五十六話
猫型モンスターが村の飼い猫になって以来、この猫が問題を起こすどころか周囲に良い影響がでている。
戦闘班が村に戻ってきた時に、まるでおかえりと言わんばかりに「ミャン!」と鳴く姿は、癒しだと言いながらこっそりと餌を与える者が居たりする。
気分要素は高いが周囲にモンスターの間引きをしに出かけ、此処ら一帯は自分達の縄張りだといわんばかりに、違うモンスターに威圧を与えているうえに、村に襲撃しに来たモンスター相手にも、まるで自分の家を守るのだと率先して戦闘に参加。
サイズは大きいがただの可愛い猫だ。しかも普通の猫より頭が良いのか、意思疎通が出来ている行動をよくする。
「まぁそれでも猫なのかな? 子供達とボール遊びをしたりしてたよなぁ」
ころころと転がるボールに目が無いのは、正に猫そのものだ。実に可愛いと村では完全にアイドル化している。
名前も何時の間にかに決まっていた。雌猫でイリオモテヤマネコに似ているからと、略してイオと呼ばれている。いったい誰が決めたんだろうか。
「さて、そんなイオが今は俺の後ろを着いて来るんだけど」
「まぁ良いんじゃないかな? 尻尾ふりながら楽しげでかわいいよ」
今回は美咲さんを連れての調査。だったけど、イオまで着いて来ては村の防衛が少し心配だ。何せイオの戦力と縄張り主張をしたからこそ、美咲さんと二人での調査に踏み切った経緯がある。
「ミャンミャン!」
「ほら、イオちゃんも連れて行ってって言ってるよ」
「その場合だと、美咲さんには村に戻って欲しい気もするんだけど」
村の防衛力はイオがいれば、戦闘班が援護して熊を狩れる。美咲さんの場合、弓を使うので前衛が少し心許無い状況になる。一番はイオが戻ってくれる事だが……この楽しげな状況では戻らないだろう。
「熊型のモンスターは昨日だけど、イオちゃんが皆と狩ったから当分は大丈夫じゃないかな」
「まぁ熊は強いけど数が圧倒的に少ないからなぁ……イオも縄張り主張してるし大丈夫なのか?」
「ミャン!」
当然だと言いたそうに鳴いたな。まぁ普段から森に入っては、みんなと一緒に警戒調査してるみたいだし、村周辺に居ないのは確認しているのだろう。
それに、何日も掛けて調査する訳じゃない。あの空気が変わる環境をもう少し詳しく調査してから、本日中に村に戻る。それならば、少しの間は問題ないのだろう。
「はぁ……とりあえず、何かあったら直ぐ帰還という事で。軽く調査してさっさと帰るよ」
「はーい」「ミャー」
空気が変わるポイントまで何事もなく到達。やはりモンスターが出てくることも無く、この空気の中心部に何かが潜んでいるのは間違いないのかもしれない。
「フー……」
そんな中、イオが最大限の警戒をしている。
「イオどうした?」
「ミャ、ミャー!」
少し悲しげな顔をした後、中心部に向かっての警戒を再開するイオ。
そういえば、イオとであった時は森のほうに結構進んだ後だったか。もしかして誘導じゃなくて、イオはこの存在から脱出していた? 何の為に? ……イオもこのモンスターに襲撃されていたのだろうか。
「イオちゃんが此処まで警戒するなんてね。となると、熊型とは段違いの存在なのは間違いないって事だね」
「周囲にモンスターも居ないからな、恐らく逃げたか捕らえられたんだろうな」
さて、いつでも援護してもらえるように美咲さんには範囲外で警戒をしてもらう。今回彼女を連れてきたのはその為だからだ。
問題はイオだな……如何動いてもらうのが良いだろう? 美咲さんのカバーが一番ベストかな。
「よし、イオは美咲さんの側でいつでも動けるようにして、美咲さんは予定通りお願い」
「ニャ!ニャニャニャ!! ミャー……」
「了解だよ」
うん、これは少しイオが不満だけど納得したって所かな。イオにとって其れほどまでに気になる相手ってことか。
とりあえず動かねば何も変わらないので道なりで、彼女達から見えるように足を進める。
空気がどんどん重くなっていくな、思わずポールウェポンを握る手に力が入る。
ある程度進むと、カチカチという音とブブブブブと羽音が聞こえ出した。
あぁこれはヤバイな。音の大きさ的に実に不味い。そう思いながら上空を見上げてみると、二十センチから三十センチぐらいの蜂が居る。
「警戒音かな、この先に巣があるって事になるか」
このサイズの蜂が群れで襲えば、熊とか関係ないのは当然か。さて如何しよう。
そんな考えをしていると、後ろからぐいっと引っ張られる感覚。
「な、イオ? 如何して此処まで来た」
蜂を刺激しないように小さい声でイオに問いかけるも、イオは必死に俺の服を噛んで撤退をしろと服を引っ張っていく。
「解った、解ったから。ゆっくりな、やつを刺激しないようにゆっくり後退だ」
「……ミャ」
武器を構えたまま、蜂とにらめっこをしつつ後ろにゆっくりと下がる。周囲はイオが警戒しているから、俺は蜂の動向から逸らさないようにすれば良い。
どれだけ時間を掛けたか解らないが、なんとかこのテリトリーから出て一息つける。
「ふぅ……あれはヤバイやつだね。昆虫がでかいと言うだけでも脅威だって言うのに」
「……虫だったの?」
「うん、蜂だった。遭遇したのが一匹だったから警戒されただけで済んだけど、群れだったらアウトだね、あれ以上奥へと進んだら間違いなく行方不明リスト行きだよ」
さて、どうやって攻略すべきかな。此処を突破しないとダンジョンはもちろんだけど、他の避難所の状況調査も出来ないぞ。
「ミャー」
「おっとそうだった。イオもありがとうな、お前が居なかったらにらめっこを長い間してたかもな」
もしそうなったら蜂の援軍が来たかもしれないと考えるなら、あの場でのイオの行動は間違いなく救いの手だった。感謝の気持ちを込めて、お肉をあげながらブラッシングをしよう。
「美咲さんの方は何も無かった?」
「うん、こっちは問題無し。ただ私からは蜂が見えなかったのが問題かな? 此処からじゃ援護は厳しいかも」
「たしかに、蜂のサイズが大きいとはいっても、距離があるから的としては小さいか」
といっても、複数の人数でテリトリー内に入ったら刺激しすぎる気もするし、ここら辺は村で相談かな。
「とりあえず村に戻らないと、この後の事は爺様やお姉さんに決めてもらおう」
「そうだね、調査としては達成したんだし!」
「ミャンニャン!」
テリトリー内部じゃなければ逆に安全な道のりを二人と一匹で並んで帰還。
それにしても蜂との遭遇時、イオのあの焦りようは……この子の家族は蜂と争って負けたのだろうか? そして一匹だけ生き残った。そうであれば無理矢理ついて来たのも、きっと俺達がやられない様にだろうか。
何にせよイオから身内認定されているって事かな。とりあえず、村に帰ったら一杯構ってやろう。どうせだ、ゆりやゆいも誘ってフリスピーでも使うか……って、それは犬相手にやるやつだったか。
――ある避難所――
「何時になったら地上へと戻れるのかね」
「現状では無理だと何度言えば理解できるのですか?」
「まったく……君達自衛隊の人間が不甲斐ないのがいけないのだろう? それを棚に上げてもらっては困るよ」
避難所の会議室では、野党の国会議員だった男と自衛隊に所属していた男が話し合いをしている。とはいっても、議員だった男が一方的に罵っているだけだが。
「まったく、何故私がこのような質素な物を食べなければいけないんだ」
「配給は全て同じ物ですから」
「ふん……気が利かんやつだな」
この議員だった男は、文明崩壊前の議会でも常に支離滅裂の事を言っては、場をかき乱すと言う厄介者であり、現状でもまた根拠もなく全員でさっさと地上に出るべきだと声高らかに言っている。
それは他の避難民にも伝染している者が出てきたりと、実に面倒な事になりつつある。
「いい加減にしてもらえませんか? 今は全員が一致団結して生き延びなければいけないのですよ」
「だから地上に出れば良いと行ってるだろう」
繰り返される会話は何の生産性も無く……ただ悪戯に時を潰していく。
やがて男は言いたい事を言って満足したのか、勝手に会議室から出て自室へと戻っていった。
「リーダー……いい加減我慢出来ないのですが」
「あぁ、それは私もだ」
避難所にて指揮を執っているメンバーは苛立ちを隠せずにいる。
「……このままでは他の避難民まで混乱しかねないな」
「とはいえ地上の調査情報からみて、戦闘能力が無い者が外にでるのは危険すぎるかと」
「確かにその通りだ、現状では全滅しか結果は無いだろうな」
シェルターの外はモンスターの楽園だ。人間が住んでいた場所にゴリラサイズの猿型モンスターが、大量に居り縄張りを主張している。
「奴等は頭が良いからな……弱い者が居る所を狙ってくるだろう」
「たしかに、支援する部隊ばかりを狙ってきてましたからね」
支援する部隊でも元は自衛官か警察官だ。彼等であれば戦闘力はあるので如何にかできるが、一般人だった人では無理がある。
「だがこれ以上騒がれても問題だな……残念だが」
「そうですね」
次の日、議員が単独で外に出たとシェルター内で説明があった。そして彼等から、シェルターから出るのは自由だが再び戻るのは無理だ。と避難民に宣言した。
当然批判されたが、彼等は自分達が守るのはシェルター内において、協力や協調をする者に対してだけだと宣言すると、一斉にその口を閉ざした。
その後はほんの数人のみ外に出たものが居たようだが……彼等の足跡は其処で途絶えている。
そしてシェルター内部では、モンスターの対策や一般人の協力の話が一気に進むようになったようだ。
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