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百十話

 ダンジョン周囲にできた瘴気の池。其処と隣り合わせになるように大きな湖が出来た。


「川から水を大量に引っ張ってきたけど、よくまぁ、こんなに水が溜まったな」

「あそこの川は水量が凄いですからのう。数日もあればコレぐらい余裕ですわい」


 このミッションを達成させた研究班の一人が、自慢する様に豪語した。まぁ、確かに此処に水を引っ張るために作ったポンプは、彼が主導でやってたからな。自慢の一つや二つぐらいしたくなるか。


 まぁ、こうなっている理由は単純で、協会での会議の時に「やっぱり、水没させるのが簡単よね」っと、お姉さんの一言から、全員が一致団結して必死に穴を掘り、魔道ポンプを使い川から水をひっぱり、瘴気の池以上に大きい広さで人工湖を作り出した。


「水攻めは防衛で使ったから、二番煎じなんだけどなぁ」

「まぁ、古来より使われていた単純かつ一気に敵を殲滅できる作戦ですし」


 まぁ、地下の拠点を攻めるという時点で、ある程度解りきってたけど……何かで埋めるのが一番楽だもんな。それが水ならその埋まる速度は早い訳で。


「水なら、空気を正常化するシステムも意味が無いでしょうしなぁ」

「まぁ気になるのは、他の穴なんですけどね」


 其処が問題だ。確認している穴のうち、二つについては問題がない。なぜなら、一つは俺が穴を塞いで逃げた道。もう一つは、この瘴気が入り込んでいる穴で、これは今から使う場所でもある。

 問題は他の場所に通じているであろうトンネル。あの時確認しただけでも、後三箇所あったはずだ。


「まぁ、出口は地上に続いてるでしょうし、其処に至るには登らねばならないでしょうなぁ……そういった点で見れば問題はないはず……まぁ、距離がありそれで水量が足らなくなる心配は出て来そうですがな」

「ポンプから水を引っ張り続けてるけど……心配になるなぁ」


 この下は丁度、オークの地下王国が在る場所だ。目視で測った感じでこの湖を作ったから、水量は足りるはずだけど、そのトンネルの道次第で泳げるオークが、地下の天井に顔を出し生き残れる可能性がある。


「やっぱこの作戦穴だらけじゃないかな」

「とはいえ、他の手段は厳しいでしょう? 空気の正常化システムがネックですし、あとから其れを調べようにも、地面を落として埋めると発掘が大変だと却下されたじゃないですか」


 奇襲も逃げ道が無い地下だと、相手に有利すぎるから却下された。トンネルを利用しての待ち伏せ戦法も、相手が空気正常化システムを弄れるなら、こちらの空気だけを酸欠状態にする事もできる可能性があるのでは? という事で却下された。

 瘴気を大量に流して溶かしてしまえ! と言うのも、上位化の条件が揃っていれば、相手を強化するだけという事で絶対無しと言う流れに。


「まぁ、他に良い手が無さそうだから、元々瘴気が入る穴なら変わらないだろうって事で、この穴から水を流そう! って決まったんだよな」

「ここ数日の穴掘りは大変でしたなぁ……」


 まぁ、そんな思考と作業の結果がこの湖だ。

 そして、もう直ぐこの湖にある水量が一気に……オークの地下王国へと流れ込む。


「時間は?」

「日の出前の予定ですから……後、三十分ほどでしょうか?」


 これも、オークの集落を火計で攻めた時と同じ時間だな。

 先人の知恵と言うのは恐ろしいモノで、モンスター相手にも使える。まぁ、まさか歴史上の戦人もこんな相手と戦う為に、自分たちが考え出した戦術を使われるとは思わなかっただろうけど。


「お……入谷さんが動き出したな。そろそろだし、研究班はそろそろ撤退を。俺は定位置に移動するから」

「……御武運を」


 研究班の人達と別れて、入谷さんの側へ。今回、最初の役目は入谷さんの護衛だ。もしかしたら、穴から這い出てくる可能性や、地面を掘りながら進み俺達の前に出てくる……そんな事が出来るオークが居れば、それは間違いなく上位系統だ。そいつらが、奇襲の形で襲ってきても良いように、陣形を組んでいて、俺とイオは入谷さんの側で、指揮系統が崩れないようにする。それが、最初のお仕事。


「……では、そろそろ行きますよ!」


 穴と湖の間に仕掛けた堰が破壊され、大量の水が穴へと向かって行く。

 湖にポンプから常に水を流してはいるが、どうやら穴に入っていく量の方が多いな。少しずつだが、湖が小さくなっていく。うん、湖を作った時にしっかり計算してあるからな。その小さくなる湖も穴とは反対側から、じわじわとその範囲を減らしている。


「これで終わってくれれば良いんですけどね」

「お兄さん……それ、フラグですよ。まぁ、個人的な意見を言わせて貰うと、間違いなく一匹は飛び出てくると思ってますよ」

「統率者でしたっけ。やっぱり出てきますか」

「あのプレッシャーは……異常でしたからね。湖中央辺りを突き破って出てくるんじゃないですかね」


 姿は見てないが、その魔力や気配が異常だというのだけは、あの時に俺達が認識している。イオも自分より強い奴がいると、かなり警戒していたからな。

 であれば、この程度の策は身体能力だけで突き破ってくるだろう。そう予想できるから、そいつと戦うのは既に想定内だ。

 問題は、他の上位オーク達がどれだけ生き残るか。残った数では、俺やイオが別れて対処しなくてはいけない。そうなると必然的に、その異常なオークとは一対一になる。それは出来るだけ勘弁して欲しい話だ。


「祈るしかないでしょうね。出来れば上位は全滅していて下さいと」

「ははは……お兄さんの言うとおりですね。既に作戦は開始しちゃいましたからね」

「まぁ……出てきた上位の数が少なければ、上手く立ち回れると思いますよ。この為に研究班に頑張ってもらって、皆武器の新調をしましたからね」


 そういって、入谷のお兄さんがバルディッシュを構える。……この人、細身なのに軽々とこの武器振り回してるんだよなぁ。

 ちなみにこのバルディッシュだけど、見た目がその形をしているだけで内容が少し違う。史実ならば、百五十センチ程の長さで、三日月状の刃が六十センチ。重さが二キロから六キロほどの物だけど……お兄さんが振り回してるのって、二百五十センチの柄に三日月刃が百センチ。重さは十五キロ程はあるはずだ。


「ん? 如何したんだい、そんな顔してこっちを見て」

「いやいや、次の指示はどうするのかなっと」

「まぁ、まだ待機だよ」


 ……適当に誤魔化したけど、まぁ、門番やってた頃は普通にロングソードを持ってただけのはずなのになぁ。どうしてこんな大物武器を使うようになったんだろう。不思議だ。


「うーん……水は入り込んでいってるけど、何のアクションも無いね」

「案外、我先に逃げようとして、トンネルの入り口でオーク達がつまってるかも知れませんよ?」

「あー……ありえそうだね。避難訓練とかして無いと間違いなく起こる現象だ。あれって、転んだりしたら最悪だよ? 仲間とかに踏んだり蹴られたりするみたいだから」


 オーク達がコロコロと転がって、仲間のオークに踏んだり蹴ったりをされるか……重さで大変な事になりそうだな。

 まぁ、トンネルの入り口で其れが起きていたら最悪だろうな。入り口がふさがってどうしようも無くなる訳だ。俺達としてはそっちの方がありがたいけど。




 穴に水を注水してから結構な時間がたった。湖の水量も残りが二割程と言った所だ。

 計算上であれば、あの地下王国は水没しているはずだけど、トンネルが在る分を考えるともう少し時間がかかるかもしれない。

 ただ、アクションがあるとすれば、そろそろ確実に起こるはずだ。


「入谷さん……そろそろ警戒を最大限に」

「あぁそうだね、むしろ今まで何も無かった事のほうが不思議な話だ」


 警戒度を上げると、イオが地面に向かって唸りを上げ出した。……例のアイツが動き出したんだろうな。まだイオにしか感じないレベルだから俺達には解らないけど。


「イオが反応してます。湖中央です」

「そうか……。皆! イオ君が何かを察知している! 全員湖中央を重点的に警戒! ただし、周囲への警戒も忘れるな!」


 入谷のお兄さんが、全員に警戒をする様に大声を上げる。其れを聞いて、全員が其々の持ち場で何が起きても直ぐに動けるように、体勢を整えたその時、イオが鳴く。


「ミャン!!」


 イオの鳴き声が響いた後、続くように地面が大きく揺れ出した。


「な! 地震か!!」

「震度六ぐらいあるんじゃないか!? とりあえず踏ん張れ!!」


 揺れにより、地面に亀裂が走り、湖に残った水が全て地面へと消えていく。

 そして、大きく揺れていた地面が一気に静寂を取り戻すかのように、その振動が止った。


「お……おさまったのか?」

「危ないな……亀裂がもう少し延びてたら、俺達落ちてたんじゃないか?」


 揺れが収まったことにより、全員の警戒心が少し解けていった。……ん? イオが一点を見つめてまだ警戒している!?


「まって! まだ終わってない! 全員警戒を解かないで!」

「ミャーーーー!!」


 俺が叫ぶのが先かイオが吠えたのが先か、其れと被る? いや、少し後に、また地面が一瞬突き上げるかのように揺れると、湖の中央が大きく割れ、地面が爆破したかのように吹き飛び、中から通常のオークよりはるかに大きいオークが飛び出してきた。


「……でかいな」

「あー……オーガを思い起こすような絶望感だな」


 巨大な剣を片手にそのオークが俺達を見ると、怒りを其のままぶつけるかのような咆哮を上げてきた。


 GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!


「ちぃ! 耳がイテェ!」

「なんちゅー発声量だよ!」


 救いなのは、オーガと対峙した事があるからだろうか、此処に居るメンバー全員が、オークの怒気に押される事なく武器を構え、オークの咆哮を受けきっていた。まぁ、耳に来たと文句はでたが、そういった軽口がでるなら問題は無い。


「さてさて、他にお供は居ないのかな? もしかして、自分だけ助かる為に飛び出してきたとか? それってリーダーとしてダサくない?」

「ちょっと白河君? なんで挑発してるのかな?」

「まぁ、言葉がわかるかどうか謎ですけどね、俺にヘイト集めれば……他の人は動きやすいでしょ? 入谷さんは、岸さん達と合流して指揮よろです」


 オーガクラスであるなら……確かに色々と問題は山積みだが、それでも機動性のある俺とイオなら回避していけるはず。

 それ以外にも、あの飛び出してきた穴から、他の上位オークが出てくる可能性もある。さてさて、がんばって目の前のオークをひきつけて行きますかね。

 とはいえ、こいつ……オークリーダーじゃ前に戦ったのと変わらないし、コードネームジェネラルとかで良いかな? それなら、解りやすいよね。


「とはいえ……先ずは、先制させちゃったからな! 次は俺のターンだ!!」


 オークの魔石を握り、風魔法でオーク周辺の空気を操作。もう此処は、地下のような空気を操作するシステム外だ……咆哮のお返しに、デバフをプレゼントで開戦だな!

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