九十六話
俺とイオ、そしてもう一人を連れて森の中をゆっくり歩いている。
オークの斥候が居るかどうかの調査だから、森の中を走り回るなんて事は出来ないからな。音を出さないようにゆっくりしながら、それでいてしっかりと足元と周囲を警戒。
「……中々難しいな!」
「獲物探しの山歩きは慣れないと厳しいですからね。普通にモンスターを狩るだけなら音を出しながら進んでも、相手から此方を見つけて攻撃してきますし」
モンスターよりも此方のほうの能力が高いとあいつ等は寄ってこなくなるけど、多少の差であれば獲物とみて襲ってくる。ここら辺が動物との違いだな。
ただ、今回は斥候をするモンスターが相手だ。こちらの居場所がばれる訳にはいかないだろう。ばれてしまえば、即座に身を隠すか拠点へと戻って報告される。
なので、今回やるのは猟師が山の中で獲物を探す。そんな技量が必要な動きだ。
「歩くのに慣れてきたら、やる事が一杯ありますよ? 木や草に不自然な跡がないか? とか、ニオイに変化はあるか……他にも、音にも気を配らないといけませんしね」
「……やる事多すぎないか?」
「森の中での獲物探しなんてそんなモノですよ。とはいっても、俺達は色々身体強化されてる状態ですからね、猟師の方々よりも早い段階で理解出来るようになると思いますよ」
実際なら長年かけて学ぶ技みたいなものとかもあるからな。
それを、俺達みたいなダンジョン探索をしていた人間なら……あっという間に身につけれるほど、その感覚も上がっている。それこそ、テレビが使えてた頃に「ダンジョンに潜ったお陰シリーズ」なんて番組があって、眼鏡が不必要になった! とか、食べ物に使われてる調味料を全て当てるなんてものもあった。
昔ならやらせかな? と思ったけど、ダンジョンに潜って自分のスペックアップを実感すると、やらせとは言いがたい話なんだよな。
まぁそんな訳で、感覚能力を必要とする技術に関しては凄まじいアドバンテージがある訳だ。
後は、山歩きから獲物探しの知識だけが足らない。それはもう、実地で覚えてもらえば良いだろうって事で、山の中を訓練しながら探索している。
「ま、それに失敗は気にしなくて良いですよ。イオが居ますから、もし範囲内に斥候がいるようなら、まずイオが気がつきます」
「なるほどな。イオは優秀だな」
「ミャン!」
褒められて嬉しいのか、尻尾を振りながら楽しげに前方を歩くイオ。
イオの感覚に勝てるモノが居るとすれば、現状だとあの豆柴と〝神樹の森〟にいたあのチビ達ぐらいだろう。
イオの成長も凄まじいからな。出会った当初からみたら、段違いと言える身体能力になっている。なら、その感覚も相当鋭くなっているだろうな。
「そう言う訳なので、斥候探しは気にせず……一気に覚えてくださいね」
「あ……あぁ、厳しいが頑張ってみるさ」
「コツさえ掴めば後は知識の範囲ですから、さくっと覚えて他の人へ教えるのは任せますね」
「おおぅ、割と責任重大だな」
まぁ、この人もお姉さん達が選んだ人で一番素質がある人らしい。たしか名前が……影山さんだったか? うん、確かそんな苗字だったはず。
とりあえず、影山さんが他の人に教えてくれればな……それこそ、戦闘班全員に覚えてもらうぐらい広めて頂きたい。素質がなくても、奇襲に対して咄嗟に対応ぐらいは出来るはずだしな。
調査を開始してから随分と時間がたった。太陽も頂点から少し下がったぐらいだ。
そろそろ一旦拠点の方へ向かうか? なんて考えたタイミングでイオが小声で鳴く。
「ミャン」
その視線は一点を見つめて外れないか……どうやらイオの探査網に引っ掛かったモノが居るらしいな。とはいえ、俺にはまだ何も感じないとなれば、まだまだ距離はある。
「イオが何かを察知したみたいですね。とはいえ、まだ距離もありそうですし……丁度良い訓練になりそうですね」
「どっちみち斥候なら狩らないといけないからな……よし! 少し気合入れていくか!」
「気合入れるのは良いですけど、気配をばら撒かないようにしてくださいね」
「……おっと、すまん」
やる事は隠密行動だからな、気配を察知されてしまっては意味が無い。やる気を出しすぎると、気配がもれる。まぁ上手く調整できるならいいけど、彼には無理な話だ。というか、俺も難しすぎる。イオぐらいじゃないか? そんな高等技術が出来るやつは。
そんな高等技術を駆使して、尻尾を振りながら喜びを表しつつ、完璧に気配を消してるイオによる先導でゆっくりと相手に近づいていく。
「……なるほど、相手は一匹みたいですね」
「もう解ったのか? 一切何にも感じないんだが……」
影山さんは〝もう〟と言ったが、俺とイオではその探査能力に倍以上の差があるからな……個人的には〝やっと〟なんだよな。まぁ、動物型のモンスターであるイオと張り合うのが可笑しい話ではあるけどさ。
「目視はまだ出来ませんけどね……木々が邪魔すぎて。それでも、この先に居るのは間違いないですよ」
「ふむ……まったく解らん。中々難しいなこれは」
うーむ……何か違いがあるのかもしれない。そういえば、猟師の人やら美咲さんとも探査する範囲が違ったんだよな。まぁ、今はこの気配の主を討伐しなくてはいけないし、この件はそのうち検証するべきか。
気配の元に接近してみれば、やはり其処にはオークが一匹で周囲を調査するような動きをみせながら、少しずつ進んでいる姿を確認。
「さて……気配を消しながら近づくと当然不意打ちが出来るわけですが、出来るなら一撃で仕留めたい訳で、影山さんの武器はなんです?」
「武器ならメインで使ってるのはこれだな」
そういって見せてきた武器はジャマダハル。色々なところでカタールと間違われるインドで使われてた武器だ。
あるゲームだとなぜか横薙ぎのモーションとかがあったが、実際は突きに特化した武器。鎧を貫通させたりするのにも強かったそうなので、オークの皮や筋肉も突き破れるかもしれないな。
背後から忍び寄って、一突きが出来る武器……うん、実に隠密らしい攻撃かもしれない。
「なんとも、暗殺向きのスタイルじゃないですか」
「浪漫を求めた結果、この武器が一番しっくりしたからな」
楽しげに笑う影山さん。うん、彼は生粋の武器オタクかゲーマーだったのだろうか。あんな武器を知ってる人なんてそう居ないと思うんだけど。
「ま、お誂え向きな訳ですし……オークへの奇襲攻撃、初手いってみますか?」
「……は? いやいや、ソロでオークとか無理だろう」
「初手に背後から、首か心臓付近をドスっとさせば……いけますよ? それに、失敗したとしてもフォローは俺とイオがすぐしますし」
少し考え込んだみたいだが、実戦で限りなく安全に近い状態で試すなんて状況は、今後ないかもしれないと、彼が初手に奇襲する事を渋々了承した。
「頼むぞ? すぐフォローしてくれよ?」
「解ってますって、イオもほら……やる気まんまんでしょう?」
「ミャン!」
影山さんの後ろを俺が着いていき、自らの気配操作が完璧なイオがオークの正面で隠れる事が出来る場所へと陣取る。
「焦らずゆっくりですよ? 深呼吸は余りしない様に、アイツ鼻が良いですからね」
「あ……あぁ、よし。じゃぁ行って来る」
影山さんはゆっくりと確実にその距離を縮めて行き、オークとの距離で一足飛びに出来る場所まで気がつかれる事も無く到着。
そこから、握りこんだジャマダハルを一気に飛び込みながら、殴りこむように心臓付近を打ち抜く。
「ガァァァァ!」
背後からの奇襲を受け、叫ぶオーク。心臓付近に刺さりはしたが、浅かったのかそれともずれていたのか……それとも、ただのロスタイムか。
「ちぃ! 武器が抜けん!」
「武器から手を放して離脱です!」
「あぁ!」
刺さったジャマダハルはオークの筋肉の締め付けで抜けなくなったのだろう。必死に抜こうと影山さんは行動したが、それは悪手だ。だから手放すように叫ぶと、一瞬で理解したのかすぐさま武器を放して離脱をしていた。
「ミャー!!」
離脱をした影山さんを振り返り追おうとした瞬間に、イオが吠えながらオークへと攻撃を開始。
勢いをつけたイオのタックルがオークに激突し、オークが後ろへと倒れていく。
「グガァァァァァァァッァァ」
倒れたオークが叫ぶと、その後は動きをみせる気配がなくなった。
あれ? 影山さんの前で剣鉈と盾を構えて待ってたんだけど何が起きたんだ?
「えっと……オークはどうなったんだ?」
「とりあえず、まだ近づかないでくださいね。近くに寄った瞬間に攻撃なんて事をするかもしれませんし」
「あ……あぁ、解った」
とは言っても、呼吸をする時みたいな胸の動きもないし、一切動く気配がない。石を投擲してみるが、顔面に当たっても微動だにしない。
「えっと……イオのタックルで死んだのか? そんな馬鹿な」
たしかにイオのタックルは勢いが乗っていて威力はあるが、あのオークの感じだと止めを刺せる程ではないはずだし、倒れた時に後頭部でも打って当たり所がわるかったのかな。
「とりあえず死んでるみたいだし、回収でもしますか」
「ミャン!」
手間もかからず倒せたからなのか、イオは物凄い喜びようだが……こっちとしては不気味だ。
とりあえずオークをバックパックに入れやすいように、血抜きと解体をしないとなって、これが原因か!
「影山さん原因わかりましたよ。ジャマダハルですよジャマダハル」
「ん? 俺の武器がどうかしたか?」
「あの、後ろに倒れた瞬間に、地面とぶつかって……さらに押し込まれたんですよ」
「あー……という事は、初手で浅かったのか」
「刺さってはいたけど、半端ない生命力で動いてた可能性もありますけどね。最後の押し込みで削り取った可能性もありますから」
止めがイオだとしても、影山さんのお手柄にはなるだろうな。
まぁ、彼も奇襲による実戦も経験したし、この調子なら隠密行動の技術習得は予定より速く終わりそうだな。
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