八百六話
「あ! 結弥君、追加オーダーが協会から入ったよ」
「まじか。いったいどんな……って、これある意味予想通りなパターンか」
協会からのオーダーをチェックしてみると、そこには「おもいっきりやっちゃってください」的な事が書かれていた。実際にはもっと丁寧な上で、遠回しな言い方で書かれた命令書みたいなモノなんだけど。
ただなぁ……既に死屍累々と言った感じなんだけども、もっとやってしまえと? それは大丈夫なのだろうか。俺達はカウンセラーが必要じゃね? って協会に要望を出したはずなんだけど。
だと言うのに、協会の答えはさらなる追い打ち。なんとも慈悲が無い判断である。
「だがよ、協会からのオーダーだよなぁ」
「おじさん凄く悪い笑顔をしてるよ?」
「お兄さんと呼べ! っと、二人ともそのオーダーは正規のモノだからな……前に出るんだろう?」
突然俺達の会話に、先ほどイオ達と楽しんでいた探索者の人が参加して来た。どうやら彼にも協会からオーダーが入ったようだ。……と、よく見ると俺達だけでなく周囲の探索者にも同じような連絡が入っているみたいで、何やら嬉々とした表情を見せている人達がちらほら。
「とは言え、一体どうしろって言うんですかね? とりあえず、彼等の休憩時間中にもう一度鬼ごっこでもやります? イオ達の枷を1つ外して」
「まじか! いやぁ、ちょっと物足りなかったんだよなぁ。それに、今度はあいつ等も混ざるんだろう? それだと、今のままなら楽勝過ぎるからな」
「おいおい、アンタは俺達を盾にする気満々だろう……」
「そうよそうよ! 少しは皆の盾になる事ぐらい覚えなさいよー」
「うるせぇ!! 戦場では人の代わりに石や木や壁を使ってるだろうが。言ってしまえばその練習だ!」
ワーワーギャーギャーと言い争いをする探索者達。ただ、使っている言葉や発している声が攻撃的なだけで実に楽しそうな雰囲気。全員が笑顔で罵り合っているんだよなぁ。
さて、こんな状況を訓練者君達はどんな思いで見ているのやら。ちらっとみて言える事は、全くもってその雰囲気はこっちとは正反対と言った感じって事かな。ま、お通夜モードと言う奴だ。
「で、お二人さんも参加するんだろう?」
「オーダーが来ている訳だしなぁ? 今回は勝たせて貰うぜ」
「あー、申し訳ないけど俺は不参加かな。ちょっとした別の仕事があるから魔力消耗が出来ないんだ。だから、参加するのは美咲さんだけ」
「そりゃ残念だ。仕事ならしかたねぇ……っと、そしたら嬢ちゃんお手柔らかにな!」
「あはは……お手柔らかも何も、お互いイオちゃん達から逃げ回るんですからね。敵対も何もないですよ」
「何言ってんだ! 誰が一番最後まで生き残れるかのサバイバルレースだろうが! 負けた奴……いや、捕まった奴は酒をおごるとかどうだ?」
「おぉ! 良いね良いねぇ!!」
いやはや、本当に楽しそうで何より。
そしたら、イオ達に掛けた枷を一つ外すとしようか。とりあえず、後ろ足の足輪を一つ外せばいい感じになるだろうな。あれ一つ付けると結構行動が阻害されるからなぁ……重さで。
あと、双葉の場合はそうだなぁ。
「双葉、両手解禁」
「良いの? 両手使えると手数も倍になるの!」
「もち。次はもっと力を出しても問題ないからな」
「やったの! 全力でタッチして行くの!!」
とりあえずこんな感じだろうか。
まだまだ枷と言うか制限はされているけど、これで先ほどとは全く違った動きになるはず。それこそ、異次元のレベルになるぐらいには。
「これ以上だと、プルの参戦とか、イオの足輪をもう一つ外すとか、双葉の銃解禁があるからなぁ」
「そこまでやる場合は、それこそ相手が兵部さんとか水野さんレベルが相手の時だよ」
「……美咲さんも参戦するからやっても良いんですけどねぇ」
「わ、私だけの為にソレをするのはどうかと思う」
この枷は、一応現状だと二段階ある。
一つ目は何もないフリーの状態で、今やるのが一つ目の枷を付けたバージョン。で、訓練者君達とやってた時のが二段目で一番重い枷が掛かった状態。
一つ枷を増やした程度なら大差ないのでは? と思うかもしれないがそうでもない。何も無しと一段目の時点で、既に火力や速度に倍以上の差があるからな。……まぁ、射撃が有るのと無いのでは全く難易度が違うし。そもそも、追いかける側が一体追加される訳だしな。
「って事で、次の状況は中級から上級が相手の状態だから。まぁ、それなりに楽しめると思う」
「……俺達にとってその上は全く攻略方法が思いつかないけどな」
「以前でも攻略の糸口がつかめなかったのに、そのスライムな子も参加する事になるんでしょう? 最高難易度が本当に最高難易度になってるわよね」
……これ、プルを参加するパターンの場合はもう一段階上にした方が良いだろうか? となると、枷が三段階になっちゃうけど。うん、少し考えるべきかな。
「そしたら、そろそろスタートと言う事で!」
「おっしゃー! こいやぁ!」
「今日こそは逃げ切ってみせる!」
よーいドン! という掛け声とともに、探索者達がバラバラに散らばって行く。……まぁ、中には中央で挑発をしている人も居るのだけど。
俺はそんな彼等の様子を片目でちらちらと確認しながら、もう片方の目では風が送って来る映像をチェック。更に、訓練者君達の様子も気にしておく。……見るモノが多すぎる。
それにしても、本当に動きがガラッと変わったな。イオのスピードが更に上がっていて、これ訓練者君達の目には映っているのかね?
ちらりと彼等の様子を見る。あーうん、数人はついて行っているみたいだけど、何人かは目を回してないか? いや、これはついて行っている様に見える人達も、実際には目には映っているだけって感じか。
こう、体がビクッとなった後、何だか絶望したような表情をしているしな。……これ、状況を自分に置き換えてみてしまったんだろうなぁ。で、全く反応出来ないと理解した。
「それが出来るだけマシではあるんだけどね」
ただその分、彼等は自分達との差を理解してしまう訳で。ドロップアウトしないか本当に心配になって来る。ある意味、何も見えない人達の方が幸せかもしれない。何故なら、その差すら分からないのだから。
うん、やっぱりこれはカウンセラーが必要だよ。とりあえず、大至急カウンセラーの派遣を再度お願いしておこう。
「ミャォォォォン!」
「うぉっとぉ! 猫パンチを受け止め切って見せるぜ!!」
「いやいや、タッチされたらアウトでしょうが……」
「いや違うね! 無防備の場所にタッチされたらアウトだ! 受け止めるって事は、戦いに置き換えたら耐える事が出来たと言う事だからな!!」
なんて勝手なルールを作っているんだ。
とは言え、イオもまた楽しそうに連続で猫パンチを繰り出している。そして、それを必死に回し受けをする探索者。……案外これも良い訓練になっているのだろうか。
「うぉぉぉぉ! 負けん! 負けんぞぉぉぉぉ!!」
「ミャン! ミャン!! ミャミャン♪」
「……隙ありなの」
そんな楽し気な二人に水を差す様に、双葉が探索者の頭に鞭を打った。
時が止まってしまうイオと探索者。二人ともベシーンと言う音を聞いた事で、一体何が!? と言う表情だ。だがしかし、それは長く続かない。
「うぉぉ……頭が、頭がいてぇぇぇ……」
「隙を見せるのが悪いの」
「ミャゥー……」
珍しくイオが双葉に批難の目を浴びせている。
とは言え、こればっかりは双葉が正しいんだよなぁ。戦場では何が起こるか分からない。だからこそ、一つの事に集中し過ぎたあの探索者が悪いと言う事になる。
とは言え、イオも探索者も不完全燃焼だろうなぁ。後で二人には再戦させるとしようか。
「さて、どれだけ違いを理解したかな? 協会のオーダーだと、この後は対人での摸擬戦を魅せろって言われているけど……」
それをやったら、彼等の心は完全に折れてしまうよなぁ。協会は一体何を考えているのやら。
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