七百九話
あぁ神様……一体なぜこうなったんだ。
そう膝から落ちたい気分になっているのは、今俺の目の前で土下座をしている男性が居て、そもそもその土下座をする相手は俺では無いからだ。
とは言え、その彼からしてみれば、俺に対しても土下座を行うべきと考えているようで……。
そして、そんな彼が言った言葉がまた、思わず額に手を当て天を仰ぎたくなるような言葉だった。
「い、妹さんと結婚を前提にお付き合いさせてください!!」
なんだろうな……こういった修羅場をワクテカとした気分で望んでいたのは確かだ。確かだが、それはソラと桜井さんの話であって、俺自身の話ではない。それにその事を美咲さんと話していたように、俺には縁の無い話だと思っていたしな。
だというのに、まさか、許可を与える側で参戦するとは……しかも、先ほど言ったように、其れは俺に対してやるモノではなく、俺達の父さんに対してだろう! と言う話。
とは言え、彼がその頭を上げる事は無く……何とも言えない時間が過ぎて行く。
とりあえず、一体どうしてこうなったのだろう? と少し思い返してみる。
………………
…………
……
俺達は〝玉の化身〟の扱いをどうするか悩んだ末、とりあえずまた後から来ると〝化身〟に告げ、一度軽い封印をしてから家へと戻る事にした。
その道中、記録した映像にコメントを付け協会へと転送しておいたので、この後協会からなんらかのアクションが有るだろうと考えていた。
どの道、〝化身〟に関して言えば俺達の手に余る話で、確かに封印やらなにやらを実行するのは俺達だが、方針を決めるのはまた別の話だ。
やはりそう言った事は、責任のある立場の者にやってもらわねばならない。何せ〝化身〟の力が力だからな、下手な手を打てば村に大損害が出てしまう。
「あの神社の神主さんも出張って来るのかな?」
「一応、村長や品川さん達が任命した人みたいだしな。主神とも言える相手の事だから、会議に呼ばれるんじゃないかな」
そんな感じの、のほほんとした空気の中、俺達は家へと帰宅。
しかし、玄関の前まで行くと、其処には俺達を待ち構えていた妹のゆりと見知らぬ青年。
はて? 一体なんぞやろ。そんな事を考えていると、ゆりは真剣な顔をして「兄さん話があるんだけど」などと言うではないか。
おぉ、もしかしてこの状況、そしてこの真剣な表情。これは俺に対して、父さんの説得願いか! などと思っていたのだが……。
………………
…………
……
其処から居間へと移動をし、ソラ達には少し離席して貰った後、俺はゆり達と話し合いを開始したハズなのだが……。うん、どうしてこうなった?
「お、お願いします!」
その言葉を何度も続けながら、頑なにその頭を上げようとしない青年。いやいや、そもそもの話……。
「その前に、自己紹介してもらえないか? いきなりソレを言われてもなぁ」
「あ……」
ものの見事にてんぱっていた青年。
びしっとスーツを着込んで挑んだのは良いのだけど、緊張しすぎてパニックになっていたのだろう。そしてゆりもまた、そんな緊張した彼に引きずられたのか、彼の紹介をしていない事をすっかりと忘れていたようだ。
なんだろうなぁ……個人的にあり得ない状況だと思っていたからか、随分と冷静にと言うか神様視点でこの状況を見ている自分が居る。
その為か、彼に対して順番が間違っているからと激怒するとか落胆するとか、そう言った事すらない。ただただこの状況を眺めているといった気分だ。
「お、俺……いえ、自分は飯塚伊織と言います。今は研究所の義体開発室で義手の製作を手掛けています」
「……へぇ、義手ねぇ」
義手と言うワードに少し感じる事があった。
何故に彼はその分野に? と思ったからだ。義手と言えば、上級ポーションを使う前まで、ゆりがお世話になっていた物だからな。
そうである以上、そんなゆりとお付き合いしているというのであれば、彼はゆりに起きた事を知っているという事ではないだろうか? と思う訳だ。
なのでその旨をはっきりさせるべく、俺は彼に対して少々魔力を籠めたプレッシャーを与えながら話を聞いていく事にした。
すると、少し彼は青ざめながらも、何故彼が義手を作る道を進んだのか、彼の口からはっきりときく事が出来た。
正直、その話を聞いている最中に、思わず握り拳を作った手が震えて仕方なかったがな。
何せ彼は「実はあの学生によるダンジョン内で起きた事件の際、自分もゆりと共にあの場所に居たんです」などと言うではないか。
そりゃ、俺からしてみれば、ゆりが怪我を負った原因の一人な訳だ。そんな相手と何で良い仲になっているんだよ! フザケルナ! と言いたくなるのは当然なんだけども……ゆりが怪我をしたのは、ゆり自身にも問題が有ったため、俺は一旦その握る拳をそっと解いた。
さりげなくその手を掴んでくれた美咲さんの優しさに涙しそうになったが。それは良いとして。
「兄さんあのね……実はあの時、気絶した私を抱えながらダンジョンから脱出してくれたのは彼なの」
「お兄さん、ゆりさんを余り責めないでください! 彼女は逃げ遅れた子を助ける為に割って入って……」
……お互いをかばい合う二人。いや、その内容も今初めて知った衝撃の事実なんだけどさ。
現状なんだか俺が悪役みたいじゃないか。いやうん、さっきまでさ、確かにプレッシャーを与えてたし、途中で怒気が混ざったのも事実だけど、今の話を聞いて何も思わない訳では無いぞ? 寧ろ、彼にはナイス! と言いたい気分なんだが。
でも、最初のプレッシャーがプレッシャーだったのか、二人して少し青い顔をしながら震えつつ、それでも真剣に俺の視線から目をそらさないようにしている。うん、これは実に良い奴なのではないだろうか。
「で、なんで義手作成に?」
「そのですね……あの事件の後なんですけど、俺には兄が居まして、その兄もまた探索者をしてたんです。で、その兄に頼み込んでパーティーに参加させて貰いまして……」
彼がダンジョン探索を続けた理由。その内容は俺と同じで、彼もまたダンジョンへゆりの腕を治す為の望みを掛けたらしい。
「あの時、もう少しだけ早く俺の足が動けば……もう少しだけ早く恐怖から立ち直っていれば……そう考えたら」
彼は後悔の念から再起したというわけか。
別に彼が全て悪い訳でも、その責任を背負う必要も無いのだけど、それでも先へと進む為に彼は動いたのだろう。……正直、トラウマ物の傷を受けただろうに。
その証拠と言う訳ではないが、彼やゆりと共にダンジョンへ潜っていたメンバーは、再びダンジョンへアタックする事が無かったのだと思われる。なんでその予想をしたかだが、それは彼が彼の兄に頼み込んだことから、元パーティーメンバーには、再度ダンジョンへ潜るという話を断られたのだろうと予想できるからだ。
ただ、彼の覚悟はある意味さらなる不幸で困難に見舞われる事となった。
「実は……大崩壊が起きた日、自分は協会に居たんです。そして、自分は兄達と共に……」
あぁ、なるほど。
彼はあのダンジョン前の協会に居たのか。俺達が、戦えない人達を連れて安全な場所まで撤退したあの時に。
「兄も仲間も、そして自分も、あの時はもうダメだって考えていたんです。ですが、それは……」
そう言いながら、飯塚君はちらりと美咲さんの方を見た。
そういう事か……彼は、俺達が行った選択を知っているという事か。
飯塚君の、美咲さんを見る目は、感謝に申し訳なさにと言った念が混ざりに混ざっている。
そのような視線を受け、美咲さんはと言うと……。
「何を考えているのか大体わかるけど、もう私は吹っ切れているからね」
なんて、笑みを見せながら彼の視線に対して返答をした。
実際に吹っ切れているのは間違いない。ある意味その事だけならば、あの糞マッド野郎に感謝しても良いとすら思っている。何せ美咲さんは、あの肉人形との闘いで父と会話する事が出来た訳だからな。
ただ、吹っ切れたとはいえ何も思う事が無い訳ではないだろう。なので、さっき手を握ってくれたお礼と言う訳ではないが、今度は俺が美咲さんの手を握るとしよう。
「えっと、それでですね。自分はその後も色々と探索者として動いていたんですけど……」
何処か彼は寂し気な表情をしながら、「探索者としての才能が無いというか、限界を感じてしまって」と言った。
一体何を見てそう感じたのか、それは彼の口から語られる事は無い。もちろんだけど、俺も無理やり言わせるつもりはない。
ただそれでも、彼は立ち止まれない! と、シェルター暮らしから脱出した後は、壁作りにモンスター狩りにと精を出していたらしい。
「ただ、そんな自分が義手の道を選んだのは……ゆりが義手を使いこなしていたのを見たからなんです」
婆さま特製である、ゆり専用の義手。
それを見た彼は、雷に打たれたような衝撃だったらしい。
「戦いも二流、探索者としては後続も良い処だった自分に出来るのは、こういった物を作る事では? と思ったんです。それに、自分はおあつらえ向きと言う訳では無いですが、指先だけは器用だったので」
自分にも、ゆりの為に出来る事が有ったんだと、その時には感じたらしい。
「……ただ、自分が学んでいる間に、彼女の腕が元通りになるとは思っていませんでしたが」
「あー、それは……」
「いえいえ! 実際、生身なのが一番良いのは間違いないですから! それは良いんです。それに、どうせだから義体の道を究めようとも思いましたし」
道を見つけたというのならそれで良いのだが、彼はそれすらも「俺達のお陰だ」と言いながら、再び土下座を開始した。
「そう云った幾つもの理由で、自分はお二人に頭を下げる理由があるんです!」
もう色々とごちゃまぜになっている気がするが、彼にとっては大切な理由。
いや……そもそも〝ゆりとのお付き合いを認めてもらう〟為に来たんだよな? どうしてこうなったんだ。
俺と美咲さんは頭を下げる彼と、普通に会話をする為に行動するが、それがまた彼の思う処に触れるようで……あたふたとする俺と美咲さんに、ぺこぺことする飯塚君。
そんな俺達を見ていたゆりはと言うと、楽しそうな、それでいてどうしたら良いのかと言った感じの笑みを見せていた。……いや、とりあえず飯塚君を止めてくれよ! と思いはしたが、まぁ、コレもコレで貴重な体験だなと思わなくもない。
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と言う事で! ゆりちゃんのお相手が遂に登場。そして、さりげなくゆりのダンジョン秘話を少しだけ。
ゆりちゃんのお相手、結弥は全く聞かされていなかったんですよね。まぁ、話の内容が内容なので、本人が正面からしっかりと話をしたいという希望があったからなのですが。その割には、てんぱってしまった飯塚君でした。
まぁ……村の英雄的ポジションになっちゃってますからね。結弥も美咲も。そして、彼にとっては、撤退戦時にもお世話になっていますから。そりゃ、彼の頭の中が真っ白になるのも致し方ない。




