七十話
雄叫びが聞こえたのは街の方向。警戒しつつ様子を見ていると、奥の方から建物が崩壊しつつこちら側に移動する何かが居る。
「ミャンミャン!」
「イオそんなにヤバイのか?」
「はぁ……討伐が終わったと思ったのに、問題が増えたかぁ。イオ君の態度からみると……最悪撤退も考えないとね」
二年の間にモンスター達が使っていた建物は、色々と崩壊してたりするけどさ……身体能力ブーストして魔法で武器を強化しても、あんな風にぶっ壊しながら進むなんて出来る訳が無い。
「一体どんな化け物が来てるんですかね」
「とりあえず全員トラップゾーン内に戻っておこうか」
モンスターの回収や街への調査に行く為の準備を止め、全員が再び戦闘への意識に変わっていく。
そして、撤退も含めた全ての準備を終わらせ、トラップゾーンで敵を待ち構える準備が整った時に、街の外に一番近い建物が崩壊しモンスターの姿が現れた。
「……でけぇな」
「頭に角があって、二足歩行の人型……鬼でしょうか?」
サブカル風に言うのであればオーガだろうか? サイズは人間の倍以上……大体四メートルぐらいか? これは本気でヤバイな、沼トラップも膝ぐらいまでじゃないだろうか? それに、沼に嵌ったとしてもあのパワーがあれば簡単に出て来れそうだ。
「……トラップは無効化される前提で考えた方が良いかもしれませんね」
「そうだね、後は武器が通るかだろうけど……ほとんど通らないと見た方が良さそうかな」
そんな会話をしていると、オーガが此方の存在に気がついたのか……一瞬にやりと笑い地面を揺らしながらゆったりと歩いてくる。完全になめられてるな。
オーガはそのまま接近してきて、トラップゾーンの前から手に持っている棍棒を一振り。突風を起こしながらも棍棒は地面を抉りトラップの一部を破壊し、その様を見せ付けたオーガは棍棒で肩をたたきながらニヤニヤとする。
「トラップなんて意味がないぞ、と言ってるみたいですね」
「あのやろう……余裕を見せ付けやがって」
此方の反応が著しくなかったからか、ニヤニヤしていたオーガが少し苛立ったかの様な表情に変化し、それと同時に棍棒を頭上へと持ち上げた。
「っ!? 下がって! 振り下ろしが来るよ!!」
全員が一気に下がると同時に、オーガが棍棒を地面へと叩き付ける。
叩き付けられた地面は大きく抉られ、泥を吹き飛ばし、ほぼ全てのトラップを破壊していた。
「おいおい……なんてパワーだよ」
「ゴリラなんて比じゃないですよ……あれ」
戦闘班の全員が恐怖に支配される。ただ、このまま棒立ちであれば全滅してしまう。戦えるか? 無理だろうな……スペックが違いすぎる。逃げる? どうやって? もし逃げたとして、村までこいつが着いて来たら如何する。それなら、逃げるとしても徹底的に隠れながら逃げないといけないけど。
「……手段が無い」
「そう……だね、あんなの相手にするなら、全員がバラバラに森の中を逃げまわるしかないかな」
判断するのは撤退だ。それも、追われた者は見捨てるという手段。そうしないと、生き残れる可能性すら無い、それと化け物が居ると村に伝える事もできない。
「う、う、うわああああああああああああああああああああ!」
入谷のお兄さんが撤退と指示を出そうとした時、恐慌状態に陥った一人が耐えることが出来なくなり、持っていたホースをオーガに向けて、水を放射しだした。
「お前は! ゴリラ共の! 親玉だろおおおおおおお! なら、水が弱点じゃないのかあああああああ!?」
叫びながら一心不乱に水をオーガの顔へと向けて放射するが、オーガは気にせず、寧ろ丁度良いといわんばかりに口を開けて、放射されてくる水をゴクゴクと飲んでいる。
「まぁオーガの時点で毛が無いから効かないとは思ってたけど、本当オーガのやつ舐めプだな」
「とは言え、コレでこっちも完全に敵対行動をしたって事だよね」
「まぁ……最初からオーガは敵対する心算だっただろうけどね」
撤退の指令を出すタイミングを逃してしまい、入谷のお兄さんは頭を一瞬抱えたが、次の思考へと移動しているようだ。さて、なら少しでも時間をかせ……稼げるのか? まぁやるしかないか。
「美咲さん合わせて、貫通で狙っていく!」
「わかった!」
何時もの強化を素早く使い、オーガの顔と脚関節を狙って鉄串の投擲と同時に、美咲さんにも脚関節を狙ってもらう。それと同時に幾つかの矢がオーガに向かって放たれていく。
「む、他の皆も合わせてくれたか!」
オーガの顔は水を飲むという行動で、こちらの攻撃が見えてない。タイミングはベストだ。ベストではあったが、放たれた鉄串と矢は、オーガの肌を傷つける事も無く、当たった瞬間に明後日の方向へと弾かれていった。
「貫通でブースト掛けても駄目か! 硬すぎるだろ!」
ゴリラのように毛で守られてる訳でもないのに、オーガの肌はゴリラと同等かそれ以上という事になる。
そして、そのオーガにいたっては、何か当たったか? ぐらいの反応しか見せていない。こりゃ、舐めプもするか、力量が違いすぎる。
「弱点も解りませんし、探るにしてもレベルが違いすぎます……お兄さん逃げましょう」
「あぁ、そうだね。でも、タイミングは如何する?」
「少し……ほんの少しだけヘイトを稼ぎますから、一気に森へ逃げてください」
「……正直ありがたいけど、白河君はどうするんだい?」
「身体強化魔法とスタミナ回復魔法がありますから……一人でなら逃げれますよ」
舐めプしてるのであれば……逃げるチャンスはある。まだ、俺がその手の魔法を使った所は見せてないからな。投擲の瞬間に少し使ったけど、オーガは水を飲むのに忙しかったから、見るどころか意識すらしてなかった。
「タイミングは合わせてください、攻撃が当たる瞬間にでも……あの水を放水してるやつの首根っこ掴んで、森へ」
「……解った、白河君も無事戻って来るんだよ」
「もちろんですよ」
ポールウェポンを用意して、深呼吸をする。格が上すぎる相手への接近戦だ。正直、今すぐに逃げたい。
「結弥君……」
「美咲さん、イオから離れないようにね? 一歩でも遅れたら面倒だから」
「え、あ、うん解った」
何か言いたいみたいだったけど、今は時間との勝負だ。さて……行きますか!
一瞬だけ脚に身体強化を掛けてダッシュ力を上げる。その勢いのまま遠心力を利用して……ハンマー部分でオーガの脛に打ち付ける!
「がっ!? 硬てぇ! 手が微妙に痺れる!!」
ダメージは殆ど無いようだな、弁慶の泣き所って言うぐらいなのに……まぁ、コレで意識は此方に向くはず。
他の皆もタイミングを合わせて森へと走り出してる。
後は……俺も撤退を!?
「ガァァァァァァァァ!」
攻撃を喰らったはずのオーガだったが、俺の攻撃程度では何の効果も無かったのか、羽虫を払うかのように棍棒で振り払ってくる。
「ガ……ガード!」
棍棒での攻撃をポールウェポンを盾変わりに防ぐ。
「あ……」
だが、防いだはずの棍棒がそのまま振りぬかれ、腕を破壊するかの様な音がしたと思った瞬間には、体が森の方へと吹っ飛ばされた。
「ぐ……ぁ……」
意識が飛びそうになるが、痛みと気合で持ち直し、一緒に飛ばされたはずのポールウェポンを探す。
「え……」
そして、現状を理解する。片腕は骨が折れたのか動かず、ポールウェポンに至っては、柄の部分を残して粉々になったのか武器として成り立たなくなっている。
「ヤバイなコレは」
数十メートルは飛ばされたのだろうか? オーガは動いてないようだが、此方をみてニヤニヤとしている。あいつ……俺が動けないの理解してやがる。
回復魔法があるとはいえ、コレだけのダメージだ当分は動けない。何せ、回復魔法といいつつ即座に復活できる魔法じゃない。まぁ、それは前から解っていた。身体能力を強化した所で……動けない部分強化しても意味が無いからな。
「さて……どうしようか」
オーガが余裕を見せながら、一歩一歩と接近してくる。
さて、武器は通らないのは解った。予備に剣鉈やスコップがあるけど片手しか動かせないし、そもそも、ポールウェポンが通じなかった時点で武器じゃだめだ。
魔法か? 初級じゃどうしようもないよな。まぁ、牽制ぐらいにはなるか? ならないような気もするが。とはいえ、やらないよりはマシか。
今動かせるのは……右腕だけか。利き腕じゃないんだけどな。脚は……まだ痺れてるか、とりあえず回復魔法で足を優先的にやっていくしかないか。
「……脚が動けるようになるまで、時間的にはぎりぎりか? まぁ、アイツがこのままの速度できてって前提だけど」
右手をオーガに突き出して、魔法を打つ準備をする。水は……あの放出でどうにもならなかったからな。土と風を試すか。
タイミングを見る……距離が半分ぐらいになった時に攻撃開始だな。少しでも足止めになれば良いけど。
そんな思いが通じたのか、まだゆっくりと移動するオーガ。
「まぁ、アイツは舐めプでいいからな……っと、今だ!」
ハーフラインを超えた瞬間、一気に魔法の風と土の玉をオーガに向けて飛ばしていく。
それでも、問題ないと言わんばかりにゆったりと動いてくるオーガ……魔法も通用しないのかよ! それでも何かあるかもと、魔法を撃つ手を止めずに様々な部位を狙って打ち込んでいく。
「顔は駄目! 腕も脚も通用しない! 胸や腹もか……何処も弱点じゃないのかよ!」
脚や手の小指を狙ってみても、通用する事が無く弾いていく。本当化け物だな!
こうなったら……全ての生命の弱点だ!!
「やりたくなかったけどさ! 行け!!」
風と土の玉を同時に、やつの玉を狙う。が、何やらガードされているのか、当たる直前に魔法でつくった玉が崩壊した。
「なんだよそれ……其処だけ謎ガードしてるのかよ」
相変わらずニヤニヤとするオーガだな……そんなに其処が守られてる事が誇らしいのか。ドヤ顔がレベルアップしてるぞ。
とはいえ……脚の回復が間に合ったか、距離的にはいけるはずだ。
「それにしても、全ての手段が駄目だとはね」
お手上げだというポーズで、魔法を撃ち出していた右手で折れた左手を支えて、もう戦闘出来ませんという行動を見せる。
あぁ、オーガが凄く勝ち誇った顔してるよ。とは言え、今からタイミングを見て逃げるんだから、舐めて貰っていなきゃいけない。まだ、脚が回復した事を悟られる訳にも行かないからな。
深呼吸してから、身体強化とスタミナ回復魔法を一気にかける。
オーガが、ふんと勝ち誇ったまま、棍棒を頭上に持ち上げ……振り下ろしだした瞬間……ここだ!
一気にバックステップから、立ち上がり森の中を駆け抜ける! あぁ、動くたびに折れた腕が痛い!!
「ガ……? ガァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
オーガの叫び声だ。まぁ、目の前でもう動けないと思った獲物が一気に逃げたんだ。怒り狂うのも当然だよな。
とは言え、追いつかれる訳にも行かない。徹底的にダッシュだ。
森の中をオーガと追いかけっこ、正に鬼ごっこだ。
とはいえ、俺は木々の隙間を縫うように走るが……オーガは木など知ったことかと全て破壊して直進してくる。
「自然破壊しながら着いて来やがって……こっちの位置も正確に把握してるみただし、どうしたもんかね」
魔力が尽きてブーストが切れるのが先か、オーガの体力が無くなるのが先か……あー、分が悪すぎるな。
ただ、この状態なら、全員上手く逃げ切れるだろうな。こちら側には誰も逃げてきてなかったし。
どれ位逃げただろう? まだオーガは追いかけてきている。そんな中、とんでもない事が起きた。
「ワン!」
横から何と、豆柴が現れた……あぁこりゃ終わったな何て思ったんだけど。
その豆柴は俺を狙うことなく。オーガの首をまたもや風魔法で切り落とし……オーガの魔石を飲み込むと、颯爽と寝床へと戻っていく。
「……なんだったんだ? とりあえず、助かった事だけは解るんだけど」
謎がまた増えた……が、今は少し休もう。もう……ねむ……い。
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