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戦友

 どうやら、アンゼリカさんは、わたしの軽く首を傾げたポーズが気に入ったらしい。


 でも、かわいい?


「あ、あのさ? いくらなんでも、このバカでっかい図体に、それはないんじゃ」


「あらあら。体の大きさなんか関係ないわ。ななちゃんはかわいいの!」


 意味不明の親ばかモード。アンゼリカさんの思考回路は、わたしの正体並みに謎過ぎる。


「・・・アンジィよぅ。今、そんな話している場合か?」


「いつだっていいわよ? ななちゃんは、かわいくて、賢くて、優しいの。いつだって何度だって言うわ!」


 拳を握りしめ、雄々しく断言するアンゼリカさん。


 思わず、ヴァンさんと顔を見合わせてしまった。


「あのですね。かわいいとか、賢いとか、優しいとか、そう言う主観は、評される人物が極当たり前の人なら該当するでしょうけど、現在において、評するに値しない化け物相手には、それ以前に、現世に置ける存在の是非を問うべきだと思うわけですよ」


「あら。ななちゃん、今、ここに居るじゃないの」


 そうではなくて。


「やたら小難しい言い回しで、誤摩化すなっての!」


 あん。だから、横っ腹を突かないでよ。くすぐったい。


「うおっ。いきなり手ー動かすなっ」


「ヴァンさんが突くからだもん」


 ぽりぽりぽりっと。ついでに、さっき落としたナイフも拾っておこう。ひーふーみー、全部かな?


 わたしの巨大化から退避していた四葉さんが、ウェストポーチを持ってきてくれた。う、入れるのは、難しいな。

 ここで、アンゼリカさんに「山茶花」の説明をするのも面倒くさい。爪の先でつまみ上げ、三葉さんと柴さんに手伝ってもらい、四苦八苦しながら、ようやくウェストポーチに仕舞うことが出来た。


「・・・器用だな」


「お褒めに預かりどーも!」


 でもって、ウェストポーチ付きで手首に巻き付いてくる四葉さん。三葉さんは、左の手首にしがみついた。


「こいつらも、また、器用なもんだ。どこで見つけてきたんだ?」


「見つけたんじゃなくて、偶然付いてきただけなの。って、叩かないでよ」


 びしばしびしびしっ


 二人からは、クレームの嵐。違うの?


「どっちかっていうと、ボクが助けてもらってる方だし」


 二人は、手首にしがみついた格好で、胸張って自慢してる。蔦だけど。


「うん。優秀な助手だよ」


 ますますのけぞってみせる二人。威張り過ぎだってば。


「で? 何の話をしてたんだっけ?」


「あ? え、かわいい自慢、じゃないよな?」


「話が無いなら、帰る」


 しっぽを振り回さないように、慎重に。


「って、そうだ! ローデンに戻る話だ!」


「そうよ! 一人でなんて放っておけないわ」


 うっとりアンゼリカさん、再び参戦。だから、そんなに近寄ってきたら危ないって! わ、ヴァンさん、引っ張る所がないからって、爪の先を握りしめないでよ。手を切るよ?


「あのー。ボク、こんだけでかいし。グロボアも一捻り出来ちゃうし」


 ドラゴン形態ではやった事無いけど、多分、やろうと思えば出来る。捕まえられれば。でも、捻った後の始末が大変そう。お肉や毛皮も痛むし。やっぱり、今後も止めておく。


「そうじゃねぇ! ひとりぼっちでどうやって過ごす気だ!」


 今度は、指を抱えて引っ張り始めた。無茶するなぁ。あ、持ち上げたら、釣れた。そして、落ちた。


「えー、三葉さん達が居るもん」


 そもそも、街に居た時間は、ほんのちょっとだけ。「帰る」という表現自体、間違っている。


「話し相手は居ないだろう? だから、ローデンに来てたんだろうが」


 尻餅をついたヴァンさんが、立ち上がる。その前に、両手は握りしめた。もう、抱きつかせないもんね。


「レンのトラブルに巻き込まれてなければ、金輪際行くつもりは無かったんだけど?」


「は? そう、なのか?」


 そんなに驚く事無いじゃん。


「あ、アルちゃんの薄情者ーーーーーっ」


 あの時レン達に見つかっていなければ、こんなことには。と、今更言っても後の祭り。


「泣きまねしても駄目。もう、砦でも散々暴れたんだ。これ以上はやりすぎになる」


「暴れるって、おい、何する気だ?」


「だって。一緒に帰れってことは、この格好で街に入るってことでしょ。その気はなくても、どう頑張っても、あちこち壊しちゃうよ」


 小砦のサイクロプスなんか、目じゃない。わたしの体長は、十メルテを優に越えている。翼長も然り。


 街門の高さは、つばさを畳んでも、ギリギリ通過できるかどうか。後ろ足で立てば、間違いなく扉の枠に頭をぶつけてしまう。ド○フの生コントは御免したい。

 大通りもまっすぐ歩くのがやっとだろう。左右の建物にしっぽが当たれば、通行人の頭上に砕けた石が降り注ぐ。下手をすれば、倒壊する。裏路地は、到底無理。歩けない。


 ・・・東宝映画のリアル再現なんてしたくないってば!


「いつもの格好になればいいだろうが!」


「無理。それこそ「発作」の所為で、しばらくは出来ないもん」


「出来ねぇって。んなわけあるか」


「本人にもよく判んないのに、よくそんな事が言えるよね」


 多分、種酒は、ドラゴン形態で飲まないと効果がないのだろう。痛恨の確認漏れだ。そして、蜂蜜漬けは、体の大きさに比例して摂取する必要があるのは既に判っている。

 ・・・ここで、ドラム缶サイズの蜂蜜一気食いなんかしたら、大笑いされる。絶対に指差して笑い転げる。ヴァンさんなら、やる。


 それにしても、いきなり最悪の症状までぶり返すとは。それほどG○ョックが大きかったのかな。今まで、ローデンで見かけなくてよかった。ほんっとうに、よかった。


「ん? どうした、寒いのか?」


「あ、うん。寒気と言えば、そうかも」


「もしかして、ななちゃんの苦手なもののことを思い出したのかしら?」


 ・・・アンゼリカさんのスーパー千里眼は、どこまで見通してるんだろう。


「そっちの解決策も立てとかないとな〜。いつどこで正体曝してしまうか、怖くて出歩けないよ」


 [魔天]では、魔獣化したものなら多種多様に見かけた。カラフルな彼らには、Gのような恐怖は感じない。

 きっと、都市限定生物なんだ。そうに違いない。


 ・・・ますます、向う気が失せた。


「う〜〜ん。そりゃ、困ったな」


「ヴァンさんは別に困らないでしょ?」


「おめえが出歩けないのは困るだろ?」


「だから、ヴァンさんは困らないでしょ」


「おめえが困ってるって言ってるんだよ」


「・・・あれ?」


「俺がおめえの心配しちゃいけないのかよ!」


 真っ赤になって怒鳴りつけるヴァンさん。しかし。


「困るのはボクだけだし。ヴァンさんが困る理由が判らない」


 あ、沈んだ。


「こいつ、どんだけ、どんだけ鈍いんだ・・・」


 鈍いとは失礼な。


「耳はいいよ? うん。近くに魔獣は居ないみたい」


 ヘビもオオカミも遥か彼方。ちっこい虫がコロコロと鳴いているだけだ。

 ほら、わたしの索敵能力は、かなり強力。街の中では、遮断しておかなければ、うるさすぎて頭痛がするくらい。


「そうじゃねぇ〜〜〜〜」


 とうとう地面に突っ伏した。アンゼリカさんも、座り込んでいる。


「やっぱり、お腹すいてるんじゃないの? 四葉、干し肉出してくれる?」


 流石に、お茶は出せないから、これで勘弁してもらおう。


「こんだけやって、どこがお人好しじゃないってんだよ」


「だって、ここ[魔天]だよ? 空腹で倒れたら、そのまま魔獣の餌食になっちゃうじゃないか」


「・・・だめだ。こいつ、判ってねぇ」


「あのね。ななちゃん」


 それから、二人して代わる代わるにわたしのことをどう思っているかを、延々と、延々としゃべり続けた。


「だからな? 好きな野郎とか、友人とか、気にするし心配もするのは当たり前なんだよ」


 二人が、こんな姿のわたしに対しても好意的である事は理解した。


 しかし。


「じゃ。ボクは、例外ってことで。気にしない方向で」


「何を聞いてたんだおめえは!」


「そっちこそ、ボクの話、聞いてる?」


「俺の話を無視するんじゃねぇっ!」


 わたしのことは野生に放牧でいいって言ってるの。


「ななちゃん。自分の子供がひとりぼっちで構わない、なんて言っていたら、もう眠れないほど心配するのよ」


 本当の親子ならね。


「ボク、アンゼリカさんの子供じゃないもん」


「ななちゃんは、わたしの子供なの。わたしがお母さんなの! そう決めたの」


「言ってるのは、アンゼリカさんだけだし。ボク、認めてないし」


「あら、こういう事は、言った者勝ちなのよ」


 立派すぎる胸を突き出して、鼻息荒く宣言するアンゼリカさん。


 とことん、話が通じていない。


「そろそろ、ボク、お腹すいちゃったな」


 じゅるり。


 わざと舌なめずりしてみせた。こうなったら、脅し付けて追い返そう。


「自前であんな旨いもん作って食うやつが、俺達みたいなのに手を出す訳ないだろ?」


「さっき貰った干し肉なら、まだ残っているわよ?」


 ・・・作戦、失敗。


 ため息をつきそうになる。

 が、ぐっとこらえた。魔力調整もうまく効かない。ここで、極寒ブレスなんか吐いたら、二人とも氷漬けになっちゃう。


「二人とも、今夜はどうするの? 今のうちに移動しないと、暗くなる前に[魔天]から出られないでしょ」


 だから、さっさと帰れ!


「おめえを説得するまでは、動かねえ!」


「沢山、お料理持ってきたのよ。ななちゃんも食べるでしょ?」


 干し肉、出す必要なかったじゃん。それに。


「・・・どうやって?」


 人一人をぱっくり出来そうな口では、量が少なすぎて、味わう事も出来ない。せっかくの料理なのに、もったいなさ過ぎる。


 それにしても。


 わたしを連行する為だけに[魔天]に吶喊してきたって、どんだけ無謀な事してるんだ。

 もう、わたしの知った事ではない。完全に陽が落ちるのを待って、逃げ出そう。


 と、思ったのに。


「・・・ちょっと、ヴァンさん。何してんの」


「ああ? 少しぐらいいいだろ?」


「少しじゃない! ヴァンさんのエッチ!」


「どこがだ! おめえの腹、寄っかかってるとあったけえんだよ。毛布代わりに使わせろ」


「やだ! アンゼリカさん、これ取ってっ!」


「そうよねぇ。ななちゃん。女の子だもの。こんな年寄りに懐かれても気持ち悪いわよね」


 アンゼリカさんも、言うねぇ。


「アンジィ! 何だよその言い草は。ひでぇじゃねえか。って、なんだよ」


「ななちゃん。わたしもご一緒させてね」


 ・・・おやぁ?


「あのー、二人とも? まだ明るいよ? それに、そこから離れて欲しいなー、なんて」


「けちくさい事言うな」


「ああん。すべすべなのね。なにかお手入れしているの?」


 ・・・聞いちゃいない。


 アンゼリカさんが取り出した毛布にくるまり、料理を食べながら、わたしがどれくらい鈍いのか、とか、悪役騒ぎ後の街の人の評判とかを、頼みもしないのに喋り続けている。

 そのうちに、二人とも、すっかり寝入ってしまった。


 わたしの横腹を枕にしたまま。


 モリィさん便、プラス[魔天]最速移動、プラス罠設置。疲れては、いたのだろう。


 だがしかし!


 もしもし? ここ、[魔天]なんですけど? それに、わたし、怪しい謎生物ですよ? それを目の前に熟睡するなんて。無防備すぎやしませんか? ねえ、ちょっと?




 結局、朝まで起きてくれなかった。離れてくれなかった。ヴァンさんのくせに、寝相はいいらしい。


 そして、わたしは、眠れなかった。


「ふわぁ〜〜〜っ。よく寝たぜ。って、お、おう、ロナ、おはよう」


 寝起きもいいらしい。もぞもぞ動いていたかと思うと、毛布の端から腕を伸ばしてきた。


「おはよ。そりゃ、いい夢も見られたでしょ。うら若き女性の腹に抱きついてたんだから」


「は、ハーッハッハッハッ! 誰がうら若きじょせひべっ」


 天誅!


 そーっとしっぽの先を伸ばして、足を掬ってやったのだ。

 骨折は、してない。よし、問題ない。転ばせた後で、しまった、と思った事は内緒にしておこう。


 それは置いといて。


 わたしは、見かけはともかく、永遠の二十九歳なの! 失礼な。


「ななちゃん。ありがとうね。よく眠れたわ」


 こちらは穏やかに体を起こして挨拶するアンゼリカさん。立ち上がって伸びをして・・・。


「それ、いいの?」


「いいのよ。これくらい」


 踏んでます。わたしがひっくり返したヴァンさんの腹を、思いっきり。


「ななちゃんに、不埒なことを言うからよ」


「けっ。人の忠告も素直に聞きやがらないこまっしゃくれたガキだろぉうぇえぇ〜〜っ」


 今のは、ばっちり鳩尾に決まったな。


「それで、考え直してくれたかしら?」


 まだ、その話? もー飽きた。


 顔を背けて、聞く気がないポーズ。ついでに耳の裏をポリポリポリと。


「誰にも話さないって約束しても?」


「フェンさんにはばれるでしょ」


 ななしろがアルファだったって事、知られてたもんね。


「ふふっ。大丈夫よ。フェンも知らない秘密は、まだ沢山あるのよ」


 自信たっぷりに言うアンゼリカさん。でもなー、そう言う人に限って、ついうっかり、があるし。


「ななちゃんには教えてあげるわね。あのね、フェンの父親なんだけど」


「あ、おい!」


 そう言えば、アンゼリカさんの旦那さん、というかフェンさんのお父さんの名前は聞いた事ないな。フェンさんも知らないの? んで、そこで、何故ヴァンさんが慌て・・・え?


「そうよ。ヴァンが父親なの」


「え、えーーーーーっ!」


「声がでけえっ」


 耳を塞ぐヴァンさんと、胸を張るアンゼリカさん。


「あ、ごめん。でもさ、何で内緒?」


「この人、恥ずかしがってて、どうしても名乗れないって言うから、ね」


「でも、でもでも、夫婦なんでしょ?」


「違う」


「うふっ♪」


 あ〜、若気の至りってやつか。とはいえ、どう見てもアンゼリカさんが弄んだ方、に見える。悪女?


「わたしが現役ハンターをしていた頃、この人、ものすごく人気があったのよ。それで、ちょこっとお付合いしていた時に、身ごもったの」


「俺が、大怪我した直後に、それを教えられてな。だが、結婚はしたくないって、言い張りやがって。それなら、父親の名前は教えるんじゃねぇって売り言葉に買い言葉で言っちまったのを真に受けやがって」


「あら、今から教えてもいいの?」


「やめてくれっ」


 素直じゃないなぁ。


「怪我と言っても、一年もすれば[周辺部]での採取ぐらいは出来たのに、いきなり引退宣言するし」


「そりゃ。おめぇ。子供を育てながら、宿屋を開くなんて、一人じゃ無理だと思ってよ」


「要らないわよ。狩り一本やりの男なんて。客寄せにもならないじゃないの」


 あれ。人気あったんじゃないの?


「出来るって言っただろうが! でもまあ、ちょうど当時のギルドマスターから後任を打診されててよ。で、そのまま・・・」


 ごにょごにょと口ごもるヴァンさん。

 なんとまぁ。がさつなチョンガーは、実は純情老人だったのね。


「それでね。まだフェンには知られていないの」


「当時、噂になっちまった女性が何人も居た所為もあるんだがな」


 木を隠すなら森の中。とは言え。


「不潔」


 純情老人は取り消し。ただのスケベで十分だ。


「違うっ! 結婚しようと思ったのはアンジィだけだっ」


「噂が立つような事をしてたんでしょ? やっぱり不潔」


「そうね。ヴァンはわたしより十五年上、だったかしら?」


「不潔ーーーーっ」


 ロリ男だったのか!


「俺から声を掛けたんじゃねぇっ」


「ねえ。しょっちゅうボクに声を掛けてきたのも、その所為?」


「違うって言ってるだろうがっ」


 どうだか。前科者の言う事は素直に受け取れない。


「あの頃は、ふくよかな女性が好みだったわよね」


「アンジィ!」


 ってことは。


「女性に押し倒されまくってた?」


 優柔不断も追加しよう。


「・・・勘弁してくれ」


 精神的ダメージ百パーセント。


「そういうことだから。わたし達が黙っていれば、知られる事は無いわ」


 まあ、アンゼリカさんの口の堅さは信用してもいいかもしれない。


「ヴァンさんがついぽろり、ってことは?」


「これでもギルドマスターだったんだぞ。他所に出せない話は、いくらでもある!」


「自分で、「これでも」って言っちゃうところがねぇ」


 あやしい。


「揚げ足取るなっ」


「そうねぇ。そんなに心配なら、ここで締めておきましょうか?」


「げっ。アンジィ!」


 抜く手も見せずに、姿を現した細い剣。ものすごく、自然な格好。


「アンゼリカさんってば、もしかしなくても、凄腕?」


「あ、ああ。「舞姫」って二つ名持ちだ」


「ヴァンさんよりかっこいいじゃん」


「ほっとけ!」

 深刻な話し合いになると思った?

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