八十九話
この〝無の森〟についての方針を決めた。恐らくだが、もと来た道を戻ったとしても延々と森の中を歩くハメになる可能性が高い。
それなら、あの巨大な木の所まで行くべきだろう。たとえ何も無かったとしても、あれだけ大きな木だ。登れば更に遠くまで見渡せるはず。
「まぁ、ボスクラスの〝何か〟が居たら厄介な話だけどな」
もし、あの木がモンスターであったとしたら……さてさて、如何したものかな。
手持ちの武器は通用しないだろうし、特製の除草剤もあの大きさじゃ無理だろう。燃やすにしても燃料を持ってきていない。現状はまた手詰まりな訳だし、目的地に到達してから考えるか。
俺とイオの足音だけが響く中、不意にイオが周囲を警戒しだした。
イオだけが〝何か〟に気がついて、こっちには解らないか……となると、相当気配が薄いのか、それとも距離があるのかだ。
「グルルルルルルル」
これから向かう先、あの大木がある方向を睨みながらイオが唸っている。ふむ、やはりあの木に何かがあるのは間違いなさそうだ。出来れば脱出のヒントだけが良いけど、イオの反応を見る限り敵対する可能性が高そうだな。
武器を構えておく。今回は森の中という事で、左手にカイトシールド、右手に剣鉈だ。利き腕に盾なのは……森の中だと奇襲が多いだろうからという事で、防御主体になりかねないからだ。そもそも、前に遭遇したのは見えない奇襲を仕掛けてきた奴だしな。
「さて、イオ進んでも大丈夫だと思うか?」
「……ニャン」
イオが周囲を窺った後、一鳴きして少しずつ前へと進んでいく。
警戒は解いてないみたいだ。それなら装備は構えたままで、イオの後ろをゆっくりと着いて行くか。
ヒュンと風を切る音が聞こえる。それと同時に、盾を音がした方向へと構える。
「グッ」
盾がガッと音を鳴らし、左手に結構大きめの衝撃を受ける。
耐える為に口から声が漏れてしまった。受けた左手が結構ビリビリと響いているな。感覚が麻痺にならなかっただけマシか。
「一体なんの攻撃だったんだ?」
盾の様子を見てみたいが、また攻撃が来るかも知れない。攻撃が来た方向を睨みながら、次の攻撃に備えるが、次が来る気配が無い。
何気なくイオも警戒を多少解いている。奇襲を防いだから〝何か〟が少し距離を取った? とはいえ、イオが警戒してなかったら危なかったな。もし一人だったら、来る方向だけを警戒なんて出来なかったから、恐らく奇襲による致命傷は避けれただろうが、怪我は間違いなくしてたはずだ。
「とりあえずは安心か? イオありがとうな」
「ミャン!」
実に心強い返事だな。コレぐらいなら任せろ! って事か。
「しかし、攻撃はなんだった……って」
盾を見て驚愕する。
刺さっていたのはそこらにある木の葉だ。しかも、刺さるような感じが一切無く、くたっとと言う表現が適切に思えるぐらい葉からは生気が抜けている。とはいえ、その状態で盾に突き刺さっている。
「あー……何かの魔法で葉を飛ばしたか?」
風魔法を併用したか? でも、それだと初級じゃ厳しいだろうな。なにせメインとなるのが葉だ。回転させるのも無理がある……となれば、風魔法だと中級以上か。
水や土や火だと、そもそも無理があるだろうな……となれば、他の属性魔法でもあるかもしれないな。もしくは、水と土で沼を作るように合成系とか。
「どちらにしても、この攻撃の主は厄介だって事だな」
「ミャー」
姿を見せる事もなく音も殆どない。その状態から、葉っぱを弾丸に奇襲してくる……うん、スナイパーすぎるだろ。
それにしても何時もやってる方法をやられるとか、本当狙撃の有効性が理解できる状況だな。まぁ、万が一を考えて盾装備を実装したけど、正解だったわけだ。まぁ、貫通テストもやってテストクリアした作りだから、葉が刺さったのには吃驚したけどな。
むしろ、俺が使ってる鉄串だったら貫通して怪我してたかもしれないか。……うん、弾が葉っぱでよかったよ。
「まぁ、葉が刺さったのは中級以上の魔法併用と考えれば致し方ないとしてだ。一応防げる事は解ったし、行く方向を教えてくれたと思えば、嬉しい攻撃だったって事にしておくか」
何かを守っているのだろうか、前の時もよくよく考えたら追い払うような攻撃をしてきただけだ。
今回に限ってみても、俺なら葉を弾に出来る前提ならば既に第二の狙撃をしている。それも、気配を隠せるなら……四方から位置を変えつつだ。
そう考えると……近づいて欲しくないのか、何かを守っているのか。そういった可能性が高くなるだろうか? まぁ、なぶり殺しをするような奴かも知れないが……。
「どちらにしても、進むしかないな」
「ミャン!」
狙撃を受けた方向へと歩を進める。現状選べる道なんてひとつしか無いからな。
進んでいる間、偶にイオが警戒をする為なのか相手は狙撃をする事を諦めているのだろう。最初の奇襲以外は攻撃がなく、どちらかと言うとイオとの駆け引きみたいになっている。
気配がすると、イオが警戒する。気配が消えて、イオが多少警戒を解くそぶりをすると、攻撃をしようとしてなのか再び気配を感じたイオが睨む。それの繰り返しだ。
「まぁ、相手も苛々としてそうだな。イオも気が立ってるけど」
イオを中心に、森全体がピリピリしている。時々、グルゥだのフーだのとイオが唸ったりしているが、その都度〝無の森〟がビクッとなってる気がするのは何故だろうか。
その様な空気の中、結構進んだか? と思うようになった頃に、正面に何かぶつかるような感じのする場所へとたどり着いた。
「……何だコレ?」
剣鉈で何も無い空間を叩いてみると、コンコンと壁でも叩くような音が響く。強めに叩いてもその壁は壊れる気配もなく、ただ音が大きくなり響くだけだ。
「……謎の行き止まり? 少し先にあの大木がみえるんだけどなぁ」
目的地を目の前にこれは無いだろう。結界? バリア? そういった類のものだとしてもだ、何かしら解除する方法があるはず。
「とりあえず……周辺の調査か……って!」
急に周囲の空間で気配が増える。〝何か〟に囲まれただと!? 今まで何も居なかったはずなのに、急に出てくるとか、トレントやドリアートでも無理な話だ。擬態だとしても、イオにまでその気配までは隠せないはず。
しかし、イオは現状において気配を察知してなかった……となると、突然沸いた事になる。
「とりあえずだ。イオ戦闘警戒! 背中は任せた!」
「ミャン!!」
まずはこの、囲まれた状況を何とかしないとな!
――瘴気調査組み――
シェルター前で入谷と護衛に入ったリーダーが、シェルター内に居るであろう人物に呼びかけをしている。
しかしその返事が無く、現状は立ち往生と言った所だろうか。
「さて……呼びかけに答えてくれませんね」
「とりあえず、少し遠くにキャンプを張ってるんだ。後は出てくるのを待つしかないんじゃねーか?」
会話が出来なければ、またお手紙作戦となるだろう。ここを出発する時に手紙を貼り付け、瘴気の調査へと向かう。結弥達がすでにやった行動だが、それ以外に方法は無い。
「そういっても、現状をさっさと打開したいんですよね」
「はぁ……保守過ぎるのも考え物だな。頭が固すぎる」
リーダーの男がそう言うが、少し前に同じような事を議論したばかりで、同じ話題をするのもアホらしいと、その言い方は物凄く投げやりな雰囲気だ。
入谷もそれを理解しているので、軽く頷き肯定する程度で終わらせる。
「とりあえず、他の奴等が飯の準備をもう直ぐ終わらせるみたいだしな。さっさと行って食事にしようぜ」
「はぁ……そうですね。ここで待っていても仕方ないでしょうし行きましょうか」
食事にしようと決め、さっさとシェルター前から少し離れていく。
とはいえ、彼等が居る場所はシェルターから確認すれば見える位置だ。機材を使えば彼等の話も多少聞こえるだろう。
そして、その事を理解しているのは入谷だ。彼は、態と食事等の位置を聞こえる場所で作るよう指示していた。
「さて……今日は初日ですし、少し豪華にいきましょうか!」
実に演技が入った感じで声を大きく出しながら宣言する。
調査に来た人達は少し違和感を覚えたが、今日はオーク肉や多少の酒などが出ておりすぐさまその食事に目が行ってしまい、その違和感を忘れてしまう。
「オーク肉とは贅沢だな……良く物資として許可がでたな?」
「えぇ、其処はもうねじ込みましたよ。瘴気の調査は重要な事ですからね、モチベーションを上げる為には必要だと少しバトルしました」
「さすが入谷さん! よくやってくれた!」
食えや飲めやの騒ぎを、シェルターから見える位置で行なう。正に天戸から出て来いといわんばかりのお祭り騒ぎだ。とはいえ、男だらけなので……例の踊りを行なうものは居ない。むしろ居たらフルボッコで殴られるだろう。
「さて……あちらからは如何見えるんでしょうね」
「ん? 入谷さん何か言ったか?」
「いえいえ……何でもありませんよ? さぁさぁ、もっと食べて明日からに備えましょう! ゴブリンも出るでしょうから、本領発揮になりますよ!」
「お? おぅそうだな!」
ただ一人、入谷がほくそ笑む。食料の問題が出て来そうな状況で、食料が大量にあるだろう状況を見せられたらどうするだろうか。
怒り出てきて文句を言う? 分けてくれと懇願する? それとも奪いに来るだろうか? まぁ、どのパターンでも外に出て来たのならば、入谷の思惑通りという事になる。
「さぁ、出来れば話し合いをしに出てきてくださいね?」
暗くなりつつある空を見上げながら、そう願いながら呟く。
もし、略奪行為に走るなら寝静まってから来るだろう……しかし其処にはトラップだらけの場所だ。負ける要素の方が少ないが、下手をすれば相手を殲滅してしまうだろう。
だからこそ、入谷は話し合いに来て欲しいと願わずには居られない。
その願いが届くかどうかは、シェルターの中にいる人達次第だ。
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