八百二十話
遊びから訓練へ、訓練から実践へ。
これは、村が地上を奪還した後に防衛の為と考えられた方針の一つ。切っ掛け自体はアスレチックを作った事。
そう、まずは最初に思いっきり遊ぼう! と言うのが、探索者とか子供とか関係なしに、全員が共通して認識している内容。
「だから、なにも、はずかしいことはない」
「結弥君。なんでそうも棒読みなの? 明らかに動揺してるよね」
「キノセイダヨ」
心の底から飛行を楽しんで、これでフィニッシュだ! とクレーターを作った事など、なんとも思ってないから。ちょっと後処理が大変だなーとしか思っていないから。一応、クレーターは魔法で元に戻した。なので誰かに後ろ指をさされるような真似はしていない。
ただ、実際にはその後が大変だったんだけどね。
俺のやった事をみた他の探索者達が目の色を変えてしまったんだよね。みんなちょっと試そうぜ! みたいな感じで。
とは言え、高さ的に怪我をしないレベル。もし怪我をしても擦り傷程度で済む高さを考え、空中からのダイブアタックを行ったみたいなんだけど……。
あちこちでゴロゴロと転がる探索者達。当然中には、ダイブに成功して小さなクレーターを作っている者も居る。とは言え、そんな成功した人も復帰が大変だった様子。
「何も考え無しにやったら足が痺れるよね」
高い所から着地すると足に電気が走った感覚を覚える。子供の頃誰しもがやった記憶があるんじゃないかな? 学校の階段を数段分飛び降りて着地。その瞬間にビリビリとかジーンとした感覚。
あたりまえの話だけど、着地した瞬間の衝撃が走る。だから、ジャンプ後は上手く着地する必要がある訳なんだけど……キックを地面にぶち込んで着地も糞もある? と言う話。
なので実は、色々と補助的に魔法を使ったりしているんだよね。身体強化とか回復魔法とか……それはもう色々と。
「説明してなかったのもダメだったけど、何も聞かずにいきなり試すかなぁ……」
「中には普通に補助魔法を使ってる人も居るみたいだけどね」
ただ、その使っている人の数は全体からみると少ない。あれだね、ノリで皆やっているから後先を全く考えてないんだよね。
なので殆どの探索者達が「うぉ! 痺れた!!」と叫んだりしている。そして、痺れが収まったころにあれやこれやと考え始めている。
それにしても……。
「何だか人増えてない?」
「増えてるよね? 確か今日この場所に居るのって研究所と組んで、魔法の使い方を調べている探索者だけだったハズだよね?」
「そうですよ。ですが、別に貸し切りにして居る訳ではないので」
俺達の疑問に対して、答えになっていない答えを研究者の人が返してくれた。うん、聞きたいのはそう言う事じゃないんだ。なんで急に増えたんだ? って事なんだけど。
疑問に思いながら増えただろう人達を見ていると、彼等もまた空へと飛びあがって行く。……飛行が目当てなのだろうか。もしかして、この訓練施設での出来事を村から見ていたのかもな。
なんて考えていたら、美咲さんは彼等がこの施設へと来た理由を発見した。
「ねぇ、どうもこのスレで盛り上がっていたみたいだよ?」
「ん? それって探索者について語る掲示板だよね。なんか面白いことでも……って……」
美咲さんに言われその掲示板を見て見ると、そこには色々な動画のURLが。
少しドキドキしながらそのURLをチェックしてみると、そこには探索者達の飛行映像。勿論、俺がやらかしているモノもあった。
「……誰だ動画をとってアップしたのは」
「あぁ、この場所って撮影禁止では無いですからね。皆で情報を共有してさらなる高みをと目指すという名目で作られた場所ですから」
あぁ……そうだった。本当に秘匿するべきものは別の場所で実験などが行われている。
この場所はあくまで、探索者の訓練用に用意された場所で、全ての情報はオープンにされてしまっているんだった。
「飛行に関しては以前、既に動画でアップされていましたからね。秘匿する理由も無いのですよ」
「その時も結弥君の映像だったよね」
「あぁ……黒い歴史が増えて行く……」
がっくりと膝から地面へと崩れ落ちる。
やらかしたなぁ……と言う気持ちが、更に増して行って何だかもう立ち直れない気分に。
「あ、でもほら! こことか盛り上がってるよ。キックでクレーターを作ったところ」
「やーめーてーくーれー……」
ニコニコと笑顔で美咲さんが追い打ちをかけて来る。
実際の話。別にイナズマなダイブキックをやったとか、クレーターを作ったと言うこと自体はそこまで恥ずかしい訳じゃない。なんなら、高威力の攻撃手段が一つ増えたと考えているレベルだ。
問題は、沢山の人が見ている状態だったと言う事と、動画に撮られていたうえに、アップまでされてしまっていたと言う事だ。
不特定多数の人に見られるって、それだけで恥ずかしいじゃないか。……まぁ、割と今更感はあるけどさ。
「ただこう、慣れないんだよなぁ……」
「黄色いコメントでキャーキャー言われたりするのが?」
「それもある。正直、そう言った意味では水野さんとかメンタル化物だよなぁ。うちのイオや双葉もだけど……あいつ等って映るの大好きだし」
「コボルト達なんてみんなの前でポーズをとるしね。ただあれは、ゆいちゃんの教育によるモノだけど」
そういう意味で言うなら、ゆいもメンタルお化けだ。
子供達の前で、ヒーローショーのお姉さん役をやったりしているしな……どうしてあんなにメンタルが強いんだろう。
「対モンスターの戦闘なら問題無いんだけど」
「学芸会とか音楽発表会でどもっちゃうタイプだよね」
「人が見ている本番に弱いともいうやつですかね? 訓練なら高い成績を残せるのに、人の目が有る大会などになると途端弱くなってしまう」
あぁ、良く分かる説明ありがとう。
研究者の人が言う様に、人の目が無い方がやりやすいんだよなぁ。今でこそ、狩り中の動画撮影は慣れたけど……今回みたいな、ある意味プライベートな実験ともなるとスイッチが入っていないから。
「どうしても苦手意識が……」
「お仕事でも無いから照れが来ちゃうんだよね」
「そうそう。仕事として割り切ってしまえばどうとでもなるけどな」
「仕事と素の顔は別と言う事ですか……私には良く分かりませんねぇ。私なんて素の顔自体が研究者なので、仕事をしている時が私にとってはプライベートと言っても過言ではありません」
ですよねー。てか、研究所に居る殆どの人がそういったタイプの人達だ。
仕事は何をしていますか? と聞けば研究と答えるのは当然だけど、休み時間は? と問えば研究と答え、休日はどうやってリフレッシュしていますか? と問えば研究と答える。そんな人達の集まり。
一に研究、二に研究、三・四も研究・五に家族なんて平然と答える人も居る。いやまぁ、五に家族を入れて居る時点でまだマシかもしれない。
そんな研究者達だ。そう言った顔の違いなんてある訳がないんだよな。
「てか結弥君……ここで崩れるの止めた方が良いと思うよ? 下手をしたらその姿も撮影されるかも」
「いやいやまさか……」
否定したいけど否定しきれない。
むしろ、面白がって撮影してアップするような人が居てもおかしくはない。うん、ここはしっかりと立ち上がって平然といった感じを装うとしよう。
「でも、これだけ皆も似たような事をやってるんだから、結弥君が落ち込む必要なんてないと思うけど?」
「それはそれこれはこれ。最初にやったってだけでダメージは他の人より大きいから」
くそう。仕事だったらどれだけ良かったことか。あ、でもこれは仕事なのでは? だって俺達がこの場所に来たのは研究者の人に誘われて来たのだから。
うん、仕事と思い込むことにしよう。それだけで削れたSAN値も少しは回復するはず……だよな。
ブクマ・評価・感想・誤字報告ありがとうございます!!
お仕事スイッチが入っていないとメンタルが豆腐になってしまう様です。だからこそ黒歴史だーorzとへこんでしまう訳ですが。
これって実は作品を執筆した後で読み返してみた時、稀に起こる現象だったりします。
あれ? 俺この時どんなテンションで執筆していたんだ? ぐあぁぁぁぁと言った感じで。




