八百十八話
今、俺達は探索者用の訓練施設へと来ている。一応言っておくが〝矯正施設〟ではなく〝訓練施設〟だ。
それでこの訓練施設の事なんだけど、探索者が安全に魔法などを試すためにと作られた場所で、新しく武器を手に入れた探索者は、殆どの人がまずこの施設を利用して使い勝手を確認したりしている。
で、今どうして俺達がここに居るのかと言うと。
「まさか実験がいったん中止になるとはなぁ……」
「〝人と魔石の関係を詳しく調べたいからそちらへ集中する〟だっけ? 本当に研究者って自由だよねぇ」
「お陰で一気に予定に穴が空いたよな。ただ目ざとい人が直ぐに話を聞いてくれって押し寄せて来たけど」
そうなんだよね。俺が協力していたガーディアン計画の為の戦闘シミュレーター実験が一時中止したと言う事で、その話を聞いた後に「どうしようか?」と美咲さんと話をしていたんだけど、その時に研究員の一人が声を掛けて来たんだ。
その研究員は魔法関連の研究をしていて、俺の顔を見た瞬間に「時間が空いたのであれば、自分達のやっている事を見てください」と告げて来た。
そして、その内容を見る為に俺達は今この訓練施設に来ていると言う訳なんだけど。
思わず目の前の光景に「おぉぅ……」と言う言葉が漏れた。
何故漏れたのか? と言えば、そこには探索者達が空を飛んだり駆けたりしている姿があったからだ。
「あー……何時ぞやのスレに飛行を試していた人がいたけど」
「まだまだやっていたんだね。でもあの時って着地に問題があるって言ってたけどどうなったんだろう?」
その光景を見ながら、俺達は以前に見たスレの報告を思い出しながら会話をしていた。
美咲さんの言葉通りで、以前の飛行は必ず着地に失敗すると言う爆弾を抱えていた。俺もその爆弾を回避する為にペガサスへダイレクトで騎乗すると言う手段を取っていたんだけど、どうやら彼等は違う方法を見つけたらしい。
「どうですか? 中々面白いアイデアでしょう?」
俺と美咲さんの会話に割って入って来たのは俺達を誘ってくれた研究者。
彼はニコニコとした笑みをみせながら、とても楽しそうに空を飛んでいる探索者達の事を見ていた。
「もしかしてこの着地のアイデアの発案者は」
「えぇ! 私です。いやぁ、まさかここまで上手く行くとは思っていませんでしたけどね」
何をやっているのかだけど、それは着地前に一度ブレーキをかけるのは当然なんだけど、着地そのものが特徴的。
空を飛んだ探索者達は着地する瞬間、相棒のスライムにお願いして地面と自分の間でクッションになって貰っていた。
ポヨヨーンと波打つスライム。探索者はそんなスライムの弾力を利用して完全に勢いを殺した後、軽く跳ね上がってからクルリと回転をし両足でしっかりと着地。トランポリンかな? と思うような光景。
とは言え、これなら安全かつノーダメージで着地が出来るなと納得。まぁ、落下中にブレーキを掛けていなかったらスライムの弾力があってもダメージを受けそうだが。
「随分と人による飛行も進歩したでしょう?」
「そうですね。ただ飛行もなんですけど、あっちで空を駆けているのは一体?」
空中を数歩ほどステップしている人達も居る。ただ、そちらは挑戦している人は少ない。
「あちらはイオ君に感化された人たちですね。飛ぶよりも駆ける方が戦いやすい! と思っているそうで」
「原理はやっぱりマナシールドの応用ですか?」
「その通りです。ただ、空を駆ける専用の道具が必要になりますし、現状でもタイミングがシビアすぎていて……残念ながら数歩進むことしか出来ていません」
「数歩でも脅威だと思いますけどね……それこそ飛行と組み合わせたら面白い事になりそうですし、あの駆けると言う行為自体が落下時のブレーキにもなりそうな気も」
「確かに! 組み合わせは考えていませんでしたよ。あぁそうそう、彼等はあの空中歩行をイオ君にちなんで〝イオ・ステップ〟と呼んでいますよ」
エアステップじゃないのか……。良かったなイオ。お前は色々な方面で名前を残す事になったみたいだぞ。
なんだか脳内で、イオが「ミャン!」と抗議をして来たような気がしたけどきっと気のせいだ。何せ今は子供達と、ホップ・ステップと追いかけっこをして居るハズだから。
「それにしてもペガサスの代わりにスライムかぁ。確かにアスレとかで子供達と一緒になって跳ね回っていたよね」
「あったなぁ。触手を伸ばして高所に子供を引き上げたり、落ちてきた子供を体でキャッチしたりしてたっけ」
「おや? お二人もその光景を目にしたのですか。私もそれを見て「これだ!」と思わず叫んでしまいましてね」
なるほど。子供達がスライムと遊んでいる姿をみて閃いたって事だったのか。
「スライム達は万能ですからね。クッション・ロープ・不要になった物の処理などなど、探索者には欠かせない相棒になると私は考えています。そして、この着地方法によって更に彼等はその地位を向上させるでしょう! 今まではゴミ処理施設でのみ働いていましたが、これからはもっと活躍の場が与えられるでしょうね」
この研究者はスライムを愛しているのだろうか? スライムの事となるとかなり饒舌になるじゃないか。
「とは言え、ゴミ処理施設で働いてくれているスライム達のお陰でゴミ問題は起きないし、更に肥料も手に入っているからなぁ。活躍と言う意味でいうなら、縁の下の力持ちと言った具合でかなり大きいと思うけど」
「だよね。スライム達に溶かせない物って現状無いみたいだし」
「えぇそうですね。ですがやはり人と言うのは目に見える物を見がちです。ですがスライム達の働くゴミ処理施設は見に行こうとする者などいない……見る事が無ければ、それは無いに等しいのです。いや、無いと言う訳では無いのですが」
言いたい事は分かる。
知らないと言う事は、その人にとって言えば無いのと同意。そして、例え知識として知ったとしても、見た事も触れた事も無ければ実感が無い。実感が無いとその内記憶は薄れて行ってしまう。
有るんだけど無い。何とも矛盾した言葉だけど、それが人の脳内で起きている事なのだから仕方が無い。
「そういえば、崩壊前のゴミ処理も良く分かって無かったよね。仕分けが多すぎるよーとか、ゴミ出しの時間が! ってのは覚えているけど」
「リサイクルとかだと説明や解説とかもあったけど、あんなの覚えてないよなぁ。そう言うモノなんだって感じで決められているからって事で分けてただけだし」
決められていたからやる。その先がどんな方法で処理されているかなんて知らないし興味も無い。大半の人が似たような考え方だったんじゃないかな?
うん、以前からゴミの処理方法なんて人は気にしていないって事だよな。
「そう考えると今は楽だよね。全部まとめてポイって出来るし」
「汚水も毒物も関係なしにスライムが処理してくれるからなぁ……スライムが万能過ぎる」
だけどスライムは今まで評価されていなかった。うーん、評価されるようになった最初の理由はなんだろう。
「あぁそうだ……鎧の人がスライムを引き連れて注目を浴びてからだ」
〝ショゴス・ロード〟が中身に入っている鎧。彼がスライムを大量に引き連れ村の中を歩き回った事で、皆は「何故スライムを?」と疑問を覚えた。
そして〝ロード〟のスライム達は〝ロード〟と共にあちらこちらで遊びまわり、スライムの有用性を皆に魅せつけた。子供達とのアスレもその一つだ。
「鎧の人には感謝してもしきれません。私はあの人のお陰で素晴らしい閃きを得たのですから」
孤児院でうちのプルも似たような事をやっていたんだけど、やはり大量のスライムと言うインパクトには勝てないし、そもそも活動範囲が狭かったために人の目には留まらなかった。プルどんまい。
ともあれ、このスライム達のお陰で探索者達の行動範囲が一気に広がりそうだ。これは実に今後が楽しみな内容だな。
あ、因みに……俺や美咲さんもプルというスライムが居るのに、着地のクッションにすると言う発想には至らなかった。うん、これは俺達が残念だったと言わざる得ないな。
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と言う事で、実は裏でゆっくりと進歩していた空中飛行実験でした。
スライムをクッションにするなんて方法で着地をしたようですが(二つの意味で)、それでも結弥達はペガサスの背に騎乗すると言う方法を取るでしょうね。だってそっちの方が高度も維持できますし、すぐ行動できますから。




