八百二話
山を越えた事で新たな問題が出たとはいえひと段落ついた……と言う訳には全体を見たら行かないのはお約束。
と言うのも、三河側に少し余裕が出来たかと思いきや、今度は伊勢より西側に居る坊さん達の方で問題が起きていた。
「えっと、あれだけ仕掛けて来た相手が、今度は救援要請?」
「馬鹿馬鹿しい話だけど、派閥争いをしているみたいなのよね……」
「派閥ですか。それって宗派の違いとか?」
「それもあるみたいね。ただ、同じ宗派でも内部で争っているところも有るみたいよ」
そんな事を語りながら頭を抱えるのは協会の長である品川さん。
俺と美咲さんは、たまたま協会へと顔を出していた時に、これまたたまたま品川さんと目線が合ってしまい捕まったと言う訳なんだけど。
捕まって聞かされているのが、この愚痴と言う訳だ。まぁでも、愚痴りたくなる気持ちも良く分かる。昨日までバカみたいに手を取り合ってゲリラ戦を仕掛けて来ていた相手が、今は内輪もめなどを起こし敵だった俺達に救援を求めて来ているのだから。
「さらに言うとね。全ての陣営からラブコールを受けているのよ。本当、厚顔無恥ってこの事を言うと思うのよね」
そう言った品川さんは「どうせ事が終結したらまた敵対するのでしょう?」と言葉をつづけた。うん、俺もそう思う。
くっ付いては離れてをやるような人たちだ。そんな相手は信用出来るハズが無い。だからそんな相手の救援を飲むはずなど無いのだけど。
「ただ、戦略的には何処かの味方をして制圧しちゃうってのも有りなのよねぇ」
「有りか無しかで言えば、確かに有りでしょうけど……」
ぶっちゃけ、それってその後が大変だよね? 味方をした相手の処理もあるし、そんな事をしたら勿論だけど支配領域が広がる訳で……しかも、伊勢とかの同盟国を挟んで居る訳だから飛び地になってしまうよな。
どう考えても、不必要な場所としか言えない。飛び地とか管理が大変過ぎる。確かにペガサスが居るから空を行く事が出来るので、その分地図は縮まっていると言っても良い。
だけど空には未知のモンスターがまだまだ居るし、研究者の行き来が出来ないから発展させるのも遅れる。……研究者はペガサスに騎乗出来ないからね。
「どう考えても負債の方が大きいと思うんですけど」
「そうよねぇ……車両を使っての行き来が出来ないとやっぱり不味いわよねぇ」
「伊勢とかの開発はどうなるのかな?」
「交流しているとはいえ、現状は別の国みたいなものだからなぁ」
「そうなのよねぇ。私達が好き勝手出来る訳じゃないから、中々話も纏まらないのよ」
美咲さんの質問に、品川さんは頭が痛そうな仕草をしながら答えた。
何せ兵部さんや守口さんへの補給物資は、こちらが進めるぎりぎりの所まで車両で行き、そこからは各部隊の部下が回収しに来ている状況だからだ。現地まで車両で行けたら楽な物をと言う話なんだけど、道が全く整備されていないので仕方がない。
それにもし道を作っても、現状維持できるだけの戦力が無いからな。うん、実は探索者が足りない!! となる理由も、道の維持に警邏部隊が必要だからと言う話もあったりする。ただそれは、現状どうでもいい話だけど。
「と、此処で貴方達に質問。もし行くから西と東どっちが良いかしら?」
「そんな旅行に行くプランを聞く様な言い方をされても……てか、俺達が出撃しても大丈夫なんです?」
「んー、ちょっと不安が残るのは事実だけど、万が一の事が有ってもゲートがあるでしょう? なら問題なんて無いのではないかしら」
「てか、行くのは確定なので?」
「んー……今のところは確定していないわね。ただ、貴方達が選んだ方とは別の場所を少し探索者の層を厚くする必要があるかなーなんて」
にっこりと。それはもう、満面の笑みでそう話をする品川さん。
何この、どちらの死地に探索者を向かわせたい? なんて質問の仕方に聞こえる様な言い方は。いやまぁ、確かに何方も下手をしたら死地であるのは間違いないのだけど。
「んー、それなら東ですかねぇ。そちら側だと下手をしたらワイバーンより強いモンスターが出るかもしれませんし」
「え? そんな報告受けていないのだけど……どういう事?」
あ、そうだった。これはあくまで俺達の予想でしか無い話だった。
とは言え口が滑ってしまったのだから、ある程度の説明は必要だろう。なので、美咲さんと話をした内容を品川さんにも伝えておく。当然「あくまで予想ですが」と付け加えて。
俺達が自分達の考えを品川さんに伝えると、品川さんは何とも言えないといった表情になった。
「確かに予想でしかないわね。えぇ、でも確かに言われてみればと思う所はあるわね」
「ですよねぇ。島とか巣作りには最適でしょうに。どうして其処を外しているのか気になっちゃいまして」
「それで色々と予想をしてみたと言う事ね」
はい、そうです。と美咲さんと一緒になって頷く俺。
「海の事も問題がありますけど、其方は人が海の領域に入らなければいいので。ただ、ワイバーンは海を渡って来ていますから、海のモンスターはワイバーンには手を出さないと言うのは一目瞭然で、であれば島にも行けるハズなんですよね」
「そうよねぇ。どうしてワイバーンは海のモンスターに襲われないのかしらね」
「お仲間なのかな?」
「シーサーペントならありえるのか?」
あぁ、やっぱりこの手の話をしだすと悩みが増えて行く。とは言え、これ以上頭を抱える内容を増やしてもどうしようもない。
「とりあえず、何かが居て眠っている可能性もあると思うので、その迎撃の為にも待機しておく必要があるかと思ってる感じですかね」
「そうね。分かったわ。でしたら、白河君と藤野さんは東側へ出撃予定の待機組で。西側は……適当に人選を選ぶ必要がありそうね。あちらも少し増員が必要でしょうし」
「やっぱり人が要ります?」
「何時戦いの余波が流れて来るかもわからないからね。下手をしたら難民も出て来るでしょうし」
ただの難民なら良いけど、暴動化したり、難民の中にスパイでも紛れ込んでいたら面倒臭い。
その管理の為にも増員が必要だろうと品川さんは語った。なるほど、そう言った戦いもあるのか。
「俺達は基本的には直接戦闘がメインだからなぁ。搦め手とか言っても、それは暗殺だったり奇襲だったり地盤崩しだから全く想像がつかなかったな」
「だよね。でも言われるとなるほどって感じだよね」
「一番怖い敵は隣人の顔をして近寄って来る相手よ? と言うか、アナタ達もそれぐらいは理解していたと思っていたのだけど?」
「あー……俺達は直接戦闘ばっかりでしたからね。戦略と言うよりも戦術よりに脳の思考が行きやすいのかも」
はっ!? 何というか、脳筋寄りに思考回路が改造されている気がする。これは気を付けなくては……その内に「戦術すら知った事か! 直接殴り込んだ方が速い!!」とか言い出す様な真似はしないようにしないと。
ただなぁ。最近は皆の能力アップが著しい為か、割とさっくり問題を解決できるならそうするべきってなりがちな気もするんだよなぁ。
この間の魔法爆弾もある意味そういえるし。普通なら実戦での実験だからと言って、あんな戦場で使うか? って話だよね。まずやるなら、リッチのダンジョンなり、余り誰もいかないダンジョンやフィールドで使用するのがセオリーのハズだ。
「これは、意識改革が必要かも」
「注意するべき点は注意していると私は思うけどね。でも白河君がそう思うなら、少し気にしてみるのも良いと思うわよ?」
とりあえず、全体がそうかどうかは別として、今一度自分達の事を振り返ってみるのも必要か。
脳筋思考になってないよな? まだぎりぎり大丈夫だよな? そう考えながら俺と美咲さんは、ここ最近における自分達の行動について深く顧みる事にしてみた。
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強くなったからこそ、一度立ち止まって振り返る事は必要。
あちらこちらで火の手が上がっている状況ですからね。ですがまだ大きな火事にはなっていない。なので余計に冷静になる必要があるでしょう。




