八百十七話
休憩時に美咲さんの話した内容が研究者の魂に火をつけたらしい。
実験をそっちのけ……とまではいかないが、そちらの研究も行う必要があると言う事で、一日の間にシミュレーターを使う回数こそ減らなかったものの、実験期間が延びると言う結果になった。
この事で美咲さんは「私の一言で、ごめんね」と言ってきたが、実験なんてこんなもんだ。面白い・気になる内容があれば期間が延びるし、逆にもう必要ないと中止を決定する事もある。なので一々気にしていたら仕方が無い。……とはいえ、こういった事で多少気にしてしまうのが美咲さんらしいと言った感じだな。
そんな訳で、俺はまだまだ家と研究所の往復を行う日々が続きそうだ。
研究所に来ていると言う事で、サキさんと彼女のお父さんである桜井 信久さんと顔を合わせる事が有る。
桜井さん……あぁ、サキさんも同じ苗字だからごっちゃになりそうだな。ここは信久さんと声を掛ける時以外は言っておこう。
信久さんのリハビリと状況確認と言う事で通院をしているそうなんだけど、傍から見ればもう大丈夫じゃね? と思うレベル。
だけど、初めての事例で何があるか分からないからと、身体のチェックを欠かす事が出来ないらしい。
「私としては何も違和感を感じる事などないのだけどね。ただ、前例が無いからと医者も不安らしい」
「彼等の不安も分かるけど、時間が拘束されて少々不便だよ」と続けた信久さんだが、その顔は仕方が無いけどねと言った感じ。自分の状況をよく理解しているからこそ、諦めていると言うか達観しているのだろう。
「それで日々の楽しみが娘とのデートですか?」
「そうだね。病院帰りに行く食べ歩きなどが唯一の癒しだよ」
因みに、信久さんはサキさんへ付いて来て欲しいとは一言も言っていないそうだ。
これはサキさんが言っていたけど、自分が病院で医者の話を聞きたいのだとか。まぁ、今後どうなるか予想がつかないから、それだけ不安と言えば不安なのだと思う。
「そう言えば医者が言っていたのだが、白河君はどうやって私に埋められた魔石を取り除いたんだ? と、随分と気になっているらしい」
「あれ? そちらはレポートにも出していますから、そちらの確認を行えば分かると思うんですけど……」
「いや、その事は私も覚えているからね。君に埋められた場所を切断されたと言ったのだが……どうやらそれが不思議なようでね」
ん? 不思議と言うのはどういう事だろうか。
俺は普通にスパッと彼の魔石が埋め込まれた両腕を切り落としただけなんだけど……何か問題でもあったのだろうか。
「何やら同じように魔石を埋め込まれた人に対して、私の時を参考にしようとしたらしいのだが……失敗ばかりしている様でね」
「それって、腕や足に埋め込まれた人なら一度切断し、その後上級ポーションで如何にかしようって感じですかね?」
「そうそう。だが、切断する段階で失敗してしまうらしい。刃物が中々通らないそうだ。中には切断する事こそ可能だったが、精神が崩壊してしまった人もいるらしい」
防衛機能と言う奴かな? しかし、俺はあの時なんの抵抗も感じる事も無く剣を振りぬく事が出来たんだけど……その時と何か違うのだろうか。
「うーん……記憶が微妙なので何とも言えませんけど、確かあの時はマナブレードを使ってたような。それも時空間魔法を付与して」
「それは普通の刃と何か違うのかい?」
「時空間魔法をマナブレードに付与すると、ある意味切断特化の能力になりますね。空間ごと断つみたいな感じになりますので」
「なるほど? うーむ、もしかしてそれが答えではないかな?」
「ですかね? でもその事もレポートに記載したような……」
あれ? どうだったっけ。
あの時は信久さんを救助する事に必死で、その後どんなレポートを提出したのか全く覚えてないや。……これ、一度自分が提出したモノを確認した方が良いかもしれないなぁ。
「そうですね。一度自分のレポートを見直してみますが、この話は桜井さんからも先生方にしておいてもらえますか?」
「あぁ、もう少ししたら検査の時間だから丁度良さそうだ」
と、こんな世間話と言った感じで重要な話をしたのが少し前。
どうやらその時の話が医療に携わる研究者達の中でかなり話題になっているらしい。と言うのも……実は、時空間魔法を使える人間がほぼほぼ居ないからだ。
現状発覚しているだけで、俺とソラぐらいだろうか。当然人数も少ない状況だから、もし魔本が見つかっても研究所……それも医療系に回ってくる事なんてほとんどないだろう。と言う事で、彼等はどうしても時空間魔法を手に入れたいと躍起になっているらしい。
そしてその波が、今回は俺でなくソラへと襲い掛かっているのだとか。
どうやらソラは転移ゲートを作る傍らで、空間切断能力が付与された刃物の作成も監修しているらしい。なんか仕事を増やしてすまんと思うが、こればかりはどうしようもない話。むしろ、こんなこともよくある事だったりするからな。
そんな訳で、最近ではソラと顔を合わせる事が少なくなっている。まぁ、お互い実験だの研究だのとかなり時間を仕事に使っているからなぁ。なので決して、仕事を増やしてしまった為にいたたまれないからとか、そう言った理由では無い。
それに、空いた時間はサキさん達と使いたいだろうしな。……まぁ、その事が余計に彼等のクラスメイトだった友人達に火を付けている様なんだけど。
「見ているだけなら楽しいんだけどね」
「やり過ぎなければいいんだけどね……鎮火しようとしたら火に油になったんだって」
「あらら……まぁ仲が良いって事なんだろうけどな」
全て善意から行われている事だけに、止めるのが大変だったりするんだろうな。後、楽しそうにしている所に水を差すと言うのも……と言った気持ちもあるだろう。
ありがたいけど厄介と言う……本当に板挟みになってしまってどうしようもできない状況。とは言え、祝いたい気持ちは分かるよなぁ。だって彼等にとってソラにサキさんと言えば、彼等を此方へと連れて帰って来てくれた二人なのだから。
「今どこまで計画は進んでいるんだろうな」
「それが、話が盛り上がり過ぎていて全く進んでないみたい」
「……なんだそりゃ」
あれやこれやと意見が飛び交う為に、全く話の収拾がついていないらしい。あれか? 会議は踊ると言う奴か? ただそのお陰で暴走する事が無いから、ある意味良い状況と言えるかもしれないけど。
「てか、それで喧嘩にならないんだな」
「論争みたいにはなるみたいだけど、それは盛り上がってつい言葉が強くなってしまうだけで、別に喧嘩では無いみたいだよ」
「あー……熱が入り過ぎているって事か」
そこまで話が盛り上がれば、計画も進みそうだと言うのにな。
より良い案がぽろっと生まれたり、どうしても譲れない部分がと言った感じで、どうしても足踏みしてしまうらしい。……ソラ達が彼等から愛されていると言う証拠になるんじゃないかな。なんてふと思ってしまった。
「案外いいタイミングで計画が進むかもな」
「と言うと?」
「二人が結婚すると決めたタイミングとか、結婚せざる得ない状況になった時とか」
「うーん。何かそう言われたら、そうなりそうな気がして来たよ」
ソラやサキさんに運命を引き寄せる力があるってのもあるだろうけど……絶対これ、裏で誰か状況を操作してるだろ。文句を言われない程度に盛り上がるとか、話がこれ以上進まない様にぽろっと意見を言うとか。
ゲームキーパーみたいな感じの立ち振る舞いをしている奴。一体誰だろうな?
「ま、もし結婚するってなっても、現状の忙しさを考えると当分先の話になるだろうからな」
「まずはお仕事を終わらせないとだもんね。こっちは中々進まなさそうだけど……」
「だよなぁ……ワイバーンの方もあるし、何というかゴールが見えない気分だよ」
現状全てのモノが道半ば。なんならゴールが延びたモノだってある訳で。本当に面倒な問題が起きない事を祈るばかりだ。……もうこれ以上の仕事はいらないよ。
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ちょっとした仕事の合間にある日常と言った感じですかね。皆さん忙しく動いているようです。




