百十九話
オーク地下王国跡地に足を進める。片付けを始めた当初から比べ、水溜りも無くかなり綺麗になった足場になっていて、随分と歩くのが楽になっている。
それと同時に、こもっていた悪臭も随分と薄れてきてはいる。まぁ、薄れてきているだけで、まだまだ悪臭が無くなった訳ではないので、作業に支障をきたしてはいるが、臭いがマシになった為に随分と作業効率は上がっている。……まぁ、研究班には一切関係が無いようだが。
「さてと、俺の受け持った場所は此処のトンネルか」
自分に割り当てられたトンネルの前で再度確認をしておく。まぁ、同時に行動はしているので、違うトンネルの場所に行ったら誰かが居るからな。直ぐに間違いだというのは解るんだけどな。
周囲を見渡すと同時に、足元を見るが……やっぱりトンネルには足跡なんて残ってないか。水で綺麗さっぱり流れているだろうから残るはずもない。
まぁ、答えが解っていてもこういった確認作業は常にしとかないとな。訓練時に耳タコレベルで言われたからなぁ。
「ここで手に入る情報は無いよな。とりあえずトンネルを進んで行くか」
他のメンバーもトンネル内を進み出したみたいだし、俺も調査開始と行きますか。
音を立てずトンネル内を移動していく。ただ、歩くスピードは上げていく。
目視できる範囲にも、気配を察知できる範囲にもモンスターの存在は確認出来ないからな。ここはある程度速度を出して良いはずだ。
ただ、それでも足音が出たり何か見落としなどあったら困るので、無音で行けるスピードの範囲の最高速度を出していく。
まぁ、見落としなんて言っても、ただただトンネルが続いていくだけなので、これと言って目ぼしい物は無いのだが。別れ道があったら一目で確認できるし、隠し扉があったとしても、水攻めをした時の状況で隙間なり違和感などが直ぐに解るはずだ。
「それが無いからな。隠してある物は恐らく無いんだろう」
だからこそ、スピードを出して先に進んでいける。これなら、外に出るまでノンストップで行けそうだな。
それでも、このトンネルは最初に発見し潜ったトンネルと変わらず、随分と先が長いようだ。無音走行とは言えだ、かなりの速度を出しているはずなのに、まだまだトンネルの終点が見えない。
まぁ、最初の時はかなり警戒しながら調べ物をしつつ進んだからな。今はその何倍以上の速さで進んでいる。もし、距離が変わらないレベルならば、二時間から三時間走れば終着点にたどり着くと思うけどな。
眼前に上りの階段が見え出した。時計をちらりと確認すると、だいたい二時間半と言ったところで、トンネルの長さはやはり大差がないようだ。
上り階段を前に、少し水分補給をしてから装備のチェックをしておく。出発前にもしたけど、直ぐに使えるように色々とポジションを確認したり、不具合が無いかの最終チェックだ。
「確認作業は何度もやるべし……だったっけ」
メイン武器よし! サブもよし! 盾もよし! 道具は……うん、鉄串の位置はいいけど、マキビシの位置は移動させて置くか。
後は……意識の切り替えだ。此処からは完全に調査及び襲撃だ。とはいえ、襲撃は時と場合次第で、調査がメインだけどな。それでも、こそこそと移動するのには変わりが無い。
「よし……それじゃ行きますか」
階段を登っていくと、目の前に扉が見えてくる。ここで一度立ち止まってから、扉の向こう側に何か居ないかを探っていく。……イオだったら、もう解ってるんだろうけどな。やっぱり、此処ら辺で人とモンスターのスペック差が出るな。
「とは言え……うん、扉の直ぐ向こう側には気配無しか……トラップとかはあるかな?」
扉の周辺を調べ罠があるか、何か音がなる物が無いかを調べるが、此方側には無いみたいだ。だとすると、反対側なんだけど……こればっかりは開けてみないと解らない。扉を壊すとか穴を空けるという手もあるが、その場合だと音が出てしまうから、近くにモンスターが居れば確認をしにくるだろう。まぁ、道具があれば、音を出さずに穴を空けれただろうけど無いもの強請りだ。
「となると、ゆっくりこっそりと開けるしかないか」
扉は俺側からすると押すタイプのドア。上手く身を隠しながらゆっくりと扉を押しいき、少しだけ隙間を作ると、其処から周囲の確認。
鏡を取り出して、見えない角度もチェックしていく。
「……ふむ、鳴子も罠も無いみたいだな。側にオークの姿も無いようだし、突入出来そうだな」
ゆっくりと扉を開けて外へと出て行き、音が出ないように扉を閉める。それから周囲を見渡していく。
どうやら、俺達の村の近くに作っていた拠点とは違い、此処にはトンネルとの出入り口と小屋らしきものが一つある程度だ。
「これは……拠点作りの初動か?」
もし、大量のオークが居るならばこんな小さな小屋一つな訳が無いだろう。繁殖小屋にするにしても、余りにも小さすぎる。となると、見張り小屋とでも言ったところだろうか。
となると、今あの小屋には何も居ない可能性があるが……念のためにチェックしておくか。
周囲を警戒しながら小屋へと近づき、中に何か居るか聞き耳を立ててみる。
因みに、小屋の作りは木造で、ただ地面に打ちつけ積み上げた感じしかしない。一箇所出入り口がある以外、窓も無ければ隙間だらけという……本当に簡易的に作りましたという感じしかしない出来だ。
「音は……特に無いか。まぁ、オーク相手だからな。何か相手にブヒブヒと繁殖行為の音が聞こえても、それはそれで嫌なんだが」
さてさて、中に何も居ないとなると如何するかな。この小屋がオークの物とは限らないけど、あのトンネルが在る以上、かなりの高確率でオークの小屋のはずで、地下が潰されたと気がつかれたら、奴等は此処から逃げ出す可能性が高い。……既に逃げてる場合もあるけど、今はその事は横に置いておこう。
となると、地下を潰され激昂したオーク共がキングクラスになり、復讐を何て事もあるかもしれないからな、今の内に潰しておきたい。
そして、此処のオーク達が逃げたのでないとすれば周辺の調査だろうか。……探し出して奇襲を仕掛けるか? それとも、何処かばれなさそうな位置で潜んで小屋に集まるのを待つべきだろうか。
「数が少ないなら……待ち伏せが良いんだけどな。数が多いなら少しでも減らしておきたい」
あー……よく考えれば、待ちの作戦でも良いよな。数が多ければ、明日にでも奇襲作戦にすればいいんだし。よし、そうと決まれば、隠れる場所を如何するかだ。
「そうだな……灯台下暗しとも言うし、後ろからの奇襲が無い場所。トンネルの入り口だな」
現状居ないのであれば、扉に細工をして外が見えるように改造。そして、トンネル側で張り込みをすれば、しっかりと観察が出来る。
もし、トンネル側に入ってくる奴が居ても、此方からは確認が取れるから、上手く立ち回れるはずだ。
そうと決まれば、早速行動して奴等が戻ってくるまで待機しておくか。
小屋に戻るモノが出てくる前に扉の改造は終わり、今は小屋を観察しながら、携帯食料を口にする。
「……うん、やっぱり美味しくないか。まぁ、この状態で匂いがでる食べ物なんてアウトだしな」
オークが相手だと絶対に気がつかれる。奴等はとんでもなく鼻が良いからな。小屋にだって、俺が触れた場所とかしっかりと証拠隠滅しておいたからな。
あの嗅覚を相手にするなら、其れぐらい繊細に行動したほうが良い。
「おっと、とうとう一匹ご帰還のようだな」
夕焼けで空が染まる頃に、オークが一匹小屋へと入っていく。これで、この小屋が破棄された物じゃ無い事は確認が取れた。後は、何匹のオークが存在するかだけど。小屋のサイズから言って、其処まで多く無いと嬉しいんだけどな。
「一匹だけなら……今奇襲しても良いんだろうけど。まぁ、流石に其れは無いよな」
そんな事を口にしていると、勿論と言わんばかりに、ニ匹目・三匹目とオークが小屋へと入っていく姿を確認する。
なるほど、最低三匹……って、あいつは……。
「上位オーク……だな。それも槍持ちか」
その槍持ちオークに付き従うように、もう一匹のノーマルオークが居る。となると、上位一匹でノーマル四匹の五匹編成だろうか? まぁ、まだ完全に日は落ちて無いからな、もう少し確認作業をしておこう。
日が完全に落ち月が昇る。うん、完全に夜になった訳だ。どうやらオークは全部で五匹……これなら、奇襲で倒せそうだが、問題は上位オークだな。
ノーマルだけなら苦労はしないだろうけど、上位が其処に混ざるとなると……連携されたら、結構厳しい戦闘になる。
「とは言え五匹なら何とかなるな」
ポールウェポンをクルリと回して、深く息を吸ってから、ゆっくりと吐き出し、意識を戦闘のソレへと変更していく。
「さて、夜襲の開始だ!」
トンネルの扉を開けて外へ出る。ただ、その時に一切音は出さないようにだ。
静かに小屋へと近づき、中の様子を窺う。……うん、オークはどうやら飲み食いをしてぐっすりお休みをした様子だ。中からは、奴等の鼾しか聞こえない。
「……てか、こいつら見張りも立てずに何を考えてるんだ?」
この周囲に人里が無いとか天敵が居ないとかで気が緩んでいるのだろうか? もしそうだとしても、気を緩めず見張りぐらいは立てるべきだよな。
「何せ今まさに……襲撃を受ける前だしな」
物音を立てずに小屋の扉を開けると、其処には雑魚寝状態のオーク達。アルコールでも飲んだのか、その臭いとオーク達の熟睡度が凄まじい。……なんで、あのオークは隣のオークに思いっきり圧し掛かられてるのに熟睡できるんだ。
とはいえ、これはチャンスだ。音を立てないように倒すとなれば、ポールウェポンはダメだろう。一撃で沈める事は出来るけど、下手に振り回せば音がでかいからな。
となれば、剣鉈の出番だ。刃の部分に雀蜂製の毒を塗ってから、ノーマルオークの心臓目掛けて一突きして行く。
「……完璧に暗殺スタイルだよな」
一匹・二匹と音も無く倒し、三匹目の心臓を貫いた瞬間に、上位のオークが目を覚ましたのか、ばっちりと俺と目が合う。
「あらあら……実にタイミングの悪いおはようございます?」
タイミングが悪い。それは、俺の方ではなくオークの方だ。寝ていれば、苦しむ事も無く逝けたのに。
俺が挨拶? をすると、上位オークが隣のまだ生き残っているオークを蹴り飛ばし、すぐさま槍を手に俺へと突撃してきた。
まぁ、小屋が破壊されようと俺には関係ない。此処からは長物勝負だ。
突き出された槍を、ハンマーの部分でなぎ払い。槍が弾かれた上位オークはその事実が信じれない! と言った様子を顔にだしたが、すぐさま体勢を立て直し、再度攻撃を仕掛けてくる。
突きを弾く・突きを流す・払いを防ぐ。連続で繰り出される槍を徹底的に防御し、上位オークを挑発していく。残ったノーマルオークはと言うと、この攻防に付いて行けないのか、あっちへこっちへとうろうろするばかりだ。
「さて、今度は俺から攻撃してもいいかな? 飽きてきたし」
グァ? と言った感じで声を出した上位オーク。俺の言葉は「君の温い攻撃は通用しないよ」と言った感じの挑発だったんだけど、通じなかったようだ。とは言え、上位オーク相手に武器や自分の能力を試したのも事実だ。
以前であれば、間違いなくこんな防戦は無謀だった。下手をすれば武器が粉々にされていた可能性もある。
今の自分のスペックを知るタイミングが中々無かったからな。キング相手には、不意を衝いた奇襲だったし、アレは参考にはならない。まぁ、これぐらいは出来るだろうというのは、ある程度予想はついてた。三十層を潜ってる人達相手に戦闘訓練もしたからな、寧ろこれぐらい出来ないと駄目な話だ。
とは言っても、意外と進歩していたんだと実感。……ただ、これで調子に乗ったら慢心になるからだめだ。また、オーガの時みたいになる。
「まぁ、そうだとしても上位オーク一匹なら何とか出来ると解ったのは朗報だね」
クルリとポールウェポンを半回転させて、手と足と武器の部分で魔力を高める。
「はぁ!!」
息を吐き出して、一足飛びで上位オークに接近。其のまま、斧部分を思いっきり上位オークへと叩きつける!
ダン!! と音が鳴ると、上位オークと一緒に小屋の壁や床が切断され、一拍子遅れて上位オークの左肩から右腰へと線が走り、ずるりと二つに分かれていく。
残ったノーマルオークは、その斬撃に巻き込まれたのか上位オークと同時に地面へと倒れた。
「ふぅ……上位一匹でまだ良かったかな? これが、ニ匹なら時間は掛かる。三匹なら……撤退案件だったな」
たしかに色々と強くなった事は実感したけど、上位オークと一対一でやってみて、まだまだオークキングやオーガ相手に戦えるレベルになって無い。その事だけは理解できる。恐らくオークジェネラル相手でも無理だ。
「はぁ……先は長いなぁ」
とはいえ、コレで拠点になる筈の場所はひとつ潰した、後は他のトンネル先がどうなっているか、瘴気や地下の空気正常化の調査がどうなるか……うん、完全に他人任せの案件だけど、それ次第だろうな。
とりあえず、今はこのオーク達から魔石を取り出して、バックパックにオーク達を詰め込んだ後は、少し寝ておくか。
移動は起きた後で、寝る場所はトンネル側でいいよな……では、おやすみなさい。
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予想以上に強くなって、主人公は色々処理が大変です。今までは強さの物差しがダンジョンの階層だったので……そのズレをしっかりと確認した感じでしょうか。今までも多少は強くなってる気がするなとは思ってましたが。
主人公以外も、似た感覚を味わってる人達が出て来ているでしょう。




