八百八話
束の間の平和を甘受していた俺だったが、実際には緊急出動もあったりするので昔を思えば平和とは言えないかもしれない。ただ、この環境に慣れてしまったせいか〝この程度〟という認識になってしまっている。
何故束の間の平和なんて思っているのかと言うと、問題がありそうな場所では全く動きが無いからだ。まぁ、それも仕方のない話。
今は三河側だと拠点づくりに生活できる環境を作っている状況で、伊勢側だと敵の内乱だからな。なので自分達が動くと言うよりも見に入っている状況と言う訳だ。
とは言え、数日前にはちょっとやんちゃな訓練者君達を調教すると言う、なんともしょうもない内容で盛り上がったりしたのだけど。
あぁ訓練者君達といえば、実はちょっとショッキングな映像を見てしまったんだよな。
と言うのも、数時間前の事だけど。村にある特殊訓練施設にて……っと、その前に。
特殊訓練施設と言うのは、ちょっとばかりオイタをした子達に対して色々な特訓を行う施設。
この場所の卒業生には、あの勇者君(笑)も居る。うん、この場所で徹底的にお仕置きと戦闘訓練を受けるらしい。……まぁ、今まで一度も見た事が無かったんだけどね。
ただ、なんとなーくなんだけど、今回は気が乗った為に俺一人だけで出向いてこっそりと様子を窺ってみたんだ。
うん、見たことを本当に後悔したよね。
そこで教官をしていたのは……なんと、なんと! あの勇者君。どうやら彼は勇者から教導官へとジョブチェンジしたみたいだった。
で、そんな勇者君だけど、もう勇者っぽい笑顔なんて魅せる訳でもなく、どちらかと言えばとても凶悪的な笑みで訓練者君達に話しかけていた。うん、もうこれ別人じゃないかな? って、思わず悩んでしまったよ。
「復唱! 〝欲しがりません勝つまでは!!〟」
「「「「「欲しがりません勝つまでは」」」」」
「声が小さい! もう一度!!」
「「「「「欲しがりません勝つまでは!」」」」」
「貴様らの恋人は何だ?!」
「剣であります!!」
「名前は?」
「梓と言います!!」
「剣の名前だな? どうしてその名を付けた」
「はっ! 幼馴染の子から頂きました」
「ばっかもおおおおおおおおん!!」
とまぁ、どこぞの軍隊だと言いたくなる様なやり取りを平然と行っていたんだよなぁ。あのこれ、本当に大丈夫なの? と疑問に思ってしまった。
しかし、酷と言える内容はそれだけに収まらなかった。
勇者君……いや、もう鬼教官だな。
鬼教官は次に、彼等にスコップを渡すと穴を掘るように命令。あぁ、これって意味のない行為をやらせて精神的に追い詰めていくやつか? なんて思ってたら、どうやらちょっと違っていて。
「穴を掘ったら直ぐにそこへと入って屈む!」
「了解であります!!」
「頭を出すな! 撃たれたいのか!! 何なら俺が撃ってやっても良いんだぞ」
「申し訳ありません!」
どうやら即席で行う塹壕戦を想定しているのか、穴を掘っては身を隠してといった移動を繰り返していた。因みに、掘った穴はしっかりと埋めなおす作業もやらせている様子。
しかも、その穴を掘る際に魔法は使わせず、なんなら質の悪いスコップを持たせていた。これは、鬼教官曰く「いつも最適の状況で戦えると思うな!」と言う事らしい。……素手で掘れと言わない分、まだマシなのかもしれない。
他にも、丸太を担いで……いや、あれを丸太と言っていいのか? 丸太に見せかけた金属の塊だよな。それを担がせてランニングだとかもやっていた。
なんだか前にも某映画の教官っぽい事をやっていた人が居た気もするけど、内容がさらにハードになっている気がする。……ただまぁ、罵声が少ないのは救いだろうか。あの映画みたいに罵声が飛び交ったらと思うとね。いや、罵声と言えば罵声なんだけども、存在の否定的な内容が無いと言った感じかなぁ。
とりあえず、俺はそっとその施設から立ち去ったからその後の事は知らない。多分まだ、必死に訓練を熟しているんだろうなと思う。
そんな様子を、俺は美咲さん相手に対して「恐ろしい物を見た」と話してみた。
「って事があって」
「わぁ……それ、心をぽっきりと折られた後にやってるんだよね。救いが無い気がするよ……」
「救いが無いってのもなんだけど、勇者君の余りにもの変わりように涙したね」
「確かに。あれだけ〝爽やかイケメン風〟の〝勘違い偽善者〟だった人が、鬼教官になっちゃうなんて」
「美咲さん、さりげなく毒が凄い」
「え、そうかな?」
美咲さんも勇者君に対して思う所が有ったって事だろうなぁ。でも、そんな思っていた所が全く無くなって、変質と言っていい程の変化をしていたと聞き、驚愕してしまったようだ。……思わず、心の奥に秘めた毒が出てしまうぐらいに。
気持ちわからなくもないけどね!
「ひと時の休息時間だと思ってたけど、どうやら一部では違ったみたいだ」
「……何でそんな場所見に行ったの?」
「そりゃ、直接関わっちゃった相手ではあるからなぁ。なんとなく気になってな」
心がポキっと折れて立ち直れていなかったらどうしよう? なんて、柄にもない心配をした結果がこれだよ。
どうやら人の心と言うのは意外と強い物らしい。と言う事が再確認出来たな。まぁ、優秀なカウンセラーによる催眠術と、勇者君による洗脳で、彼等は屈強な精神を手に入れる事になるんだろうね。
あぁ……実に恐怖だな。
「結弥君、なにか裏がありそうな言い方をしてる気がするんだけど……」
「きっと気のせいだよ。うん、きっと訓練者君達も一流の探索者になるんだろうなって思っているだけだから」
まぁ、探索者と言うよりも兵と言った方が正しいかもしれないけどね。
「あ、そう言えばこんなこともやってたよ。土嚢を作ってから、その土嚢を積むんだけど……形が悪かったら、鬼教官に土嚢が粉砕される」
「賽の河原かな!?」
「一つ積んでは精神鍛錬の為……一つ積んでは屈強な肉体の為……」
「色々な意味で救いがないよ!!」
「だな。土嚢から作り直しだし」
救いがあるとすれば、芸術的に積み上げればしっかりと解放されるって事だろうな。まぁ、求められているレベルが自衛隊クラスの積み方なんだけどね。あれだあれ、土嚢で橋とか天井をつくれたらオッケー。
因みに、俺にやれと言われても出来ないと断言出来る。魔法を使えば別だけど。
「じ、人権団体に訴えられちゃうよ」
「その人権団体なんて集団は、もう今の世だと存在しないけどな。人権の為に死にますか? って環境だし」
ただまぁ、死んで来い! なんていうような環境では無いから、最低限の人権と言うのは守られてはいるんだけどね。……探索者の場合、その仕事からブラックな状況になるのは仕方が無いしな。だって働かないと拠点ごと全滅してしまうから。ただその代わりに、お給金はかなり良いけど。
「その給料も、少し前に漸くと言った感じだけどね」
「通貨の概念すらぶっ壊れていたからなぁ……昔を考えると、本当の意味でブラックな状況だったな」
「今はしっかりとしたリターンがあるからね」
まぁ、崩壊直後から探索者をしていた人達だと、例えリターンが無くても働いちゃうんだけどね。
「そこらへんの認識も微妙に差があったからなんだろうけど……勇者君も訓練者君も、ある意味時代の移り変わりによる被害者なんだよなぁ」
「ま、まぁ、この訓練で皆が簡単に死ぬなんて事は無くなるだろうから……良かった……のかなぁ?」
良かったかどうかなんて全く分からん。なんなら、引退した方が良かったんじゃね? とも思わなくはない。
とは言え、探索者は現状だと不足している状態だからな。これはそっと目を逸らすのが一番良いんじゃないかなぁ。なんて思っている。
「子供達と戯れるイオや双葉でも見て癒されるか……」
「お仕事も同時進行で出来るしね。それが良いよ」
随分と二つの視界を同時に見る事に慣れた気がするなぁ。
片目は風からの映像、片目はリアルの景色。なんというか、普通に考えたら凄く気持ち悪い状況のはずなんだけどね。
この状態で普通に生活が出来るようになったとか、俺も大概だよなぁ。
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本当なら、何気ない二人の会話にする予定だったんですけどねぇ。どうも、何かがソレを阻害してくるようで……お陰で二人の距離が中々縮まらないじゃないか。




