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露呈

 前門の虎、後門の狼。


 タイムリミットも近いというのに、こんなところで足止めされるとは。


「二人のいい分は判ったからさ。下ろしてくれない?」


「だめだ」


「駄目よ。逃げちゃうじゃない」


 そりゃ、逃げるけどね。


 じゃなくて!


「だって。これ、盗賊を縛ってたロープをかき集めて作ったんでしょ?」


「それがどうした」


「引き千切っちゃったら、もったいないかなーって」


「出来るもんなら、やってみやがれってんだ」


 鼻息荒く、反っくり返るヴァンさん。

 まあ、「不殺のナイフ」でしか切断できないロープを素手でブッ千切るとは、普通は思わない。思いつくはずもない。

 わたしは、後ろ手で密かに千切ってますけど。死ぬ気でやれば何でも出来る。しかし、手強い。間に合うかな。


「来てるのは、二人だけ?」


「ええ。それがどうかしたのかしら?」


「いや。ずいぶんと早い到着だなぁ、と思って」


 ローデンと砦は、馬を飛ばしてほぼ一日の距離にある。ここは、砦から更に奥まっていて、馬では入り込めない場所だ。[魔天]入り口まで馬を使ったとしても、そこから人の足で一日は掛かるはず。瞬間移動の魔法陣なんか、あったっけ。


「[魔天]の入り口まで運んでもらえないか、モリィさんに「お願い」したのよ」


 アンゼリカさんの「お願い」?


「脅迫、の間違いでしょ」


「いんや。おめえが逃げるつもりかも、って言っただけだぜ」


「大喜びで運んでくれたわ」


 モリィさん、なんてことを!


「えらい気合いが入ってたよな」


「いろいろと準備して街門を出たとたんに、両手に掴まれちゃったのよ」


「運ばれている間は、生きた心地はしなかったぜ」


「・・・うわぁ」


 確かに、背中は許していない。長老さんに怒られることも無いだろう。それにしても、ドラゴンの手掴み。想像するだけで、涙が、いや、笑いが。


「流石に[魔天]には入れなくて、地団駄踏んでたからな。もし、おめえを引きずり出せなかったら、俺達が制裁を受けちまう」


「あら。モリィさんはそんなことはしないわよ?」


「どうでもいいけど。下ろしてよ」


「「駄目だ」よ」


「けちぃ」


 マジでタイムリミットが。


 せめて、蜂蜜漬けで時間稼ぎをしたい。移動中にかっ込んどけばよかった、と言っても後の祭り。

 こっそり、種酒を四葉さんに預けておく。三葉さんには、てん杉の実の蜂蜜漬けを。・・・口にする隙があるかな。あ、ありがと。


「何飲んでやがるんだ?」


「駄目元の薬酒」


 これで、少しは保つはず。


「そんなもんがあるなら、さっさと飲んどけ!」


「飲んどけったって、手が出せなかったんだってば」


「あらあら。そうよね。でも、砦でも飲むことは出来たでしょ?」


「あ。そうか」


「そうか。じゃねえ! とぼけやがって」


「とぼけてるつもりは無いってば。材料がね〜。あまり、人に知られたくなくってさ。聞きたい?」


 あんなに人が居るところで、気軽に取り出せる代物ではない。本当は、焦りまくってて、思い出しもしなかっただけ。とは言わない。


「・・・バッドじゃねえだろうな」


 何故にバッド? あれは、二日酔いにしか効かない。ハッピークッキーの隠し味には使えたけど。マイトさんの睡眠薬にも使えたけど。


「トレントの種、をね」


「おめえっ! 死ぬぞ?!」


 トンデモ植物(型の魔獣)のトレントの実も種も、魔獣でさえ、食べ過ぎれば死ぬことは知られている。まして、人は、口にすることすら出来ない。


 でもね。ロナちゃんは人じゃないんだもん。おやつ代わりに食べてまーす。てん杉に至っては、主食にもなる。


「馬鹿力を元に戻せないか、いろいろと試したんだってば」


 実際にやらかしたのは双葉さん。実験体として弄ばれてしまったわたし。いやいやいや。必要だったの。他に試せる人はいないんだから。


「あの、黒クッキーもか?」


「あれは、おまけ」


「クッキーって、なあに?」


 こんな場所だというのに、甘味には反応するのね。


「ちょっと薬草を混ぜただけじゃん」


「ありゃ、ちょっととは言わねえ!」


「まあ。興味あるわね。どんな味なの?」


「普通にクッキーの味だけど?」


「炭みたいに真っ黒なんだよ。とても食い物には見えねぇ」


 ペルラさんの工房で、人一倍平らげてたくせに。


「二人とも、お腹すいてるでしょ。食べる?」


「まあ。うれしいわ」


「じゃ。ほどいて」


「「駄目」」


 ちぇっ。懐柔策も効果なかった。


「おめえが、ローデンに帰るってなら解いてやる」


 ニヤニヤ笑いが気色悪い。


「危ないから、避難してきたのに」


「説明を省くなって言ってるだろうが!」


 うんうん。ヴァンさんは、怒ってなくっちゃ。




 三葉さんが頑張ってくれたけど、わたしを閉じ込めたネットを下ろすことは出来なかった。どうやら、結び目がほどけなかったらしい。腐っても、元トップハンター。侮り難し。


 その上、網を切る為のナイフは、マジックバッグから取り出すたびに、手から叩き落とされた。四葉さんにも拾えなくて、そのまま地面に転がっている。

 落としてくれたヴァンさんも拾えない。びりびりナイフに名前を変えようかな。


「また、変なもん、作りやがって」


「ボクにもよく判んないんだけどね〜」


「素材の性質なのかしら?」


「どうなんだろう。師匠の倉庫にあった物を使ったんだ」


 首長竜の鱗は、倉庫、もとい「山梔子」にごまんとある。そのうち、使ったのは、まだ二、三枚だ。どうしたものか。ああ、毒血も早く処分しなくちゃ。って、虫布の染色以外の解毒方法が、まだ見つからない。


「でも。ダグの人達が勘違いするのも判る気がするわ」


「魔道具でも、こんな物作れねえだろ」


「わたしは、聞いた事無いわね」


「俺もだ」


「じゃ。作ってみる」


「止めとけ!」


「え〜」


 ナイフに『瞬雷』を組み込めば、うん、似たようなのが出来るね。術式のコンバートは、何とかなる、だろう。多分。


「あらあら。今、お話することでもなかったわね」


「そうだった。おい。なんでローデンに向かわなかったんだ?」


「さっきも言ったじゃん。危ないって」


「ねえ。何がどう危ないというのかしら?」


 あっさり捕まっておいて、危ないとはこれ如何に? いやいやいや。これは、アンゼリカさん達の仕掛け方が巧妙すぎた所為。わたしの油断ではない。ないったらない。


「ボク達が向かってた砦は見てないの?」


「おめえに見つからないように、街道の西を大回りして、ダグとノーンの間から[魔天]に向かってもらったんだ」


「もう。モリィさんったら、「ダーリン! 今行くわっ」とか言って、なかなか言うこと聞いてくれなくって」


「あからさまに追いかければ、こっちを見つけたとたんに遁走するだろうから、先回りして捕まえるんだって、言い聞かせたんだけどな」


「砦の場所はヴァンに教えてもらって、ななちゃんが選びそうなルートを予測して待ち構えていたの」


 アンゼリカさんの千里眼、恐るべし。逃走経路まで予測しちゃうんだ。ええ、ワタクシ、ピンポイントで踏み抜きましたよ。これって、最初から詰んでた?


「でも、でもでもね。「発作」が起きなかったら、ローデンに戻るつもりだったんだよ?」


「本当かよ」


「あの箱。どろぼーに預けたままにしたくなかったもん」


「誰が泥棒だっ」


 ばかん!


 アンゼリカさんがヴァンさんをぶん殴った。


「もう。乗せられちゃ駄目でしょ。それで、砦がどうしたの?」


 あああ、誤摩化すことも出来やしない。


「・・・ななちゃん?」


「砦、壊しちゃった。もう、使えないと思う」


「「え?」」


「見たくない物を不意打ちで見ちゃって慌てて。んで、石を投げまくってたら、砦の石壁がガラガラと」


 石壁に使われる石材は、大きくて、重い。それを、粉々に打ち砕いてしまった訳で。砦に再利用するには不可能な位に。


「・・・」


 あまりの報告に、ヴァンさんはすぐに声が出せないらしい。うん。無理も無い。


「もっとも、投げてるときは無我夢中だったから、よく覚えてないんだ」


「ななちゃんにも嫌いな物があったのね」


 アンゼリカさん。なぜ、そこで嬉しそうなの。


「おめえともあろうもんが、情けねぇ」


 ほぉう?


「あ。ヴァンさんの後ろにモディクチオ!」


 びくん! ヴァンさんは、固まった。そろりと振り返り、あの紫の節足動物が居ないことを確認し、大きく息を吐く。


「ほーら。人のこと、言えないじゃん」


「てめえっ!」


「あらあらあら。ヴァンったら、ばれちゃったの?」


「ウォーゼンさんと三人でピクニックに行った時にね〜」


「ぐあぁあああっ」





 あ。





 え、ええと。




 ヴァンさんをからかってる場合じゃなかった。さっき、種酒を飲んだのに。いや、そうじゃなくて。


 踏みつぶしてないよね?


「な、なんだ?」


「ななちゃん?」


 ほっ。無事だ。よかった。


 じゃなくて!


 無事なのは当然として。




 ・・・どうしよう。ばれちゃった。




 証拠隠滅?


 駄目駄目駄目! それは駄目。二人には、何の落ち度も無い。




 ならば。


 これしかない。




 二人を潰さないように、体を反らせて、のど元を曝す。


「ななちゃん?」


 目を瞑って、その時を待つ。


「何しているの?」


 何って、成敗するんでしょ? ええ、抵抗なんかしません。


 ぺちぺち


 わたしの横腹を叩いている。切腹? それって、即死しないんですけど。


「こりゃ、逃げるしか無い訳だ。しっかし、でけえな」


 うう。さっさとしてくれないかな。あ、そうか。サイクロプスが動けなかったのも、こんな気持ちだったからなのかな。斬首台の前には長居したくはない。


「ななちゃん。こっちを見て、ね?」


 見られる訳、ないでしょう。恐怖、嫌悪、憎悪。そんな目で見られていると知って、平気では居られるはずがない。


 せめて、一思いに、さくっと。


「そうね。ななちゃんのことを知らないで出会っていたら、剣を向けていたわね」


 柔らかな手が、わたしの鼻先を撫でる。撫でている。


「でもね。ななちゃんが、やさしくて、やさしくて、優しい子だと知っているもの。どんな格好をしていても、ななちゃんは、ななちゃんだもの。ね?」


 優しくなんか、無い。


「なあおい。もしかして、俺達が怖いのか?」


 ええ。怖いですとも。これから、吹聴される噂が。


 Gは叩き潰してしまえる。でも、人のうわさは、そうはいかない。簡単には消せない。むしろ、たっぷりの尾鰭背鰭がくっ付いて、どこまでも拡散して行く。

 賢者と呼ばれていた頃、あれやこれやに振り回されて、もう散々懲りましたとも。精霊世界でも、異変の解除より、うわさ話が引き起こす騒動の方がダメージが大きかった。

 あれは、体の大きさ関係無しに、個人で対決できる相手ではない。


 な、何が可笑しいの?


 笑うなーーっ!


 って、あれ? ヴァンさん、笑ってる?


 馬鹿にしてる系、ではなくて、面白がってる、様に聞こえる。


「なんで、ボクを、殺さないの?」


「それこそ、なんで、おめえを殺さなきゃ、ならないんだよ」


 べちべちべち


 さっきよりも強く叩く手。でも、どこか優しい感じがする。


「だって、だって。ボク、化け物だし」


 はぁ。って、ため息付いてるよ。なんで。


「アンジィも言っただろ? 正体がどんなもんであれ、おめえは、おめえだろうが」


「いやいやいや。その正体が肝心でしょ?!」


「それがどうした。俺達には関係ないね。それよか、いい加減こっちを向きやがれってんだ。また、アンジィが落ち込んでるじゃねえか」


 へ?


「やっぱり、本当のお母さんでないと、駄目なのかしら」


 そーっと薄目を開けてみると、・・・地面にうずくまって何やら引っ掻いている。のの字? そうか、そう言う習慣もあるんだ。


 じゃなくて!


「本人にもよく判ってない正体不明の謎生物なんだよ? もっとこう、警戒したり怖がったりするもんじゃないの?!」


 人が、己と異なるものに恐怖を覚えるのは、とても当たり前の事。人同士であっても、ちょっとした意見の食い違い、見た目の違い、言葉の違い等が、血で血を洗う凄惨な争いに繋がる。


 まして、わたしの姿は。


「なるほどなぁ。おめえが、何でも一人でやりたがる訳だ。だがな。それはそれ、これはこれだ。おめえは、俺の戦友なんだぞ。怖がる理由がどこにあるってんだよ」


 さも当然のように、究極変な主張をするヴァンさん。


「だーかーらーっ。普通の人は怪しい者を受け入れられないって言ってんの!」


「おめえのどこが怪しいってんだ?」


 のお〜〜〜〜〜〜っ!


 話が通じてないっ。


 体を起こして、背中が見えるようにした。


「ほらほらほら。つばさが四枚あるし、しゃべるし、でも人の形してないし。怪しいでしょ? 変でしょ。おかしいでしょ!」


「竜の変種じゃねえのか?」


「モリィさんは[魔天]に入れないし、魔獣も食べられないし。だから、ボクは竜とは違うって!」


「だから変種なんだろうが」


「違うってばっ」


 ぽんこつヴァンさんは、恐怖ポイントがずれまくっているらしい。トップハンターだったからといって、ここまで無反応って、おかしくない?


「ねえ。アンゼリカさんも言ってやってよ・・・」


「やっと、やっと話してくれたわ。お母さん、うれしい」


 通じてない人、その二だ。


「・・・も、いい。帰る」




 二人がわたしを殺す気がないのは判った。それだけは、うれしい。


 それだけで、いい。




「待ちやがれ!」


「あ、あああ、危ないじゃないのさ!」


 もう少しで、飛び出して来たヴァンさんを前脚の下敷きにするところだった。なんて心臓に悪いことをするんだ。


「おめえ。二度とローデンに帰ってくるつもり、ねえんだろ?」


「当然じゃん。こんな怪物が、人の街をうろついていて、いいわけ無いでしょ」


「俺達が黙っていればいい話だろうが!」


「街に行く理由が無いもん」


「わたし達が居るのに?」


「え? 行かなきゃいけないの? どうして?」


「「「・・・」」」


 しばらくして、またアンゼリカさんが、泣き出した。


 そして、ヴァンさんは。


「おめえとは、一度、きっちり腹を割って話し合いたいと思ってたんだがよ。いい機会じゃねえか。おい。そこに座りやがれ」


 ドスの聞いた声で地面を指差した。


「説教なんか聞きたくない」


「説教じゃねえ! お互い、言いたいことを全部、洗いざらい語り合おうぜって、言ってるんだよ」


「ボクはいつも言ってたよ? 静かに暮らしたいって」


「ローデンでやらかしたあれこれはどう説明する気だ」


 巻き込んだ側が言う台詞じゃない、と思う。


「成り行き?」


 他に何と言えばいいのだろう。わたしの方が、盛大に文句を言いたいくらいなのに。


「だけじゃねえだろうが。お節介ばっかり焼きやがって」


 ん? 持って行ったのはお土産だけだし。料理はあちこちで脅迫されたからだし、自分が食べたかったついででもあったし。


 あ、そうだ。


「でもないよ。悪役デビューした♪」


「あの手紙の山は、そうは受け取られてないって証拠だぜ?」


 いやいやいや。ローデンの人達の感性がおかしい所為だ。それとも。


「手緩かったかな?」


「あれ以上、何をどうする気だったんだよ、おい!」


「うーんと。あちこちの工房に素材をたんまり押し付けて、市場経済の混乱を目論むとか〜。街の中で落書きするとか〜。あ、ヴァンさんの恥ずかしい話をエンドレスで流すとか」


 ただ、最初の案は、物量の加減を間違えるとローデン一国では済まなくなりそうだったから、除外した。思い切って実行するべきだったかも。


「・・・壮大なんだか、みみっちいんだか、よく判らねぇ」


「街中の人達からうっとおしいって言われるようになれば、顔を出さなくても気にしなくなるでしょ」


 そもそも、主目的はレン対策、だったからねぇ。やっぱり、もう少し厳しくするべきだったか。


「そういうもんか?」


「そんな訳ないわ。ななちゃんを嫌う人なんか居ないもの」


 泣き顔のアンゼリカさんが参戦してきた。


「そうかな。牢屋に入ってた時は、二度と来るなのコールで送り出されてきたよ」


 いやぁ。あれを聞いた時は、スカッとした。


「そいつらは、囚人、チンピラだろうが」


「街の住人には、かわりない」


「こいつ。判ってねぇ」


 と、ヴァンさんは頭を振り。


「まあ。ななちゃん。かわいいわ!」


 と、アンゼリカさんは感激していた。


 ・・・かわいい?

 いよいよ、大詰め!

 でもありません。まだまだいけます。先は長いです。・・・頑張ります。

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