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 そして二日が過ぎた。


 私は家に帰ると、様々な文献を調べる事を続けていたが、いまだ手がかりとなるような情報は見つかっていなかった。


――――――――――――――


「ちょっと待てよ!ここは絶対助けないと!」

「でも助けたらあなたは死にます。相手は神なんですよ」

「何でだよ。カムカムチキンマン博士だって、人類を滅ぼす為に『おっちょめ』を生み出したわけじゃねえだろう!皆の生活や命に役立てようと思って、良かれと思って……。それなのに、神への冒涜だって、処刑されるなんて、おかしいだろ!」

 彼は身振り手振りを使い必死で熱弁した。かなり興奮している。

 今の彼の頭には、カムカムチキンマン博士をなんとか助けたいという一心でいっぱいなのだ。

「『マキシマムマムドモホルン』……。あれ、覚えていただろ。あれは魔法と銘打っていても、理論上は科学との融合で、厳密には魔法じゃない。神にも効くはずだ。あれで、博士を救えないのか?」

「可能ですが、ダイスを振って三連続4が出ないとその魔法は発動しません」

「くっ…………!」

 彼の顔が苦渋で歪む。だが、それも一瞬だった。

「やむをえん!魔法コマンド『マキシマムマムドモホルン』詠唱ブラウザ立ち上げ」

「魔法コマンド『マキシマムマムドモホルン』詠唱ブラウザ立ち上げ。発動エンカウント遂行。ダイスチャンス」


「レッツダイス!スローイング、ショット!」


 初めの頃は何かとブーブー言っていた彼も、ここ二、三日で随分と『超アドベンチャークエスト』にどっぷりはまってしまっていた。

 そう、全ては私の計算通りというわけだ。

 それから彼はさらに二日の時間をかけ、このゲームをクリアするのだが、その話はまた別の機会で語るとしよう。


――――――――――――――――


 私は家に帰ってから最近の日課である過去の新聞、雑誌を読んでいた。もう最近のものは全て読みつくしてしまったので、過去の新聞や雑誌に手をつけるようになっていた。

 私が自分自身で書いた、日記やノート等の類はもう読んでいる。つまり私はどんどん自分との関係が薄いものの方へと何か手がかりを求めていっているのだ。それはイコール手がかり自体が薄くなるということでもあった。

 気が遠くなる話だった。

 そこで突然、ある一つのことが頭をよぎる。


――私が書いたもの?


 何かなかっただろうか、私の書いたもの。

 一番最近書いたものは……「超アドベンチャークエスト」。

 その前に書いたものは…………。

 そうだ、遺書だ。


 私は机の引き出しを開けた。そこには白い封筒。あった。これだ。最近はずっとこの中にしまってある状態だった。

 そうだった。日記やノートをチェックしておきながら、これを忘れるなんて……。

 私はなんと間抜けなのだろうか。

 遺書なら、私の書いた遺書なら、必ず死ぬ動機なりなんなりを書いてある筈だ。

 何を書いたっけ?見る前に思い出そうとしてみる。深夜に書いた記憶だけは残っているが、内容が思い出せない。それはそれでまた問題だったが、中身を確認すればよいだけだ。


 ゆっくりと封筒をあける、中から白い便箋。それに目を通す。

「…………ウソ」

 私は思わず声を漏らしていた。

「ウソだ」


 遺書には…………何も書かれていなかった。


 便箋は白紙だった。真っ白なまま、一切何も書かれていない。

「そんなはずはない。私は書いた。書いたはずだ」

 書いたはず?はずってなに?一体何を?決まっている。遺書をだ。

 死のうとした前日の夜に書いたではないか。何を書いた。内容は?思い出せ。それは遺書なんだから、決まっている。死ぬ理由に決まっている。それを書いた。書いたじゃあないか。どんなことを――

「――だからほら、あれ、だから…………。あれ?」

 過去への自問自答の末の答えも、結果、現在の私の状態へと帰結する。


 つまりこういうことか。

 死ぬ理由が分からない為、遺書は白紙。でも私の死ぬ意志は揺らがない。だから遺書は『存在』する。

 死ぬ理由は分からないが、死ぬ。だから学校へと向かう。そう、死ぬために。

 周りの全てがそうだった。どこにも「私自身」がいない。

 結局は私の「死」だけが浮き彫りにされ、一切の私が除外される。それだけだった。私の周りにおいて、死への動機は存在しないのに、こんなにも死の存在感だけはくっきりと存在している。

 一体なんなんだ、これは…………。私は恐怖で悲鳴をあげそうになる。


 しばらく呆然としながら、頭をめぐる思考。

 おかしい。なにかがおかしい。私の中にいるもう一人の私が警告している。これは、私がおかしいのか、世界がおかしいのか、どっちだ?私の精神が普通ではない状態にあり、それ故遺書が白紙なのか、はたまた。

「なんなんだ、一体」

 しかし、考えても仕方がない。私はここに生きている。存在しているのだ。それ以上の何を疑えばいいのか。まさか、それすらも疑わなければならないのか……。


「ええい!」


 私は自分の頬を叩く。ウジウジ考えても悪い方向にしか進まない。これではいけない。思う壺じゃないのか。何の思う壺なのかは、うん、分からないが。

 今日はとりあえずもう寝よう。そして、明日彼に相談してみよう。何かが変わるかもしれない。そう思い、乱雑に放り出された新聞や雑誌を片付ける。


――――――――――――――


 しかし、事態は一つ動き出すと立て続けに変化するものである。そこで偶然、私は先ほどの白紙の遺書以上に、衝撃的ものを見つけてしまう。


――――――――――――――



 彼はいつもと同じ時間にいつもと同じ場所にいた。

「今日はなあ、耐久バトミントンだ」

 じゃじゃーんという効果音と共に彼がラケットを取り出す。

「この間のブタ○ントンがまさかあんな想像を絶する燦々たる結果になるとはな、もうぐしゃぐしゃだったもんな何もかもが。一周して大笑いだったが。というわけで今回はシンプルイズベストということで」

 いつもと同じ楽しげで軽いノリの声。彼はいつもそうやって私を遊びに誘ってきた。

「耐久だからな。先に300点取った方が勝ちだ」

 私は彼を疑うことはなかった。

 彼には打算が見えなかった。

 人の中に見え隠れする醜いものや、暗い部分とは縁遠い存在だと思った。

 良い意味でも悪い意味でも達観しているというか、悟っているというか。

「ほれ、はやく。ラケット」

 ラケットを私に差し出す。しかし、私は受け取らない。

「どうした?」

 私の様子がおかしいことに、やっと気がついた彼。

 不思議そうな彼の視線がじっと私に注がれる。

 そして、私はこの日初めて口を開いた。


「少年A」


 彼の動きが止まった。

 ぴたりと。

 私は彼に問う。


「あなたは、誰ですか?」


「………………」

 彼からの答えはない。

 私は続けた。

「昨日、不思議なものを二つ見つけました。一つは私が書いた筈だと思っていた遺書。白紙だったんです。おかしいですよね?もともと私が死ぬ理由を探していたのに、結果遺書までも白紙。手がかりにもならなくて、もう嫌になっちゃった」

「そいつは、確かにご愁傷様って感じだな」

 彼が相槌を打つ。彼に緊張した様子はない。動揺もない。いつも通り、自然体だ。

「で、もう一つは?」

 彼が問うので、私は答える。

 答えて……いいのだ。

「そして、もう一つはこれ」

 背中に隠していたものを取り出す。

 それは、何年か前に出版された週刊誌だった。私はあるページを開いて彼に突きつける。

 彼が身を乗り出し、記事を読む。

「何々……『目覚めよ!貴方の中の雄が今、覚醒する!』」

「一つ上」

「……はい」


 そこにはある記事が載っていた。少し大きな活字で見出しが書かれている。

「高校校舎で不審事故?生徒による自殺の疑いも?」

 誌面の下の欄にその生徒の写真が載っていた。それは間違いなく目の前の彼に間違いなかった。



 再び私は、彼に問う。


「あなたは、誰ですか?」


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