八百三十四話
ばたばたと駆け回る人に、その背後をゆっくりと追い込んで行くウルフ。
実はこれ、ウルフ達が舐めプをして居る訳では無い。寧ろ、もっと驚かせようという魂胆でこの様な動きを見せている。
「な、なんで追いつかれないんだ? とりあえずこのまま走って逃げ……って、うわぁぁぁ!?」
「こんにちわ~」と言うかの如く、逃げていた人の正面には別の個体が居た。
そして、避ける事も出来ず、その人はその目の前のウルフへと突っ込んで行ってしまった。
「吃驚するわなぁ。突然目の前に現れたように見える訳だし」
「仕方ないよ。あの場所ってウルフが伏せをしていたら姿隠れちゃうし」
そんな隠れる事が出来る場所で、すくっと立ち上がったらどうなるだろう? そう、突然現れたように見えてしまう。まぁ、外野からみれば手品の種明かしみたいな話なんだけど、実際に逃げ回っている人からしてみたら驚愕する事実だな。
因みに、このどっきりで脱落した人以外にも、他のどっきりを仕掛けられて脱落していたりする。
「まぁ、これが探索者相手ならどっきりを仕掛けられたからといって、一々立ち止まるな! って言われるんだろうけど」
「漫画みたいに飛びあがっている人も居るんだけど……」
「それは流石にオーバーリアクションじゃないかなぁ。態とやってる?」
他の人がどっきりを仕掛けられ、それで脱落したのを見た事でウケでも狙いに来ているのだろうか。……そんな事をするくらいなら、最後の最後まで逃げ切って見せろって話なんだけどね。
しかしあれだな。逃げ回っているのは大人達が多い様だ。それなら、子供達はもう捕まったのか? って思うかもしれないが、実は子供達は脱落した人達が居る場所に余り居なかったりする。そしてそれは、決して何処か違う場所に行ったとかでは無く……。
「上手い事隠れているって感じだな」
「捕まった子もちょっと運が無かったって感じだよね。逃げ回った人達がたまたまそこの近くを通ったから見つかったって感じだし」
日々の教育が良いのだろう。と、イオ達の事を持ち上げておく。
ただ、それは別にリップサービスとかそう言う訳では無くて、実際にかなり〝生き残る事に長けた〟教え方をしていると言っても良いと思う。
子供達の身に襲い掛かる事で、一番最悪と予想されるのもの。それは、拠点の防衛が突破され、子供達の避難が間に合わなかったパターン。
拠点内にて、モンスターが獲物を求めてうろうろとしている中。シェルターへと逃げれなかった人達は探索者がそのモンスターをどうにかするまでの間、逃げるきるのかシェルターへ移動しなくてはならない。
そして、少しでも生存率を上げる為にはどうしたら良いかだけど、ベターな答えは隠れる事だ。
息を潜めてじっとするも良し。隠れながらゆっくり移動しながらシェルターへ向かうも良し。なんなら、モンスターの背後を取って相手の行動を観察するも良し。
どんな方法にしろ、とにかく見つかるな! という話だ。
で、そんなパターンに備えてなのか、イオ達は子供達へととんでもないレベルの教育をしているという訳だな。
「前に〝おかし〟とか〝おかしも〟なんて、避難の鉄則があったって話をしたけど。この場合は、泣かない・駆けださない・騒がないと、全く別の鉄則が必要って事だよな」
「その点大人の人は……騒ぐし駆けだしているしで、直ぐに見つかってるよね」
押さない・駆けない・喋らない。と、そこから色々と派生っていうか増えたりしているみたいだけど、避難訓練で言われるのは大抵その三つは重要だって話。んー……〝も〟って何だったっけ? もてあまさない? いや、違うよな。
とまぁ、泣かないも確か混ざっている教えがあったと思うけど、この対モンスターに関しては重要度が違う。
子供に対して〝泣かない〟と教えるのは最重要と言っても良い。……そりゃ、泣けば一発で居場所がバレちゃうからな。
そしてこの状況を見る限り……イオ達はかなり仕込んでいるのだろうと思われる。
「最初は泣き出した子もいただろうに」
「ミャン?」
「きっといなかったの。みんな優秀だったの」
イオがとぼけて、双葉は何気に棒読みだ。こいつら……一体子供達にどういう教え方をしたんだ?
「ちょっとだけ泣く子を重点的に追い回しただけなの」
「……トラウマにならなかったのか?」
「大丈夫なの。しっかりと可愛がったの! 捕まえた後は高い高いをしたり、イオちゃんの背に乗せたり!」
とは言え、よっぽど怖かったと思うぞ? だからこそ、こうして今この場に居る子供達は、探索者顔負けの気配消しをやってみせている。いや、これはもう魅せていると言っても良いかもしれない。
当然だけど、まだまだ粗い部分が多いよ? だから、高難易度ダンジョンをアタックしている探索者であれば簡単に見つける事が出来るレベルだ。
とはいえ、制限を掛けられたモンスター達ではちょっと厳しいものが有るんじゃないかなぁ? と思う領域には達している。
例えば、木の上にいる子。
正直、どうやって木に登った! と言いたいところだけど、それは置いておくとして。
何処から手に入れたのか分からないけど、葉が付いた枝とか草を利用してカモフラージュしてたりするんだぞ? あれは簡易的なギリースーツと言っても良いと思う。
いやはや、子供が考えたんだぞこれを? 明らかに訓練されすぎだろう! と言いたい。
そして、そんな子は別に例外でも何でもない。各々が上手い具合に隠れ方を考え、その場所へと溶け込む隠れ方をしているんだよね。……本当に、一体だれに教えて貰ったんだろう。
「えっと、偶に来てた教導隊のおじさんが色々と教えてたの」
あいつか! あの、イオとのバトルを楽しんでたあのおっさんか!!
いやそれだけじゃない。追いかける側として、どうされたら嫌かと言うのを双葉達も教えていたはずだ。
「子供達が恐ろしい成長をするのも頷けるよね……」
「本当に何を教えているんだ! って言いたいけど、間違っている訳じゃないからなぁ」
まだまだ子供なのだから遊び程度で、と思う気持ちはある。あるけど、この世界の状況を考えたら、いつ何が起こるか分からないから、常に最善の手をとれる様に最高の教育をしておくという気持ちも分かる。
これは、このモンスターが溢れている世界が悪いという事にしておこう。
「それに比べて……探索者になったばかりかもしれないけど、そんな子達が見せる動きの悪さはなんとかならんのか?」
「訓練前とか?」
「の割には、教導員の人が頭に手を当てて空を仰いでる」
何んというか、訓練の一割も実力を出せていませんと言った感じに見える。
あれか? 予想外の事が起き過ぎてパニックにでもなっているのだろうか。そして、子供達の動きを見た教導員の人はその違いを比べ……頭が痛くなると。
いや、約一名は腹を抱えて笑ってるな。
「がはは! 小さい子達が俺の教えをしっかりと飲み込んでるってのに! あいつ等無様だな!!」
自分の教え子というか部下に向かって指を指しながらゲラゲラと、実に楽し気なおっさんの姿が。
そんなおっさんの同僚である教導員の人は、そんなおっさんの態度に対しても頭痛がする様で……。
「あれでも俺達が教えている相手だぞ? もう少し違う事を言ってやれないのか?」
「言うって何をだよ。事実子供に負けてんじゃねーか!!」
あーひゃひゃ! と、引き笑いまでみせるおっさん。本当にツボってしまっている様だ。これは本人にも笑う事が止められないのだろう。
「てか、コボルト達もまだ投入前なんだけどなぁ……これで良いのだろうか?」
「だよね。オオカミ達だけで、大人や新人探索者グループが全滅しそうだよ……」
「その時はその時なの! どうせあのおじさんとのバトルになるの」
「みゃぉん!」
「プル!」
これ、イオ達を投入する状況になるのだろうか? その前に全てが終わってしまう気がして来たぞ。
ただまぁ、イオ達はおっさんとのバトルを楽しみにしているみたいだから、イオ達の事は全く心配する事は無いんだけどな。……出番がない! と騒ぐことは無いだろう。
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かくれんぼと鬼ごっこが同居しております。
そして子供達のスペックが高い事。子供達の将来は、運が悪くない限り生き残る事が出来そうですね。




