八百二十四話
「X-1! 止まりなさい」
響く声の前方では、研究所にて実験機として作られた〝ガーディアン〟の人型タイプが前へ前へと進んでいる。
元々、今日はこの機体を動かす予定など無かった。と言うか、魔石と人の関係性を調べる為に、実験の内容は機体から魔石へとシフト。なので、現状だと機体は倉庫内で眠っている状態のハズだった。
しかしどういう訳か、機体が突如として起動し研究所から飛び出してしまった。
「って事で、万が一の時はあの実験機を捕獲して欲しいと?」
「あぁ、動きはゆっくりだから此方から声を掛ける事は出来ているが……如何せん全く言う事を聞く気配が無い」
「……一体、実験機に何をしたんですか」
「いや、何もしていないはずなんだがなぁ……」
研究者の人曰く、どうやら本当に何もしていない様で、ただただ倉庫の中に眠らせていたらしい。そして、時折チェックをしていたぐらいなのだとか。
「てか、動いているって事は核になる魔石を接続したままなんですよね?」
「そうなるな。実験機に使った魔石だが、外す事が出来なかったんだよ。取り外しできるようにしていたのだが……どういう訳か、溶接でもしたかのような状態になっていてな」
周囲の素材が熱で溶けて魔石とくっついちゃいましたってか? いやいや、そんな軟な素材は使って無いでしょうに。それこそ最低でもミスリルクラスの素材は使っているはず。ならば、ちょっとした熱程度ならなんら問題など無いはずなんだけどなぁ。
しかし実際に、核となった魔石は外れていない。だからこそこうしてあの実験機は動いている。核さえ外してしまえば動く事すら出来ないからな。
「って、そういえばエネルギー源は?」
「バッテリーの残量はゼロだったハズだが。動いているな」
「まじですか? なんで容量ゼロの状態で……ガーディアンを改造し省エネ化したとは言え、それでもエネルギー消費量は少なくないって話だったじゃないですか」
だと言うのに、あの実験機は動き回っている。それこそ、エネルギーの貯蔵は問題無いと思えるほどに。
「ただ救いと言えるのは、あのX-1が人や建造物に危害を与えていないと言う事か」
「さっきから人や物がない場所を選んで進んでいますよね」
だからこそ、万が一の時にすぐ捕獲できるよう俺達はスタンバイしているものの、直ぐには行動していない。
態々、人や人工物を破壊していない相手に手を出して、被害を量産すると言う訳にはいかないからな。なので、もし手を出すとしても拠点から出てからだ。それも、少し進んだ後が望ましい。
「しかしアレ、何処へ向かっているんですかね」
「外だとは思うが……どうして外にと疑問を覚えるな」
時折「X-1止まりなさい」と声を掛けているのだけど、やはり意味は無い。こうなると、何か確たる意志を持って行動している様にも見えて来る。
「そういえば、命令は絶対だってプログラムしなかったんですか?」
「あー……人や人工物に危害を与えないと言うのは最上位にしたが、命令を聞くかどうかについては時と場合によるからな。ある程度自己判断が出来てこそ、自律型の戦闘機と言えるだろう?」
人の命は奪うな。人の作った物には手を出すな。自分の身は守れ。と、ロボット三原則をベースにした物をプログラムしたらしいけど、三原則の中にある〝命令への服従〟は少し自由の幅を増やしているらしい。
と言うのも、人は間違える生物だ。最適の答えが別に有るのに、最高は自分の考えた方だからと最適に対して目隠しをして見ない様にしてしまう。
なので、あの実験機には常に最適を選べる様にと〝命令への服従〟に関しては、あくまで判断材料の一つになる様にと言う事らしい。……まぁ、その命令って現場レベルの命令って事なんだけど。
「一応、目標となる命令などに関しては絶対と言う事にしているからな」
「ガーディアンの拒否権があるのって、ルート選びとか戦闘方法などと言った内容ですか。だから、停止命令を聞かないと?」
「そうなるな」
ならあの実験機は一体なんの目的で動いているんだろうか? 何か元となった命令で動き始めたと言う事になると思うんだけど……。
「あ、そろそろ外へ出ますね」
「外へ出てからも少し様子を見る。だったな」
「えぇ、拠点傍で手をだして反撃されたら大変ですからね」
止まってくれるのであればそれがベスト。と、声はかけるが手は出さないを徹底する。
ま、現状の声掛けは実験機を止める為じゃなく、他の探索者が近寄って来ないようにする為だったりするんだけどね。下手に接触されて戦闘にでもなったら面倒なので。
真っ直ぐ進んで行く実験機のガーディアン。そのガーディアンの後ろをストーキングする俺達。
実験機は時折、銃を取り撃つのだが、それは前方などにいるモンスターを討伐する為。……ってか、装備も実装済みだったのかよ。そして、その装備を外していなかったのか。と思ってしまった。
「いや、動くなんて思ってもいなかったからな」
なんて研究者は言っているが、冷ややかな目で見るのは止められそうにない。もっとしっかりと管理をしておいてくれよと。
そんなガーディアンだけど、どうやら進先が予測できるかもしれない。
と言うのも、この進んだ先にはとある施設がある。そしてその施設は、基本的には公開されていない場所。
「あぁ、そう言えば……魔石の事が無ければ、あの実験機は近い内に此方に移される予定だったな」
「えっと、それって自分の意志で実験施設を移動したと?」
「と言う事になるのではないかなぁ……何だか信じられん話ではあるがな」
もしかして、あの実験機には今後の予定みたいなのがプログラムされていたのだろうか。
しかし、魔石の事が有り全ての予定が一旦リセットされた。されたのだが、実験機に記録されたデータは消されていなかった。……一体誰のミスだ。
そして、なんらかの理由で実験機のバッテリーにエネルギーがチャージされた事によって、あの実験機はプログラムされたハズの予定をこなす為に、自ら行動をし始めた。って事で良いのか?
「あー……これ、取り押さえる必要あります? なんなら、自ら実験施設の格納庫に入って行く気がするんですけど」
「そう思うよな? 俺もそう考えた。だが念の為に最後まで見届けるのは付き合ってもらえるか?」
「そうですね。ここまで来たら見届けたいって思いも有りますし」
モンスターを討伐しながら進んで行くガーディアンの実験機であるX-1。
なんて言えば良いんだろうなぁ。もしこの予想が正しいのなら、なんかその背中は凄く寂しいモノに見えて来てしまった。
だってそうだろう? 予定が変わったのにも関わらず、その予定変更を告げられず。何の説明も無しに研究所の倉庫内で放置状態。
目が覚めてから、自分に課せられたプログラムを思えば、かなり時間は進んでいて確実に遅れが生じている状況。だから急いでプログラムをこなす為にも移動を開始したと言うのに、実験機は「X-1! 止まりなさい」と言われる。
どう考えても人のミスから始まった内容だと言うのに、理不尽過ぎるよなぁっと思えてきてしまう。だからこそ、何だかその背は機械であると言うのに、小さく寂しく見えて来てしまう。
「一番上に設定された命令に忠実……かぁ。とりあえずこれ、管理ミスで誰か責任を取らないと」
「……自分では無いが、それでも余波は浴びるだろうな」
「はぁ……」と隣でため息を吐く研究者。実はそこそこの立場にある人だからね。なので彼も多少の責任が追及されるだろうな。
「良くても悪くても減給ぐらいじゃないですかね?」
「それはそれで辛いんだよ……あぁ、かみさんになんて言われるか」
「……結婚してたんですか?」
「子供もいるぞ。そろそろ学校に通う年齢になる」
可愛いんだぞ! と、デレっとした表情になる研究者。子供がかわいいと言うのは良いけど、今は実験機を追いかけている最中だと言う事を忘れないでください。
ただ、ある程度行動予測も出来たから、最初の内に比べて緊張感がなくなっているのも事実だけどな。
「娘が可愛すぎてなぁ。虫よけが大変になりそうだ……白河君、何かいい方法は無いかな?」
「自分にはわかりませんね。双葉は強いから自分で撃退できますし……ってか、今は仕事中ですって」
「ふむそうか……強くなればいいんだな! っと、仕事か。あぁ、やっぱり施設の中へ入って行くみたいだな」
しかし、この後あの実験機はどうするのだろうか。
現状は全ての実験はストップしている。だからここへ来てもやる事は無い。もしかして、単独で射撃訓練でも行うと言うのだろうか……何というかい哀愁が漂う映像が脳内に浮かび上がりそうだ。
「実験機はどうするんです?」
「そうだなぁ……このまま放置と言う訳にもいくまい。何らかの対策をしないとな」
対策がどんなものになるか分からないが、出来るならあの実験機がこの場所で満足できる方針で合ってくれることを祈ろう。
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と言う事で、プロトタイプガーディアン君のお話です。
彼は一番重要と設定された命令を忠実に従っただけだった訳ですが、この場合は誰が悪いんですかね? 間違いなくガーディアン君は悪くないと思うのですが……。とは言え、何らかの枷が嵌められそうですよね。普通に考えたら。




