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発作

 ムラクモが角を振り回しているというのに、隙あらばメヴィザさんをかすめ取ろう、もとい抱きつこうと、右往左往している。


 まるで、毛布を無くしたラ○ナスのよう。


 あるいは、親鳥を探すひよこ。


 ・・・魔獣にそんな性質あったっけ?


「そんなに怖いのなら、さっさと森に逃げ帰ればいいんだ」


 諦めの悪いサイクロプスに、ますます腹が立ってきた。


「それはそうなんだろうが・・・」


「メヴィザさんは嫌だって言ってるんだし」


「そうなんですよ! そうなんですけど」


 細い声で、きゅるきゅると啼いている。いや、泣いている。ふん。わたしに泣き落としは効かない。


「痺れ薬で足止めしている間に移動したとして、追いつかれると思う?」


「逃げ切れたとしても、この調子なら、ローデンまで追ってくる、だろうな」


 ユードリさんも同意した。サイクロプスは、案外足が速い。嗅覚も優れている。いつまでもどこまでも追跡してくる、気がする。


「そんなっ!」


 おーあーるぜっと。めびざまじゅつしは、ひゃくぽいんとのだめーじをうけた。


「どうしても連れて行けないって言うなら、ボクがやる」


「ロナ殿?」


「出来るだけ苦しまないようにするよ」


「ロナ! それって」


 攻撃してきた訳でもない、自分が食べる訳でもないのに、殺さなければならない、というのは、つらい。

 サイクロプスは、運悪く巻き込まれただけ。


 それでも。人の都合を優先させる。それが、わたしのけじめだ。


「あ、え。ロナさん? 他にもっと良い方法は」


 流石に、慕ってくる動物を殺すのは抵抗があるらしい。でも、


「他にどんな方法がある?」


 立ち木に括り付けても、根っこから引き抜いてきそうだし。手足を縛って放置すれば、結局他の動物の餌にされるだけだろうし。


「ぶん殴って気絶させて[魔天]の奥に放り込めたとしても、メヴィザさんを探しまわった興奮状態のまま街道に突進してきて、結局討伐される。とか」


「「「・・・」」」


 そろそろ、ムラクモも限界のようだ。まだ、片手だけだけど、爪を振ってムラクモを押しのけようとしている。あの二頭が本気で暴れ始めたら、この場の人員では取り押さえられないだろう。


 わたし?


 足下の小石を拾って、軽く握る。握り潰され、壊れた破片が指の間からこぼれ落ちた。


 だめだこりゃ。


 取り押さえるどころか、息の根も止めてしまう。もうじき、変身限界も来る。なんとしても早期解決して、退散しないと。


「ロナ殿・・・」


 胡桃よりも容易く粉々になった小石を見て、ウォーゼンさんが声を詰まらせる。


「うん。これ以上迷惑はかけられないしね」


 ゆっくりと立ち上がる。さて、首を折るにしても、勢い余ってもぎ取りそうだし。指弾はこの場では使えない。一番スマートなのは「椿」、かなぁ。


「ロナさん。待ってください」


 メヴィザさんから、サイクロプスに近付いて行った。


 きゅろろぉ


「あなたが、わたしを助けてくれるという気持ちは、とても嬉しいです。でも、先ほども言ったように、私が暮らす場所が、あなたに取って住み良いとはとても言えません。それに、あなたにも人の法が係ってきます。好き放題に振る舞えば、その場で殺されても文句は言えないのです。わたしは、あなたが傷付くところは見たくありません。どうか、森に帰ってください」


 いやいやいや!


「・・・街では、わたしは、あなたをわたしの所有物として扱うことになるのですよ。受け入れられないでしょう?」


 メヴィザさんの正面にきちんと座り込むサイクロプス。


「今のあなたは、少々興奮しているだけです。落ち着いて、もう一度考え直して・・・」


 いやいやいや!


「わたしは、あなたを連れては行けないんです。わかって、下さい・・・」


 魔導ランプが近付いてくる。と思ったら、四葉さんだった。サイクロプスとメヴィザさんの間に、ランプを置く。今度は、三葉さんが降りて行った。また通訳するつもり、らしい。


『めー、ユウカン、ヤサシ。ダイスキ』


「勇敢で優しい。ですか。買いかぶり過ぎですよ」


 ぷるぷるぷる


『イク、イッショ。タスケル』


「なんとも、肝の座ったサイクロプスだな」


 ウォーゼンさんが、地面の文字を覗き込んでいる。


「座ってなくて、大丈夫なの?」


「ああ。ロナ殿の薬がよく効いている」


「痛みは感じないかもしれないけど、治ってる訳じゃないんだから」


「了解した。で、メヴィザ、どうする?」


「やっぱり、こうひと思いにさくっと」


 びくうっ!


「ロナ殿。脅すな」


「脅してない。そこの単純サイクロプスに現実を認識してもらおうと」


「それの、どこが脅しでないって言うんだ」


 ユードリさんもやってきた。


「聖者様の従魔達も居るんだし。ローデンなら、それほど騒ぎにならないだろ」


 マイトさんも戻ってきた。


「マイト。ご苦労」


「いえ。メヴィザがサイクロプスに懐かれまくってる、って言ってきました」


「マイトさん!」


「そしたらさ。聖者様以来じゃないかって、もー野次馬が五月蝿くて」


 メヴィザさんが顔中に汗をかいている。


「わたしは、したっぱ魔術師で、そんな、聖者様に比較されるほどの、」


「図体は賢馬殿よりも大きい分、目立つよな」


「ほら。迷惑だってさ。ちゃっちゃと帰ろうよ」


 いやーーーーっ!


「あ」


 抱きついた。メヴィザさんに、正面から。しかし、体格差があり過ぎる。犠牲者は毛皮に埋まってしまった。もふもふ?


「ロナ殿。逆効果だった、のでは」


「ウォーゼンさん。なによその非難がましい目は」


「だって、なぁ」


 ああもう、じれったい。


「サイクロプス! メヴィザさんを放すか、この場で首を差し出すか。どっちがいい?」


 抜き身の「椿」を突き付けた。ほれ、ほれほれほれ! どうするの!


 ・・・・・・おや?


「・・・なあ。こいつ、腰、抜けてるんじゃないか?」


「いや。気絶、しているぞ」


 ムラクモが鼻先で突いている。が、反応がない。それでもメヴィザさんを放さない。窒息してないといいけど。


「肝の小さいやつ」


「「「それ、違う」」」


「ま、いいや。後は、二人で何とかなりそうだし。ウォーゼンさん、うまくフォローしてね」


 「椿」を仕舞った。この感覚は、かなりまずい。


「え?」


「ちょっとやばそうだから。ボク、このまま帰る」


 ムラクモがいち早く反応した。


「あ、うん。アンゼリカさんには、ごめん、って謝っといて」


 かぷっ かぷかぷっ


「そう何度も、捕まえられるわけにはいかないって」


 ふふん。ムラクモの胴の下に潜り込んだのだ。むなしく、宙を噛み締めるムラクモ。


「ロナ殿。英雄症候群の症状を抑える薬ならローデンにあるが」


「一時的な物でしょ? それに、ローデンの街を、この砦と同じ目に遭わせないとも限らないし」


「・・・」


 ドリアードの根の粉末なら、わたしも常備している。でも、今のわたしには効果がない。それどころか、前回の回復期間中、服用した直後に変身が解けてしまった。などとは、絶対に教えられない。


「石を投げなければいいだけだろ?」


「人は、石より脆いでしょ」


 もう一度、石を拾ってパフォーマンスしてみせる。目一杯、緩く握ったってのに、ぽろぽろと砕ける。


 げーっ! もう、いつ変身が解けてもおかしくないよ。


「ムラクモ殿の背に乗せていただければ」


「ボクが手をついた時点で、背骨が折れる」


 ムラクモの動きが止まった。これは、脅しじゃない。多分、本当にそうなる。


「俺が、押し上げてやる」


「ウォーゼンさん。肋骨だけじゃなくて、腕も折りたい?」


「「「・・・」」」


 何せ加減が効かない。どれだけ慎重に動いても、打ち身に捻挫、最悪、骨折させてしまうのは目に見えている。


「ここから保護施設に入るまでの被害が想像付くね。騎士団員は、全員満身創痍、装備はぼろぼろ。馬達も何頭か失ってるかも」


「お、脅すなって」


「脅しじゃないよ? 確実な未来だって」


 ユードリさんの口も閉じた。


「だけど。そんな状態のロナをで放っておけるか!」


「あのねぇ。自分の命を守る方を優先しなさいよ。それに、前の発作の時も、ボク、一人で回復できたし」


「前は前、今は今だろ!」


 無謀にも、マイトさんが飛びかかってきた。片手にロープを握っている。いつのまに。

 ロープで縛り上げて、手足が動かなければ大丈夫だと判断したようだ。両腕諸共投げ輪に捕縛されてしまった。器用だねぇ。


 しかし。


 ぶちっ!


「あ、あーーーっ」


 すぐに、千切れた。


 あーあ、とは、わたしが言いたい。軽く肩をすくめただけで、この有様。あーあ。


「これで判ったでしょ?」


「マイト、止めておけ。それはともかく、ロナ殿が歩いてくればいいだけの話だ」


「それも無理っぽいんだけど。ま、いいや。見れば判るでしょ。後はヨロシクね」


「「「え?」」」


 すったかすったか。


 ・・・と歩いているだけ、なのに、見る間にサイクロプスの影が小さくなる。


「全員装備着用! ロナ殿を止めろ!」


 は?




 奇妙な鬼ごっこが始まった。


 運んできていた全身鎧は、総ロックアント製。見た目ほどの重さが無いので、身につける時間も早いのなんの。


 かなり空は明るくなっている。深夜のような足元の不安はない。詳細な作戦を指示する暇はなかったはずなのに、統制された動きで各々配置を固めていく。流石、精鋭部隊。


 目標がわたしだというところが、理不尽だけど。


 [魔天]方向に先回りしていた人達が、馬から下りた。大盾を並べて押し包むつもりのようだ。それなら。


「え?」


「踏み台ぃ!?」


 全員を地面に蹴り付けるはめになってしまった。まあ、蹴る力は五人に分散したから、せいぜい打ち身で済むはず。

 その次の班も、足蹴にした。・・・一人か二人、地面にめり込んだかもしれない。メヴィザさん、救出よろしく。


「まぁてぇーーーーっぶおぉぉぉ〜〜〜っ」


 タックルをかましてきた人は、そのままの勢いで走ってきた方向にはね飛ばされた。片手で振り払っただけで、これだ。もう、諦めてくれないかな。気が気じゃないんだよ、本当に。


「包囲陣!」


 おや。遠巻きの円陣を組んでいる。逃がさなければいい、ってか? 槍の穂先を突き付けて、降服勧告のつもりらしい。


「甘ーい!」


 一歩、二歩、ジャンプ。


「あ〜〜〜〜〜〜〜っ」


 走り幅跳びの要領で、彼らの遥か頭上を飛び越える。槍を突き上げても届かない。着地、ほっ。わたしの足は、地面に刺さらずに済んだ。内心、胸を撫で下ろす。ささ、このまま、急げ急げ!


「ロナさん。待ってください!」


 なんと、サイクロプスの背に乗ったメヴィザさんが追いかけてきた。ムラクモも並走している。


「仲良くなったんだ〜」


「英雄症候群なら、普段の生活も苦労するはずです。一人では行かせられません!」


 普通の人ならそうかもしれないけど。まーてんにいれば、てん杉の実だけで十分グータラ三昧出来るんだもん。


「だいじょーぶ。何とかなるって。それより、二人とも、お幸せに〜♪」


「違いますーーーっ」


 サイクロプスの背から滑り降りると、地面に手をついた。おーあーるぜっと?


 じゃなかった。


「うわお!」


 目の前に、小砦顔負けの土壁が瞬時にそそり立つ。


「止まってくだ、さ・・・」


 ばっかーん!


 ショルダータックル一発で、脆くも崩れさった。儚い夢だったね。


 きゅろろろろっ


 メヴィザさんの為に一生懸命、なのだろう。わたしに怯えまくっていたサイクロプスが、横合いから突進してきた。


「大事にするんだよっと!」


 繰り出された爪を軽く握って、ぽい!


 相手の勢いを利用しただけなので、それほどダメージは無いはず。でも、背中から地面に落ちた所為か、しばらくは動けないようだ。


「じゃあね〜」


 ああもう、急がなくっちゃ。


 ハンターさん達は、弓を持ってきていた。足止めのつもりなのか、揃って弓矢の嵐を降らせる。並走しようとしていたムラクモが、大慌てで回避した。


 そして、わたしは、「朝顔」を振り回して、叩き落とす!


「うそだろ?!」


 お礼に、痺れ玉を大盤振る舞いしてあげた。これなら一刻ぐらいで回復するし、周りに騎士団員も居る。野獣に襲われることは無いはず。


 あ、そうだ。


 ばたばたと倒れるハンターさん達の中央に、置き土産を投げ込む。


「砦を壊したお詫びに渡しといてねー」


 アンフィの骨格一式が入ったマジックボンボンだ。これで勘弁してもらおう。


 三葉さんと四葉さんは、わたしが二個目の小石を拾う時によじ登ってきている。「朝顔」は、ウォーゼンさんが目を覚ます前に、マジックバッグに仕舞った。他に、忘れ物は無いね。


 では。ダッシュ!


 「待ってくれ!」という声は、すぐに聞こえなくなった。

 これなら、サイクロプスが匂いで追跡してこようとも、追いつけないだろう。なにせ、ムラクモでさえ、遥か後方に置き去りにしている。


 [魔天]に入り込めれば、わたしの勝ちだ。


 立ち木にタックルしそうになるのを、必死で回避する。後もう少し・・・


 勝った!


 しかし、[魔天]に入ったとたんに、気が緩んだ所為か、数本へし折ってしまった。猛スピードで走っているわたしの腕に居ながら、それを拾って差し出してくる四葉さん。

 ・・・器用なのはいいけど、もったいない精神も程々に。貰っておくけどさ。


 [魔天]の木々は、[深淵部]に向かうほど大きくなる。言い換えれば、[周辺部]は割と密生している場所が多い。前回のように調整が利かなくて、変身ついでに押し倒すならともかく、あまり痕跡は残したくない。


 手頃な空き地を見つけたら、変身して飛んで帰ろう。


 へ?


 罠ぁっ!


 地面に隠してあったらしき、ネットに絡み取られた。それだけじゃない。宙ぶらりん。

 レンじゃないのに、気付けなかったとは。


 逃げよう。

 って、千切れない?! よくよく見れば、これ、トレントロープじゃん。少しずつは切れているようだけど、時間が掛かりそう。


 しょうがない。「黒薔薇」を引っ張り出して、切るしか無いな。しかし、取り出しにくい。この網、どうなってるの。早くしないとっ。


「本当に、掛かったぜ」


「ね? ここで待っていてよかったでしょ」


 じたばたもがいている間に、罠の仕掛人達がやって来た。


 ええ、声だけでも判ります。ヴァンさんと、アンゼリカさんだぁっ!


「なんだかんだ理屈をつけて、ローデンには戻ってこないつもりだったんだろうがな。そうやすやすと取り逃がすもんかい」


「あれだけ、無理しないでねって、お願いしたのに」


 二人とも、顔は笑っている。けど、声色は、ものすっごくお怒りのご様子。


「えーと、ですね? 理屈も何も、また「発作」が起きたみたいでぇ。砦を壊しちゃうくらいには、重症っぽいんで。街に入るのは、ちょっと、危ないかなーって」


 話しながらも、網から逃れようともがいて、更に絡まった。なんでっ。


「で? 黙って行くつもりだったんだろうが」


「ウォーゼンさん達には、ちゃんと説明したってば!」


 焦れば焦るほど、網が絡まってくる。三葉さん、手伝ってよ。


「おめえの「ちゃんと」はちゃんとになってねえんだよ」


「うちのお弁当を食べていれば、そんなことにはならなかったはずよ?」


 そんなことはない。

 遁走、ならず。

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