十七話
データがまとまったので、協会に提出しに学校帰りに向かう途中に、今日の学校での出来事を思い出す。
しかし、クラスでは美咲さんが何を言ったのか解らないけど、質問攻めに来る奴等は居なくなった……男子の刺々しい視線は消えてないが。鬱陶しい事この上ないが、視線だけなので無いものと扱って平和と思い込むことにした。
しかし女子は何でチラチラと此方を見ながら、彼女と話しているのですかねぇ……美咲さんも美咲さんでなんでニコニコしてるのやら。うん、実害がある訳じゃない……平和だ平和!
うん、なんだか精神的に疲労が激しいな、今から提出しに行く訳だし……ココアでも飲んで落ち着こう。コンビニパックの三百円のやつだ。紙パック五百ミリリットルも昔に比べたら三倍か。
幾分か回復した頃に協会にたどり着き、「たのもー!」という感じで扉を開けて入っていくと、お姉さんが待ってましたと言わんばかりの目で此方をみている。
「来たわね! まとまってるのよね? 早速談話室に向かうわよ!」
「落ち着いてください、まとめてはいますから」
はっと気がつき少し恥ずかしかったのか、小さく「コホンッ」と咳を態とらしくした後に、何事も無いように行動をしだすお姉さん……そんなに情報を待っていたのだろうか?
「…………」
「ちょっと、何で何も言わないのよ?」
「……何か言っても?」
「……うん、ごめんなさい。とりあえず談話室に行きましょうか」
まぁ、この件はスルーしておこう、でないと……何か変なものを呼び起こしそうだ。
その様な考えをしている中、談話室への扉が開く。中に入ると先客が居た。髪を確りとセットし眼鏡を掛けた男で、スーツ姿が様になっている如何にも文官係のエリートといった感じ。
「ほぅ、君がダンジョンのマッピング等、データを提出してくれている白河君かね?」
「はいそうなりますかね。失礼ですが貴方は?」
「おっと、失礼した。私は此処の協会支部で長をしている、兵部 長治だ。君には之までの感謝と、今後は良き関係が結べる事を願っている」
「支部長、そろそろよろしいですか? 支部長も長時間此処に居られる訳でもないですし」
「おっと、そうだね品川君。時間も押している事だし始めようか」
挨拶を終え資料を提出する……五層については面倒だったなぁまとめるの。
「ふむ……四層については問題なさそうだな」
「そうですね、一層から三層までのデータと大差がありませんね」
「はい、其処は三層までに確りとダンジョンに慣れていれば、問題がない内容かと思います」
四層は彼等が思った通りで、階段を一段ずつ上がる程度の難易度上昇しかない。
「しかし……五層のは……」
「これ、本当ですか? 四層まで壁も無く進んでこれは……犠牲者が大量に出る可能性がありますよね?」
「データ通りです。一つ付け加えるなら、ソロでのデータですのでパーティーだと、どうなるか解りません」
「その意見が出る根拠は……あぁ試練と言う事か」
「そうですね、五層が試練と言うなら力量を試す為に、人数で難易度が変わるかもしれないかと」
「……そうなると少し面倒だな。品川君、協会の方で優秀な人間を集めて、検証させるように出来るかい?」
「それは構いませんが……協会主導で宜しいので?」
「構わんよ寧ろ事が事だ、他に何処が主導でやってくれると言うのかい? 上は情報を落さないだろうしね」
やれやれと言った感じで兵部支部長が上に対する愚痴を言いながらも、検証班を送る事を決めたようだ。ここら辺は協会が動く事だから、僕は次の会話を振られるまで静かにしておく。
「さて……長距離の一本道で敵の出現サイクルが短くなる……か。頭が痛くなる問題だな」
「そうですね。僕でも思いついたのが、一本道ですので、複数のパーティーが入った時の優先権や戦闘中の待機でしょうか? 後はトンネルストレスに弱い、気が短すぎるといった人は色々危険かと」
「はぁ……その通りだな。ただ五層の為だけに毎日協会員を派遣する訳にも行かないしな」
「白河君が二度と五層は行きたくないって言ってた理由が解った気がするわ。支部長、後ここ何ですけど長時間潜る事になりそうですし、休息やトイレなどが問題になるかと……特に女性がいるパーティーは」
「あぁ……そういった問題もあるか。五層に行く時は余り物を飲み食いした後には行かない事、オムツ着用をする様にと協会で掲示するしかないだろうな」
「そちらも準備するようにしておきます」
オムツか……この年でオムツとか恥ずかしい! 何て言ってられないよな。良かった! ソロでしかも他のパーティーが居なくて!
「そして階層ボス……人の言葉を理解して話すモンスターだと」
「はい、会話を試みた結果。五層までがチュートリアルで、五層は最終試練と言う事だと」
「それでは何か? 我々はチュートリアルで大量に犠牲を出してしまったと?」
「……はい」
「何ということだ! 六層以降は更に厳しいという事になるんだろう!?」
あぁ……あの事件の事を考えてるんだろうな、握り拳から血が出てるよ。まぁ解らなくも無い、僕もゆりがあんな事になってるから……。
「支部長落ち着いてください、先ずは手を……血が出てますよ」
「あ、あぁ済まないね。……ふぅ、落ち着いたよ品川君」
「はい、とりあえず手当てしながら会話を進めましょう」
「そうしようか……さて、六層は見たのかい? もしかして少し攻略を進めたりは?」
「入り口からだけは、敵とは遭遇する事無くそのまま帰ってきて以来ダンジョンに潜ってませんから」
「そうか……ちなみに入り口から見たときの印象は?」
「ただ只管に広い草原でした」
「草原か……今まで出てきたモンスターが狼系と考えると、実に厳しいフィールドになりそうだな」
「はい、集団での狩りには適してますからね」
まぁ、五層を経験してもあのフィールドで戦えるかと聞かれたら厳しいだろうな、動物系の狩りを映したドキュメンタリーを見たことが有れば判る話だが、あの集団での高速移動による狩りはえげつない。やられる側になると思ったら……ッと言うことだ。
「まぁ、話を振っておいて何だが今は六層は置いておこう。五層のボスとの戦いだが、素手だったと」
「はい、これもソロだからかも知れませんが、五層だからかもと言うのもあり実際には解りません。試練のモンスター……ボスウルフをコボルトにした感じでしたが、彼は基本武器を持って戦うタイプかと。会話の中にそのような事を示唆するものがありました」
「これも検証対象か……試練の合否は、コボルトとの戦闘内容に依ると」
「はい、自分の時はかすり傷を負わせた結果、合格になった感じでしたね」
「ふむ……しかし五層については、完璧なデータが取れないという事になりそうだな。其れこそ何百何千とサンプルデータを、別のパーティーや編成を変えてやらない限りは」
「はい……ですので、五層のデータについては申し訳ありませんが不完全になるかと」
「構わんよ、情報がゼロと一じゃ意味合いが全く変わってくる。それにこのデータは一どころか、十ある内の六や七といった物になると私は踏んでいる」
「そういって頂けると、まとめた甲斐があった気がします」
しかし五層について今後大変だろうな。本来ならダンジョンの入り口みたいに、五層入って直ぐにゲートを作って進む人を精査したいだろうな。まぁ今後の五層については協会が後は考える事であって、僕は二度と行かないだろうな! って一度行く可能性あったか……三人組の監修があったな。
「ふぅ……兎に角今回はこの辺かな? 品川君は何かあるかい?」
「私の方も特には、気がついたとき要相談でいいですか?」
「そうだね。うん今は貰ったデータを元に支部会議を開くとしよう。そういう訳で白河君、君には又何かあった時に質問するだろう、其の時はよろしく頼むよ」
「はい、自分に話せる事があれば。こちらも何か気がついた時は協会へ相談します」
「できれば……次は六層のデータの時にしたいものだね。何かあると言う事は問題が有ったと言う事だろうから」
談話室での話を終え外に出る。あーもう良い時間になってるな、この時間からダンジョンに潜るのは無しだな。適当に甘味を買って帰るか……明日はダンジョン潜っておかないと、戦闘の勘が失われないようにしないと監修なんてやったらいけないからね。
――白河父の思い――
ゆりが大怪我をしたと聞いたとき、私は何でこんな事に! と言う思いと、やっぱりそうなったか……と言う二つの思いが駆け巡った。
そして少し前……いや今でも、もう少し私が妻と対等に会話が出来ていればこんな事には為らなかったのではないか? と思ってしまう。入り婿と言う立場が如何しても、妻に否を唱える事を躊躇させていたと言うのは言い訳だろうが、家庭内を丸く治める為にと思いそうして来た。其れが間違いだったのでは? と言うのは、今更言っても仕方のない事なのだが。
「ゆりは今日もがんばってるな」
「はい、ゆりちゃん少し無理してる気もするんですけど……」
「思う所があるのだろうな……今は見守って何か有る前にフォローしよう」
「はい」
妻が随分と落ち着いているようだ。と言うよりも昔に比べて随分としおらしくなっている。彼女も色々と思う事があったのだろう。
この事については、結弥に感謝せねばならないだろうな。あの子のお陰で私と妻は確りと会話をする時間が取れた。今までの事、ゆりの怪我の事、結弥とゆいの事、これからの事、ゆりが退院してくるまで毎日のように話し合いが出来た。
きっと、結弥とゆいが居たら出来なかっただろう。其れほどまでに色々な言葉を、荒々しかったり泣き叫んだりと、子供には聞かせれないレベルでだ。
結弥は言わずもがな、ゆいも天然に見えてあれで頭の回転は早い娘だ。親の贔屓目だと言われるかも知れないが……それでも私はそう思っている。事実、ゆいも結弥に言われ何かを察したかのように彼に付いて行った。
「結弥とゆいは今頃どうしてるかな?」
「くすっ、あなた……其れ今日ゆりちゃんも言ってたんですよ?」
「ゆりがか。そうだな、思う事は同じと言う事だな」
「そうですね。私も最近はそればっかりです」
「そのゆりは今日はもう寝てるのか?」
「はい、利き腕じゃない手での訓練で随分と疲れたようで」
「そうか、会話をしたかったが仕方ないな。また明日にでもしよう」
時間は結弥が用意してくれたんだ。好意に甘える形にはなるが今は三人四脚でがんばろう、生きているから出来るんだ、私はまだ恵まれている。
「それにしても、あなたも随分と変わりましたね?」
「ん? そうか? 私が変わったのであれば、其れは良い方に進んでいると良いのだが」
「はい、なんだか付き合いだした頃を思い出します」
「ふむ、若々しくなったと言う事かな?」
「ふふっ、そうですね」
これをいい機会になんて言葉がある。私は其れを使わないし使いたくも無い。起きた事は災厄で最悪だ。だから言うなら、この最悪を踏み台に。それを胸に明日もがんばっていこう、家族で会話も一杯しよう。
それにしても、結弥はゆりにお見舞い品を良く届けていたそうだが……今も何かと送ってくる。一体何処から資金調達を? 物価が之ほどまでに上がったんだ、購入するのも大変だろう。いや……まぁ解ってはいるんだ、恐らくダンジョンに潜っているのだろう。其れは恐らくゆりの為に上級ポーションを狙っているのだろうと。
本来なら潜らないで欲しい、でも頑張って欲しいと言う思いもある。はぁどうしたものか……まぁ、義父さんが許可を出しているのであれば、きっと大丈夫だと思いたい。私には其れを止める資格は無いから。はぁ……頭痛がするな。
「それにしても、色々な店や会社が閉鎖していくな」
「そうですね、先日は先のコンビニが閉まってましたよ、あなたの会社は大丈夫?」
「今の所は……な。まぁ少し考えなければならないな」
「何をお考えで?」
「そうだな……たとえば義父さんの所を頼るとか?」
「お父さんをですか? 農業でもするんですか?」
「皆でやるなら其れも悪くないかと思ってな、まぁ例え話だ」
このまま世の中がこの方向で進むのなら……その選択も現実的になる可能性があるだろう。其の時に義父さんには何を言われるだろうか? 怒られるだろうな……そのお叱りは真摯に受け止めなければ為らないだろう。
「きっと怒られますね」
「そうだな、其の時は二人そろって謝り倒そう」
「はい。でも大丈夫ですよ? 二人でなら」
「子供達も居るしな」
随分と関係は良好になったんだ……きっと問題なんて全て乗り越えてみせる。




