八百三十五話
さて怪我人はいるかな? と、ゆりが居るスペースをチラ見してみる。
これだけ大人数が参加しているイベントだし内容が内容だからな。怪我人が出てもなにもおかしくはない。
「居ないとは思うけど、怪我をするようなイベントを! なんて馬鹿な事を言ってくる可能性は否定が出来ないからなぁ」
「崩壊前なら絶対に居たよね」
本当か嘘か分からないけど、運動会とかでみんな仲良く同じ順位にしましょうなんて話もあったらしいしな。そもそも、学校内どころかクラス全員の仲が良いなんて奇跡的な状況は無いだろ……と言いたいけど、それは別の話だから横に置いておくとして。
「モンスタークレーマーは減ったから大丈夫だと思うけど、こうして救護班は気にかけておかないとな」
「戦闘が出来ない子って多いもんね」
治療してもらった後、頭に血が昇ってなのか治療をしてくれている人達に暴力を振るう。そんな事はあってはならない事だけど、割と世界中どこにでも存在する話。
戦争中に野戦病院で敵の兵や犠牲になった人を助けて、医師の人が殺されたなんて事も……実に胸糞悪い話だけどな。
とりあえず。其処まで発展するような事は無いだろう。元々が日本なんて平和ボケしていた国で育ってきている訳だしな。
とはいえ、万が一と言うのも有ってこうして俺達が待機している訳だけども。
「起き上がって胸倉を掴むぐらいはやりそうな人もいるからね」
「で、そんな暴徒鎮圧用に渡された道具がこれってどうなのさ? って問いただしたくなるけどな」
渡されたのは、コントにでも使うのか? と言いたくなるような巨大ハリセン。
原理は良く分からないけど、これで思いっきり殴られた相手は無傷のままスタンしてしまうらしい。という、協会と研究所による自慢の一品だそうだ。
「名前はまんま〝スタン・ハリセン〟らしいけど。ネーミングセンスどうなってるの?」
「気にしたらダメなやつだろうなぁ。なんでも研究員の一人が有無も言わさず押し通したらしいから」
因みに、そんな研究員の話だけど。
彼はこのハリセンを振り回す時に「らりあぁぁぁぁぁっと!」と叫びながら振っていたらしい。なんでだ……全く意味が分からんぞ。
とまぁ、突っ込みどころは満載だけど、そんな事は良いとして。
このハリセンを支給された理由は、幾ら俺達探索者が全力で手加減をしたところで、相手に怪我を与えてしまう可能性があるからという事らしい。
いやいや、手加減は上手いよ? それこそイオ達に手加減を教えたのは俺達だからな! という自信はあるんだけど、それでも念のためにと渡されたんだよな。
ただ、確かに殆どありえない話ではあるけど。例えば、馬鹿に対して頭に血が昇ってしまった状態で鎮圧に向かったら。この時一体馬鹿はどうなる? なんて事も考えらえるからな。
そして一応だけど、その可能性が否定できないのは、ゆりがターゲットにされてしまえば……なんて話も無い訳じゃないからだ。と言うのが、協会と研究所の見解だったりする。
「信用ないよなぁ……」
「特にだけど、以前はゆいちゃんに対してあまあまだったからね。双葉ちゃんに対しても、最初の内は過保護だったし?」
うんまぁ、それは否定出来ない。
そして、周囲の人が考えるのは、妹や妹系のペットに対して其処まで過保護であるなら、同じ妹のゆりにも激甘なのでは? というモノ。
……いやいや、年齢を考えろよ。それにゆりは既に結婚して家を出ているんだぞ! って話なんだけど、周囲からしてみればそんな事は関係ないらしい。
「全く。ゆりを守るのは俺じゃなくて、旦那の伊織君だろうに……」
「一応だけど、元探索者ではあったんだっけ?」
伊織君。弱い訳では無いけど強い訳では無い。まぁ、彼は生産系の仕事に就いたから当然なんだけどね。
でも、日々の鍛錬は怠っていない様で、最低限と言えるだけの力はキープしている。
ま、並々ならぬ努力ではあると思うよ? だってあの研究所での仕事ってかなり時間に追われるからな。その状態で日々鍛錬をするわけだからさ。一体いつ休んでいるんだ? 夫婦の時間は大丈夫か? と逆に心配になるレベルではある。
「ま、研究所からも応援として人が来ているし、その中に伊織君もいるみたいだからな」
「畑違いなのに……どうやって捻じ込んで来たんだろうね」
「さぁ? まぁでも、そのお陰で伊織君はゆりの傍にいるみたいだから大丈夫だろ」
怪我人が居ないときはさり気なくイチャコラしている二人。うんうん、仲が良いのは見ていて安心する。……まぁ、数名が妬ましい! といった視線を向けているけどな。それはもう、頑張って相手を探してくれとしか言いようがない。
「同僚の人が送る視線じゃないと思うけどね……」
「いやいや美咲さんや。同僚だからこそだよ。身近な相手の幸せほど羨ましいものは無いって言うだろ。これが赤の他人であれば、幸せな空気を作りやがってなんて言いながら、舌打ちをするぐらいで終わるよ」
羨み、妬み、恨みまでいってしまうのは顔見知りだから。それも、近しければ近しい程。
捻くれてるなぁって話だけど、そういった性根の人は一定数いるから仕方がない話。その手の人との関わりは上手く躱していくしかないんだよな。まぁ、仕事上の関係で躱せないなら、最低限のお付き合い程度にするぐらいが対策だろうか。
「そんな人ばかりじゃないと思うけどね」
「そりゃそうだろ。近い程、喜びを分かち合うなんてのも有るからな。結局は相手次第ってやつだろうなぁ」
遠い奴でもそう言ったタイプは居るって? そんなの、例外中の例外でサイコパス野郎だろ。そんなのは、ぶっちゃけ天災みたいなモノだから、遭遇してしまったら不幸だったと思うしかない相手だ。
さて、余り怪我人は出ていないみたいだし、イベントの方はどうなっただろうか?
「あー……うん。某団体と言っていいのかね? 彼等はなんかもう絶望したような表情をしているな」
「飼う事を諦めてくれるかな?」
「どうだろうな。番犬として欲しい! って人が出てくるかもしれないけど、どうやって制御しようって頭を抱えるだろうな」
彼等はこれまでにも説明を受けていたはずだ。
モンスターを飼うという事は、モンスターがやらかした行為に対して責任を取るのは誰なのかと。
「ただ、こう考えていたと思うんだよね。〝ペットと同じ程度だろう〟って」
「あー……保健所に連れて行けば大丈夫とか、慰謝料を多少払えば大丈夫みたいな?」
「そうそう。でも、モンスターの能力はそんなペットレベルじゃない。下手をしたら飼い主が重い罰を背負う事になる」
無期懲役だの懲役何百年だとか死刑だとか、そんな判断を受けてしまう可能性は無きにしも非ず。
だからこその資格だったり許可証だったりするんだけどね? 実際に自分の体でモンスターという存在を体験するまでは実感が無かったんだろうなぁ。
そしてモンスター達の場合だけど実はその対処は軽いモノで、再教育を協会主導で行った後、協会専属のモンスター部隊に配属されるんだよね。
どう考えても、罪の重さが飼い主に偏り過ぎていると思うけど、これは飼育した人が悪い! という事で、割かしみんな受け入れていたりする。……まぁだからこそ殆どの人は、生まれたてのモンスターの事は協会が運営している飼育施設に任せていたりするんだけど。
その場合は、協会にも落ち度があったって事にもつながる可能性があるからな。まぁ、しっかりと調査をする必要があるんだけど。
「とまぁ、これで彼等がモンスターの赤ちゃんを開放しろ! なんて言い出す事は無いだろうな」
「だよね……って、あぁ、あの人座り込んで池を作っちゃってる」
どうやらよっぽど追われる事に恐怖を覚えてしまった人も居るらしい。
……これ、逆に追いかけていた狼が「どうしよう!?」と言わんばかりにうろうろしてるじゃないか。
「あ、慰め始めた」
「顔ペロされてるね」
恐怖を与えてきた存在が慰めて来る。……一体どんな気持ちで座り込んでいるのだろう? まぁ知らん! 後は野となれ山となれだ。
それにしても……脱落者スペースだけど、本当に子どもの姿が少ないなぁ。これはワンチャンだけどイオ達と子供の対決があるのではないだろうか。
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旦那が居るから大丈夫だろ。と言いつつ、ついつい心配でチラ見をしてしまうお兄ちゃんとお姉ちゃんなのでした。なんて話。まぁ、勘定が微妙に暴走している人達がいますからね。
因みに、〝スタン・ハリセン〟は某プロレスラーの人から。といえば解るかな?
ウエスタン・ラリアットが代名詞と言える技で、それを食らった人は「目の前に星が飛ぶ」とか、バッドでフルスイングを受けたのと同じみたいな事を言われていたり……。えぇ、そんなの正にスタンしちゃいますよねぇ。




