百四十六話
盾の試作品が完成したら呼ばれて中級魔法を撃ち込む。そんな日々を過ごしていたけれど、流石は婆様達と言った所だろうか、盾の試作品に合格ラインを超えた物が出来た。
「……時間が掛かったのう」
「いやいや、十分速いでしょ? 二日に一回のレベルで魔法撃ち込む作業してたし」
「まぁのう……それぐらい出来ねば、この研究所に居る資格など無いわい」
化物集団の集まりだなぁ……幾ら素材やらパーツを用意してるからと言って、そうぽんぽんと試作品を出せるはずが無いんだけどな。
とは言え、試作品のテストに付きっ切りと言うのもな……できれば速めにダンジョンへと戻りたいと言うのもあったから、速ければ速いだけありがたい。
「物理耐性も問題無さそうだよね……婆様、どうやって両立したの?」
「なぁに……ちょっとだけ、あの黒い鉄を利用したんじゃよ」
あー……あれか。ただ、あの黒い鉄を利用するとなると、素材が足らないんじゃないだろうか?
「まだ、この鉱石の正式名所はきまってないんじゃがな。便宜上〝黒い鉄〟と言ってはおる。その、黒い鉄ならば、上位オーク以上の素材を集めるより楽じゃろう?」
「まぁ、ダンジョンで採掘するだけだからね、それでも現状だと足らないんじゃないの?」
「そこは、従来の鉱石と合金にしておる。今の所問題が無い……が、その内じゃが、従来の金属も足らなくなるからのう……なるべく早く、安定した採掘を出来るようにして欲しい所じゃな」
「たしか……街側の探索者達がそろそろ十五層あたりクリアするはずだから、安定とはいかなくても結構な量は取れるようになるかもね」
「だと良いのう」
村側の探索者だと今しばらく掛かるとは思う。まぁ、それは下地が違いすぎるから仕方ないとして、街側の人達もサイクルで潜らなきゃ、俺なんて追い抜かれてるはずなんだよな。
まぁ、交互にレベル上げをしている。そんな感じだから仕方ないんだろうけど、それにしても彼等の攻略速度は目を見張る物がある。
「まぁ、結構な量の黒い鉄が送られるようにはなると思うし、今ある分は全部盾にしてもいいと思うよ」
「ふむ、本来であればお主の武器も強化しておきたかったんじゃがな」
「キングの素材で作られてる武器があるから問題ないでしょ? 今は個人より集団の装備を揃えるほうが良いよ」
「そう言うと思って、既に指示をだしておるわい」
全員とは言わないけど、村側のメンバーも黒い鉄を採掘できるようするべきだからな。その為には、皆の装備の充実が必要だ。
それに、奥に潜れば地上にいたオーク達ほどではないけど、質の良い魔石も入手しやすい。俺が潜ってるところなんて、属性魔石だしな。
なので、俺が今潜ってる階層まで皆が来れるようになれば……実に素晴しいまでの環境の整備が可能になる訳だ。
「おお、そうじゃそうじゃ! ほれ、このリングの解析はすんだぞい」
「流石仕事が速い。で、どんなリングだったの?」
「うむ。素材は黒い鉄のようじゃな。魔法を使う時に多少威力を上げるような性能だと思われるのじゃ」
なるほど、魔石ほどじゃないが魔法の威力を多少ブーストするリングか。
そうなるとだ、装備によって身体能力や魔法の威力などを上げる装備が、今後入手できると言う事だろう。もしくは……その装備すら開発する事が出来るかもしれない。なにせ……このリングの素材は黒い鉄だった訳だから。
そして、この予測は恐らく正しいだろうな。なにせ、婆様の顔を見ると凄く楽しそうにしているのが解る。
「クックック。結弥も気がついたようじゃな。そうじゃよ、その手の装備を作れる可能性があるというのが、そのリングで証明されたような物じゃからな! とは言え、黒い鉄は盾に回してしまうからのう……その研究は当分先という事になるの」
「……どうせ、その可能性を発見したから、盾の試作を作る時に黒い鉄を使ったんでしょう?」
「ま、そうとも言うがの。それに、黒い鉄は魔力の伝導率が実に良いからの。何らかの可能性も考慮はしたのじゃが、それ以上に魔力による盾の強化を考えたわい」
なるほど、黒い鉄の性能と可能性を考えて、一つで二つ美味しい状況を考えた訳ね。ただ、メインは魔力伝導率による強化って事なんだろうけど。
魔力の流れを良くすれば、その分モンスターの素材や魔石と装備に送る魔力の反応が強化され、その結果装備の強化に繋がるからな。
其処に、このリングのような何か効果でも現れれば……まぁ、盾にはその効果が現れる事は無かったみたいだけど。
「ま、効果の付与についてはおいおいと言った所じゃろ。さてさて、盾の量産に励むとするかのう」
「婆様ありがとう、よろしくお願いね」
これで、盾の目途は立った。恐らく協会にもその伝令が直ぐに行くだろうな。
それじゃ、俺は一度家に戻ってから、ダンジョンへと向かう準備でもしますか。
準備をする為に家に戻ると、今日は爺様が残っていたのか居間でお茶を啜っている所に遭遇。丁度良いので話をして行く事にした。
「お? 結弥、婆さんの用事はすんだのかの?」
「うん。今日で終りかな。頼まれてた物が完成したからね」
「それは良かったのう。と言う事は、そろそろダンジョンへと向かうのじゃな?」
「そうだね。上級ポーションかその材料を手に入れたいし」
「ふむ……となると、二人が騒がしくなりそうじゃのう。ここ数日は結弥と過して楽しそうにしてたからの」
「まぁ、其処どうしようもないかな。せめてゆりの上級ポーションは他人には頼りたくないし」
「ワシが潜れれば良いのじゃがの……村を空ける事が出来ぬからのう」
まぁ、爺様が村を出れないのは仕方ないだろう。村での会議に参加したり、後任の育成やら、防衛の為にあちらこちらと、村の中を忙しく走り回ってるのだから。
今でこそ、爺様より俺の方が強くなったけど、元々ダンジョンに潜り出した頃だと一切、爺様や隣の黒木さんに勝つ事が出来なかった。
身体能力強化と回復魔法を覚えた頃に、なんとか均衡まで持っていけるようになった事を考えると、その異常さが良くわかる。
地力チートに知識チートがワラワラと居る村……あきらかに異常な場所なんだけど、何故かスルーされてたんだよな。
そんな人達が、現状でもダンジョンに潜る事をしない。ダンジョンが出来た当初ならわかるが、今は状況が変わっているのに、何で潜らないんだ? と疑問に思う人も多々居るのだが……理由は単純で、土地を離れたくないと言う人が多い訳だ。
「時代錯誤と言われるかもしれんがのう……皆この場所と住む人を守りたいのじゃよ。ダンジョンに潜ってる間に何かあったら……と思うと、離れれない人が多いって事じゃな」
「爺様や黒木さんはそんな人達を纏めてるんだよね」
「村長と一緒にじゃがな。目を離した隙に失うのは怖いものじゃて」
ゆりが大怪我をした時も、冷静ではあったけど心底激怒してたのは爺様だからな。
恐らく、この村の人達は目を離した時に何かあったと言うのを、聞かされて来たのか、実際にそういう状態を見た事があるんだろう
その結果が、身体能力と知識のチート化と言う事なんだろうな。いや、チートと言う言葉は正しくないか、努力の結果と言うべきだ。
「ま、二人の事はワシに任せておくと良い。結弥は思うままにやってくると良い」
「あー、うん。爺様ありがとう。まぁ、出かける時は皆に顔は見せていくけどね」
「……挨拶無しで出かけようものなら、それこそワシも怒るぞ?」
ですよね。まぁ、もう少ししたら帰ってくるだろうし、今の内に準備だけでも終らせておこう。
バタバタと足音が家の外から響き出す。どうやら母さんと一緒に二人とも帰ってきたようだ。三人の楽しげな会話が居間にまで聞こえて来るからなぁ……。
「お帰り、随分楽しそうに帰って来たね」
「あ、ただいまー! あのね! 黒木さんの家で赤ちゃんと遊んできたんだぁ! 可愛かったよ!!」
「兄さんただいま。こう、指をきゅーっと握って、ゆいがあわあわして楽しかったよ」
「ちょっとお姉ちゃん! それは言わない約束だよ!」
なるほど、赤ちゃんと遊んできたのか。黒木さんの家は、これで二人目のお子さんだったな。
村としては地上を取り戻してから誕生した初めての赤ちゃんだ。新しい命の誕生に村が大いに賑わった。まぁ、その時俺はダンジョン側にいた訳だけど、それでもその報告がダンジョン側に入ってきた時は、村側の探索者の人達は皆ダンジョン探索を休んで、大いにギルドの飲食スペースで賑わっていた。
なんと言うか、色々と可能性とか未来を感じさせる話だからな。盛り上がらない訳が無い。
当然、街側から来てた人達も殆どがダンジョンを休んで、飲み会に参加していた。
「まぁ、しっかりとお姉ちゃんをしてきたなら良いんじゃないか?」
「うん! しっかりとお姉さんして来たよ! オシメも換えたんだから!」
「おー、ゆい良く出来たなぁ……ゆいのオシメを換えてたゆりとしては、感動したんじゃないか?」
「え!? やった事ないよ!!」
「いやいや、こうタオルをぐるぐるに巻いて、オシメ換えたよ! って言ってたんだぞ?」
「それ、オシメじゃないよ!?」
家に新しい赤ちゃんが誕生する事は現状ないからな。父さんは何処にいるのか解らないし、俺達子供側には相手すら居ない。
弟か妹が欲しい! と、ゆいが言ってたけど、現状それは叶わない。だからこそ、黒木さんのお宅の赤ちゃんをついつい見に行っては、ゆいの赤ちゃんの時の話で盛り上がるんだよな。
「ぶー……ゆいの赤ちゃんの時の話はもう良いでしょ! おぼえてないもん!」
「写真でも残ってればよかったんじゃがのう」
「爺様の家にあった分は何冊かあったと思うけど……何処仕舞ったっけ?」
逃げる時に、バックパックに詰め込んだ記憶はあるんだよな。
地上を取り戻した後、家を修繕してから収納をしていたはずだから、どこかにあるはず。
「あらあら……それじゃ、私が探しておきますね」
「ふむ、ならば柚子に頼んでおくかのう」
「母さん、多分だけど物置の何処かにあると思うから」
「物置ね。わかったわ、ありがとう」
母さんが写真を探してくれるみたいだし、またその内この手の話で……ゆいが弄られるんだろうな。
基本的に爺様の家にあった写真は、ゆいが迷子になったり、ゆいが田んぼに落ちたり、ゆいがトンボの群れに追われてたりと、ネタを欠かす事がない。
「そうそう、今日で村での予定終ったから、そろそろダンジョンの方へ行くよ」
「え!? お兄ちゃんダンジョンに行っちゃうの!!」
「あー……兄さんの予定終ったんだ」
「まぁ、それがお仕事みたいなモノだしな」
ほっぺを膨らませるゆいと、仕方ないかと言った感じのゆり。まぁ、ゆりの場合だと、そう言うポーズだけではあるのだけど。潜る理由を察しているだろうから、色々と複雑なんだろう。
とは言え、その為だけじゃないのも事実だ。村や家族を守る為なら、ダンジョンに潜るのが一番早く力をつけれる方法。
まぁ、そう言った事を理解しているからこそ、ゆりはションボリとした顔をしている。
ゆいに限っては、もっと聞きたい事があるのに! と言った所だろうな。
「まぁ、二人の分……いや、出来るならみんなの分の魔本も探したいからな。ダンジョンに潜るのが今は一番良いんだよ」
「むぅ……魔本さんには心が引かれるんだよ!」
「そうだね。私も魔法使ってみたいかな」
よし、魔法に意識が向いたか。って、ダンジョンに行くって言うたびこの手の方法で、話題を切り替えてる気がする。
ゆいは簡単に引っ掛かるんだけど……ゆりの場合これは、ゆいに合わせて引っ掛かったフリだろうな。まぁ、お陰でゆいが更に魔法の話で盛り上がってるから、助かるんだけどな。
「二人が使いたい魔法とか考えておくと良いよ。手に入るかどうか別として、手に入れた魔本が使いたい魔法だったら、使いたい方に渡せば良いからな」
「む! ゆいとしては、火がやっぱり良いと思うんだ!」
「んー……私は風とか土かなぁ? 弓を考えると風を纏わせたり、土で遮蔽物作るのは大きいと思うんだよね」
よしよし、良い感じに話題が魔法になって行ったな。というか、ゆりが凄い考えてる。確かにその方法は、弓使いには必須と言っても良いからな。
それじゃ、二人の望む魔本を手に入れるためにもダンジョンへと向かいますか。
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