十五話
トンネルを抜けて試練に打ち勝ったら草原でした。どうも僕です。うん、誰に何を言ってるだろ? 予想外の光景に思考がぶっ飛んでたよ。
しかし、ダンジョン内に太陽はある、遠くに川も見えるな。そして一面の草だけど背丈はそんなに無いようだ。足首ぐらいまでだろうか? ブーツ必須のマップだなこれは。足元からの蟲や毒をもつ植物から守らねば。
他に必要そうなのと言えば……双眼鏡? 方位磁石は効くのかな? モンスターを見ておきたいけど……姿形が無いな。ちょっと投石してみるか。
「えっと、石は後ろの階段がある大岩を削るか……」
コンコンと大岩を金槌で叩く。うん、この大岩も削れて石を採取できるけど、大岩自体は修復されて行ってるな。石材採掘にダンジョンは便利なんじゃなかろうか?
回収した手頃の石を、方角が九時・十時半・十二時・一時半・三時の順番で投擲! 身体能力が上がっていて、射程が四百メートル程……うんスリングの名手が飛ばした距離とほぼ同じ。ダンジョンアタックでの身体能力向上すげぇ! しかし飛んでいった方向からモンスターの気配がする事が無い……ある程度進まないとやっぱ駄目って事かな?
「さて、モンスターを確認したい気はするが、疲労度的にも……帰ろう。予定は変えないほうが良いしね」
と言う事でターンをして階段を上っていく。しかし此の脱出階段は不思議と長く感じないな。
「おや? 無事だったか。君がダンジョンに入ってからこれ程長い時間戻ってこなかったのは初めてじゃないかな?」
「あー……もう四時半ですしね、九時ぐらいから潜ってたから、七時間半程経ってるかな」
「良く其処まで潜れたね」
「まぁ、後戻りが出来なかったのと、細かく休憩入れてましたから」
「そうか、まぁ何はともあれ無事でよかったよ」
「いえいえ、気にかけて頂いてありがとうございます」
うん、お兄さんはやっぱり潜ってる人全員を見てるんだな。足を向けて寝れないね。さてはて次は買取だ。
「おねーさん戦利品持ってきましたよー!」
「お帰りなさい、今日はどれだけ持ってきたの?」
「はい! ごろごろーっとな!」
自分で研究する分は避けてたっぷりの魔石を提出する。Dウルフ百二個、Pウルフ六十六個、ボスウルフ三十二個の合計二百個丁度を提出。良くバックパックに入ったもんだ。収納量可笑しくないか?
「えっと……何ですか此の数」
「五層の成果? すごく大変でしたよ。まぁ情報は後日にと言う事で」
「はぁ……何というかもう驚かないようにしても、驚かされてる気がします」
「ワザトジャナイデスヨ?」
「解ってますよ。しかしこの量の魔石を取れるようになると……相場がまた下がりそうですね?」
「あー……ウン。五層ニ通エバソウカモシレナイデスネ」
「何で片言になってるんですかねぇ」
「まぁ、纏めたらデータ渡しますけど、五層は個人的に通いたくないです」
「……そうなんですか? これだけ稼げるなら良い狩場だと思うんですけど」
「そこは情報を待てってやつです」
「解りましたっと、査定終わりましたよ。本日もお疲れ様でした」
魔石の値段は変動が少し前まで激しかったが、随分と落ち着いてきたようだ。Dウルフは一個百二十円、Pウルフが一個百六十円、ボスウルフは一個六千円。どうやら主戦場が三層や四層になった事。ボスツアーをする人が居ると言う事で、ボスウルフの魔石は値段が一気に暴落したようだ。
「まぁそれでも買い取り金額が二十一万を超えてるんだよね。これは五層が主戦場になったら更にボスウルフの魔石、値段落ちそうだな」
そう思うと五層で少し稼いでおきたい気もする。五層なら一エンカウントに一匹ボスウルフは必ず居るから。それでも、あの精神的に来る構造は行く気を削るんだよなぁ。
色々な物の物価が上がってきている。二十一万と言う大金を手に入れた気もするが、実はダンジョン発生前から見ると、十万から十五万ぐらいの価値にしかならない。
驚くほど上がってる物や逆に余り上がってない物と様々なんだけど、自販機などは上がりまくった例。一番少ない上昇も百円ショップで今や百五十円ショップだ。いわば全ての物の最低物価上昇が五割って事になる。
まぁ、それでも一日に約二十一万稼いだんだから、お土産ぐらい買っても良いはずだ!
という訳で今日のお土産は久々の番号アイス屋。うん高い! バラエティパック六個入りのレギュラー、前買ったときは二千円台だったのに今四千円台だよ! まぁ爺様と僕とゆいで一人二個だから丁度良いんだけど。そういう訳で購入!
そうそう、世の中にはハイパーインフレだ! なんて騒いでる人が居るみたいだけど。物価上昇は仕方ない話だと思うよ? 爺様曰く、輸入品が無くなって、ダンジョンが封鎖されて、今迄国がストックしていた物を放出して来たけど、底が見え出したから物価が上がって当然だろう? って。需要に対して供給が追いついてないんだって。だからダンジョンの再解放が早かったのかな? まぁ一気に上がったように見えるけど、命に必要な物は凄くゆっくり上げてるみたい。ジュースやら甘味は贅沢品だからね……倍以上にもなるか。
帰宅途中に例の三人組に会う。どうやらダンジョンから出た時間が被ったようだ。
「あれ? 結弥くん今帰り? 良く会うね!」
「うん、丁度ダンジョンから戻ってきた所だよ」
そんな会話をって、藤野のお父さん? なして睨んでらっしゃる?
「おい、出待ちしてたんじゃないだろうな?」
「いやいや! そんな事はしてないですよ! 偶然です偶然!」
「そんな力いっぱいに否定するとか……怪しいな?」
娘の事となると、凄くめんどくさい事になるな! 桜井さんは毎度の事ながらにやにやしてるし!
「そ、そんな事よりも、ダンジョンには慣れましたか?」
「そんな事だと!」
「まぁまぁ義兄さん。出待ちなんて出来るわけが無いんだから、入った時に会ってないんだよ? 白河君は私達がダンジョンに入ったなんて知らないでしょ? 少し落ち着こう」
「……んむ、そうだな少し先走ったようだ、すまん」
「っと、ダンジョンに関してはだいぶ慣れたよ! 結弥君ありがとうね! 攻略法は随分と役に立ってるよ!」
藤野さんの切れっぷりを桜井さんが落ち着かせて、美咲さんが話題を上手く変えてくれた。ふぅ、理不尽は辛いよ? 特にダンジョンで疲労しすぎてるから尚更。まぁ此処は美咲さんに乗っておこう。
「役に立ってるのなら良かった。清書した甲斐があったよ」
「それでね? 来週辺りにボスに挑戦しようと思ってるんだけど」
「あー……具体的な日時は決まってない感じ?」
「うん、これから三人で会議だよ!」
「そっか、解った時間は空けておくよ」
「ありがとう! 日時が決まったら直に言うね」
まぁこの三人での戦闘なら大丈夫だろう。あの日に初ダンジョンだった学生ですら、一層のボスは当日に突破したパーティーも在ったぐらいだ。まぁ二層で要救助対象になってたけど。
確りと、連携やモンスターとの戦闘訓練をしたのなら問題は無いだろうな。僕の役目は保険といった所だ。
「そういう事で、白河君、来週は宜しくな。」
「はい、桜井さんも準備は完璧にしてきてくださいね」
「おぅ、任せておけ」
歯をキラリと見せながらサムズアップをする桜井さん。ムカつくほどに様になっている。モゲロって言いたくなるとはこの事か!
「白河君……君のダンジョンへの知識は認めるが、娘との関係は認める心算は無いからな!」
「何でそうなるんですか! 前半だけにしてください!」
「なんだと? 後半を言うなと言う事は、関係を認めろと言っているのか!」
「いやいや、そもそもそういう関係ですらありませんから!」
「お父さんいい加減にして! 他の人より少し仲が良いクラスメイトなだけだから!」
「しかしだなぁ……」
ちょっと待て? 何時の間に親しい仲になった? 僕はダンジョンのアドバイザー的な存在じゃなかったか? 学校でも会話らしい会話をしてないぞ? あるのは偶に視線が交わる程度でしょ? 一体どうしてこうなった。
「と、とりあえず皆さんもダンジョンに潜ってお疲れでしょうし、会議もあるみたいですから帰りませんか?」
「そうだね、君の言うとおりだ。義兄さん、噛み付くのはまた今度にして今日は帰ろう」
「ふん……そうだな」
僕はまた今度の時に噛みつかれるらしい。スルースキルのドロップをください! 切実に!
「それじゃ、結弥君またね! おやすみなさい!」
「また学校で、おやすみなさい」
うん、賑やかな三人だな。藤野さんと桜井さんって、あれは態とやってるのかなぁ? ネタフリだと良いなぁ……さて、僕も帰ろう。
玄関の扉をバーンと開けて大きく挨拶!
「ただいま!」
帰宅して、冷凍庫にアイスを仕舞う。ゆいが嗅ぎつけたのか、「あいすさんだー」と目を輝かせてる。夕飯後にねって言うと、少しがっかりした雰囲気になったけど、すぐさま「今すぐにご飯をたべるんだー!」と謎のテンションアップ。どうでも良いけど、何で爺様は音も無く背後に忍び寄って微笑ましいなぁって顔してるの?
まずは皆で夕飯の準備をするよ。物価の上昇と食料品の供給量の低下で、都会に住んでる人達は特に食卓が寂しくなったとネットで見た。家はどうだろうか? 住んでる場所にはチート村人集団。田畑が沢山あって、鶏や豚やら牛も居る……月に何度かは狩りに行く人が居て、猪や熊や鹿等を狩ってくる。あれ? 都会住みより贅沢じゃね? そんな訳で今日は秋野菜で天ぷら。なす・レンコン・かぼちゃ・きのこ類……あぁサツマイモも入れよう。そういえば冷蔵庫にアケビがあったな……爺様これを天ぷらにしたの好きなんだよなぁ。アケビもやっちゃえ!
まぁ軽くメシテロをした所で、美味しく頂く。家の食卓は基本問題が無いよって事だね。半分以上が自給自足だし。あぁ、アケビの天ぷらを食べる爺様がすごく幸せそう、釣られてゆいもにこにこだ。まぁ食事は皆で楽しくだね。
食後はアイス片手にゆいの宿題を見ながら、ダンジョンメモを清書していく。
四層については三層までと同じで特に問題がない。マッピングを間違えないように描いていく程度。
問題は五層だ……さてどう書いた物か。五層について楽なのはマッピングの事だけだな。まぁ其れが違う問題引き起こしてるんだけど。このマップはSAN値チェックに失敗したら発狂します、賽の女神に祈ってくださいっと……何を書いてるんだ僕は。清書してたら精神的疲労を思い出して、SAN値チェックに失敗して微妙な発狂をしたらしい? うん何がなんだか解らないな。今日はもう休もう。
うん布団に入ったけど、窓が気になる。きっとさっき馬鹿な事を考えた所為だな。窓に! 窓に! 何て言わないよ、おやすみなさい!
深夜にガサゴソと音がする……あれ? 夢なのか? それにしてはリアルだな。
カチャ……パタン。
あれ? ドアが空いて閉まった? ちょっとまて? 何か入ってきてる? 薄目で開けて周囲を見る……何も居ない? あれ? 寝る前に馬鹿な思考したから、其れを引きずってるのかな? うん、窓の外にはなにも居ないしな! よし寝よう。念仏唱えながらっと……其れとも祝詞? 払いたまえ清めたまへー……ぐぅ。
……おはようございます、朝です……なんでゆいが僕の部屋の床で寝てるのさ! 深夜のアレはお前だったかあああああああああ! 驚いたんだぞ! まったく……風邪引いたら如何するんだ。
ゆいを抱えて、部屋を移動するか。とりあえずゆいのお布団に入れてこよう。まったく心臓に悪いよ。ホラーかと思ったよ! ダンジョンなんて出来たしアンデットも居そうだしね。
――とある霊園にて――
「何時の間にこんな所にダンジョンが出来たんだ?」
「まさか新しいダンジョンが生まれるとは思いもしませんでしたね」
「救いは墓石を一つも壊してないって事か」
結弥が偽ホラー展開な出来事にあってる中、此処では本物のホラー展開な状況になっていた。それも新しいダンジョンの発見という形で。
「全く、予想外にも程があるぞ。新しく出来るとか、全国を調べ直しをしないと」
迷彩服に身を包んだ男が溜息交じりにそんな愚痴を吐く。
「少し中を調べたそうですが……予想通りゾンビ系だそうですよ?」
「頭が痛いな……とりあえず噛まれないようにするのと……全隊員に防臭マスクの配備を」
「既に手配済みです!」
「よろしい。では防臭マスクが届き次第、ダンジョン内部を調べる事とする」
「出動準備に取り掛かります!」
「……はぁ、民間じゃこの手のダンジョンには入らないだろうからな。全く自衛隊がババを引くしかないよな」
「警察もこの手には手出さないみたいですしね」
「あっちは基本、住んでる人間が多い所を担当してるからな、人里から少し離れた所は大体自衛隊の管轄だ」
かくして、この日以降日本各地で新しいダンジョンの発見の報告が相次ぐ。この現象が国内に、そして結弥達にどのような変化をもたらすかは未だ誰にも解らない。
一つ言える事が有るとすれば、自衛隊の仕事は格段に増えたようだ。




