八百十一話
「え? 一体それってどういう事なんだ」
思わずと言った具合で、俺は間の抜けた声をだしてしまった。ただ、それは俺だけではなく隣にいた美咲さんも同じようで、何が何だか分からないといった表情をしている。
と言うのも、俺達の知った内容が〝防衛をしていたら、いくつかの宗教が自滅した〟と言う事だったからだ。
あくまで〝いくつかの〟と言う事なのだが、それにしても宗教が自滅するなんてと思う所。だって宗教って人の信仰を土台にして成り立っている。そしてまた、その土台はこのような世界になった状況だと揺るぐなんて事はまず無い。……ハズなんだけどなぁ。
「えっと何々?」
とりあえず先の話をと思い、俺は美咲さんと一緒に現地から送られてきている報告書に目を通して行った。
そして、そこに書かれていたのは〝資金および食糧難により信者から反乱を受けた模様〟といった内容。……一体どれだけ、兵糧など取って搾取していたのだろうか? 確かに決着がつかない戦いを長々とやっている様だったし、そこへこちら側の戦力が参戦した為に色々と旗色が悪くなったのも事実。
「だからって、食糧難になるってどういう事なんだ? 今までだって食料はある程度確保していただろうに……」
「んー……あ! もしかして、敵が増えた上に強くなったから、背中が怖くて食料調達に行けなかったとか?」
戦う側の戦力を増やした為に食料調達を行う人の数が減った。なんだかありえそうな話だな。
しかし、そんな先が無くなる事が目に見えて解る事をやるだろうか? 食料が減ればそれだけ不満も増えると言うのに。
「普通じゃ考えられないよなぁ」
「でも、普通じゃない状況だしね」
「だな。長期間の武力衝突が考え方を変えちゃったのかね。でも、戦場に出ない人達の考え方は然程変わっていない訳だから……急に食料が減ってしまったから上へ不信感を募らせてしまったと」
説明も疎かにしていたんだろうな。
戦っている内容をそのまま話せば不安を与える事になるけど、それを誤魔化す為に「信仰の為」とか「修行だ」なんて事を言っていたのではないだろうか。結局、不安どころか不信感を与えていたのだから、打つ手を間違えていたとしか言いようが無いんだけど。
結果、このままではいけない! と考えて立ち上がったのか、野心家がその顔を出したのか。彼等は内部から次々と穴をあけられていったと言う訳だ。
ただ、普通に内乱をしたのでは結果は火を見るより明らか。何せ、武力は戦っている側にある訳で、内乱を起こした側はその殆どが今まで戦った事の無い人達。
ではどうして自滅にまで持って行けたのか? と言う話だけど、どうやら寝返った人達も居たらしい。少し前から派閥争いを起こしていたみたいだからね。で、反乱を行なった戦った事の無い人達と結託できる陣営が有ったと言う事らしい。
「しかし、問題は自滅で終わらず……か」
当然だけど、お互いがお互いに地元と言える環境で戦う事となった。
なので、両者共に守りが弱い位置、奇襲が出来る場所、逃げる時に使うだろう撤退路など熟知している。そうなったらもう、かなりの人数をお互い数を減らしていく運命しかない。
そりゃ、自滅にもなるわな……と思わなくも無いが、それを選んだのは彼等だ。
ただ、どうやら一般人と手を組んだ派閥の人は案外〝まとも〟な部類だったらしい。女子供に若い男子などなど、最初から万が一の事を考えて避難させていた。
「で、その避難をして来た相手が保護を求めて来たと」
「数名の護衛として武装したお坊さんも居たみたいだけどね」
そんな武装をした坊さんだけど、此方に来ると直ぐに武装解除をし「我々はもう二度と武器を手にしない。故に保護を頼みたい」と申し出て来たと、報告書には書かれていた。
此処までされてしまえば、人道的には無碍に出来ない。ぶっちゃけ、信用出来るか!! と言う話でもあるんだけど、子供達とかに罪は無いからな。なので、坊さんには監視を置くがと言う内容で、彼等を一時的に保護する事にしたらしい。
「この文章に吃驚したんだけど、信者だった人達で良いのかな? 彼等はこっちと敵対していたなんて知らなかったみたいだね」
「敵が誰かなんてのも言っていなかったって事だよなぁ。もしくは、全てを一纏めにして「仏敵だ!」とでも言っていたのかもな」
宗教戦争によくある〝神の敵〟や〝仏敵〟だけど、君らがやっている事の方が教えに背いているんだから、君達の方が敵じゃないかと言いたくなる大義名分。
だけど、その言葉はとっても便利で案外だけど人はそれを信じてしまう。まぁ、それを聞いた人は自分達の事を選ばれた! とか、特別だ! なんて勘違いしてしまうからね。で、敵対している側を極悪人認定しやすいっと。そりゃ神や仏の敵だもの。
とは言え、そんな洗脳も食料不足の前には役に立たなかったか。坊さん達の中にも、反旗を翻すような人たちが現れるぐらいだしな。
「と、それから……保護をした人達が住んでいた場所は。あぁ、まぁそうなるか」
「他の陣営から切り取りに有ったみたいだね」
共食いをし戦力が弱った場所を襲撃する。戦場あるあるな話だな。
てか、反乱した人達の上層部はこの結果も予測していたのだろうか? だから、此方へ保護を求めて来たとか……うん、ありえそうだ。しかしそれなら、自分達も逃げたらいいのにって話なんだけど、きっと自分自身を囮にでもしたんだろうなぁ。全員で逃げたらすぐにバレてしまう訳だし。
そして、逃げながら護衛をするなんてかなり実力差が無いと出来ない話。なので自分を囮にするってのは実に合理的ではあるんだけど。
「そこまで出来るなら、何で最初から宗教戦争にどっぷりと漬かってしまったんだろうな」
「それしかない! って追い詰められてたんじゃない?」
追い詰められていたかぁ。確かに襲撃を繰り返されるような真似をされでもしたら、戦わねば! いや、相手を殲滅せねば! という思考に陥っても仕方のない話か。
ただそんな中、徹底した防衛を行い、しかも相手の拠点は栄えているなんて状況を知った。そして、自分達は食料不足な状況になった。
このちぐはぐな状況を見て、色々と疑問を覚えてしまった坊さんが出て来たのだろう。
戦わねば! という、ある意味呪いに近い考えから解放された。しかし、今更という話でもある。何故なら、手を取り合う必要があった相手とは既に敵対してしまっていたのだから。そして、悲しい事に自分達の近くには頭の固い人達が居る。
「そこで、未来ある子達を逃がす手段を選んだと言う感じかなぁ……まぁ憶測でしかないけど」
「後戻りが出来ない場所に来てしまったって思いこんじゃってたのって悲しいよね」
それこそ、此方へ密書でも送れば良いだろうに。
全ての情報を書き、一般人を助けて欲しいと。そうすれば、事実確認をする時間は必要だろうけど、兵部さんや守口さん達なら、救出ミッションを確実にこなしてくれただろう。それこそ、目が覚めた人達も一緒に救援出来ていたはず。
……まぁ、救助した後は今後絶対に武装しないと確約させて、念仏を唱える事に専念させる事になるだろうけどね。
「結局、柔らかくなったとは言え、まだまだ思考は凝り固まったままだったって事か」
勿体ない? 残念だった? うーん、何といえば良いんだろうな。無駄だった訳ではないけど、助けられる事が出来る方法があっただけにと思わなくはない。
「ただ、密書を送られたとしてもなぁってのはあるよな。てか、相手もそう考えていたのかもな」
何せ、今までの救援要請が「食料を寄越せ! 出ないと仏罰が落ちるぞ!!」とか、そんな上から目線ワードが多かったし。
中には丁寧に「食料要請」が書かれていた物もあったけど、リターンが書かれていなかったからなぁ。だから、こちらとしてはスルーしていた。なので、相手ももしかしたら手紙でと言うのは諦めていたのかもしれない。……一応、書かれている内容はしっかりと読んでいるんだけどね。協会の事務員さんが。うん、事務員さんがイライラしている日がどれだけ続いた事か。
とりあえず、保護した子達は今の所、元気に伊勢の街を走り回っているらしい。元々いた子達もすんなりと受け入れたらしく、仲良くやっているのだとか。
きっとそれだけは、彼等にとって救いとなるんじゃないのかなと思う。ま、護衛していた坊さん達には、その光景をしっかりとその目に焼き付けて貰うとしよう。
自分達のミスを理解させるのと同時に、何を守ったのかを認識させて、三途の川を渡った後の土産話にして貰う為に。
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この話は、宗教戦争の終わり・序章と言ったところでしょうか。
あえて、どの宗派とかそう言ったのは言いませんが、古い時代と違って洗脳やらなにやらが解けるのも早い。まぁ、十分な教育が有った平和な世と言うのを知っているからなのですけどね。




