八百二十九話
ゲートが開通したという事で、各地では様々なドラマがあったようだ。
「掲示板をチェックしたけど、結構感動的な話も多いみたいだな」
「だね! ただ、拠点の違いで微妙に常識が違っていて、少し困惑している人もいるみたいだね」
俺と美咲さんは掲示板情報という、正直本当か嘘か分からない話を読んでいる。
ただ、それでも実際に村で起きた事例もあるし、俺自身が父親を連れて帰ってきたという事実がある為に、この感動の体験話と言うのを全て嘘だとは言えない。……ただ、その体験談の中はちょっと悲しいお話もあるけども。
ともあれ、なんだかんだと言っても、このゲート開通によって知り合いと再会できたと言うのは良い事なのだろう。
協会も開通際と言う事で、数日間は無料使用かつ一日に使えるゲートの時間を大判振る舞いしている。
「各地の魔石は足りるんかねぇ……」
「一応予備として取っていた分を幾つか使うだけみたいだし……大丈夫なんじゃないかなぁ? ただ、これが終わったら節約モードと言うか魔石を確保する為のお仕事が一杯増えそうだけど」
未来の投資とでも言えば良いのかね? 実際に、家族や恋人と離れ離れになり無気力化していた人達も居たからな。今回の事で生きる気力を取り戻した人も居るだろう。
「無気力の状態でも、言われた事は最低限やってたってのが凄いんだけどね……」
「機械みたいな生活って皆には見られていたみたいだけどな」
そんな人達の目に力が宿ったんだ。今後はどんな働き方になるのやら。と、協会とかは割と期待しているみたいだけどね。
――とあるおっさん――
ゲートを抜けるとそこには懐かしい景色……は全く無かった。
あぁ、やはりモンスターの襲撃で住んでいた場所は破壊され、今まで居た場所みたいに再建されていたという事なのだろう。
そんな変わってしまった景色の中を、とぼとぼとした足取りで進んで行く。
此処はどの道だろうか? あれだけ通った家までの道のりが全く分からない。いや、目を瞑ればどんな道だったかは今でもはっきりと覚えているのだが、目を開けば全く違う光景なのだから分かるはずもない。
気持ちを切り替えよう。
この地へと戻って来たのは、別に地元の風景を懐かしむ為では無い。自分の家へと、家族の元へと帰る事だ。
パンパンと頬を軽くたたき、顔を上げ、前を見て一歩一歩進んで行く。
「えっと、地図によると……たしか……」
この道を真っ直ぐ進んで、二つ目の十字路を左だったか。
協会の人から教えて貰った話を、頭の中で描きながら整備された道を進んで行く。
十字路を曲がる。するとそこには……。
「父さん!」
「あなた!!」
目から涙があふれて来る。あれ? 妻は少し痩せたか? 子供は……随分と大きくなってしまったな。今はもう高校生ぐらいの年齢になっただろうか。あの時はまだ小学生だったハズなのにな。
あぁ、言葉が出ない。でないが……お腹に力を入れなくては。まずは伝えないといけない事が有るだろう。
「二人とも……ただいま」
もう何年も言えなかった言葉。地下生活をしている時から、どれだけこの言葉を言いたかったか。漸くだ。漸く言えた。
わんわんと腕の中で泣く妻。息子は……良い笑顔で笑ってやがる。お前……昔は泣き虫だったくせに。随分と成長してしまったようだ。
「当たり前だろう! 父さんがいない間、母さんを支えていたのは俺だかんな」
「おう、そうだな……ありがとうな」
手を息子の頭に伸ばして撫でようとすると、息子はサッと避けた……空中を彷徨う手が寂しい。
「ちょ! 俺はもう子供じゃないからな……頭を撫でるとかするなよ!」
「おぉ……そうだったか。あぁそうだな。すまんな」
照れからなのか、それとも本当に嫌だったのか。それは分からないが、これもまた成長したという証なのだろう。
彷徨う手の行方は……とりあえず、もう片方の腕で抱きしめている妻の頭にもっていくことにした。なんだろうな。この髪に触れるのも懐かしくていとおしく感じる。
「うぅぅ……良かった。良かった……」
「そうだな。生きていてくれて良かった。しかし、こうして戻って来れたが……もういい年齢のおっさんになっちまったよ」
「そ、そんなことを言ったら、私も……」
そんな事は無い。妻は何時までもあの頃のままだ。と少しきざっぽい事を言おうと思ったら、横から息子が口を挟んできた。
「全く……俺がもう十七なんだぞ? ソレだけ時間が経っているのは当たり前じゃないか」
実際には本人は口を挟むつもりはなく、ぼそっと言ったつもりなのだろう。ただ、何故だろうか。その言葉が妙に大きく響いた気がした。
そうだよな。うん、そうなんだよ。ソレだけ長い時間……妻は俺の事を待ってくれていたという事なのだろう。生死も分からなかっただろうに。
胸にしがみつく妻が、ズシリと妙に重く感じた。
「これが、命や絆という重さなのか……」
「ん? どうしたの」
「いや、これからどうしようか……とな」
「とりあえず家に帰るのが先っしょ。夫婦の愛情を確かめるのは家に戻ってから見してもろて」
「お前なぁ……でも確かにそうだな。まずは家に帰ろうか」
親子三人家へと帰る。
何となく昔の光景が脳内で再生された。あの時は、俺と妻で息子の手を握って歩いていたっけ。それで息子が「持ち上げて!」と言っていたな。
あぁ、よく考えたらそれが最後の光景だ。その後に世界の崩壊が起きた。俺は会社に行っていた為に、家に戻る事が出来なかった。
「なぁ、もう持ち上げなくても良いのか?」
「あ? 何言ってるんだよ。父さんは母さんを抱っこしながら帰るつもりなのか?」
「いや、何でもない」
はは、お互いにもうそんな年でも無いか。少し生意気な事を言う様になった息子だが、これはこれで良いものだな。
――悲劇の……――
「まって!? なんでだよ! なんでそんな事になっているんだ!?」
「ごめんなさい……私、アナタが生きているなんて思えなくて……」
青年は崩れ落ちた。それはもう盛大に。それこそ、orzという顔文字の様なポーズをとっている。
何故青年が崩れ落ちたのか……それは、漸く地元に戻れる! 戻ったら、俺は、約束を守るんだ! と意気込んでゲートを潜りぬけたにも拘らず、彼に待ち受けていた運命が余りにも残酷だったからだ。
青年がした約束。それは青年の手を見ればわかるだろう。
そう、彼の手には銀色に輝くペアリングと思われる物が有った。恐らく指輪の裏にはお互いの名前が掘られているはずだ。
しかし……残念な事に、彼の約束した相手の左薬指には綺麗に輝か指輪の姿が。
「すまんな……まさか俺もお前が生きているなんて思わなくてな。だってそうだろう? お前の仕事場は一番ダンジョンに近い場所だったじゃないか」
「私もてっきり……だから……」
約束した彼女とそのお相手が青年に向かって語り掛ける。
「そんなの……そんなのってあんまりじゃないか。なんで親友に彼女を寝取られるんだよ!!」
腹の底から叫んだ青年は、今しがた来た道を全力で駆けて出した。
走ってゲートまで戻る。もうここには居たくない。あんな二人の顔なんて見たくもない! そう言った感情に後押しされながら。
ぽつんと残された二人。
実にばつの悪いといった表情を浮かべているが、彼等が完全な悪と言う訳でもない。
正直な話。彼等の言う通り青年の生存率はかなり薄いモノだっただろう。むしろ、生き残っている方が奇跡に近かったとも言える。
そして、そんな愛する青年が死んだと、仲の良かった親友が死んだとなれば、お互いに同じ傷を胸に抱く訳で……共にあれやこれやと支え合ってしまうのは当然の流れ。そしてその内に恋愛感情が芽生え、結婚という流れになってもなんら不思議では無い。
なので、決して青年を裏切ったという訳では無い。無いのだが……青年は生きていた。生きていた為に結果として裏切った形になってしまった。
誰が悪いという訳でも無いこの話。このような離れ離れになってしまう環境であれば、当たり前のように起こりえる内容。
そう、青年は少しだけ運が悪かっただけだ。ただその運の悪さに今は振り回されているだけに過ぎない。
青年達がしっかりとこの状況に向き合えるようになるには、今しばらくの時間が必要となるだろう。
「あれ? もう帰って来たんですか? たしか彼女さんに会うって言ってたじゃないですか」
「う、う、ううう……」
「ど、どうしたんですか! 急に泣き出して……えっと、とりあえずハンカチ使います?」
もしかしたら、青年は案外早く立ち直るかもしれない。
ゲートを潜った先。青年が現在生活している場所には、青年を心配そうに気遣う同僚の姿と、そんな同僚に涙しながらぽつりぽつりと起きた事を語る青年の姿があったそうな。
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と言う事で、ゲート開通により皆さんお祝いムードでございます。
え? 悲劇もあるじゃないかって? そんなの人と人のつながりですから仕方ないでしょう。本編には書いていませんが、中には〝お墓参り〟になった人もいるでしょう。生きているだけ……と言うやつです。




