも、俺達の背後でダウンしていたイオ達が、その光線を浴びた事で気絶から戻って来た。
「みゃ……みゃぅ!?」
「わぉ……おめめがいっぱいなの」
「ぷるる!」
「だいじょうぶなの? このめはてきじゃないの?」
プルが「そうだよ! 敵じゃないよ!!」と、起き上がって来たイオと双葉へ伝える。そんなプルを見て、イオと双葉も何やらリラックスモードに入った。
しかしまぁ、起き上がりだからかな? 双葉の呂律があまり回って無いな。ここはもう少しゆっくりと回復にいそしんで貰うとしよう。
「ただまぁ。これでイオ達が無事だってのが分かったな」
「よかったよぉ。スタンしてたのが長かったから不安だったんだけど……」
回復魔法を掛けに行きたかったけど龍から目を離す訳にはいかなかったし、超常的存在同士の戦闘になってからは、俺がシールドを張って美咲さんがそんな俺を支えるという事をしなければ、全員が戦闘の余波で飛ばされていたからな。
直ぐに傍へと行く事が出来なかったから……どれだけ不安を覚えていたか。……本当に目を覚ましてよかったよ。
さて、そんな超常的戦闘はどうなったのか? と言うと。
精神的にも身体的にもじわじわとダメージをうけている龍は、徐々にブレスによるビーム砲も押され始め出した。
ブレスの大きさも、最初に比べると微妙に小さくなっている気がする。ただ、その小さくなったと言うのは、貫通特化にする為に圧縮をしたという訳では無く、本当に威力そのものが落ちて小さくなっているみたい。
『役目が……役目を……』
役目役目と言うが、その声はどんどんと弱くなっているように感じる。
てか、この龍……実はかなりメンタル的に打たれ弱かったりするのか? 何せ〝ロード〟の言葉には反射的に声を荒げていたし、あの目と声で事実を告げた〝ロード〟の追い打ちでもしているみたいなんだよな。
きっとこの「テケリ・リ」という声も、あの龍にはこんな感じで聞こえているんじゃないかな? 「神なのに?」「八つ当たりとか……」「ぷぎゃー」「ねぇ、事実を指摘されてどんな気持ち?」みたいな感じで。
だからこそ、こうして何度も「役目を」という言葉を繰り返しているのではないか? と予想が出来てしまう。何故なら、その〝役目〟がこの龍にとっての支えみたいなモノみたいだから。
「哀れすぎない? 指摘されただけでこれだけダメージを受けるって」
「そもそも八つ当たり自体が自覚無しだったんだろうな。とは言え、同じ格の存在に指摘されたものだから……事実だと理解してメンタルブレイクしてしまったんだろうなぁ」
きっと〝ロード〟と同じ事を俺達が言っても意味が無い。
それこそ『地を這うモノが何を血迷っている』みたいな感じで返してきていたはずだ。
あ、ついに龍の心が折れたのか?
拮抗していたビーム砲だけど、遂に〝化身〟が勝利した。押し返したビーム砲は天空を貫く勢いで、龍のすぐ横を通りながら上空へと消えていった。……って、これ、空の上にある海は大丈夫なのだろうか? なにか弊害とか起きないかな? と少し思ってしまったが……。
まぁこれで、龍に関しての脅威はもう大丈夫かな? 後はしっかりとお話をしてみないと。ちょっと〝役目〟についても気になる所だしね。
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戦闘パートは終了。
もはや主人公達は蚊帳の外になって状況を説明する状態となっていましたが……まぁ、それは神の領域に居るモノ同士の戦いに人は手が出せないという事で。
主人公達は、魔王との戦いを行った後に〝人〟でいる事を選びましたからね。なので手が出せないのは致し方ないのです。




