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サイクロプスの憂鬱

「「「・・・」」」


 悪は滅びた。もとい、マイトさんは、きちんと気絶した。


 あ、「楽石」を止めなくちゃ。


 四葉さんからは、鼻歌シリーズの「楽石」を取り上げる。あんなものを飲ませてくれた罰だ。返さないからね。駄目ったら駄目。


「・・・えーと。ロナ、さん?」


「なんで、マイトさんに」


「俺に飲ませるのではなかったのか?」


 三者三様に、ようやく口を開いた。


「一番、思い詰めてたみたいだったから」


「え?」


「そう、でしたか?」


 ユードリさんとメヴィザさんが、腑に落ちない、という顔をしている。


「やたらと軽口ついていたのも、緊張の裏返しだと思う」


「よく判ったな」


「とーちゃん。根は真面目でしょ?」


 ただのちゃらいお気楽兄ちゃんが、王弟殿下の傍付きを勤められるはずがない。今回の事件では、少々キャパシティをオーバーしたのだろう。わたしにも判っちゃったくらいだもんね。


「しかし、ですね」


「卒倒したぞ。危険はないのか?」


「ボクは、ちゃんと目を覚ましたでしょ」


「こんな苦しそうな顔は、今まで見たこと無い」


 レンの手料理よりは、ましだと思うけど。


「本当に、問題ないのですか?」


「ちょーっと、記憶は飛ぶかもしれない」


「「飲ませるなっ!」」


「材料は、二日酔いに効く木の実と酒だけ。毒じゃないよ」


「違うだろ?!」


 少なくとも、死にはしない。わたしは死んでない。だから、問題ない。


「二日酔い・・・。もしかして、陛下が即位以前に飲んだという、あれか?」


「へぇ。国王様御用達だったんだ」


「そうではなくてだな」


 アルファの時のあれやこれやを、わたしが知ってたらまずいって。だから、そう言うしかない。


「ユードリさんは知ってる? バッドの実だよ」


「げーーーーーーーっ!」


 おおう。絶叫した。ハンターでも知らない人が多いのに。


「ユードリさん。なんですか、その、バッド、というのは」


 メヴィザさんも、知らないようだ。


「[魔天]に採取に行く時、森の水は飲めないから、薄めた酒を持っていくんだ。ただ、たまに飲み過ぎて酔っぱらうハンターが居る、らしい。そんな時に使うのが、バッドなんだ、けど・・・」


 言い淀む、ということは。


「試したことがあるんだ〜♪」


「若気の至りと言ってくれ!」


 ほっほっほっ。素直でよろしい。


「効果は抜群。どれだけ酷い二日酔いにも効く。だけど、そうなんだけど、ものすーーーーっごい、えぐい味がする」


「実を丸かじりするんですか?」


「齧ったとたんに、悶絶するよ」


 口の中を洗い流してやらない限り、エンドレス。二日酔いどころはなくなる。


「果汁を絞って、一気に飲むんだ」


 搾りたての原液は、希釈しなければ相当期間保存できる。でも、採取してすぐに加工する必要があるので、やはり、都市部での流通量は多くない、らしい。エッカさんは知っていたみたいだけど。

 そもそも、[魔天]のど真ん中で、大量の果汁絞りをする余裕があるハンターなんか、滅多に居ないっての。


「それでもかなりきついけどな」


「口の中がもう、なんて言うか・・・」


 これは、経験者にしか判らない。わたしとユードリさんが、顔を見合わせる。


「でも、ロナさんが飲んだのは、違うみたいですよね」


「もう少し、飲みやすくならないか、色々と試した物、の中の失敗作。全部、隠したはずなのに、なんで四葉が持ってたの」


 このこのこのっ。死んだ振りしても無駄っ。


「シィワさん、とおっしゃるのですね」


 ん? しば、だけど?


「もう一匹は?」


「三葉だよ」


「ミア、さんですか」


 あれ?


 発音が、微妙に違う。


「三葉だってば」


「だから、ミアって言ってるじゃないか」


 おや〜ぁ?


 それから暫く、あーでもないこーでもないを繰り返し、名前を聞き違える原因がようやく判明した。


 わたしの名前もそうだけど、日本語的な名称は、意図しない発音に変換される、らしい。更に、例えば「悪役」だけなら、ストレートに通じるが、名前の一部として言うと丸ごと歪んでしまう、という事も判った。アークヤックァナシィロナ、なんて呼ばれ方になるのは、この所為だった。


 わたしは普通に日本語を話しているつもりだったけど、こんな所にも異世界変換が働いていた。でも、ムラクモ達の名前は、まんま発音されているし。

 なんだかなぁ。


 話が脱線している間に、ウォーゼンさんは寝てしまっていた。負傷しているので、無理には起こさない。その必要もない。寝て治すのが一番効くだろう。

 マイトさんも、そのまま放置。なぜって、ユードリさんが運んできた毛布は、全て怪我人に使っているから。一晩ぐらいなら、大丈夫だって。


 その夜、三葉さんの新しい技能も判明した。 


『しぃわ。ふぁた、イラナイ、アツメル』


 バッドの果実酒、略してバッド酒の話の最中に、地面を引っ掻いているので、何かと思ったら。片言ではあるが文字を書いている。いつの間に覚えたんだ。


 しかし、内容が。


「双葉が四葉に横流ししたの?」


 ファタ、とは双葉の事だろう。


『モッタイナイ、しぃわ。ふぁた、ワタス』


 ・・・そんな所に節約精神を発揮しなくてもいいっ。


「ま、まあまあ。おかげで、被害は最小限に、げふん。こう、これ以上酷い事態にならずにすんだわけですし」


「どう言い換えても、結局一緒じゃん」


 メヴィザさんの無駄スキルも披露された。三葉さんが文字を書きやすいように、地面の硬さを調整している。ついでに、毎回毎回、地面をならして読みやすくしている。なんて無駄な魔術。


『さーいくろー、めー、スキ』


「「「はい?」」」


 唐突に地面に書かれた文字を見て、三人ともが驚いた。


『イッショ、めー』


 片言過ぎて、読解力とか想像力を総動員しないと、全く理解できない。


「メー、とは、わたしの事、でしょうか」


 メヴィザさんの声が、震えている。


『めー、タスケタ。アンシン。ヨロコブ』


「わたしは、何もしていませーーーーん!」


 と言ってる傍で、サイクロプスが、ぎゅーっとメヴィザさんを抱きしめる。まるで、最愛の彼女を抱擁する彼氏の様に。あるいは、狙った獲物は逃がすものか。


「うわぁ」


 ユードリさんは、ただただ絶句。


「ええと。従魔になりたい、ってこと?」


「それは困りますっ。仕事が出来なくなるじゃないですかっ」


 メヴィザさんが、更に血相を変えた。当然だろう。


 従魔は、主の魔力を喰らう。


 そして、魔術師から魔力が無くなったら、仕事どころではなくなる。失職?

 それだけではない。メヴィザさんは、魔術の使い方を工夫するのが本当に好きみたいだし。現在進行形で、趣味全開発揮中だし。


 サイクロプスと従魔契約したら、メヴィザさんは、生き甲斐まで奪われてしまう。


『チカラ、ワタス。イッショ』


「はい?」


 ああもう。言葉を覚えるなら、もっと判るように書いてよ。


「メヴィザさんの魔力を貰うんじゃなくて、メヴィザさんに魔力をあげる、って言ってるの?」


『めー、タスケル。イッショ』


「助けてくれたから、力になりたい。その為に、傍に居たい、と」


 蔦の端をぴっと振って、正解だと示した。しかし、魔獣から魔力を貰うなんて、出来るのかな。


「・・・メヴィザさん。どうします?」


「どうしますって、どうしたらいいんですかっ」


 メヴィザさんの顔は、泣き過ぎて凄い事になっている。だというのに。


 ぎゅーっ


 サイクロプスは、頬掏りまでしている。ライ○スの毛布扱いだな。


「ロナさんの石投げがよっぽど怖かったのか。それを恐れず立ち向かうメヴィザさんの姿に感動したのか・・・」


「しなくていいんです。放っておいていいんですって」


 ユードリさんの解説は的外れだ。そうだ、そうに違いない。ね? サイクロプス、そう言ってよ。


 ぎゅぎゅ〜〜〜〜〜〜ぅ


 わたしが顔を向けたとたんに、視線を外して、隠れられるはずもないメヴィザさんの背中に引っ込むサイクロプス。そして、でかい爪で挟み撃ちにされ、息も絶え絶えのメヴィザさん。

 色々な物が、口からはみ出している、ように見える。


 冥福を、お祈りいたします。合掌。


『アルジ、スキ』


「・・・ああ、そう。ありがと」


 サイクロプスに対抗してなのか、メッセージを書き付けてから、わたしの肩に這い上がってきた。いつの間にか、ムラクモも、わたしの背中に長い顔を押し付けてるし。

 四葉さんは、・・・まだ踊ってるよ。「楽石」は取り上げたってのに。もう、いいってば。


「すごいなぁ。サイクロプスにこんなに懐かれるなんて」


「ユードリさん、替わりましょう。替わってください。ええ、今なら、土魔術指南を無料でお付けしますっ」


 どこぞのテレビショッピングのようだ。しかし、愛想も何もない形相では、どんな便利グッズでも売れるはずはない。


「あ。俺、土魔術は適正ない」


 おまけを付けた為に、買取拒否された。売り込み方法に問題があったようだ。


「ロナさんはどうです? 賢馬殿も親しいようですしっ」


「ボク、魔術使えないもーん」


 それは建前だけど。


 わたしの使う岩石魔術は、土魔術の進化系あるいは発展系だと思う。地面を均す術は興味あるけどね。はっきり言って、えーと、持ち腐れ?

 そもそも、サイクロプスはわたしに怯えまくっている。契約どころではないだろうに。


「だ、だぁ〜れかぁ〜〜〜〜っ。たぁすけてぇ〜〜〜〜〜っ!」


 星降る夜に、中年男の悲鳴が谺した。





 四葉さんが「楽石」を鳴らしていたのは、振り付きで聞いているときは、わたしが楽しそうにしていたから、だそうだ。せめて、マンドリンバージョンにしてくれれば良かったのに。

 そもそも、気絶していたら、渾身の踊りも見えてないってば。


 三葉さんは、四葉さんとのにらめっこに負けたため、自分のコレクションを使えなかった。と、いう意味の言葉を書いていた。


 ・・・植物型魔獣のにらめっこ。勝敗の基準が判らない。


 不本意ながら十分に睡眠を取っていたわたしが、不寝番を勤めた。ユードリさんは、[魔天]の野営よりは恵まれているから、と、短時間眠っただけで、お付き合いしてくれた。


 メヴィザさんは、眠りたくても眠れなかった。


「わたし、何か、悪い事、しましたか?」


「してないしてない。懐かれてるだけ。だよな?」


「気持ちは判りましたから。ええ、十分です。ですから、森にかえってくれていいんですぅ〜〜〜〜〜っ」


 ぎゅう〜〜〜〜〜〜ぅ


 眠れるはずがない。サイクロプスを説得しようとする度に、諸々が漏れ出しそうな抱き潰し攻撃が襲ってくる。


「三葉、四葉。メヴィザさんに協力してよ」


 え〜? なんで駄目なの?


 きっちり同じ角度で蔦先を曲げる二人。


「ほら。サイクロプスは、体が大きいでしょ。街中は、窮屈だし、好物のフォレストアントも居ないし。メヴィザさんに付いていっても、いい事ない」


 ここに居る個体は、比較的小柄な方だけど、それでも肩までの高さは三メルテほどある。後ろ足で立ち上がれば、倍ぐらいにはなるだろう。そもそも、サイクロプスは大型魔獣に括られる。


 だというのに。


 ぷるぷるぷる


 小さく頭を振って否定するサイクロプス。


『タベル、タクサン。マツ、ナガイ』


「食い溜め出来るってこと?」


 本人も通訳も、大きく同意した。


「食べたい時に食べられる自由な生活の方が良いじゃないですかぁ〜〜〜っ」


「ダメダメだって。それ以上握りしめたら、メヴィザさんが壊れる」


「もう、色々と壊れてる気もするが」


 ユードリさん。もう少し、オブラートに包んだ間接的表現にしておこうよ。


「わたしなんか、平の魔術師なんです。すごくないです。唯の魔術好きなんです。魔獣と毎日コンニチハなんて、耐えられっこありません」


 メヴィザさんも、思いっきりぶっちゃけた。


 しかし、サイクロプスには効果があったようだ。


 がーん!


 サイクロプスの瞳が大きく見開かれる。


『めー、キライ?』


 文字を書けるのは、三葉さんだけらしい。ちょっと、安心。


 じゃなくて。


「好きとか嫌いではなくて、環境、ええ、生活環境です。あなたとわたしでは、暮らす世界が違い過ぎるんです」


 ぽろぽろぽろ


 目玉が大きいだけに、こぼれ落ちる涙も半端ない。メヴィザさんは、あっという間にずぶ濡れに。寒そう。


「サイクロプスを泣かせる魔術師。伝説になるよな」


 いつの間にか目を覚ましたマイトさんが、余計な茶々を入れた。


「とーちゃん。もう一本逝っとく?」


 空瓶を、目の前で振って見せた。そもそも、原酒は、わたしも持っている。好きなだけ飲ませてあげる。


「それはいい。もういい。十分だって!」


 ちっ。


「ロナさん。柄が悪くなってないか?」


「照れ隠しにしてもさぁ」


「せっかくなんだし、服用実験させてくれてもいいじゃん」


「せっかくって、何が?!」


「だって、ボク一人が体験しただけじゃ説得力無いでしょ」


「だから。説得力って、誰宛?」


 あんな、こっ恥ずかしいシーンが衆目に曝されてしまったんだ。何かしらの成果が上げられなければ、収まりがつかない。


 ころんでも、ただでは起きないぞホトトギス。


「あああ、あの、ロナさん。その位にしてくれませんか。わたしの胴が生き別れに、なり、そう・・・」


 何をどう勘違いしたのか、マイトさん達との会話が壺に嵌ったらしい。サイクロプスは、メヴィザさんを雑巾絞りにしている。


 ああもう。いい加減にしろ!


「ちょっとそこのサイクロプス。ボクの実験台になりたい? そう、なりたいの。よし。何がいい? 痺れ玉? 弓の的? それとも」


 即座に、万歳ポーズでメヴィザさんを手放した。


 本来は威嚇の姿勢。なんだけど、今は、どこからどう見ても「降参!」の合図。そのまま、逃げてくれないかな。


「サイクロプスを嚇し付けるとは。ロナさんも、伝説入り?」


「ユードリさんも、バッドの新調合、試してみたいよね。ね?」


「ごめん。もう言わない」


 サイクロプスの隣に並んで、双手を上げた。おや、兄弟みたいだ。


「なにか〜、ありましたか〜?」


 遠くから声が聞こえる。サイクロプスの立ち上がった姿を見て、驚いたらしい。だが、余り大声で叫ぶと、魔獣を刺激して間近に居る人達が危険になるかも、と考慮したようだ。


「俺、行ってくる!」


 マイトさんが離脱した。出来る男は、逃げ足も速い。どうやって口止めしよう。


 ムラクモが、サイクロプスに近付いた。手を下ろし、背中を丸めたサイクロプス。どういう会話をしているんだろうね。出来る事なら、穏便にお引き取り願いたい。


「何の、騒ぎだ?」


「あらら。起こしちゃった?」


 騒ぎ過ぎたらしい。ウォーゼンさんが目を覚ました。


「副団長殿。すみません。傷の具合は、いかがですか?」


 ユードリさんは、マイトさんと同じポジションらしい。気配り上手なんだから。現在進行形な有望君の、未来は明るい。今のうちに、思いっきり、ウォーゼンさんに恩を売っておくといいよ。


「今のところは、問題ないようだ。ところで、マイトはどうした?」


「ちょっと事情説明に」


 きょろきょろと辺りを見回すウォーゼンさん。


「異常は起きていないようだが」


「サイクロプスが離れてくれなくて」


 「お話し合い」による説得は失敗したようだ。メヴィザさんに近付こうとするのを、ムラクモが体を張って阻止している。


「ボクの助手の片言通訳が言うには、メヴィザさんに恩義を感じて、らしいんだけど」


「ぷちっと捻り潰しそうになる勢いで縋り付いてくるんですっ」


 メヴィザさん。怪我人に縋り付いちゃ駄目でしょ。


「・・・よっぽど恐ろしい目にあったんだな」


 ちょっと。ウォーゼンさんまで、それはない。

 長ーーーーーい夜、でした。

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